2012年3月30日金曜日

やる気スイッチON!

こんばんは。山川です。


三月から日記つけ始めました。サッカーのことも含め、その日の出来事まとめる感じです。
まぁ一年のサッカーノートのアイデアに便乗したというか、やっぱりあれこれ考えても一度アウトプットしとかなきゃないがしろにしちゃうかなと思って。サッカー面で効果があるかないかは、まだわかんないですが、その日の感情とかを一回書きだしてみて、冷静に一日を振り返るってのは、明日につながる作業になってんじゃないかなと思います。まぁ大半、意味のないことしかかけてない気がしますが…。
これがあってかどうかはわかんないけど、ここ一・ニカ月くらい、考えること多かったなと思います。なんで色々書こうかと。とりあえず書きやすさ重視で見出し方式で…



0. 矢野とやることなすこと似通ってる

まぁそうなっちゃいますよ。
見出し式とかやろうと思ってたし…
まぁとかフツーに多用しちゃうし…one tweetで複数回使うレベル
まぁ学科も部活も一緒でほぼ同一行動してたからしょうがないってことにする

ただ部活内では完全に別行動にしたかった。
てわけで…

1.僥倖

(ぼくに訪れた僥倖といえば、一年の頃なくしたチャリ鍵が先日発見されたことくらいです。)
とりあえずニクバは回避したようです。
焦りは増す一方だけど、割り切ってやるしかないです。
誰かも言ってましたけど、怪我が続くのがシーズンの序盤でよかったと思って、色々とちゃんと治します。



2.イヤーブック(以下YB)

完成しましたね。
多くの新入生がYBをみて入部を決意してくれることを願います。

今回、完全に有山さんにまかせっきりにしていましました…
すみません_(._.)_

今気付いたんですけども
パソコン顔文字のバラエティ豊富ですね(#^.^#)
はい、すみません<m(__)m>

まじめに
来年は自分が中心となってやっていくと思います。
一応広報みたいです。
こんな僕ですが、責任と自覚をもって頑張っていきます。
たくさん迷惑かけると思いますが、みなさん、協力お願いしますm(__)m

で、まぁ今回やった仕事に、OBに協賛をお願いすることってのがあったのですが
その仕事を通じて
“今のア式があるのはOBのおかげ”
ってことを強く実感しました。
伝統とかっていうよりも、今の物質的?な環境の意味で。

こんなイイ人芝グランドじゃなかったら
コーチ陣を雇わず学生のみで活動してたら
トレーナーさん等スタッフ陣がいなかったら
その他、ビジョンをもってア式の未来のための裏で動いてくれる方々がいなかったら
部費月額一万とかで、バイトもっとしなきゃやってなかったらetc…

ア式は関東を狙えるチームになれただろうか。全国でてたり、ユース上りが集まった他校と張りあえただろうか

わかんないけど、無理かなって思います。わかんないけど。
とりあえずこんな良い環境でサッカーできて幸せなのはOBのおかげってことだけは確かだと思います。感謝の気持ち持ってサッカーしましょ。リハビリしよっと。


まぁ今回はこんなとこで終わり…




ません!
まだまだ続くんだなーこれが。通学に一日二時間半は使ってますから。文章考える時間無駄にあるんですよ。むだに



3.やる気スイッチ(以下YS)

塾講してます。それでやたらスーツで来るんです。
YBの仕事が自分達を高度に利するための仕事であるならば、YSの仕事は生徒(≒他者)のためにどれだけ尽くせるかって仕事かなって思います。
正直、それに費やす時間と報酬を考えたらバカみたいなバイトだけど、何が人のためになるかって本気で考えるってのは将来絶対必要になってくる力だと思うし、やりがいはある。
あと単純に他の講師陣と話すのは楽しい。ア式のガラパゴス化とかって話もあるけど、中高六年間、大学でもサッカー部と非常に似通った価値観を持った集団に属していることの負の側面はさすがにあると思う。色んな考え方を持った人と話すってことは大切にしていきたい。
これカテキョにないいいとこだと思う。


まぁ資金的に親に頼っちゃってるとこが大きいから言える話で、ほんとそこのとこは甘えちゃってて駄目だけど…



4.コーチング

声が少ないってのが現状、チームの課題。もちろん自分の課題でもある。

今年のOBコーチって、宮川さんとかスズコ-さんとかピッチ内でもどっちかというと現役時代に近い形で接するっていうスタンスでやって頂いていると思う。それはたぶん一緒にやるなかで見えてくる課題、わかる課題が多いって面もあるだろうし、単純に練習の質が上がるって面もある。ただ、今の自分たちはそれに甘えちゃってるとこがあるんじゃないかなって思う。

coachって服のブランドあるじゃないですか。馬にジョッキーのってるやつ。コーチって言葉はもともと馬を正しい方向に導くって意味なんだそうです。ここで重要なのは結局正しいとこいけるかどうかは馬次第ってことです。

