2012年9月8日土曜日

「競争」

 僕が小学校を卒業した時には、「世界に一つだけの花」というSMAPの曲が大ヒットし、卒業式ではどこの学校でもこの曲ばかり歌っていた。この曲の中には「No.1にならなくてもいい、もともと特別なonly 1」なんていう印象的なフレーズがある。 
また、近ごろの小学校の運動会の徒競争では最後はみんなで手をつないで一緒にゴールをするなどということをしているところもあるらしい。

 
 ところで、ちょっとまえに情熱大陸を観ていたら、日本のスティーブ・ジョブズと呼ばれ、今日本のIT業界で旋風を巻き起こしている猪子寿之さんという方の特集が行われていた。その中で彼が学生への講演会で言っていた言葉に、「社会に出たら価値のない人間は見向きもされない」「美人はブスよりも人生の中でずっと得をしてい る。」というものがあった。そして彼は「このように世の中は本当は不平等なものである」と言い、こういった世の中の事実を学校じゃ全く教えてくれないと 言っていた。

 
 猪子さんの言葉はどれも正論だと思うし、実際世の中が平等なんてことは全くないと思う。でも、世間では「みんな平等」ということが称賛される風潮があると思うし、はじめに挙げた例もそれに当てはまる。 では世間から敬遠されがちなこの不平等というものは何から生まれるのかと考えると、それは格差から生まれるんじゃないかと思う。そしてこの格差を生みだすものの一つが「競争」なのではないかと思う。

 
 さて、僕は大学1年のころからずっと家庭教師のアルバイトをしているのですが、中学受験の生徒を指導するなかでも、やはりこの「競争」が一つのキーワードになっているということを実感することが多い。僕自身は中学受験のときには友達に負けたくないという文字どおり「競争」心をなんとなく持っていて、それが勉強のモチベーションになっていたし、そういう人は結構多いんじゃないかと思う。
 
 でも今まで指導してきた子の話を聞いていると、他人と競争することや競争心を持つことを嫌がる子が多い事に気がついた。そんな子が、成績不振に陥り、やる気が出なくなっている時、どのようにすればモチベーションを上げることができるかというのが、今まで家庭教師をやってきた中で一番難しかったし、いまだに正解は見つけられていない問題である。でも、今日の指導の後にその子とその子のお父さんと自分の三人で面談をしていたときに、親御さんが「友達と競争するのが嫌だって言ったって、受験で合格するには他人と競争して勝たなくちゃだめなんだぞ」と僕の教えている生徒の子に言い聞かせている場面に出会い、勉強が楽しいということだけをモチベーションにして受験勉強をしていくのもありなんじゃないかと考えるようになっていた自分の考えも少し元に戻ったように思う。

 
 つまり何が言いたいかと言うと、結局どこに行ったって社会で生きていくうえで「競争」は必ず出会うものであり、そこにおける勝ち負けは間違いなく何らかの格差を生み、結果として不平等は生じているという当たり前すぎることを最近考えたということです。
 大学生になると、受験競争もなくなり、大学の授業もサークルなんかも適当に関わることができるようになり、「競争」や「不平等」といった社会の現実を実感させてくれるものは縁遠くなりがちだと思う。そんな中で部活という環境はそれをしっかりと経験させ、また実感させられる場所としてとても貴重だと思う。部活の中では間違いなく実力主義が存在するし、そのポジションの上下によって待遇も変わる。その中での自分のポジションの上下は全員が重視するところだと思うし、自分も常にそれに対して喜んだり悔しかったりしている。
 
 最後に自分の話につなげれば、今の自分は公式戦の舞台に立てるような状況には全くなく、掠りもしていない。この状況には不満がかなりある。 悔しいし、ちゃんと俺の事を観てくれてるのかと思うこともある。そういったことは1年のころからみんな経験している事だと思うけど、こういうときは大抵いろいろ考えて夜もよく眠れなくなったりする。じゃあなんでこんなに自分にとって楽しさとは逆の感情を与えてくるこの部活という環境を選択し続けているかと言えば、それはサッカーでうまくいった時の嬉しさとか楽しさよりも上のものが、まだ自分の人生の中では見つかってないし、今現在それが最高のものだから。
自分のア式人生も残すところ1年ちょっとになっている。この残り一年と少しを自分に悔いを残さないように、言い訳しないようにやるのみ。
自分がサッカーをやっているのは健太郎さんのためでも、OBコーチのためでも、 誰のためでもなく、サッカーが好きな自分自身のためだから。


3年・MF 中川雄貴

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