2012年10月31日水曜日

あと3回かな?


ついに最高学年になってしまった
なってしまったという表現が正しいかは分からないけど、これが一番しっくりくる

新居を探さなければいけないので、手短に

結構今は自分もチームも慌ただしい

この時期になるとどうしてもサッカーにしても部の運営にしても将来のことに思いを募らせてしまいがちだと思う

今年こそは秋季に出たい
あと一年しかサッカーができない
今年は新歓でスタッフを入れたい
などなど

でも、それじゃあいけないと思う
漫画リアルによると

だからこそ今を生きることにした
今いる場所がどんなにくだらない場所だろうと俺の道であることには変わりない
俺のゴールにどうやって繋がるかは知らないがいつかつながることだけは確かだ

結局今を大切にしないと未来は見えないってことです
みんなまずは今を、目の前の敵を見ましょう
今を戦わない者に次はやってきません

今を戦いながら未来を見据えましょう
俺が見ている未来は自信、楽しみ、期待しかないです

関東昇格をこの代で成し遂げられるという自信
関東でも戦えるようになる自信
東京のどこにも負けないという自信
自分はまだ成長できるという楽しみ
すべては部のため、関東昇格のために行動する同期への期待
自分で考え、自分で行動するようになってきた後輩への期待

イメージは完璧
あとは実践するのみ

今年こそはやります
見ていてください

新4年主務 山口裕吾

2012年10月25日木曜日

ずっと夢を見て

最後のfeelingsを書く。
 
引退してから3日が過ぎた。先週までずっとやってきたような日々をもう過ごすことはないという実感は、まだない。
大学に入ってからずっと、僕の生活はこの部活を中心に回っていた。遊びたいときもあったし、学科の勉強にもっと時間を割きたいと思ったことは何度もあったが、「部活をやめたい」と思ったことは一度もなかった。それだけサッカーは僕にとって大きな存在であり、ア式蹴球部との関わりは、密度こそ薄れはするが今後もずっと続いていくだろう。
 
「この4年間で何を残せただろう」
と嫌でも考えてしまう。自分が出場できた公式戦なんて数えるのに両手があれば十分だし、秋季の出場時間は45分にも満たない。卒業を1年伸ばすことを決めて挑んだ今年なんて、ついに出場の機会はなかった。
チームの目標も叶えることが出来なかった。更に、来年その目標を叶えるための舞台に後輩たちが立てなくなってしまうかもしれない状況にしてしまった。「してしまった」と自分が言えるのかと考えてしまい、ただただ悔しい。
 
悔しいことなんか、振り返ればいくらでも思い浮かんでくる。しかし、このfeelingsをそんなつまらない回顧録にしたくはない。僕らが叶えることができなかった夢を後輩たちに託す、委託書にしたい。
 
もし来年、関東挑戦の権利を手にできたなら、いまの3年生たちならやってくれると信じられる。ひとりひとりが熱い想いを持っているし、みんなどんどん上手くなっている。2年生にも1年生にも上手い奴が多いし、メンバーに入る奴なんかは特に、しっかりやることをやっている。
 
ただ、一方で不安もある。メンバー全員にア式の信念、所謂「ア式魂」が伝わっているかどうかだ。
相手より運動量で勝る、切り替えのスピードで負けないといった試合での信念も重要だが、ここでいう信念は、毎日の練習や生活における信念だ。
 
フィットで本当に出し切っているのか。
 
体幹のトレーニングをただこなしてはいないか。
 
練習の2、30分前に来て練習へのいい準備なんかできるのか。
 
ちゃんと栄養・睡眠はとれているのか。
 
筋トレは週1回でいいのか。
 
ア式の強みはすべてのことに真面目に取り組むこと。ひとつひとつに真剣になれば、選手権に出るような高校やクラブユース出身の奴らが揃っているチーム相手に互角、いやそれ以上に闘えることは全員見せつけられてきたはずだ。
下にいるやつはもっと上を見てほしい。
1・2年はもっと3年から吸い取ってほしい。
できることがあるならすべてやってほしい。
プレーヤーだけでなく、スタッフも全員。
 
僕は良い先輩ではなかった。色んな後輩に自分から話かけることはあまり出来なかった、というよりしなかったし、自分のことで精一杯で後輩に助言なんしてやれなかった。
現役を退いて今思うのは、もっと後輩と話をすべきだったということ。健一さんがなんでも良いから話せと言っていたことの意味が今になってわかる。
1年生からも上級生に歩み寄ってほしい。思ったことがあるなら言ってみるといい。Cチームの1年生がAチームの3年生に何か投げかけても、必ずしっかり投げ返してくれる。ア式はそういう人たちの集まりだ。
 
みんなこのオフで今シーズンを振り返っていると思う。特に1年生なんかは今僕が言ってきたことを含めて反省してほしいと思う。
そして来シーズンはもっと濃いシーズンにしてほしい。
今いる後輩たちに関東に行ってほしい。
僕たちが叶えられなかった夢を叶えてほしい。
お願いします。
 
 
 
最後に、4年間ア式でサッカーできたことは本当に幸せでした。
ア式に関わってくれたすべての方々、ありがとうございました。
そして、今後もア式をよろしくお願いします。
 
 
 
あと1ヶ月はひたすらお祈り
4年 FW 富田 潤
 
 
 