………

いやさすがに馬の場合はジョッキー次第なきがすんな。でもまぁ俺らに置き換えたら選手次第ってことになるよね、、、って感じで進めようと思ったんだけどな。さすがに馬と人じゃ、だいぶ事情変わってくるな。この例えムリあった。なしで_(_^_)_

じゃあ別の話使って、

YS君のはどこにあるんだろー。見つけてあげるよ君だけのYS♪
ってあるじゃないですか。あれ深いんですよ。

結局、講師ができるのはYSを見つけることまでで、それを押すか押さないかは生徒次第なんですよ。

(へー。どーでもいい。  って声が聞こえてきそう…)

最近、よく声が少ないとか、暗いだとか言われ続けているけども、いくら言われたって自分で変わろう、変えようって思わなきゃ自分は変わらない。結局スイッチを入れられるの自分だけ。

試合で闘うのは健太郎さんでもOBコーチでもない。実際ピッチで闘う自分たちから変わっていこうとしなきゃいけないんでは?

とまぁ偉そうに言ってみたけどホントこれ自分の課題、というか今季のテーマ。
復帰したらとりあえずここの部分かえる。
自分の場合、がんばろーみたいなどーでもいー声を出せるレベルに留まっているからちゃんとコーチングができるようになることが必要。ワンプレーワンプレー考えを持って、それについてしゃべれるようにならなきゃなって感じです。


さすがにおわります。
他にも色々思う事はあったんですが、さらにグダグダになるとマズいんで。

来年のYBが心配になる文章力ですみません<(_ _)>

新三年 SB 山川剛




2012年3月29日木曜日

まぁ

最近ずっとDLなのでfeelばっかしてるんですが、いざこうやって書き出そうとすると、なかなか書き出せないんですよね。
文才欲しーなー、とか言っても何も始まらないのでまずは適当に箇条書きで...と思ったけど、やっぱ書きやすそうな見出し方式で。


・ 僥倖

まぁいろいろありました。別にここで書くまでもない内容なので詳細は割愛しますけど、忘れられない合宿になりました。
あ、洗濯物は見つかりました。先日着払いで届けていただきました。
ひとつ言っておくなら、くれぐれもぬれたタイルには気をつけてください(泣)


・Jリーグ

某有名サッカー雑誌の今季補強診断的なsomethingではそれはもう酷い言われようだったサンフレッチェでしたが、いざふたをあけてみたら、結構良い感じでなによりです。的確な補強だった感じ。
まぁ夏場失速するんだろうけど....
あとは前田遼一に今季初ゴールを献上したガンバが残留できるのか、楽しみです。
ガンバと言えば軍団長、軍団長とと言えば...


・軍団

軍団長が前回の軍団会に参加できなかった軍団員を誘って飯食いに行ってた
なんだかんだ言いながらもしっかり軍団長してるんだなと、感服しております。
別に軍団に入りたいとかじゃ全然ないけど。
新入生が入ってきたら普通に軍団員を募集するだとか、東野軍団八田会みたいな下部組織が出来るだとか言ってるのを小耳に挟んだけど、よくよく考えたらこれ全部軍団員が言ってたような。
少なくとも軍団長じゃなかった。
まぁwktkしながら傍観することにしよう。
そういえば吉清軍団とかいうのも聞いたけど、んーまぁどうでもいいか。


・新歓

新入生の練習参加が始まりました。いろいろ楽しみです。
なんといっても、ゆうは、平野(兄)、平野(弟)の3バックは一回みてみたい。
まぁ、とはいえ今はやっぱ一緒にサッカーできないのが歯がゆいよね。
復帰の時期的に謎のDLキャラになりそうなのを心配しています。まぁしょうがないか。


・自分

なんていうか、結構調子の良いときに怪我しちゃったので悶々としてます。
いろいろ考えて思ったこともあって、今は割とヘディングのことばっか言われるんだけど、高校の時とか空中戦強いと思ってなかったし、どっちかっていうとスルーパスに抜け出して点をとるタイプだった気がする。あと、運動量。
今まで技術がないなりの戦い方でやってきた(そのつもりだし、実際高校の時の顧問に言われた)から、ポストプレーとかパスとか大学サッカーのレベルじゃ全然だけど、ゴールの嗅覚というか、自分が決定機を迎えられるような動き方は武器に出来そうだなと思った。
まぁこれはシュート決めてやっと武器になり得る訳で、シュート上手くならないといけない。
あと、技術の向上なしにやってても、やっぱB止まりだってのも感じてて、ポストプレー、パスその他諸々がこなせるようにならないと秋季、そして関東大会、ゆくゆくは関東リーグに出て活躍する、というのは無理だろうな、とか。
そんな感じでひたすら考えてばっかの3月でした。
最近イメトレばっかです。

自分にも全くサッカーに触れてないfeelings書けるのかなと思ったんだけど、正直ほとんどの時間サッカーとかア式関連のことしかfeelしてない。
特に怪我してからはサッカー以外のことを深くfeelした記憶がない。
結局見出し全部ア式とかサッカー関連だし。

