2007年10月20日土曜日

4年間を振り返って

去年の秋、石黒さん達の代が引退し、僕達の代になりました。
自分が最高学年になって初めて、それまでの三年間、自分がア式を通して、自分なりにではあるが、色々な面で成長できたのも、先輩やコーチ、トレーナー、マネージャー、OBの方々などの、努力があったからだと気付きました。サッカーの上手さに関係なく全てのプレーヤーを成長させるための気配りや、お互いいい環境の中で、話し合いや切磋琢磨出来るような雰囲気があったからこそ、自分なりにサッカーも少しは上達したし、サッカー以外の面でも、少しはましになったのだと思います。そして、その様な環境は、近因や遠因の違いはあるにせよ、周りの方々に支えられて初めて実現できたのだと思います。
例えば、先輩方がわざわざOBコーチとして来てくれたりしたのは、先輩達の、更にその上の代から受け継いだ思いに対する感謝と、その思いを次の代に伝えていかなければという思いもあったからではないかと思います。だから、自分もそのような環境を作れるように、自分の得意な所で、出来る範囲でこの1年は努力しました。そして、現役には、このような素晴らしい成長の場で更に成長し、その感謝の気持ちを次の代に伝えていってくれれば、嬉しい限りです。


もう一つ、この4年間で最も記憶に残ったシーンがあります。それは、優勝した新人戦2回戦、朝鮮戦大学戦での1コマです。2-0とリードした後半、朝鮮大学が怒涛の攻撃を仕掛けてきました。全員が守りに入り、かなりきつい時間帯でした。自分は、朝鮮の勢いをそがなければと思い、ボールが来たら一人で朝鮮大の陣地に突破を仕掛けようと思っていました。しばらくして、伊藤Tがディフェンスし、こぼれた所を自分がちゃっかりかっさらい、2タッチ目で10メートル位のランウィズを仕掛けました。トップスピードに乗っている時、周りから、「出せー」と言う声が聞こえました。ふと顔を上げると、右サイドに明石、左サイドに水沢、真ん中を伊藤Tが駆け抜けていました。すでに43の状況でした。この瞬間、自分は勝利を確信しました。このチームなら、何点取られても取り返せるし、押し返せると思いました。そして、自分が突破する事を予測し、少なくとも信頼し、前に走ってくれた事はとても嬉しいことでした。「サッカーは芸術よりも美しい」とある芸術家は言っていましたが、少し解釈は違うかもしれませんが、このプレーは今でもとても美しく思えます。
ちなみにこのプレーの結果は、明石→伊藤Tと渡り、伊藤Tが一人かわし、ペナルティーエリア内のライン際でセンタリングを上げました。そして、ゴールまであと
2m位の位置で、「これ勝ったかも」とちょっと油断していた自分が痛恨の空振りをしてしまい、さらに空振りに驚いた水沢も空振りをするという結果でした。


更新遅れてすいません。青木でした。

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