2012年10月23日火曜日

一世一代の大恋愛でした。~ラストなので長いです 最終章〜

なーんでお前にそんな偉そうなの?
やけに偉そうなスタッフ長から一転
初々しいほやほやア式OG1年生の矢内原まいです。


いまだ信じられてないのですが、くまちゃん(名前募集中)と、アルバム見るたび、ああ引退したんだなあって思います。
そしてぽっかり空いたスケジュール帳と、消えかかった左手首の傷、部屋にあったはずのジャージのスペース。
先延ばしにしていたけれど、徐々に想いを整理することにします。

まず言い訳させてください。
あさかを驚かせたピンクのジャージは私のものではありません。母のものです。

学芸は指定ジャージないんです。たしか。そうだよね?ないよね?あったのかな?持ってないや。

とにかく元ダンス部の私はたいして運動もしないので、タオル地のジャージとかしか持ってませんでした。
まだ18歳だった私は、タオル地のは緑色のなんか変なのつくよなあ…って思って、 
つかなそうなやつ!って家中を探し回ってみつけたのが、あのピンクと色ちがいの水色でした。 
チームカラーがサックスなことも知らなかったので、にらめっこした結果決められず運試し的なのでピンクにした、はず。
あ、そういえば、結局去年もらった白いジャージには一度も袖通さなかったなあ(笑)
ともか、上下でちゃんと着てね!





おふざけはここらへんにして、考えると浮かんでくるのは、やっぱりア式が大好きだということ。
そして、たくさんの人に支えられてきたことに対する感謝の気持ち。



あーーんな感動するプレゼントもらっちゃって、言うの迷ったんだけど、 
これでも顔色伺って言えなかったこともあったよ!
ということで、一緒に闘ってくれたスタッフに最後に小言を残していこうかなと。
ふふふ、ごめんね、最後の最後までお説教で。



ゆか、みなみ、ともか、かなちゃん
初めてできた後輩。
どう贔屓目に見ても後輩気質だし、何事も追いかけたいタイプの私は最初はあなたたちとの付き合い方が分かりませんでした。
私がまだまだ構って欲しかったし、何より自分でやりかった。
自分が見つけた仕事を譲る気なんて全くなかった。
しかも地味に人見知り!
でもだんだん時間をかけて仲良くなったよね。
かわいくてかわいくて、甘やかし続けてきたね。
同期とはまたちょっと違うけど、仲も良くて後輩というより同士でした。
恥ずかしいところもたくさん見せてきたよね。
いつも頼ってばっかりで、全然先輩らしくなくてごめんね。
幹部代、考えなきゃいけないことも多いし、自分の将来とも向き合うし、
何かと大変なことばっかりだけど、4人で力を合わせれば大丈夫。
いつでも味方だから。期待してるよ。
4人が1個下でほーんとよかった!!!!



みずきちゃん、あきこちゃん、えーりん、あいちゃん
私がメインで新歓して入れた代です。

入部早々、朝練だなんだって大変だったね。
新体制整ってないまま、こっちも新生活にいっぱいいっぱいで、
あんまり構ってあげられなくて、ごめんね。
でもね、もう上級生なんだから、大変な3年生をサポートしてあげなきゃだめよ。
1年生のことも4人が責任持って面倒見るんだよ。
中堅層がスタッフをいかに支えられるかにかかってるから。
もういちいち怒ってもらえないよ?
何回も同じこと言わせちゃだめ。
仕事は降ってきません。与えられるものでもありません。
他の人がみんなそうというわけではないけれど、少なくとも私は後輩だった頃はやりたいことはやりたいやらせてくださいと叫んできた。
先輩側になってからは声をあげない人には仕事は与えたくなかった
ただやりたいって言ってきた子には仕事を任せたし、全力で応援してきたつもり。
求めよ、さらば与えられん。
いつまでも受け身でいたらダメよ。
奪う気持ちでやりなさい。



さきちゃん、あすかちゃん
人数なのかキャラなのか、なんだか1年の頃の自分たちを思い出します。
過ごした時間は短かったけど、私は2人の一生懸命な姿を見て、何度頑張ろうと思ったことか。

必死に食らいつきなさい。後輩ができる前に1つでも多くを吸収してください。
二人とも仕事がある程度できるようになったよね。
これからが楽しいよ。
生意気でいい。チャレンジできるのも今のうち。上が責任とってくれる間にいっぱい挑戦して、いっぱい失敗しておけば、それがきっと糧になる。




みなさん、必要とされるスタッフになってください。
自分に何ができるのか、何をすべきなのか、常に考えていてください。
ふわっとした気持ちでピッチに立たないでほしい。
限界や壁を自分で決めないで。
満足せず、上を追い求めてください。
大丈夫。やれるだけの能力がみんなにはある。

きっかけはどうであれ、みんな自分でやるって決めたんでしょう?