まぁでもあと1年と8ヶ月ぐらい、サッカーのことばっか考えて過ごすぐらいの心持ち。
ってかやっぱサッカーしたいわ。やっぱサッカーが好き。
なんか最終学年のfeelingsみたいだけど。


まぁ腐らずがんばりたいと思います。

とりあえず読み返してみてありきたりなfeelingsだと思って満足している  そして「まぁ」が多い
3年 DL (FW) 矢野 


2012年3月28日水曜日

be creative

今回はせっかくなので最近(といってもだいぶ前ですが)読んだなかなか面白かった記事を一つ紹介します。

【2011.12.18 lifehacker より抜粋】
「クリエイティブになりたい」、「クリエイティブな職に就きたい」と思ったことがある人はかなり多いかと思います。あるいは、これを読んでいるあなたは今もそう願い続けているかもしれません。
しかし、クリエイティブになりたい! と発言すること自体はそれほどクリエイティブなことでもなんでもありません。「どうやったらクリエイティブになれるのか?」、「そもそもクリエイティブとはなんぞや?」という質問を投げかけてみるのも大切です
そんな中で、数年前にネットで見つけたHugh MacLeod氏は、名刺の裏に一コママンガを描くという作品を作っている人で、それと同時に南アフリカのワインをアメリカに輸入する会社の社長さんでもあります。その彼が書いた「クリエイティブになる方法」という記事が本当に素晴らしいので、なかなかの長文ではありますが、今回はその一部を紹介致します。

