2008年4月11日金曜日

炎よ俺の力になれ

俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ10年の月日が経った。

小6で今の実家に引っ越してきて、周りの友達に誘われてサッカーを始めた僕ですが、すでに周囲との技術の差は歴然で、暇さえあれば公園で練習をしていました。
ところがボールは思い通りに動いてはくれず、とうとう小学校卒業時点でリフティング100回の壁を越えることができず、ゴールキックを自分で蹴ることもできず、半べそをかきながら練習しました。
思えば、そういう辛い時期というのは、上達には必要不可欠なものなのかもしれません。いつしか僕は芸術の2文字を彷彿させるボールタッチと、高校のクソ顧問に「鬼のドロップキック」というダッサいネーミングをされるロングキックを手に入れて、いやもとい、足に入れていたようです。

それだけにア式に入って「足元が無い」とか「キックが飛ばない」と揶揄されるのは辛かった。実際批判の通りだったけど、肥大化した自負が僕の胸をキリキリマイさせました。

僕の決定的な弱点は試合への弱さでした。
小中と、試合でセンターラインに整列すると逃げ出したい気持ちになりました。
高校ではスタメンを取れないと一人前に不満を露わにしたこともありましたが、それは主に自尊心によるものだったと思います。
ア式に入ってからもしばらくはそんな感じでした。選んだものと犠牲にするものとを天秤にかけると僕の心は揺れていました。

ところが去年の夏合宿辺りから、僕の心理に変化が起き始めたのです。
試合が楽しい、自分が1つのゲームという作品を作り上げる役割を果たしていることに快感を覚えだしたというか、積極的にゲームに参加することを覚えだしたという感じです。
思えばそれは「もっと飛び出せ」とか「積極的にパス回しに参加しろ」という周りの声に応え、試合によりinvolveされることでアグレッシブさを手に入れた結果だったのかもしれません。

それ以降の僕の成長は多分、部の多くの人が感じてくれたんじゃないかと思います。
メンバーに入らずほっとしていた自分とは決別できました。今は違う。素直に試合に出たい。
でもそれは本質的な問題ではなくて、納得いくプレーを増やしていってサッカーを楽しむことができれば自ずと結果はついてくるはずです。

と調子のいいことを書きましたが、物事はそんなに単純に右肩上がりにうまくいくものではありません。3月半ばの検見川での慶應戦、G下での早稲田戦、筑波での信州戦では昔の自分が脳裏に浮かぶ情けないプレーをしてしまいました。
どれもこれも遊びにかまけたり、ノートに名前を書き込んだりしてコンディション調整を怠った自信の怠惰によるものと自覚しています。また、僕はグランドコンディションに左右されやすいようです。今日の紅白でもより一層確信を持ちました。

GKの技術の要素としてはシュートストップ・飛び出し・フィード・コーチングが4つの柱だと思っているのですが、シュートストップは最近いい感じなので、残り3つを頑張りたいです。
また試合の流れを把握して、そのときどきに見合ったプレーを選択する心の要素、グランドコンディションに左右されたり、後半フィードが息切れするのを防ぐための身体の要素も強化したいです。

最後に、昨日くらいから1人暮らしを始めました。時間に余裕ができる分、(勉強と)サッカーにより精力を注ぎたいです。御茶ノ水SUBWAYでも頑張りたいです。目指せ100万円プレーヤー!
文武両道の難しさを実感しています。思えば中田や平山も旧帝大を狙える学力があったと聞きますよね。結局彼らと僕の違いは、何を選択したかということなんだと思います。
本気でサッカーできるのも最短であと1年半。桃栗3年柿8年と言いますが、藤安はもう10年が経ちそうです。がしかし、自分のピークはまだまだこれから来ると信じています(カニサレスのぱくり)。

こんな感じで、今年ア式に入ろうか悩んでいる方には、一つの打ち込むことの気持ちよさを伝えたつもりです。

以上、書きたいことがありすぎて、月1くらいでfeelingsを書きたいと思っていて、Web長の地位を更迭されたふーちゃんでした。

1 件のコメント:

  1. 訂正があります。
    今の実家に引っ越してきたのは小6ではなく小4です。

    返信削除