だったら、やるからには本気でやれよ。



チームが日本一愛されるチームを目指すなら、 
みんなは世界一愛されるスタッフになって。
選手のこと引っ張って、支えて、底上げして。
きっと終わりはない。

私が伝えてきたかったのは、ア式のスタッフだからこそできることをしてほしいってこと。
たとえば選手が必要だと言われたことだけやってるようじゃただのスタッフだと思う。
必要なものを選手が必要だと気づく前に用意して、絶妙なタイミングでさっと出せるようになってはじめてほっと一息つけると思ってる。

そのためには一瞬たりとも気は抜けないんじゃない?
ふだんふざけてばっかりだった私が言っても説得力ないかもしれないけど、
ピッチに入ったら常に戦闘体制でいようよ。
アンテナはいつでも張り巡らしておけば、間違いない。


とまあ、これは私の意見。
他の人に聞いたら、きっと違う意見がある。
誰のが正解、誰のが不正解ってないはず。
いろんな人と話すといいと思うの。
自分とは違う意見も受け止めて、時にはきちんと受け入れて。
選手ともきっとそう。自分を甘やかしてくれる人にだけ相談してたら、
いつまで経っても成長しない。
でも厳しいことばっかり言う人とだけ話してたら、正直心折れるじゃない?
だからバランスよく。

ア式以外の人に話すのもいいんじゃないかしら。
第三者の意見もすごいためになったよ。


さっきも書いたけど、みんななら大丈夫。
お手紙とか読んでいて、ちゃんと伝わっていたんだなあって安心してます。
大丈夫。
私が太鼓判押してあげる。
私なんかに押されても自信になんかならないかもしれないけれど、 
辛くなったらいつでも泣き言言いに来てね。
その度に、最初は怒るかもしれないけど、最後は絶対大丈夫だよ。って言うから。
いつでも味方だから。








ゆかさん、ゆりさん、なおこさん、ゆうこさん、あやこさん、みほさん、みぽりんさん、ゆきさん、らんさん、あゆみさん。
時には先輩たちの偉大さに押し潰されそうになりました。
4年生になってからは一層その思いは強くて、先輩からの手紙をお守りに持ち歩いてました。
最終節、手紙持ってベンチに入ったんです。
実はちび氷作り忘れてて、やばって慌てて作ってたら、後ろから蘭さんの「まいちゃん?怒」って声が聞こえたような気がしました。
ハーフタイムにあゆみさんに「よく間に合ったね」って笑ってもらった気もしました。


先輩から言われた言葉ひとつひとつが私の宝物で、そして何より武器でした。

分担して作業していて、やかんが空になりそうな時に、ちょうど欲しいときにそこにやかんがあった。
選手だけじゃなくてスタッフに対しても、そんなMGでありたいと思った。


不安だから何でも確認してたら、そろそろ自分で考えなさいって言われた。
そのおかげで自分で考えて判断するようになった。


まいはMGに向いてるよって言ってもらった。
あぁダメダメだなあ、ってへこんだとき、その言葉を思い出してまた頑張れた。


まいまいなら大丈夫。
大丈夫なんかじゃないよ、まだ行かないで、まだ一緒にいてって言ったのに、普通においてかれた。
残されたのは同期。頼れる同期に気づいた。


まだまだいっぱい。
先輩だいすきっこだから、先輩の言葉行動1つに一喜一憂してた。




私は結局、憧れの先輩たちのようになれたんでしょうか。
いつまで経ってもテンパりすとで、ことあるごとに泣いてばかりで、大事なところで詰めが甘くて、本当にみんなに助けられてきました。
甘やかされて、ゆとりだって笑われたきた私だけれど、先輩たちから引き継いで育てた後輩たちには自信があります。
彼女たちはきっと私がやりたかったこと、私にはできなかったことを成し遂げてくれるのでしょう。
伝統とはそうやって脈々と受け継がれていくのですね。






4年間やってきて、関東とかのチームに馬鹿にされることが多々あった。
やかん持ってたら、え?なにあれ?みたいな雰囲気になったことも一度や二度じゃない。

野次とか飛ばされた日には、水かけてやろうかなとか
一瞬頭をよぎったけど勿体ないな。って
馬鹿にされてもいい。選手が常に冷たい水が飲めるんだったらそれでいい。
それでもムカつくから応援席に向かって、にっこり笑って、ついでだから会話してみた。
そしたらなんか仲良くなって、応援してもらえた。
うちのマネージャーは何してるんだよ、に変わってた。
隠れてガッツポーズした。


目の前で、きっと三角関数使ってくるよ!って選手が笑われたときは、
一発くらい殴ってもいいかな?って思ったけれど、
監督でもコーチでもなく、MGがレッドカードとか前代未聞すぎるし、
むしろレッドカードさえ出るのかよく分かんなかったから我慢した
練習試合は相手Cとかで、いつか見てろよって思ってた。
だから慶應のアウェイでトップがでてきたときは嬉しかったなあ。



他大っていうのも色々言われた。
それでチャラチャラしてそう、とかサークル?とか
でも、
だから何?私は東大ア式のスタッフです。
って内心胸を張ってたよ。
だって、ちゃんと言うだけのことしてきたもん。


そうだよね、あさか。みんちゃん。


第7節立教戦。
本部にいて、応援席にいられなかった私。
マネミで失点シーンも見えなかった。
悲しさも悔しさも一緒に味わえなくて、ああもう何でって思ってたら、
二人が迎えに来てくれた。
抱き合って泣いた。

そうだった。
離れてたって、何してたって気持ちはいっしょ。

ほんといろいろあったよね。
何度も挫けそうになったよね。

他の誰でもない2人と一緒に戦えて本当によかった。



どれだけ過大評価してもスタッフ落第点な私が、
最後までやってこられたのは優秀な2人がいたからです。
最後の最後にあんな迷惑かけるとは思わなかったけども。(笑)