■クリエイティブになる方法(by Hugh MacLeod)
1. 人の話なんか聞くな
あなたのアイデアの独創性が強ければ強いほど、ほとんどの人はあなたに有益なアドバイスを与えることができません。最初に私が名刺で作品を作るとい う仕組みを始めた頃、周りの人たちは「どうして市場にとってもっとわかりやすいことをやらないのか?」と不思議に思い、私の頭がおかしくなったのだと結論 づけました。
アイデアが生まれた瞬間にはそれが良いかどうかはわかりません。それは自分にもわからなければ、他の誰にもわかりません。それが良いアイデアだと腹の底から信じられるかどうかです。ですが、感覚を信じるということはなかなか簡単なことではありません。感覚に対して我々が恐怖心を抱くのにはそういった理由があるのです。
親友に聞いてみてもなかなか良い答えは得られません。彼らにしてみても、助けの手を差し伸べたくないわけではないのですが、彼らがいかに努力をしても、あなたが考えていることの百万分の一も理解はできないのです。
それに、大きなアイデアはあなたを変えます。あなたの友人たちはあなたのことが好きですが、あなたに変わってほしいとは思っていません。あなたが変わると、彼らとあなたの関係も変わります。彼らは今のままで良いと思っているものです。
しかも、あなたが変わることによって彼らは何も得をしません。なので、あなたに変化をもたらす可能性のあるものすべてに否定的になりがちです。それが人間というものです。もし、あなたの友達が変わろうとしている場合、あなたもきっと同じことをするでしょう。良いアイデアは人間関係のパワーバランスを変化させます。だからこそ、良いアイデアは最初の段階では否定されるのです。
良いアイデアには重荷がついてくるがゆえに、良いアイデアを持っている人は少なくなります。そして、これに耐えられる人はほとんどいないのです。
2. アイデアが大きい必要はない、ただし自分のアイデアである必要はある
大きなアイデアと自分のアイデア、この2つは同じではありません。
3.時間をつぎ込め
価値のあることをやるには時間がかかります。成功した人と失敗した人を分ける要因の9割は「時間、努力、スタミナ」です。
「名刺に絵を描く、というあなたの作品のフォーマットはいたってシンプルですが、他の人がそれを真似するということが心配ではないのですか?」という質問をよく受けます。
私は「その人たちが自分より多くのマンガをより上手に描ければ心配にもなるかもしれません」と答えています。この名刺の裏にマンガを描くという行為を、私はもう何年も続けています。何千ものマンガを描いてきていて、何万時間の工数をかけてきているのです。
4. 誰か強力な人に見つけ出してもらうことが必要な計画は失敗する
人もモノも突然発見されたりはしません。物事はゆっくりと、確実に苦痛を伴った状態でしか進んで行きません。
5.自分の経験に対しての責任は自分で負え
自分がやっていることが良いのかどうか、意味があるのかどうか、やる価値があるのかどうかは誰にも判断できません。進むべき道が強引であれば強引であるほど、孤独感は強くなります。
6. 人間誰しもクリエイティブ
実は、みんながみんなクリエイティブです。誰もが幼稚園時代にはクレヨン一式を持っていて、それで何かを描いていました。
7. 日中の仕事をやめるな
8. 想像力を封じ込める会社が、想像力を称賛する会社に勝つ時代は終わっている
9. 誰もが自分だけのエベレストを持っている
頂上にたどり着けるかどうかが最大の問題ではなく、少しでも高いところへたどり着くために、全力を尽くしたことが一度でもあったかどうかが問題です。ベッドの上で死を待つ時に虚無感しかない...という状況を避けたいのであればの話ですが。
10. 才能がある人ほど道具に頼らない
デリのメニューの裏にマスターピースを書いたという人と会っても、さほど驚きはしないと思いますが、SOHOの拡張高い空間で高級なペンを使ってア ンティークのデスクに腰掛けてマスターピースを書いたという人に会ったら、私はそれはそれは驚くことでしょう。創造力と道具の間には何の関連性もありませ ん。
アーティストが作品作りに没頭し、成功を収めていくにつれて、使う道具の数は減って行く傾向にあります。どれが 自分にとって必要なのかということがわかってくるからです。モノについて考えることは時間の無駄です。やるべきことが明確な場合、〆切が迫っている場合、 金持ちのクライアントが一挙一動を見張っている場合、必要でない道具の使い方を学ぶのに時間を費やすというのは、どう考えても賢明なことではありません。
上等な道具を使うという行為は、とって後ろに隠れることができる柱でしかありません。だから二流のアートディレ クターは最新のMacを持ち歩いているのです。だからハックライターは高性能のノートパソコンを必要とします。ダメなカメラマンほど素晴らしいデジタルカ メラを持っているのです。無名な画家ほど、流行のエリアにある高級なスタジオを借ります。これらは、道具という柱の後ろに隠れているだけにすぎません。
柱は決して助けてくれず、妨げとなるだけです。柱が立派であればあるほど、人はそれに心理的に頼ろうとし、さらに柱によって進むべき道がぼやけてしまうのです
11. 人ごみの中で目立とうと思うな、人ごみ自体を避けろ
自分の作品を世に送り出す方法は作品と同じくらい独創的でなくてはなりません。作品は新しい市場を開拓する必要があるのです。二十数万人の若者たちが同じことをして奇跡を待っているのであれば、同じことをする意味なんてまったくありません。すべての既存のビジネスモデルはもはや正しくないのです。新しいビジネスモデルを見つけましょう。
12. 痛みを受け入れれば、それはあなたを傷つけない
必要とされる犠牲に伴う苦痛は、常に想像しているよりも大きいものです。辛いです、はっきり言って。しかし、クリエイティブなことをするということは、人生において最高の体験の一つです。 実現できた時、その瞬間にすべてが報われることでしょう。もし実現できなかったとしても、そこから驚くべきこと、神秘的なこと、価値のあることを学ぶこと ができるはずです。そして、実現できなかったことによる傷よりも、チャンスが訪れていたことを知りながら実行しなかったことによる傷の方が、後々痛みま す。
13. 自分の中身を誰かの外見と比べるな
14. 「早死に」は過大評価されすぎる
15. クリエイティブな人間がプロとして学ぶもっとも大切なことは、どこまでを引き受けて、どこからを断るかの赤い線を引くことだ
芸術を現金化した瞬間から苦しみは始まります。お金を必要とすればするほど、他人からの指示は多くなり、自分の意志での作成が困難になります。不本意なことをやらざるを得ない状況も増え、創作の喜びもそれに伴って減少します。それを踏まえて計画的に仕事をするべきです。
16. 世界は常に変化し続けている
17. メリットは買える、情熱は買えない
世界を変えたいと思っている人だけしか、世界を変えることはできません。みんなが世界を変えたいと思っているわけではないのです。
18. ウォータークーラーギャングを避けろ
「井戸端会議が好きな連中とはつきあうな」という意味です。
19. 自分の声で歌え
ピカソは色づけが苦手でした。ターナーは人の顔を描けませんでした。ソール・スタインバーグは写生が驚くほど下手でした。T.S.エリオットは、日中は別の仕事をしていました。ヘンリー・ミラーはひどく波のある作家でした。ボブ・ディランはギターも歌もひどいものです。
でも彼らは辞めませんでした。どうして彼らは辞めなかったのでしょう? それは私にはわかりません。逆にどうして辞める必要があるのでしょう?
20. 媒体にこだわるな
それぞれのメディアには長所と短所が必ずあります。それらは必ず共存しているので、どの媒体がどの媒体よりも優れている、というものでは決してあり ません。絵画は壁に飾られるだけですが、それが絵画の良さであり、また同時に欠点でもあります。映画は音と映像と音楽と演技のすべての要素が含まれます が、それが映画の良さであり、また同時に欠点でもあります。
21. 「売れ線狙いで売れる」と考えるのは、人が思うよりも難しい
22. 誰も親身になんてなってくれない、自分のためにやれ
みんな自分の人生で手がいっぱいです。あなたの本やペインティング、スクリーンプレイに対して(特にまだ商品化されていない場合)親身になって悩んでくれたりはしません。親身になってくれる人がいたとしても、その人たちは恐らくあなたの人生に必要な人たちではありません
23. 芸術vsビジネスの議論は時間の無駄
24. インスピレーションを見つけようと躍起になるな、じきにやってくる
25. 必殺技を持て
ピカソの作品はピカソにしか見えません。そして、ベートーベンの交響曲はベートーベンの交響曲にしか聞こえません。一流であるには、他の人にはできない自分らしさ、いわゆる自分だけの声のようなものを人に見せる術を習得する必要があります。
26. 心で書け
27. 認められるために最も効率的な方法は、認められることを必要としないこと
これは芸術でもビジネスでも同じです。愛でも、セックスでも同じです。手に入れる価値のあるもののほとんどすべてがそうです。
28. パワーは与えられるものではなく、借りてくるもの
29. どんな選択をしたところで年貢の納め時は確実にやってくる
30. クリエイティブでいることの最も困難な点は、それに慣れること
1989年の夏にロンドンで暮らしていたことがあるのですが、その時同じアパートの上の階に、映画監督であるティム・バートン氏が撮影で数ヶ月ほど 滞在していました。それほど親しかったわけではないですが、若干のやり取りはあり、彼が近所付き合いをするにあたってとても感じの良い人だったので、彼に とっての自分もそうなろうと心がけていました。
当時大学生だった私は、コピーライターとして生計を立てたいと考えていました。そしてある晩、彼と彼の奥さんが夕食を食べに我が家にやってきまし た。会話の流れで私のキャリアについての話になり、クリエイティブなことを仕事にすることについて不安を感じている、という話をしたところ、ティムは私に こう言いました。
クリエイティブ病につける薬なんてないのだから、共存する方法を探した方がいい。」
これは本当に素晴らしいアドバイスでした。当時の自分にとってはもちろんのこと、今の自分にとっても。

