2012年3月14日水曜日

新成人の言葉

こんにちは。長尾です。
今シーズンから副将を務めさせていただいております。よろしくお願いします。
最近ハタチになりました。

そういえば、先日合格発表があり、僕が尊敬してやまない暁星の一個下のキャプテンが合格しました。ア式に入ることを決めているらしいです。ほんとよかったです。
僕の新歓係としての仕事はほぼ終わりました。


ところで僕は本を読むことが多分サッカーの次に好きなことなんですが、最近本を読んでいて思わずiPhoneにメモっちゃった言葉を紹介しようと思います。

ひとつめは、
「人間の労働パフォーマンスが高まるのは、努力と報酬のあいだに、どういう法則性があるのかが予見できないとき」
というものです。

別に自己啓発本を読んでいるわけじゃないです。
まあでもこれに似たようなことを読んだことある人は結構いるんじゃないかと思います。結構有名な人が結構な頻度で言っていることなので。
サッカーに本気で取り組んでいるア式の人なら実感として理解できますよね。
頑張っても結果が出なくて、あるとき原因も分からずうまくいく。そのように自分の思い通りにならないからこそズブズブと引き込まれていっちゃうわけですよね。
みんながサッカーをやめられない理由がここにあると思います。これやったらこれだけ上手くなるって分かってたらサッカーの魅力なんてありません。
「いつか、いつか」と思うからこそやめられないし、その「いつか」に備えて努力は怠れないわけです。
そしてたいていの努力はそんなには報われないからこそさらに努力するという、そんな感じだと思います。鴨川会長の名言が思い出されますね。
だから筋トレはサッカーほど面白くないんだと思います。みんなもっと筋トレしましょう。

ふたつめは、
「あるいは、自身への幻想のない人間は何事かをなすことはできないのかもしれない。」
です。

まあそりゃそうですよね。自分の中ではこの言葉とひとつめの言葉はつながっているのですが、どうでしょうか。
努力と報酬のあいだに法則性がないということは、ある程度努力に対して自分で勝手に報酬を想像しなければいけない。「いつか」と自分を信じることがそれですよね。でもそれって思い込みに過ぎないわけで、たいていが自分が信じたとおりにはならない。それでも自身への幻想を保てるものこそが何事かをなすことができる。
そんなところかな、と思います。でもまあ現実はそんなに甘くないもので、さきほどの言葉にはこういう文が続きます。
「しかし、それが文字通りの幻想に過ぎないことを知ったとき、人はどうなるのだろう。」
これくらい残酷なのがスポーツの世界だと思います。だからこそやめられないし、ほかのどんなことよりも面白いのだと思います。
まああるいは人生も似たようなものなのかもしれません。ハタチになったばかりの僕には人生のことはよく分からないですが。

僕はサッカーが好きですが、サッカーから逃げられないという思いも同時にあります。それはこういうことだったのかなと、思います。


では最後に最近のfeelingsを。
今年は勝負の年だと思います。ア式的にも、個人的にも。直感がそう言ってます。
変わらなきゃいけないなという思いが強くなってきました。
具体的には言わないでおきますけど、自分ってこういう人間だとかこういうプレーヤーだとか決めつけがあって、それは功罪あるのと思うのですが、これまでは功の面ばかりを考えてやってきてました。もちろんこれまでは功の面の方が大きかったと思います。ある程度自分はこうだ、と決まってた方がいろいろやりやすいですし。
しかしそろそろこのやり方では限界あるなと感じてきました。ちょっと言葉では説明しにくいのですが自分自身を相対化するというか、上で書いた「自身への幻想」を保ちながらも自身を否定するような、そういう居心地の悪いところに自分を追い込まないとだめかなあと感じます。
まあもともと楽天的な人間だし、鬱になるとかそういうことじゃないですけど。
うまくまとめられないし、これ以上書こうとしたら超長文になっちゃうのでやめておきます。

では今年も頑張りましょう。あと新歓も頑張りましょう。

新3年 長尾 林太郎

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