照れくさくてなかなか言えなかったけれど、本当にありがとう。



私が直接関わらせてもらった3つ上から3つ下までの選手、スタッフ、そしてOBの方々
たくさんのア式関係者に支えていただきました。
この場をお借りして、お礼を申し上げたいと思います。
皆様のおかげでかけがえのない4年間を送ることができました。
本当にありがとうございました。


文章まとめる力がないから、だらだらと書き続けちゃうけど、
今度こそこれで最後にします。

ア式の人に支えてもらったのはもちろんですが、
私は家族友人がいたからここまで頑張ってこられました。

部活のためなら留年してもいいし、就職だってできなくてもいいよ。
バイトはやめなさい。無理しなくていい。

そんな親の理解があってこそ、こんなに協力してもらったからこそ、私はグラウンドにたくさん行けました。

さすがにね、辞めたいって泣きながら帰って、熱はかったら40度近くあったのに、母にやめるなんて許さない的なこと怒られたときはちょっとどうしようかと思ったけど、
あのときやめなくてよかった。本当によかった。


ほぼ毎週見に来てくれたママ、自分のサッカーばっかりなのに立教戦見に来てくれたパパ、最終節にとうとう姿を現した矢内原家のラスボス瑶子、今だから言えるけど忘れ物をグラウンドまで届けてくれた創くん。

部活ばっかりでみんなの誕生日とかも家に帰らなくてごめんなさい
納骨とかお墓参りとか、一大イベント、私に合わせてくれてありがとう。


そしてだいすきな友達がたくさん


中でも
甘やかしすぎな人達
集まろうってなったら、最初から月金の中でアンケートとってくれたよね。
私の単位はみんなの汗と涙の結晶。
愚痴言っても、絶対私の味方してくれたよね。


大学スポーツ本気でやってる人たち
いやあ、やっぱりどこもそうだよね!
悩みは共通していることが多かった。
みんなががんばってるなら私もがんばるって思えたの。


そして心配性な人
合宿中つらいって泣きながら電話したら、毎日がんばれってメールや電話くれたよね。
秋季負けたときも、いつでも励ましてくれたっけ。
グラウンドまでかけつけてくれた時はちょっと本気で感動した。


最後はやっぱり1言えばたいてい10分かってくれる親友
気がついたら人生の半分以上いっしょにいるんだもんね。
気持ち悪!
私のこと、私以上に理解してくれて、
厳しいことも言ってくれるから大事。
タイミングとかいつも完璧なんだよ、ばか!!だいすき!!!




挙げ出したらキリがない。
本当は同期にだって、ありがとうとだいすきをめいっぱい伝えたい!

みんなだったから、最後までやってこられた!
最後の最後までわくわくさせてくれて、ありがとう!!

起きれたら、ドゥ式応援に行くね!


さて、そろそろ本気で終わりにします。
あくまでここからがスタートです。

でもこれからこれ以上何かに打ち込むことも、好きな人たちも現れないかもしれない。
だから一世一代の恋でした。
何も後悔はありません。

でも今実は部室にいる
OG1年目 矢内原まい

2012年10月22日月曜日

ナビスコ、今度こそは


2005年のリーグ自体は残留争いをしながらも決勝に行ってレッズに負けた天皇杯、確かウェズレイにダメ押しをくらった記憶のある2008年のナビスコ、アントラーズにやられた2010年の天皇杯。11月3日、ナビスコの決勝、今回こそはてっぺんに立ってくれるって信じてます。

 

 

そしてこの前の正人のfeelingsと被ってしまうんですが、

 

とうとう先週の火曜日にDL部から卒業することができました。足がちょっとおかしな方向に曲がってから早いもんでもう4か月とちょっと。その間にはEUROやオリンピック、僕の好きなコブクロの復帰などがあり、自分自身人生初の手術も経験しました(全身麻酔、あれには驚きました、体に入れられたら5秒で意識はスーッと消えて、気付いたらベッドの上です。)考えると高校のときも1年生のときには足の疲労骨折と左手首の骨折をしたので、自分の1年目はけがが付き物みたいです。たしか前回のfeelingsのときも怪我明けでここから遅れを取り戻していきたい的なことを言っていたので、次回以降言わなくて済むようにしっかりケアしながらやっていきたいと思います。

 

 

この4か月の間は必然的にピッチの中からではなく、ピッチの外からサッカーを見ることになったけれど、いろいろなイメージを得ることができたと思います。やっぱりトップチームの練習を見ていると学ぶことがたくさんあって、ゲームやボール回しなど、1つ1つの局面でのボールタッチや足の運び、プレーの選択やサポートの声だったり、見て吸収することはいっぱいあったと思います。自分がパスを出した後のもう一つ先を考えたパス、そのパスの質だったり強さ、右足左足のどこに出すのかといったところまでこだわって、突き詰めてサッカーをしていたのがトップチームだったと思うので、あとは得られたこのイメージを少しずつでいいから体現できるように、今足りない技術や体力の面を強化していきたいと思います。

 

 

 

昨日終わった秋季リーグ、大学サッカー1年目で初めての秋季でピッチの外から見て応援する立場だったけれど、他の試合、大会とは違う秋季の特別な空気感を感じ取ることができたと思います。

 

