2012年6月18日月曜日

価値

さて、
「東大の何学部ですか?」
と聞かれた時、みんなは胸張って
「ア式蹴球部です。」
と言えるだろうか。
消去法的に、授業出てないから・活動時間が他と比較して一番長いから、とかでなく。


大学の4年間、人によってはラストとなる競技としてのサッカーをする理由とはなにか。
“サッカーに魅了されたから ”
だろうか。人それぞれだろう。
ただ、何故、本気で強くなろうとし続けるのだろうか。ふと疑問に思い、悩み重ねた結果、自分の気持ちが整理できた。
賛否はあるかもしれないが、一意見として紹介させて欲しい。


「別に負けたって好きなサッカーやってるんだから、楽しいことに変わりはない。そりゃ、勝った方が楽しいけど」

こんな意見もあるかもしれない。

それでも何故強くなろうとするのか。

そこに、自分は人生でおおよそ一度しかない大学というステージにおいて、自分の所属する団体、ないしはコミュニティ、ここに対してのある種の帰属意識から、自分の所属する集団の価値を高めることが、自分の人生の中でのその時代の価値を高めることにつながり、時間やエネルギーの浪費に対して納得のいく言い訳をつくっているのではないか、と。

リフティングやパス、トラップ、ドリブル、シュートがうまくたって、実社会に出てしまえばそれらは何も意味をなすことはないのである。

ならば、実社会に出ても意味のあるようなこと(例えば、外国語の学習だったり、資格の勉強だったり…) を在学期間で取り組み、世間から“好”評価される。それはそれで立派なことだろう。自分自身に客観的価値の指標となる、TOEIC何点だとか、こんな資格持ってますだとか。そういう目に見えるものを身に纏うことで世から“認められる”のが好きな人もいる。
それは個人の選択の自由だ。

ただ、この部活という場に限り、このような〈個〉として他=世の中に認められたいからやっているという人は少数だと思っていいのだと思うのである。

おそらくは、自分をいうならば〈犠牲〉(=この言葉を〈献身〉と捉えることができない人は団体競技はやめた方がいいだろう)として部の価値を高めることで、そこに所属する自分たちの価値を高めていくことに喜びを感じる人が大半なのだと。
泥臭いポストプレー、長い距離のフリーランニング、試合に当てはめると、こんなところか。

かつて自分が所属していたクラブや母校がいい成績を残してくれたというニュースが耳に飛び込むと、自然と朗らかな気持ちになることだろう。

さて、ここまで、〈優れた戦績=高い価値〉という構図で述べてきたが、それだと、試合に出場する18名のメンバーと、その練習相手をする選手だけが強ければすむ話なのではないかという疑念が生じる。
試合に出れず、Aにも入れずといった人間が、存在する意義とはどこにあるのだろうか。

大学4年間、ないしは5年間見通してどのような選手になっていくか。このビジョンを持つこと。今試合に出場することができる圏内にいる選手は当然試合にでること。活躍すること。
今、残念ながらその圏外にいる選手は、いつ圏内にいくか、どのように圏内にいくか、月間目標だけでなく、足りないところ(短所)や、通用するところ(長所)をどのような計画で補い、伸ばしていくか。
行き当たりばったりの月間目標では、4年になった時にいまだに1年にたてていたときとにたりよったりの目標を立て続けているかもしれない。

下級生は、そういった意味でも、もっと〈考える〉ことが必要である。今何が足りないか、何が必要か、4年が意図していることはどういうことか。具体的な指示を待つのではなく、言われたことを〈解釈〉して、自分で最適解を見つけて行動すること。
この、〈考える〉経験が、3年、4年になっていって部の運営を考えて行く時に、非常に有意な経験となる。
また、上級生になったときには、あまり具体的な指示は敢えて与えず、この〈考える〉経験を下級生にさせてやって欲しいと思っている。

