2011年9月9日金曜日

チームの一員として

最近暑さが少し和らいできて秋の到来を嬉しく思うと同時に秋季がもう始まってしまい、4年生とサッカーができる時間が短くなっていることを残念に思う。

今、当たり前のことであるが秋季メンバーに入ることができていない者として何とかそこにくい込みたくてメンバーいりしている選手からイスを奪いたいと思っている。同期の選手が数人選ばれあのユニフォームを着ているのをみるとやはり複雑な気持ちになる。


今の状況は情けないし1節でも早くベンチ入りして戦力になりたいという気持ちは変わらないけれど、自分自身が実力不足でメンバー外ならば週末はその立ち位置でできることをやらなくてはいけないということもゆっくりであったが本当に分かってこれている気もする。やはり大きかったのは先輩たちの行動だ。自分と同じ状況で学年が上な分もっと悔しいはずの上級生があんなにも気持ちよく応援で声をからす。睡眠時間を削ってまで相手チームの分析に貢献する。一方スタメンの先輩は院試が近くて忙しかろうとグランドに出ているときにその影響を全く見せない、いつもと同じように自主練をして帰って行く。薄っぺらい表現だけれどすごいと思った。個人の感情や多忙なスケジュールは自分のなかで消化して今サッカー部の部員としてやるべき事を迷いなくできている先輩たちがまぶしくおもえた。こういったことがア式に受け継がれるDNAなら自分たちも受け継がなくてはいけない。学年ミーティングで遅刻者をいかにして無くすかや、準備係のミスなど小学校の学級会レベルのことをいつまでもやっている場合じゃないはずだ。


さて、自分はどんな形でチームに貢献できるのか。それを考えたときにちょっと昔のことが浮かんだ。他人の思い出話を聞くのはかったるいものだと思うが、許してほしい。

以前、普通の学校のサッカー部員だった自分がちょっとした縁であるクラブチームにいった。その時期は3年の夏の始まりで最後の大会を残すのみという状況であった。そんな時期に自分のような境遇のものをいれるなどちょっとした暴挙だったと思う。補強をしたいのであればもっと計算できる実力者が絶対に居たはずだった。でも当時の監督曰く、練習中試合中にひたむきにファイトしてチームにエネルギーをくれるキャラクターがほしく思ったということだった。チームメイトからもそこだけは認めてもらえていた気がする。当時はそこを評価してもらえる喜びよりも、上手な選手のなかで自分のアイデンティティーがそのくらいしかないということに対して抱く劣等感のほうが大きかった気がするけれど今はそのときもらった言葉を大事にしたいという思いだ。自分が当時チームに与えられた影響なんてちっぽけかもしれないし、プラスに作用したって胸張って言うこともできない。でも下手くそだってキープレーヤーや直接的な戦力でなくたって、チームに貢献できる可能性を示してくれたことばだからだ。

高校三年間では試合に出ることが特別なことでなくなっていたからか、最近の自分はいらないプライドが素直な行動を邪魔する。原点回帰してひたむきにやろう。そうしたら自分の実力向上、チームへの貢献につながるはずだし、今なら昔みたいに猪突猛進するだけでなくもっと考えながらできるはず。


収穫の秋。この秋に自分はどれだけのものを得られるか。チームメイト、コーチ、対戦相手、きっかけを与えてくれる人はたくさんいる。後は自分の努力量。是非とも自分の手で豊作にして悔い無き秋にしたい。


1年 MF 榊原 和洋

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