小中高と自分が今まで経験してきた最後の集大成となる大会はどれもこれも勝ちのみが意味を持つ大会、全中や選手権、終了のホイッスルがなった時に勝っているチーム、もしくはPK戦で最終的に勝ちを収めたチームがどんどん上へと上がっていくものでした。しかしながらこの秋季はリーグ戦であり、9試合を戦う長丁場。すべてを1戦1戦にぶつけていく短期決戦とは違って、いやでも少し先を考えながら進んでいく中で、コンディションの調整などはすごく難しいだろうなと感じました。そしてなにより感じたのは、決まった90分という時間の中ですべてが決まってしまうこと、それによる勝ち点3と勝ち点1の大きな違いでした。悔しい試合も多かったし、最後のミーティングでの言葉鍵「この悔しさを忘れないで、来年の今頃同じくやしさを味わわないように」、来シーズンからは前後期制になって、より一層難しくなるんだろうけれど、できることからやっていってア式に貢献していきたいです。

 

 

 

DL卒業祝い絶賛受付中です、

                        1年   片瀬郁也

2012年10月20日土曜日

秋入部

東大は最近秋入学についてうにゃうにゃ言っています。グローバル化がどうとかなんとか。
反対です。たしかに一つの可能性として考えるのはいいことだけど、日本には合ってないでしょう。桜の中の入学式でしょう。
大学入る前に半年間ギャップタームあったところで、意識めっちゃ高く大学入った人はいいけども、やりたいこと決まんないから学部決めんの一年半先延ばしにしたくて東大入った僕はどうすればいいのかわからなかった。無駄に遊びほうけてあほになることまちがいなし。

ということで、DL部を秋卒業して、サッカー部に秋入学しました。
やっとです。怪我してから一年と四か月余り、高校のとき痛くなくなったと思ってやってみたらまたすぐに痛くなるので、慢性化しすぎて一生治んないんじゃないかと覚悟してました。ア式で一年間DLで過ごしても治らなかったらア式やめようと思ってました。だからサッカーできて、痛みなく動けることがすごく嬉しいです。

でもサッカー部秋入学はきつすぎます。もともとそんなに体力あるわけじゃないけどそれを差し引いてもきつい。やっぱり秋入学はよろしくない。


入部当初から一度もサッカーをすることなくDLとして過ごし、復帰できたけどすぐにもう四年生の先輩方は引退してしまいます。入部してからあまり先輩に自分から話しかけることをしませんでした。すごい無口なやつだったと思います。正直、一緒にサッカーをせずにDLをしていた時期は自分の中であまりア式の一員になれた気がしていませんでした。同じ土俵に立っていないような感覚で、自分で勝手によそ者感を感じてびびっていました。後悔してます。



東大に入って、卒業する時に絶対思いたくないことがあります。「東大に受からなかったほうが俺にとってプラスだったのではないだろうか。」
東大落ちて早稲田にいっていたとします。自分の性格を考えると、必ず「東大に受からなくてよかったと思えるような大学生活を送って、この悔しさを挽回しよう。」と決意していたはず。
その決意を上回る学校生活を送れるか。
サッカーを生活の中心に据えることはもう決まった。自分が下手なのはよくわかっている。DL中にAを見ていて、これは俺のレベルじゃないな四年間トップチームに上がれなさそうだなと思ったこともある。でも今僕にはサッカーできる身体と本気になれる環境がそろっている。本気でやったらトップチームになれるだろうか。なれないかもしれない。でもできないことを嘆いていいのは本気でやった人だけだと思う。

先輩方にはやりきってきたオーラがあってほんとにかっこいい。そうなりたい。
秋季最終節、ア式の一員としてできることはすべてやって全力で応援したい。
まだ終わってない。


一年 伊藤正人

2012年10月17日水曜日

おわりははじまり

日曜、関東大会進出が消滅し、このチームで闘えるのはあと一試合だけとなってしまった。山学戦が会心の勝利と思えただけに、月曜、古賀さんが白板の“3位以内まだある!”の文字を無言で消してるのを見て、いっそう悔しく、寂しくなった。自分は今年のチームの役にたてたのだろうか、チームにとって不可欠な存在(去年の目標)であっただろうか、少なくとも秋季でたたかえる選手(今年の目標)にはなれなかった、なろうとしてなかったと言われても仕方ない、それくらい遠かった。まだ終わってないのにこんなこと言ってるのもなんなんですが。

山学戦、試合前の空気が今までと違って、今日は勝てると思えたのは自分だけではないと思う。あの空気がどこから生まれたのかは分からないが、自分はあれがやれることを全部やってきたという自信であり、チームが一つになっている証なのではないかと思う。そしてこれこそがア式の強みであり、(個人的な意見だけど) 「日本一愛されるチームになる 」ための本質的な部分なのだと思う。
雰囲気って本当に大事だと思う。去年の関東大会、都リーグのときの雰囲気で試合ができたら勝てたんじゃないかって、そんな腑抜けたことこと考えちゃうの俺だけだろうか。人って繊細だから、簡単に雰囲気に影響される。11人揃えばなおさら、当然チームの出来は変わる。でも雰囲気はもっと繊細で、一人の人によって、ひとつの行動によって簡単に変わる。そして、概して悪い雰囲気には簡単になるし、良い雰囲気にはなかなかならない。だから一人一人が何を考え、何をするかって本当に大事。小さいことだってこだわらなければいけない。雰囲気乱すことがあったら躊躇せず正さなければいけない。当然AとかBとかCとか、学年とか関係なく。
今週もう一回あの雰囲気を作ろう。勝とう。一部に残ろう。そして必ずや来年関東へ行こう。来季、一年を通じてどれだけいい雰囲気で、やることやり続けられるかっていうのが本当大事になると思うから、今年口酸っぱく言われ続けたやること全部やるってのがどんなことなのか、体に刻み込めるような一週間にしよう。体現している四年生はいっぱいいる。