原文サイトでは今はもう30までしか出ていませんが、以前は38まで掲載されていました。30以降は下記のような感じです。

31. 倹約家であれ
32. 自分とともに仕事を成長させろ
33. 貧乏は楽しくない
34. 趣味を仕事にする場合は気をつけろ
35. 無名でいられる時期を楽しめ
36. ブログを書け
37. 意味は拡大される、人は変われない
38. 夢が現実となったとき、それはもう夢ではない
中島らもさんが「芸術は場数だ!」という言葉を残していますが、結局のところクリエイティブになるための、そしてクリエイティブでい続けるための最良の方法はとにかくたくさんのアウトプットを続けていくことなのかもしれません
個人的には11. の「人ごみの中で目立とうと思うな、人ごみ自体を避けろ」という言葉を自分がやっていることに当てはめて考えてきたことが何度もあり、それによって救われたことも結構あった気がします。何はともあれ、オンリーワンイズナンバーワンですしね。
クリエイティブになりたいと思っている方は、一番最初にある「人の話なんか聞くな」と言う言葉の意味を良く噛みしめながら参考にしてみてください。

なかなか興味深くはないでしょうか。 (意味の分からない項目もありますが)
いくつかはサッカーにも当てはまることもあるかも知れません。
取り急ぎ、こんな感じで。

新4年 FW 川瀬

2012年3月26日月曜日

春よ、来い

今週は試合が多かったですね。
試合の度、いやふだんの練習でも
最後まで走る選手を見てると、私も頑張らなきゃなあと感じるわけです。
先日就活で迷子になって、時間にぎりぎりになって諦めそうになったとき。
これがもしも秋季の最終節だったら…って考えて走りました。
泳げないけれど、走るのは得意です。



こんなくだらないことをつらつら述べるつもりはないんです。
が、私としたことが予想をはずしました。
だからちょっとどうしていいか分かりません。
結構前から書き始めてて、今更書き直すのも勿体ないので、そのままぶっこみます。
(※4月1日の朝に投稿するつもりでした。)



大臣杯すたーと

勝ち続ければ関東とできること、実は去年まで知りませんでした。
2~4年だけでやるだけで、春季と何が違うんだろ(^∇^)
くらいに思ってました。ごめんなさい。

何も知らなかった一昨年。

期限ギリギリだった教習所を無事卒業して、初心者マークとかの説明聞かずに猛ダッシュで学習院に向かって。
目白駅着いたら、道喜さんが…
で、佐藤さんが間に合うか間に合わないか就活でわかんなくて。
メンバー提出ぎりぎりまで粘れってたかさんに言われて、初アウェイ公式戦でばたばたしたなー
大抵のことはこなしてきたっていう過信があったから余計、どうしたらいいのかわかんな状況が不安で。
いつもなら先輩に囲まれてた本部も、学習院ペースで。
メンバー整列までずっと泣きそうだった。
みんなの顔みて安心したのもつかの間、宮川さんが倒れて、らんさんが救急車のこと聞いてきて、あわあわあわあわ
でも延長で負けちゃったんだよね。
オリジン弁当のお弁当貰って、たしかほっともっとより豪華でおいしかったのに、お家帰ってから泣きながら食べた。


