2012年2月22日水曜日

実践知と教科書的知

こんばんは。

ついに来週の月曜日に晴れて「同居人」の仲間入りをすることになりました。

主将と幹事長の上階に住むことになると思うと、胸が熱くなりますね。


周りでは就職活動の動きが騒がしくなってきました。
(モラトリアムを謳歌したい僕にとっては就職活動の足音など文字通り「騒がしい」ものなんです 笑)

あと一年すれば僕も行きたい業界を絞り込み、OBの方々に伺い、webテストを受け、エントリーシートなるものを書き、面接にはるばる出向くことになるのでしょう。

さて、、、、

社会人になってある業界の中で働くにしろ、勉強を続けるにしろ、そこには「スペシャリスト化」という方向性が付随します。

となれば必要とされる力も徳も変わってくるはず。
「どこに行っても応用できる力」から「その場で実際に通用する力」へ。
「大抵の人は正しいと認める価値観」から「その場で善しとされる価値観」へ。

どこでも通用する「とされる」ものを教科書的知と呼ぶとすれば、教科書的知は世の中にあふれています。

人には親切にしろ
お金は大事にしろ
目上の人を敬え
勉強はできたほうがよい
etc………。

でも、、、
各々が想像するような立派な人・かっこいいと思う人、あるいはその道で成功している人って、こういうあらゆる教科書的知に沿って生きている人ですか?


サッカーにおいても教科書的知とされるものはたくさんあります。

パスを出したら動け
トラップは次にプレーしたい方向に動かせ
常に熱い気持ちを持って戦え/常に冷静にプレーしろ
ヘディングシュートはたたきつけろ
トラップが正確な選手こそ優れている
キックが正確な選手こそ優れている
日本人はフィジカルではなくインテリジェンスで他を上回るべきだ
etc………。

じゃあ、、、
長友よりトラップ・キックが優れている日本人サイドバックはいないの?
遠藤より情熱的な日本人ボランチはいないの?
レアル・マドリードやバルセロナの選手はみなパスを出したら動いているの?

そうではないだろう。

「パスを出したら動け」なんかは逆に、健太郎さんによって否定された感さえある。

その道で成功した人は、(サッカー選手であろうとなかろうと、)自分がそこの場で認められるにはどうしたらよいのか、自分のすでに持っている能力と照らし合わせながら考えて、それを実践したから、成功したのだと思います。
「○○界で成功するにはこうするべきだ」という一般的法則に従って成功したわけでは決してないと思うんです。

そういうにして、自分で身に付けた「実践知」っていうものが、求められているんじゃないでしょうか。

実践知っていうのは、結果を残すためのものです。
だから、ピッチ上の議論も、「正論」ではなく、実践知をもとに、やるべきだと、僕は思うんです。

良しとされるプレーにチャレンジしたやつが正しいんではなくて、
本当にチームにとって効果的なプレーを実際に成功させられるやつが偉いんです。

そういうある種非民主的な「偉さ」を、ピッチで絶大な存在感を放っていた旧4年生に学びました。

(教科書的知と実践知は相反するものではなくて、
むしろ、たくさんの教科書的知をうまく運用していく能力こそが実践知ではないかと思います。)

今年は、プレーで言葉に説得力を持たせられるプレーヤーになってみせます。



新3年 MF 片山

絶賛荷造り中です!!



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