さて、自分もそろそろ一番上に立つわけですが
自分のことはどうなんだよと思われるくらい周りを見て、考え、口を出し
そう思われても揺るがないくらい、やることやる
そういった気持ちで取り組みたいと思っています。

3年 右も左も真ん中もやります! 山川剛

2012年10月16日火曜日

この"話"をあなたが気に入ってくれるとうれしい


悔しい




これだけ書いて次の言葉を探していると、恥ずかしながら泣いてしまった
最近とても涙もろい

関東大会への可能性がなくなったのが悔しい
失点が悔しい
立教に負けたのが悔しい
東農に負けたのが悔しい
東農の一失点目を防げなかったのが悔しい

関東に行けると信じていた
期待してくれていた人たちを裏切ってしまったのが悔しい
あと一試合しかできないのが悔しい
去年やって分かったが、関東大会は都リーグとは全く違う舞台だった
そこで戦えないのが悔しい

怪我をしたのが悔しい
自分に腹が立ってくる
4, 5, 6節の時は、走るだけで辛い、サッカーなんか全然したくないような状態でやっていた
けど自分が出て勝ちたかったから無理してやった

けど結果が出なかった

「こんな状態の俺が試合出るより、他のやつが出た方がいいんじゃね」

こんな風な考えをしてしまったことが一番悔しい
精神を蝕む怪我の恐ろしさと、自分の弱さが腹立たしい



前節勝てたのが嬉しい

三浦さんの一、二点目、秋穂の三点目、東野の四点目
一点一点全てが全身を沸かした

頼れるチームメイトがいることが嬉しい
支えてくてくれる人がいることが嬉しい

「ずっとこういう日々が続けばいいのに」
変化を嫌う俺の一部が俺に言う

怪我が治ってきていることが嬉しい
あと一節全力で戦う試合が残っているのが嬉しい

なによりこんな風にサッカーしていることが楽しい

勝って終わりたい
勝って顔を上げて終わりたい


あと一週間で約十三年続いてきた長編が終わる
そのとき俺にとってのサッカーは単なるお話に変わってしまう

4年 DF 田中敏生

小野さん、山学戦の勝利見てないんですか?残念な人ですね笑

思っていたよりも早く二周目のfeelingsがまわってきてしまいました。
まだ先だろうと思っていたので内容もタイトルも何も考えていなかったのですが、フィジコ小野さんのおかげでタイトルはすんなり思いつきました笑



まずは昨日の山学戦の勝利について。 
負ければ降格も見える、絶対に負けられないというプレッシャーの中素晴らしい試合内容だったと思います。2-0にした後に失点しましたがきっとすぐに突き放せるだろうと安心してみていました。それぐらい気迫の籠ったプレーだったし、応援もとても盛り上がりました。
タイトルでは冗談めかしていますが、冗談ぬきで小野さんと一緒に山学戦を応援したかったと思います。
第二節以降の勝ちきれない時期が長かっただけに(この期間に僕の髪は一度伸びて再び坊主になるというサイクルを一周しました)ほんとに気持ちのいい勝利でした!
残念ながら関東昇格戦には出られないことが決まり、4年の先輩方とともにやれるのは今週が最後となってしまいましたが、残り短い期間で先輩方から学べることはすべて学ぶとともに、最終節を勝利で締めくくるために自分ができることを精いっぱいやります。



つぎに自分のサッカーについて。
この2ヶ月間、8試合の秋期リーグ戦をみるにつけて大学サッカーにおける秋期リーグの重要性を理解するととに、プレーヤーとしてピッチに立ちたいという思いが強くなりました。
客観的にみて、自分が技術的にも身体能力てきにも秋期リーグメンバーからほど遠いことはよくわかっています。メンバーに入るために成長するための時間が4年ではたりないかもしれないこともわかっています。それでも大学でサッカーをやる以上は上を目指したい。そう思いました。
では、そのためになにができるのか。そう考えたときに思い出されるのは高校時代の監督の言葉でした。

「全てのことに全力を尽くせ」
「人間としての力を身につけろ」
「気持ちが大事」
等々。

話題に上げるときには、恋愛禁止だったことや試合後の罰走の理不尽さ(早田先輩は50本越えの記録を持っていたはず)などの古臭い厳しさばかりを取沙汰して笑い話にすることが多いですが、僕は多くの大事なことはこの先生から学んだと思っています。

夏学期を振り返ると僕の生活はおおよそすべて先生の教えに背くものだったとおもいます。(図らずも恋愛禁止だけはまもることになってしまいましたが笑)
まずはサッカーだけでなく勉強を含めたすべてのことに全力を尽くします。これは川瀬さんが言っている「やれることは全部やる」ことともつながります。
そして「人間としての力」を身につけア式蹴球部が日本一愛されるチームになるために貢献したいと思います。
これらのことをやり抜くために「気持ち」を大事にしていきたいと思います。


