2011年7月16日土曜日

支離滅裂幸福論とサッカー


    人間は誰しも、自分の中に一人一つの樽を持っている。その樽はその人その人によって形、大きさは様々で、その中には普通なみなみと水が入っている。
  この樽は「幸せの樽」と呼ばれる。この樽と、樽が湛える水はその人の幸せを表すゲージである。人に幸せなことが起こる時、その人の樽の水は減ってゆく。逆に、人に不幸なことが起きる時、その人の樽の水は増えてゆく。人は樽の中の水と引き換えに幸せを手にし、不幸と引き換えに水を手にする。簡単に言ってしまえば、樽は幸せの貯金箱である。樽の大きさ形はまちまちであると前に述べた。これは、その人の幸せの貯金能力をあらわす。例えば、樽が大きく、深く、安定したものであるなら、水をどんどん注いでいくことができよう。樽が小さく、浅く、ぐらぐらで、穴なんて開いていようものなら、水はあふれ、こぼれ、漏れてしまうだろう。この樽の形は、その人の人格に大きく左右される。つまり、幸せを貯金できる量に個々で差があるのだ。
  先ほど不幸と引き換えに水を手にすると言ったが、なにも不幸にならなければ水を得られないというわけではない。水を手にするもう一つの方法、それは努力である。人が何かにエネルギーを使い、自分を消耗して動く時、水は樽に注がれていく。小さな努力では少量の水が、大きな努力に対しては大量の水が、樽に入っていく。逆にいえば、どんな小さな努力でも、水はしっかり自分の樽の中に入っていくのだ。
  ここまで話をすると、たいてい次のような質問が飛んでくる。「自分が貯めた水は、自分の意思で使えないのか?」残念ながら、自分の意思で水を使える人は、ほとんど存在しないようだ。過去の偉人たちの中には、ある程度コントロールできたものもいるようだが、コントロールする術を得たものの末路は悲惨である。大抵自制できないまま水を使いきり、死んでしまう。幸福は努力に呼応して必ず顕れるものである。焦る必要は微塵もない。
  以上の話を踏まえて、私たちがすべきことは、「正しい人格で、努力を淡淡と積み、もし不幸な状況下でも頑として耐えつつ、明日の必然の幸福を期待すること」である。




  どうも!入部して早三カ月、いやーやっと練習に慣れてきましたね、それにしても最近あついあつい。熱中症で何人倒れる事やら。でも暑いのはみんな同じ。暑さにも負けず頑張っていきましょう!!勝ちましょう!!

  ・・・みたいな感じの書き出しにしたかったんだよ!本当は!最近やっと調子が上がってきたなーと思っていたら、何と捻挫・・しかも重症のやつらしい。早くて三週間と言うことで、合宿までに全参加を目指す、と言ったところでしょうか。
  今日は初DLでした。最初と言うこともあってか、日下を筆頭に周りの人々が言っていたよりも悪くないです。まあこんなこと言っていられるのも平井さんの鬼しごきを知らないからなんですけど。。。木曜日が怖いです。
  
  ここ最近うまくいかないことが多い。小さなことから大きなことまで。しかしそんな困難に直面するたび、今まですごく色々とうまくやってこれたんだな、とか、今はいろいろな人に支えられているな、という事を実感する。
  こんなうまくいかないときには、今までやってきた努力を否定してしまいがちだし、あの時ああしてなければ、とかばかり考えてしまいがちである。でも今までの努力を否定するのは無意味だし、むしろどんな形であれかつての努力は報われると思う。僕は今までと変わらず樽に水を注ぎ続け、来るべき幸福の時を期待しながら頑張るしかないのだ!!
 


  と自己(事故)啓示した所で、ここからはサッカーの話を少ししたいと思う。まだおわんねえのかよ、とため息をついた諸君、これからである。今一度御静聴願いたい。




  僕がサッカーで一番大切だと思うことを先に言っておきたい。それは「気持ち」である。なあんだそんなことかよ、と言わないでほしい。言葉で言うほど簡単に「気持ち」は入っていかないものである。
  サッカーにはまず基礎技術がいるし、戦術眼があればなおいいし、その中で自分の長所を出せれば―――。でも考えてほしい。100の能力を持つ人でも、戦いたくないという気持ちなら20しか発揮できないのだ。100の能力を持つ人が、ここしかねえと120の力を発揮できるのもまた然りである。
  今練習しているのも、明日練習するのも、全ては試合に勝つため。ゴールを奪ってゴールを守って、90分を終えるためである。練習によって洗練されるのは、元となる能力である。その能力は試合で発揮できるかどうかはまさに「気持ち」に左右されるのである。
  だから僕は、練習から「気持ち」を出すべきだと思う。ゲームの勝ちへの気持ちから始まり、目の前の敵に負けたくないという気持ち、、。これはまさに試合で発揮する気持ちの出し方の練習である。メンタル的に戦える選手になるための練習と言ってもいい。
  サッカーの事になるとついつい、技術とか戦術の方に頭が行ってしまいがちになると思う。でも「いいサッカーをする」集団よりも、「勝つサッカーをする」集団になりたい。結局勝つためにはいいサッカーも必要なのだけれど。
  だから、どんなにサッカーが相手より下手でも、膝ガクガクで足つりそうでも、勝ちたいって気持ちでは負けません。そんなプレイヤーになります。
  



  サッカー論についてつらつらと偉そうなことを書いてきた。最後にサッカー、ア式について思うことを。
  僕はサッカーが大好きだ。死ぬほど楽しい。特に試合で決めて勝ったなんて日にゃもう、最高だ。そんなサッカーを、大学で続けるかは迷っていた。よくある話。さすがに大学でガチでやるのにビビっていた。でもア式の練習をやっているうち、そんな不安はどこかに消えた。楽しすぎる。またそこに集う人々の志の高さ、そしてfunnyさと言ったら!!
  そんなこんなで僕はここにいる。早くも居心地がどこよりもいい。4年間、宜しくお願いいたします。
  3年後の11月に、ア式に入って良かった、関東行けて良かった、というフィーリング書くつもりです。
       最後に、遅れてすいません。


     ごめん皆、そんなに長いのかけなかったよ
いや―、海、山、大仏なんてうらやm(ry     一年FW 羽場 優紀

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