2012年3月22日木曜日

生きるとは呼吸することではない。行動することだ。

タイトルの言葉は皆さんご存知のルソーが彼の著書『エミール』にて書き表したものです。最近この言葉を目にしたのですが、胸に響きました。というより、胸に突き刺さったと言ったほうが正確かもしれない‥。ここで補足ですが、この「生きる」とは生物学上の生きるという意味ではないということです。(「呼吸しないと生きていけないじゃん」、というような反論をした人がいたもので。笑)

この言葉は初めて知ったわけではなく、前からなんとなく知ってはいたのに、先日この言葉を目にしたときから僕の頭から離れなくなっている。これは、最近の自分は「呼吸」するばかりで「行動」が満足にできていない、と思っていることに依るのだろう。
1年生のときはあまりこのように感じることはなかったけれども、2年生になってからは比較的に時間に余裕が出るようになり、サッカー以外に関してはロクに勉強等もせずに日々を漫然と過ごしてしまった。いつのまにか「呼吸」する時間が増えてしまったのだ。
これはこれである種充電期間みたいなもので、なにかしらの意味があったのかもしれないが、今までの人生を振り返ってみて、こんな感じで日々を送ったのは初めてじゃないかと思うぐらいなんとなく違和感のある生活だった。もちろんサッカーを優先しやすい生活ではあるけれども、自分の性に合ってない。(サッカーでうまくいかないから昇華しようとしている、というわけではないです。たまにはそうせざるを得ないときもあるのだろうけれども‥。)

以前の自分はいろいろなことを全力で頑張ろうという気持ちでやってきたつもり。そのためにキャパ超えして失敗することもしばしばあった。それでも自分の中には充実感はあった。それは自己満足とも言えるのかもしれないけど‥。いろいろなことに挑戦する中で一つ一つに対する時間は限られてくる。だからこそその限られた時間で最大限にやれるように頑張ろうとしていたような気がする。そして自分の取り組む物事が互いに影響し合って相乗効果をもたらすことも少なからずあったと思う。これが充実感をもたらしていたのかなと思う。
これは逆に考えると、所詮自分を時間的にキツイ状況に追い込まないと頑張れないような人間でしかないとも捉えられるけれども、自分の弱点として甘受するしかないかなと思っている。

以上いろいろとグダグダ書いてあまりまとまりがなかったけれども、これからに関してまとめると、

・サッカー以外の物事にもできる限り全力で取り組む。もちろんサッカーに差し支えのない範囲で。

・その中でサッカーに取り組める時間の大切さを感じる。

・そうすれば限られた時間の中で自分がすべきことを必然的に考えるようになり、漫然と「呼吸」する時間が減るはず。

・結果としてサッカーや他の物事に取り組む姿勢や質が向上するはず。

・これらの前提として、昨日よりも今日の自分をよくしよう、というスタンスを保つ。(これが個人的な「行動」の局所的かつ核心的解釈。)

なんかまとめが若干いい加減になってしまったけれども、全てが思うようにうまくいくのは難しいので、幅を持たせました。

意味合いは多少ズレるけど、すごく簡潔にすると、メリハリを付けて一つ一つの物事に取り組む際に質を高めていこうということですね。

タイトルの言葉に戻ると、僕は正直ルソーが苦手なのだが、このルソーの言葉はいろいろと考える契機を与えてくれた。

そして、この言葉を僕が目の当たりにするきっかけをつくってくれた方がいたので感謝です。


単位は可りに行くものではなく、優々と取るものでありたい
新3年 FW 光永






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