2012年6月8日金曜日

らしさ

「○○らしさ」
これは「○○っぽさ」と言い換えることができるものかもしれないが、今回はそれについて書いてみようと思う。

結論から述べてしまうと、「○○らしさ」というのはその人・団体等○○に対する先入観または固定概念の事ということができるのではなかろうか。
その対象に関して事前に何も知らなかった時、「○○らしさ」という言葉が出てくるわけがない。逆に、事前に経験や伝聞の形で何かしらの知識を得ていた時初めて、目の前の現象に対して「○○らしい」だとか「○○らしくない」などといった言葉が出てきうるものだと思う。

まずここに例として一つ「東大生らしさ」を考えてみる。
頭がよさそう、がり勉なんだろうな、難しい事考えてそう、話が合わなそう…等々直接聞いたことある「らしさ」を羅列していくだけでもきりがない。
では、当の東大生自身はどのように思っているのだろうか。これは自分勝手な想像だが、このような評価に対してうんざりしている人が多いように思う。おそらく、「東大生らしくない」と言われた方が喜ぶ人は多いのではなかろうか。
上に羅列した「らしさ」にはプラスの評価と取れるものもあるのになぜそう言われた時嫌な気持ちになるのだろうか。
やはりそれは、それらがあくまでも外から押しつけられた考え方で内部にいる人の考え方とは異なっているせいだと僕は思う。
学問をするだけでない素の姿を見せていくことでしかこのギャップは埋まらないのではないだろうか。

次に、東大の中に存在してるア式の「らしさ」とは何なのだろうか。
新歓時には、入ってほしいからとア式の魅力について説明する機会が多かった。
では、部としての雰囲気について「らしさ」を思い浮かべてみる。いくつか思い浮かぶものが誰にでもあると思うが、はたしてそれは本当に他の部にはない「ア式らしさ」と言えるのだろうか。
プレースタイル、自分たちが「ア式らしい」と考えている事は相手チームにもそう思われているのだろうか。また、それはこれからもずっと「らしさ」であり続けるのだろうか。

最後に、ア式に所属する「自分らしさ」について。
自問してみる、はたして「自分らしい」プレーとはなんなのかと。
周りに聞いてみると、多くの人が口裏を合わせたかのように「お前は一対一が強い」という。また、フィジカルに関する事を言う人もいる。
その意見に対してもう一度自分で考えてみる、本当にそうなのだろうかと。
考えたところで答は出ない。
「らしくないプレー」と言われる事が時々ある。ポジティブにもネガティブにもその言葉は使われる。
ポジティブな意味で使われた時、それはいい意味で期待を裏切ったということだろう。
そして「らしくない」ものでも、それを積み重ねていけば「らしさ」になる。
そうやって、自分に対する認識を変えていけたらとおもいます。


書いてるうちに自分でもわけわからなくなってきてごめんなさい
二年 匿名希望






ではなく、そろそろ呼び分け方を考えて欲しいと思ってる
二年 DF 平野(兄)

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