2010年9月30日木曜日

これからの「正義」の話をしよう

をものすごく読んでみたいと思っている今日この頃。
だれか貸してもいいよって人がいたらぜひとも貸してください。

この本の内容は、1人を殺せば5人が助かる状況があったとしたらその1人を殺すべきか、というようなことなどを考えていくものであるようですが、ここでは今の自分なりの正義への考えでも書いてみようかと思います。こういう機会がないと真剣に考えることなんてできないでしょうから。
とは言っても、抽象的に考えても僕の頭の回るスピードでは何も導き出すことはできないので、僕の周りに起こっている日常的な事柄から考えていこうかと思います。

とりあえず、「正義」の意味をwikiってみる。
というように、すぐ誰が作ったのかもわからない意味の説明をネットで調べようとするのは正義であるのか。
まあ、「正義(せいぎ、英:justice、独:…」って書いてあったから、ア式に所属している者としては正義でしょ。(ただ、僕はあまり使わないし、最近は流行が過ぎたのか耳にすることは少なくなっており、ア式内で正義か否かの確認がなされなくなってきたことが寂しくもあります。)

次に、濡れたままの洗濯物を部室に干すことは正義であるのか。
いや、これは間違いなく正義じゃないでしょ。他の人の洗濯物も濡れちゃってますから。
そんな正義じゃない一面も持っていることをぜひとも取材陣には引き出してもらいたいです。(こんなことをネット上で暴露してしまうことは正義ではないかも。でも困っていた人がいたから代わりに伝えようと。本田さんにネタを提供しようと。)
ただ、それを見て「脱水して干してあげよっかな。」と言った後輩のI君は正義だと思います。いや、それを実行していたら正義であると思います。

最後に、秋季リーグ戦の試合に勝つことは正義であるのか。
もちろん正義であると言いたい。
しかし、先輩のKさんがつぶやいていたように、試合で戦うということは幸福の奪い合いと言えるのかもしれません。勝ち負けがあるものには必ずどちらかが幸福を得て、どちらかが幸福を失う状況が生まれます。自分たちが勝っても相手チーム関係者の幸福を奪うことになるのです。
でも、勝って得られる幸福が相手より大きければ、幸福にすることのできる人達の数が多ければ、幸福になる人達それぞれの幸福度合いが大きければそれは正義となるのではないかと思います。
逆に、その戦いまでに積み重ねてきた自分たちの中での正義が相手より広く深く積っているのならば、その戦いに勝てるのではないでしょうか。むしろ、そうでないと幸福を得ることはできないのではないかと思います。
つまり、
勝者だけが正義だし、正義は勝つ。
のではないでしょうか。

とか言ってみる。実際、いろんな面から考えたら正義なんかわかんないし、ただこの夏ワンピースを最新巻まで読破したから正義とか言ってみたくなっただけだし。

でも、自分の心の中に自分なりの正義を掲げることで得られる自信はきっと強固なものになるだろうから、正義となるにふさわしい振る舞いをしていけたらと思います。

次回feelingsを書くときにもどうにか光が見えていますように。

3年 道喜開視

0 件のコメント:

コメントを投稿