上級生は、〈伝える〉ことに少しずつ比重を置かなくてはならないのかもしれない。
〈考える材料を提供する〉といった意味での〈伝える〉こと。
チームがどんなサッカーを目指しているか。約束ごとは何か。
言って聞かせるのもそう、一緒にやって見せるのもそう、背中で物語るのもそう。
クラブがどのようなクラブを目指しているのか。これもそう。
チームとクラブ、これを同時に伝えていかねばならない。

これも集団の〈価値を高める〉ことに繋がる。なぜ、〈伝える〉ことが価値を高めることにつながるか。

〈続くこと〉

続くことによって価値は創生され、高まっていく。

参考までに、一つの優れたプレゼンテーションをみて欲しい。(TEDより)
http://www.ted.com/talks/lang/ja/derek_sivers_how_to_start_a_movement.html


伝統に従い、続けられているか。自問して欲しい。
昨日の応援部との応援や、一昨日の京大戦開会式での応援部の演舞を拝見し、それは確かなものとして感じられた。

去年か一昨年、とあるOBから、まだfeelingsが続いているのですね。私の代ではじめたのですが、まだ続いていて嬉しいです。とのメールをもらった。

現在、ア式には様々な部門がある。
引き継いだことをやるということだけはクリエイティブでもなく、地味な作業かもしれないが、継続させるということそれ自体に“価値のあるもの” だという自負を持ち、懸命に使命を全うし切って欲しい。

自分がやってきた数々のことは、現段階ではまだ大した価値は持たず、ほんのお膳立てだけに過ぎない。これを価値あるものにしていくか否かは、後輩諸君の手にかかっているのである。そして自分はそれが末長く継続され、価値あるものへと発展していくことを心から願っている。
それが、成果としては見えづらいものの、チームが強くなることに、チームの価値を高めることに繋がっていることと信じて。


自分はよく革新的だとか、斬新だとかときどき言われたりするが、何も“生み出すこと”や“変えること”が好きなわけではない。
むしろ、心の何処かには、一生そのままであり続けていられるような、どこか旧態依然としたところに惹かれることの方が多い。
ただ、“ずっとそうあり続ける”ことを頭の中で幾度となくシミュレーションすると、入部当初のア式の環境や体制のままでは、(理由はごまんとあるが)どこかで止まってしまう。
それを打ち破るために、思案し、練りに練って改良改善を加え続けたものが、今現在進行中のものだ。まだ満足していないし、納得もできていないが、今後後輩が、さらに先を見通して、より発展していくことを願っている。


今後、続いていくことを考え、みんなに10やって欲しいことのうち、より抽象的な部分である1を書いた。
残りの9を〈考え〉〈解釈〉して、自分がいなくなった後も継続していくことを願って。



《ちょっと個人的なこと》

少し忙しくなりそうだったので、前回feelings時の反省をうけ、少しずつ書き溜めてました。笑

肉離れしました。打撲からの進化です。
フィットがきつすぎたからとは思っていません。
むしろ火曜に調整しない方が週末の調子がいい気がする。木曜はその代わり軽めで。
5月は調子が良すぎて、きっと少し休んで、秋に向けて再調整しろってことだと信じ、ちょっと体を休めてます。
さっき診察受けて、だいぶ良くなったから後は可動域とれたらやっていいっていわれたんで、そろそろ復帰かなって思ってます。
こんな感じ。


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東京大学運動会ア式蹴球部
4年FW 主務 川瀬 智博
・筑波大学附属駒場高校出身
・小中:CB、高:トップ下/ボランチ
・生後〜中学までは愛知県名古屋市
・購読中lifehackや情報系feedは42本
・人生で読破した本は2作

《feelingsアーカイブス》
・2012/03/28 be creative
・2011/11/10 経営統合から学ぶ
・2011/08/25 感謝の気持ちとシナジー効果
・2011/05/26 No iPad, No Life.
・2011/02/18 No iPhone, No Life
・2010/10/01 Google化計画
・2010/07/01 巷では…
・2010/03/28 魂の雑感
・2009/11/07 SUPER feet
・2009/06/28 Utility Player

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