最後に最近のうれしかった出来事を一つ。
シドニーFCに移籍したデルピエロが先日衰えを知らない美しいフリーキックで移籍後初得点をあげました!30代後半でありながら活き活きとプレーする姿には本当に憧れます。





最終節にまでに髪の毛が伸びればいいのですが……
1年 FW 池田濯

2012年10月15日月曜日

あおぞら、悦楽編。~ラストなので長いですpart2~

かなちゃんについて。

引退前に、凄まじい公開ラブレターを受け取ってしまった。
だいたい、かなちゃんが前のfeelingsが書いてることはあってます。照れくさいです。

とにかく私は彼女がいたから部活を続けれた。

今の4年生以外は知らないこと。

ATはまだ出来て6年目だということ。
元々ア式にはMGという役職しかなかった。
そこを、奈緒子さんと彩子さんと由貴さんが選手のためを思って作ったのだ。
最初は苦労の連続だったと聞いていた。
なにから勉強して良いのか、選手にどうやったら頼ってもらえるのか。その試行錯誤だったらしい。
時には辛い思いをしながら、ここまでATを信頼される存在へ作りあげてくれた。

私はATが大好きだ。
だけど、彩子さんと由貴さんが引退して2年で一番上に立った。
分からないことだらけだった。困った。同期にも相談できない。
自分の先輩たちはものすごく仕事が出来たし、選手からも信頼されていた。
でも、私が2年生のときに出来ることは本当にごくわずかだったし、1人にしては多すぎる仕事の量に戸惑ってばかりだった。
理想とはとにかく違った。乖離してた。自分がATを続けることがすごくマイナスに思えて仕方なかった。
先輩たちに申し訳なかった。

でも、私には応援してくれるATの先輩がいて。
なにより、かなちゃんがいた。
仕事をこなし、どんどん力をつけていく彼女。
明るく元気で私の悩みすら一蹴してくれる。どんなに心強かったことか。
大学に入って、私は正直スランプというか人生の岐路に立たされていた。
両親が離婚したり、弟が病気になって大学進学できなかったり。
私は自分の都合で上京してきて、部活までさせてもらってる。
毎日天秤にかけていた、部活と生活。部活と勉強。休部もした。ごめんなさい。
部活が出来ることって、当たり前じゃないんだよってみんなに言いたい。

かなちゃんのfeelingsを読んで、はじめて彼女が私のためにあんなに頑張ってくれていたのかと感動した。
かなちゃんは、そっけなくそしてスマートなのでそんな想いをうちに秘めていたとは。

彼女が開いてくれた誕生日サプライズパーティーはもやし専門店だったので、そんなところでケーキが出てくるとは思わず。
そしてプレゼントには絵とめっちゃ長い手紙をもらった。
内定が出たときは誰よりも早く名刺入れをプレゼントしてもらった。
それらは全て私の生涯の宝物である。

かなちゃんには、頼れる相棒ともちゃんがいる。とても安心である。
ともちゃんは賢く冷静沈着なので、かなちゃんといいコンビだと思う。
2人でこれからATをよりいいものへとしていってほしい。2人なら大丈夫。

それだけじゃない。
素晴らしい後輩ももちろんだけど、今でも沢山の愛情を注いでくれる先輩たちがいる。

今でもご飯に連れて行ってくれたり、メールくれたりする大好きな先輩。
もう一生大好きです。

ゆうこさん、ゆかさん、ゆりさん、なおこさん
ゆきさん、あやこさん、みほさん、みぽりんさん
らんさん、あゆみさん

先輩たちから学んだこと、全部生きてます。
私も来週からはOGの一員なんだ。実感わかないな。


ここからは箇条書き。
旅の恥は書き捨てって感じで、最後なのでつらつらと。

・同期への感謝

まい、めぐみ。ありがとう。
MGはこの1年本当に大変だったと思う。
1人やめ、6人でまわす日々。
1日拘束はもはや当たり前で、就活卒論の中で週5,6も来てくれてた。
ボトルやタンクをもった選手は分かるだろう。めっちゃ重い。
それを記録をやったり、ビブスをだしたりしながらやるのは本当に大変だっただろうと思う。
最近MGさんの仕事を手伝う機会が多いが本当に頭が上がらない。
2人が大好きです。ありがと。

・迷ったら直感で生きる、そして縁を大切にする

みんなは何でサッカー部に入ったのか。それは多分サッカーが好きだから。
スタッフは?雰囲気が好きだから?それとも、栄養の知識が生かしたいとか。色々あると思う。
しかし私の場合は平たく言うと彼氏がいたからである。あくまで【きっかけ】は。
このことを書くのは正直迷ったけど、きってもきりはなせなかったので。
そもそもなぜ上京したのか。それもなんとなく遠距離恋愛を終えたかったから。
高校の受験期、先生には同志社に指定校推薦で行かないかを打診を貰うが、上記にあるくだらない理由で断った。
そしたら、キレられて担任との中は最悪になった。フェリスに入学したのも、ひょんなことからである。
第一希望は中央だったけど開示してみると5点差くらいで落ちてた。
東女はお母さんがお金を払い忘れ、最後に残ったのがフェリスだった。
名古屋でそこそこの大学の南山に受かったが、母には嘘をついて落ちたといった。あの時は血迷ってたとしか言えない。
上京しても目的意識はなく、なんとなしにふらふらとサークルの勧誘を受ける。適当に慶応のサークルに入ろうと思っていた。
友達と原宿で買い物をしていたら、春季か大臣杯のawayの帰り四谷で焼肉をするからただ飯食べれるよっていう誘い文句に負けて行った。
そしたら、らんさんと奈緒子さんがいて本当の新歓を受ける。
4月の終わりころだったと思うが、その時はまだうちの学年にはスタッフがいなくて本当に困っていたみたいだった。
あれよあれよという間にグランドに体験しに行き、入部が決まった。