色々学んだ去年。

もりさんたちが代替わりしたときから、気合い入れようって言って。
でもすぐ地震があってしばらく練習さえできなくて、はがゆさを感じたものの、その間も選手は京大行ったりしてて。
なんとなく心配はしてなかった。
結局1ヶ月延期になって、立教の土グラで初戦。
行くまでに筑波と慶應のモチベーションビデオ見て、高まってたな。
着いてみたらすっごい風強くて。
フリーキックとか誰かが蹴るぎりぎりまで抑えながらやってた。
もういつがチャンスなんだかよく分からなくて、前向くのが精一杯の中、見逃さないように三脚必死に押さえてた。
勝ったんだよね。新入生もいて賑やかな応援席だったな。



色々あって、いつまでも甘えてた私だったけど、私はもう失敗の許されない先輩なんだっていう責任感が芽生えた。



後輩に

まいさん、よく覚えてますね。
と言われます。

覚えてますよ、覚えてますとも。

ア式で過ごした約3年。
一瞬、一瞬が宝物。

でもね、思い出は思い出。

あくまで過去なの。
美化して、浸ってちゃ、前に進めない。



どうあがいても、あと1年。

約束してほしい。
終わりは絶対11月23日。(だよね?)
秋季は優勝して終わりじゃない。
入替戦は出場して終わりじゃない。
最後まで残って、勝って終わること。
それが2部から這い上がってきた、うちの学年の使命でしょ?

私には10人のスタッフの先輩がいました。

今その背中はまだまだ遠いけれど、11月23日を迎えたとき、振り返ったら先輩たちの顔が見えればいいと思う。


そして横には笑顔のみんながいてほしい。


ちょっぴりしんみりしたところで毎年恒例ですが、、

今年はあと何回フィーリングス書くかな予想!!!
1年生なんだかんだで4人くらいは入ると思うんですよ。
そういえば私新歓係やってた2年間で累計12人のスタッフ入れたんだよ!



5月にリスタートするとして、引退まで日曜日はおそらく28回
つまり残り1回


あれ?ほんとに?笑


でもア式のお姉ちゃんがフィーリングスに書きすぎると卒業式で言うことなくなっちゃうよ、って言うから、ちょうどいいのかしら。
とりあえず最後の1回くらいは目が覚めるようなフィーリングス書いておきたい。



新4年 MG 矢内原まい

2012年3月24日土曜日

最近思うこと

今年に入ってから、成人式とかがあったおかげで、たくさんの旧友やお世話になった方々に会うことができました。お互いの近況報告をし合ったり、思い出話をしたりと、とても楽しい時間を過ごすことができました。

そんな中で最近思うのは、自分も変わったなってことです。見た目はもちろん、内面においてもたくさんの部分が以前と比べて変化していることに最近気付きました。変わるなんてことは当たり前といえば当たり前のことなのかもしれませんが、僕は初めて自分の変化に自覚的になりました。とはいえ、この変化が成長なのかどうかはわかりません。あまり良くない方向への変化もあるような気がしています。

それでも、自分の中の変化を知るというのはとても興味深いことだと僕は思います。その理由は2つあります。1つ目は、時の積み重ね、経験の積み重ねを知ることができるということです。自分が思っているよりも、僕はいろいろな経験を積み重ねてきたと、今回知りました。2つ目は、変化していない部分が際立つということです。変化した部分を知ると、逆に昔から変化していない部分が際立ってきます。すると、自分という人間の核が少し見えたような感じがします。

僕は、自分のことに限らず物事の変化を知ること自体とても楽しいことだと思っています。

世界は絶えず変化します。自分も毎日ちょっとずつ変化します。自分が変わると、物事がまた違ったように見えます。すると、また自分も変化します。なんだかわくわくします。

自分も含め様々なことの細かい変化に繊細になれたらもっと楽しいだろうなって思います。

新2年MF三浦章太

【こんな新入部員はいやだ!】

平野。


・・・

嘘です。どんな一年生でも歓迎します。ぜひみなさん練習に参加しに来てください。



これで新歓係の役目は果たしたな、うん。成績の話とメンタルがどーたらこーたらっていう話しかしなかった早川とは大違い笑



話は変わって・・



今日は11時に起きました。早いのか遅いのかよくわからない中途半端な時間ですね。


・・って遅いわ(゚◇゚;)!!!ってツッコめた人はツッコミのセンスがあるかもしれません。



・・ってなんで上からやねん(゚◇゚;)!!!ってさらにツッコめた人は自分のツッコミ能力に自信を持っていいでしょう。



・・ってなんでまたまた上からやねん(゚◇゚;)!!!ってまたしてもツッコんでくれた人はおそらくツッコミの神です。


・・なんや!!ツッコミの神って(゚◇゚;)!!!

