2012年12月16日日曜日

ただ、オレ、マジで­サッカー好きなんすよ。マジで、もっとサッカーやりたいです。




最近自分の気持ちが揺れに揺れていたので、うまくfeelingsがまとめられませんでした。やっと心が固まりました。



とある月曜日の3限終わり。同クラのU君が「ちょっと来て」と僕を呼びました。
彼の手には携帯。ネットから何か面白いものでも見つけてきたのでしょうか?

「…俺ア式辞めるったい」

これは予想外すぎました。鎌田の暴露など足元にも及ばないほどです。ものすごく動揺しました。僕はどんな顔をしていたのでしょうか。後日、U君が「あいつのあんな顔は初めて見た」ともらしていたそうです。
もちろん引き止めにかかります。足首グラグラの彼はDLの常連で、一緒にプレーする機会はあまりありませんでした。僕は本調子の彼と一緒にプレーするのをずっと心待ちにしていました。

翌日練習前、僕は彼を部室で見かけました。前日の説得の甲斐あって思いとどまってくれたのかと期待しました。
そんな淡い期待も虚しく、彼はロッカーの荷物を袋に詰めだしました。泣きそうでした。


彼が辞めるまで、自分は辞めるなんて考えてもいませんでした。ただ、彼のいろんな考えを聞いて、自分もそろそろ先のことについて考えてみなくては、という不安な気持ちが強くなりました。それは、いつも考えてはみるものの、現役時代、浪人時代、そして4月から今までと、ずっと結論は先送りにしていたことでした。
しかしこの時も、じっくり考えられるようなまとまった時間は取れず、ちょっと考えてみて、「なんだかんだでやっぱりサッカー好きだし、もっと上手くなりたいし」という結論に達しました。やめる気はさらさらありませんでした。



数日後僕は高熱を出しました。一人暮らしの高熱の恐ろしさを嫌というほど思い知りました。食生活が悪かったのでしょうか。とりあえず二度と病気にはなりたくありません。栄養サポートってほんとにありがたいことだと思います。

で、病気になると寝るしかすることがなくなるわけです。普段の生活でサッカーと勉強に追われている分、こういう時に自分を見つめ直す人が多いのでしょう。やっとじっくりと考えられる時間をもらいました。


僕はこの高熱ですっかり気力を失ってしまいました。この大学に入って部活に打ち込む意味がわからなくなりました。
緊張の糸が切れたというか、サッカー、勉強、家事に追われる切れ目ない日々に疲れてしまいました。
関東という目標を本気で考えたとき、すべきことが多すぎました。
自分にはその気力がありませんでした。
本気でその目標を目指す気がない以上、自分はこの集団にいるべきではないと考えるようになりました。

ただ、ア式でやるサッカーも捨てきれずにいました。
病気療養中に見たyoutubeの松田直樹のFマリノス退団スピーチや、いろんな先輩方のfeelingsのせいかもしれません。サッカーが好きでした。サッカーを通じて出来た仲間が好きでした。


結果もう少し頑張ってみて決めることにしました。それからの二週間、辞めるか辞めないか揺れに揺れました。この間に辞めていく人もいました。病気後はどうしても気持ちがネガティブになってしまうのかもしれません。
三週目に入ってようやく気力が戻ってきました。今は本当にやめなくてよかったと思っています。今後もし病気後悩むような人がいたら結論を急がないでじっくり考えて欲しいです。



さて、辞めてからのU君ですが彼は彼でだいぶエンジョイしてるようです。ア式に戻ってくる気配もないのでちょっとさみしいですが、大学生活、やつに負けないくらい充実させてやろうと思います。



みんな勝手に俺のシャンプーを使うな!  1年 MF 佐藤瑞基




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