2008年8月6日水曜日

テレビをつけたらあれ千布さん?

一人の少年がヒロシマを焼き尽くしてから今日は63度目の8月6日。
彼を日本に送り届けたB29の機名、エノラ・ゲイは機長のかーちゃんの名前から取られたと言われています。
僕のかーちゃんの名前は裕子ですが、彼女が幼き日の僕と兄二人に核戦争の恐怖を教えるために行ったレクチャーはかなりのショック療法とも言うべきものでした。
その際に使われた映画がこの「風が吹くとき」です。
http://www.theater-n.com/movie_kazegahukutoki.html
毎週金曜日、子供たちのピアノのレッスンが終わった帰りにツタヤに寄って何か楽しげなビデオを借り、家族みんなでゆっくり観るという後藤家の良き慣習に便乗して、裕子はストーリーも何も言わないままこの恐るべき作品を小学生だった僕らに見せました。
その夜、僕ら兄弟が受けた衝撃は推して知るべしです。
エンドロールが流れる頃には、哀れな三人の子供たちの中には核兵器と核戦争に対する完全なトラウマが出来上がっていました。
裕子のもくろみは必要以上に成功したといえるでしょう。
おかげさまで二十歳を過ぎた今でも核に対する恐怖はしっかり僕の心に根を張ったままです。
興味を持たれた方はぜひ観てください。
僕はこの作品を映画館で観るだなんて考えるだけでもリアルに足が震える思いです。

こうして母は僕を一人の臆病な非核論者に仕立て上げましたが同時に一人の映画ファンにも育てました。
僕は授業があるときは月に一回、長い休みの間は大体週に一回ぐらいのペースで映画館で映画を観ます。
おかげでカテキョ四件もやってんのに貯金は減る一方です。これだけのせいじゃありませんが。
一番最近は昨日でこんなのを観ました。
http://henry-darger.com/
京大戦の疲れが全然抜けてなくて途中ちょっと眠っちゃいましたが面白かった。
ダーガーの作品は彼の死後世界中を驚かせ、彼に影響を受けた作品がわんさか生まれたそうです。
彼のそうした生き様をア式での生活に引き寄せたときに感じることはただ一つ、表舞台に出るべきちからはどんな形であろうといつか必ず表舞台に出るということ。
表舞台に出られないということは表舞台に耐えうるちからが備わっていないというだけのこと。
アニメ映画一本であっというまにトラウマってしまうほど、男らしさのかけらもない心の持ち主である僕は、何か思い通りにいかないことがあるとすぐに周りのせいにしています。
どっこいそうじゃないぞと。それは違うぞと。
周りが悪いから、周りが俺を評価してくれないからいけないんだコンチクショウメではなく、誰がどう見ても文句のつけようのない、そんな存在を目指してただひたすら己を磨くほかないのだと。
そういう努力が限界に達してもいないうちから他人にいちゃもんつけるだなんて本末転倒もいいところだと。
そんなことを映画館の暗闇の中、寝不足でモーローとした頭の中で考えました。
秋期リーグを目前に控え、ア式はこれからきなくさい時期を迎えますが、どんな残虐ファイトが待ち受けていようともこのことを胸に前へ前へと進んで行きたいと思います。
先日ベストアルバムを出した安室奈美恵も『Baby don’t cry』の中で歌っています、「散々でも前に進む道のどこかに答えはあるから」と。
答えなんてないかもしれませんが、少なくとも探さないことには見つかりようもないでしょう。
だから前へと進むほかないんです。
人生ってきっとこんな感じの積極的な消去法で展開していくんじゃないでしょうか。知らんけど。

ところで安室奈美恵が16年にも及ぶそのキャリアの中で主役として出演した映画はたった一本しかないことをご存知でしょうか。
それはTOKIOの山口くんとダブル主演した「That’s カンニング!史上最大の作戦?」という1996年に公開された作品です。
必要に応じてググってもらえればいいですが、要はおバカな大学生どもがあの手この手でカンニングしようとするだけのアホウな映画です。
しかし内容はアホウでもエンディングは名曲『sweet 19 blues』。
小学生のころに二番目の兄がこのしょーもない映画にやたらハマってて僕も何回か見せられました。
そんときはなんでそんなに単位とやらが欲しいかねとかなんとか思ったような記憶がありますが、今になってみると彼らの気持ちがわからんでもないです。
明日中に書き終えなくてはならないレポートが一本あるんですが授業半分も出てないしどーしょーもありません。
でも単位はとてつもなく欲しいです。

そろそろ当事者たちにとっても食傷気味になりつつあった書き出しのテンプレートを時事ネタでぶっちぎってみました。
世の中を動かすのはKYと積極的な消去法です。
でも最後に少しその残滓に与るとするならば、吉田航太朗。
次世代のア式の核となるべき佐賀県産ボランチが入院という旅に出てから3日が経ちました。
仮病はやめて早く帰ってきてもらいたいもんです。
三年後藤でした。

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