・・・

・・・・

・・・・・


もうええわ!!!せっかくのFeelingsやのに、なに一人で遊んでんねん!!暇人か!!



そうです。暇人なんです。


この間、友達と秋葉原にいきました。雰囲気が他の街とは違いますよね。


はじめてメイド喫茶に行ってきました。あれはええ商売してまんな~


『もえ☆もえ☆キュン おいしくなーれ☆』 


そうやって料理をおいしくしようとします。元からおいしいのにー


『愛情が逃げてしまいますので、お早めに召し上がってくださいね☆』


そうやって回転率を上げようとしてきます。ぜんぜん効果ないけどー



AKB劇場に入れなかったのは残念でした。一回行ってみたかったのになー


AKBの勢いはどこまで続くんやろか?最近KARAとか少女時代とか見ないしさ。   ももくろとか最近来てるらしいけど。うーん、よくわからん。


ちなみにAKB48の曲の中で一番好きなのは


『片想いFinally』



・・ってそれSKE48や(゚◇゚;)!!!ってツッコめた人はなかなかのアイドルオタクです。



結論:楽しい部活だからみんな入ってね☆平野弟も・・



アウトレットいきてー、どこにあるんか知らんけど


新歓がんばりましょー


ぐだぐだすいませんm(_ _;)m

もっとサッカー上手くなりたい  CB 松田裕生(まつだ ゆうは)


2012年3月22日木曜日

生きるとは呼吸することではない。行動することだ。

タイトルの言葉は皆さんご存知のルソーが彼の著書『エミール』にて書き表したものです。最近この言葉を目にしたのですが、胸に響きました。というより、胸に突き刺さったと言ったほうが正確かもしれない‥。ここで補足ですが、この「生きる」とは生物学上の生きるという意味ではないということです。(「呼吸しないと生きていけないじゃん」、というような反論をした人がいたもので。笑)

この言葉は初めて知ったわけではなく、前からなんとなく知ってはいたのに、先日この言葉を目にしたときから僕の頭から離れなくなっている。これは、最近の自分は「呼吸」するばかりで「行動」が満足にできていない、と思っていることに依るのだろう。
1年生のときはあまりこのように感じることはなかったけれども、2年生になってからは比較的に時間に余裕が出るようになり、サッカー以外に関してはロクに勉強等もせずに日々を漫然と過ごしてしまった。いつのまにか「呼吸」する時間が増えてしまったのだ。
これはこれである種充電期間みたいなもので、なにかしらの意味があったのかもしれないが、今までの人生を振り返ってみて、こんな感じで日々を送ったのは初めてじゃないかと思うぐらいなんとなく違和感のある生活だった。もちろんサッカーを優先しやすい生活ではあるけれども、自分の性に合ってない。(サッカーでうまくいかないから昇華しようとしている、というわけではないです。たまにはそうせざるを得ないときもあるのだろうけれども‥。)

以前の自分はいろいろなことを全力で頑張ろうという気持ちでやってきたつもり。そのためにキャパ超えして失敗することもしばしばあった。それでも自分の中には充実感はあった。それは自己満足とも言えるのかもしれないけど‥。いろいろなことに挑戦する中で一つ一つに対する時間は限られてくる。だからこそその限られた時間で最大限にやれるように頑張ろうとしていたような気がする。そして自分の取り組む物事が互いに影響し合って相乗効果をもたらすことも少なからずあったと思う。これが充実感をもたらしていたのかなと思う。
これは逆に考えると、所詮自分を時間的にキツイ状況に追い込まないと頑張れないような人間でしかないとも捉えられるけれども、自分の弱点として甘受するしかないかなと思っている。

以上いろいろとグダグダ書いてあまりまとまりがなかったけれども、これからに関してまとめると、

・サッカー以外の物事にもできる限り全力で取り組む。もちろんサッカーに差し支えのない範囲で。

・その中でサッカーに取り組める時間の大切さを感じる。

・そうすれば限られた時間の中で自分がすべきことを必然的に考えるようになり、漫然と「呼吸」する時間が減るはず。

・結果としてサッカーや他の物事に取り組む姿勢や質が向上するはず。

・これらの前提として、昨日よりも今日の自分をよくしよう、というスタンスを保つ。(これが個人的な「行動」の局所的かつ核心的解釈。)

なんかまとめが若干いい加減になってしまったけれども、全てが思うようにうまくいくのは難しいので、幅を持たせました。

意味合いは多少ズレるけど、すごく簡潔にすると、メリハリを付けて一つ一つの物事に取り組む際に質を高めていこうということですね。

タイトルの言葉に戻ると、僕は正直ルソーが苦手なのだが、このルソーの言葉はいろいろと考える契機を与えてくれた。

そして、この言葉を僕が目の当たりにするきっかけをつくってくれた方がいたので感謝です。


単位は可りに行くものではなく、優々と取るものでありたい
新3年 FW 光永






東大サッカー部、天皇杯出場へ!


