2011年10月7日金曜日

完顔阿骨打

完顔阿骨打(ワンヤンアグダ)(1068~1123)
中国金王朝の初代皇帝。もとは女真族完顔部の族長。周辺を平定し、会寧府を都とし、国号を金とする。国内を整備して中央集権制を確立する一方、宋と結んで遼を征服し、燕京(今の北京)を占領したがまもなく病死。



とかはどうでもよくて。高校の頃世界史でこの人物が出てきたとき、並んでる字面を見て
「・・・なんかすげー痛そう」
というイメージをもったのは自分だけではないはず。
顔面をボッコボコに打たれて骨折れてひどいことになってる、みたいな。
顔にどれだけ傷あるんだよ、みたいな。
血とかいっぱい出てそう、みたいな。
お前は俺かよ、みたいな。
・・・・・・・・・


閑話休題。

まず、キーボードの「あ」を見てください。
















それは「ち」だよバーカ
(すいません。最近ネットで見かけたこのネタをどうしてもやってみたくて・・・)


今度こそ閑話休題。

チームは今関東を目指す上ですごくいい雰囲気になっていると思う。
それは秋季だけでなく、サタデーや練習試合でも結果を残せていることからもわかる。
ただ、そんな中で部分参加しかできない状況の自分に歯がゆさを感じている。
というか自分は成長できているのかと不安になることもある。

チームは確実に関東に近づいている。
しかし自分は1人の選手として成長し、そこに近づけているのだろうか。


「せいちょう」には「生長」と「成長」がある。
「生長」は一般に植物を対象に用いられ、「成長」は動物に用いられる。
というのが違いなのだろうけど自分なりに掘り下げてみる。
漢字から考えて前者は「生きる」に主眼を置いているのかな。ほっといても何もしなくても栄養さえあれば生きることはできるし、そこに意思が働いたりすることもないのだろう。だから植物に対して用いられるのだと思う。
後者は「成る、成す」か。「何かに成る」「何かを成す」というのはニュアンス的に何かそこに明確な意思があるように感じられる。だからこちらは心がより重要視されているんじゃないかな。人間に「成長」という言葉を用いるとき、身体よりも精神が対象となっていることが多い気がするし。
とまあ以上考えてみました。


自分に明確な意思があり、かつそれを実行に移す固い意志があればどこまでも「成長」できるはず。いつ、どんな状況であろうとも。
だからこそ、今、全員が、この時点から成長できるように、関東に上がるという明確な意思のもと、そのための努力を貫くという確固たる意志を持って、
全力で勝ち上がっていきましょう。



2年 DF 大薗隆太

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