2010年6月21日月曜日

はじめ

サタデーで負けたりなんやらでブルーになってましたが、元気を取り戻しました。

ものごとはなんでも“はじめ”が肝心だと思います 
たとえば、僕が大学4年間で何回か書くであろうfeelingsの文体も、この初記事によってある程度規定されることになるでしょう。

何かを“はじめ”るときの習慣や環境、心の持ち方はその後に不思議と大きく影響するんじゃないか、
そういうことです。


ぼくがサッカーを“はじめ”たのは小学生のころ、どこにでもあるスポーツ少年団でした。結構弱かったです。
大阪市の3部リーグで四苦八苦しているようなチームでした。

かたや隣町のチームは、大阪市でも屈指の強豪でした。(u-15カテゴリのチームもあり、そのチームは関西トップレベルでした)

このときから僕は、
弱者としていかに戦うか

そんなサッカーをずーっと続けてきているような気がします。


中学受験を経て、進学校の部活でプレーすることになりましたが、そこでも僕たちのチームは明らかに弱者でした。

県トレセンや関西トレセンの選手を擁する中学のチームと比べると、個人の実力差の差は歴然としていました。

しかし、僕たちの代は、絶対に点を許さないという執念、一芸を持った攻撃陣の存在で、主要3大会ですべて県ベスト4入りを果たすことができました。


高校時代にはさらに周りのレベルも上がりました。最初は、高校選手権に出るようなチームなんて、雲の上のような存在でした。

キャプテンとして苦しい時期もありました。弱いチームが勝つために、改善しなければいけないことが山ほどあったからです。
それでも、最後の大会では、これまたベスト4に入ることができました。
部の歴史からみても快挙でしょう。


この流れだと、結論は
ヘタクソでもチームのやりようによっては上手い奴らに勝てる
となるのが普通でしょう。

でも僕は、こうも思います。
サッカーを真剣にやってるからには、まず個人として巧者・強者になることを目指すべきだ。と

中学時代に近畿大会でボコられたり、高校時代、ベスト4進出後に結局無様な試合をして負けたりして、そう思うようになりました。いくら魂出しても勝てる気がしなかったのはみじめでした。

もちろん、勝負の日が近づけば、自分の実力を冷静に見つめて、勝つため、自分のできる範囲の現実的な戦略を練る必要があります。

ただ、“はじめ”から、自分の実力を心の奥底で見限ってはいけないと思うのです。


となると、僕にできることは決まります。
・ヘタクソなんだから、魂を見せる
・ヘタクソなんだから、上手くなるために人より努力する
・この2つをやり続ける

僕よりずっと上手い人たちが必死で高まってるのがア式であり、大学サッカーであるわけだから、僕が強者・巧者になるためにはそれよりも高まらなきゃいけないってことです。厳しいです。時間もかかると思います。でもチャレンジする価値はきっとあります。

遅くなりましたが、これが僕の大学サッカー“はじめ”の決意です。


一年 まんなか後ろ目 かたやまはじめ

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