っていうのがいつか現実になったらいいなぁ。

最近は、feelしてることが少ないのでちょっとした豆知識から書きたいと思う。
サッカー選手が入場のときに子供と手を繋いで出てくるのは、フェアプレーを推進するためらしい。
一時期、サッカー界でラフプレーが目に余ったことがあり、
それを防ぐために子供の前で恥ずかしくないフェアな試合にします、
という誓いとして子供と入場しているとのことだ…。

そんなことより、体幹の腹筋って回数おかしいよね!こんばんは、入松川です。


最近の練習試合の相手はうまいチームが多くとても勉強になる。

負けているのはくやしいが、なんか楽しい気持ちの方が大きい。

もっとうまくなりたい。




4年 CB イリマツガワ


【猫】

シュレディンガーの箱の多くは今や半開きになっています。その箱は箱に入っているので箱が空いたかどうかは実のところわからない。でもそろそろ開いているんじゃないでしょうか。時間をかけて、少しずつ。
箱の中の猫を見つけて、生きていようと死んでいようと、それで何がわかるわけでもない。死んでいても毒ガスか自然死かはわからないし、生きていても毒ガスがまだ効いていないだけかもしれない。たまたま毒ガスが作用しなかったのかもしれない。
解釈は無限大。でも、ときに人間の直感が正しいこともあるでしょう。猫が死んでいる、毒ガスだ、と。

【将来】

 ここ最近、最近といっても長いこと経ちますが、朝パンを食べています。トーストしてマーガリン塗って砂糖かけて。朝はやっぱり手間のかからないものが楽ですから。
 でも最近、これは最近ですけど、パンにうんざりしてきました。小さいころから米を食ってきたからでしょうかね。
 最近、この最近っていうのはスケールによって考え方が変わりますが、将来就職はどうしようかなーって考えます。まあひとまず院に行きます。そのあとどうしようか。東京で就職するのか、広島に戻るのか。
給料がいいのは多分東京。やりたいことができるのも多分東京。ただ、東京はパンのように飽きてくる。小さいころから馴染みがあるのは広島のド田舎の、周り四方を田んぼに囲まれたようなとこで、きれいな星空や四季の変化が当たり前のようにあるところが俺にとっての米。そこで米を作り、米を食ってきたわけです。
最近思う。金とか別にいいやって。親に楽させたいってのはあるけど、人の上に金が立つ、そんな変な世の中にどっぷりつかってなんになる?札束で頬をひっぱたかれたら人って変わるもんなんだろうか。今はそうはなりたくないと思ってます。今は。人って変わるものだけど。
就職するときにやりたいことって何を思ってるんだろ。多分今とは違う。そう思うと今考えるのも馬鹿らしいっちゃ馬鹿らしいんですけどね。さすがバカ。やりたいことがあっても実際に行きたいとこに就職できるかなんてわかんないし。

【ともだち】
が、今瓦礫の広域処理の問題で環境省に提言を提出するべく頑張っております。なんと俺がのんきに部活をやってるころ岩手に行って現地取材までしてきたのだからすごい。それで瓦礫処理の必要性を深く認識し、震災で後手後手の対応を見せてからというもの奈落の底に鎮座しててこでも動かぬ評判を築き上げたお国様に頭下げに行こうというのです。素晴らしきかな。
でも具体的に提言作るのは大変なわけで、その上メディア向けのインタビューなんかも用意しないといけないとか多忙を極めている。そんななか「なんかない?」と非常に軽~く相談を受けた俺は「濃集する放射性物質をサンプル調査では見つけられないから慎重になるべきだ」と言いつつ調べてみたのですが・・・驚きました。経産省の公開資料によると、IAEAの基準では、つまり国際的な基準では1kgあたり100ベクレル以上の放射性セシウムを含むものは「低レベル放射性廃棄物」として厳重に管理しないといけないそうなんです。で、広域処理は240480ベクレル!倍増盛大サービスであります。ちなみに原子炉から出た100ベクレル以上のものはきちんと放射性廃棄物として管理されてるらしいです。キャッチフレーズは「絆」です。
それ以上に驚いたのはこの100ベクレルという数字です。そう、今の日本では食品の安全基準として使われているあの100ベクレルです。つまり「低レベル放射性廃棄物として厳重に管理するぎりぎりまでは食べても大丈夫!」。「福島を食べて応援しよう!」というわけです。人によっては素晴らしきかなと思うんでしょうが。キャッチフレーズは「絆」です。
この話は難しいです。個人的な意見は書くまでもなく、上の文脈からわかると思います。広域に半永久的リスク(地下水汚染など)を伴うのだから慎重に、といった概要でしょうか。詳しくは書きません。まさに今、電話で議論なうです。もう1時間も議論してます。そいつは広域処理すべきだと主張している。そいつの意見も皆さんに聞かせたいのですが書く暇がない。俺は電話代を気にしている。まあ議論はもう少し続きそうなので乱暴ですが今回のフィーリングスはこの辺で。


広川