でも、ちゃんと入部したのには理由がある。
今までサークルの体験しかしてこなかった私からすると、グランドの雰囲気は異様だった。
新歓独特の1女最高!いええええい!みたいなものは全くなく、すぐに練習。自己紹介するのがもの凄く怖かったのを今でも覚えている。
こんな人たちがいるのか。東大に。勉強だけじゃなく、こんなにサッカー頑張っている人が。
部活って!あつい!かっこいい。そう思った。
それを見て、入部を決めた。入部するということをらんさんに伝えたのは、農グラから本郷に渡る歩道橋みたいなところだった。
らんさんは「えええ??まじい??ちょーうれしい!!!!ほんとに??え!!!!」と、凄く喜んでいた。印象的だった。
私のすぐあとくらいにまいがグランドに体験で来てて、オールピンクのジャージでグランドに舞い降りた衝撃今でも覚えている。
仲良くなれるのか非常に心配だった。笑

先輩たちはみんな優しくて、ばりばり仕事が出来て、ア式はなんて素晴らしい場所なんだろうと思った。
試合で勝った時の喜びは、今まで味わったことのない喜びだった。
確かに辛いことも多かったけど、そんなのは秋季の楽しさと比べたらどうでもよかった。

もし私が、東京に上京してなかったら。もし、そのとき原宿にいなかったら。
もし、新歓してくれたのが奈緒子さんとらんさんじゃなかったら。
今の私はここにいなかっただろう。迷ったら、直感で生きる。あとは流れに任せる。
人生は選択の連続である。なんかよくわからないけど、何とかなる。21年間生きてきてそう強く思う。



・2部を知らないみんな
私は選手じゃないから、サッカーに対してうんぬん書くのは間違ってるしすごく失礼かもしれないけど、それもふまえて。
なんで大切なところで勝ちきれなかったのか。全然わからない。すごく強いしうまいから。
誰かが言ってたけど、勝ち負けでしか過程を肯定してもらえないそんな勝負の世界。
勝ったら気にならないことだって、負けたらそれが敗因の原因になったんじゃないかって思ってしまう。
遅刻の多さ、ユニフォーム忘れ、準備できてない、グランドに落ちてるゴミ、キャプテンマーク忘れたり、氷袋がぎりぎりだったり。
それら全部が負けを引き起こしてしまったんじゃないかと気が気じゃない。
最後は気持ちだからこそ、そんなくだらないミスが目立つ。
全てのことは繋がってる。みんなの気持ちが一つになったから勝てたのかな。

私が1年生のころは、練習相手が帝京とか明学ってだけでめっちゃ緊張してびくびくしてた。
今では関東の相手と普通に練習試合組んだりしてるけど、2部の時はそんなんじゃなかった。
もしここで2部に落ちたら、来年の4年生は「関東昇格」じゃなくて「一部復帰」がスローガンになってしまう。
もしここで2部に落ちたら。
例えばyearbookに広告を出してくれる人が減るかもしれない。新入生も入る気をなくすかもしれない。
グランド使える時間減らされたらどうしよう。そうすると今のア式は維持できるのか?
今まで頑張ってきた先輩たちの想いは?
どうしよう、どうしようと一人ずっと考えて何も眠れなかった。

國學院に勝たなきゃ、降格圏内。そして、それは相手も同じ。
相手は関東から落ちてきて、ここで東大に負けたら2部降格圏内。
あっちだって関東のプライドがある。死ぬ気でやってくるはず。
こっちだって絶対に負けられない。
一日一日を大切に。過ごす。やれることは全部やる。

まとまりのない文章をたらたらとすいませんでした。
ありがとうございます。
秋季の写真見てくれてますか?みんなの笑顔がまぶしいです。
最終節は、とっても楽しみにしてます。
名古屋から親友が見にきてくれます。
卒部式には母も来ます。最後に笑えれば。

ア式大好き
AT 森田 亜沙華

2012年10月13日土曜日

明日、今年5回目の一橋アウェイ。

feelingsの記述に先立ちまして、私の投稿が大幅に遅れ、それによりご迷惑をお掛けしたことを読者の皆様並びに部員の皆様にお詫び致します。

今年はお詫び致しますとか申し訳ありませんみたいなメールを今まで以上に送りまくってます。4年の鈴木です。

軽く自分の前回の投稿見直しました。
いやーそういう時期だったかー、インシとか言っちゃってこいつイタいなー
とかも思いましたがそれ以上に、つまらない
今までの投稿全てに共通するのがこれです。
なので最後ではありますが手短に書きます。




小野さんのメール、川瀬に立教戦の前に言われたこと、どちらも心に響いてきた。
イライラした。自分のふがいなさに。
正直、自分がやってなかったとは思わない。自分には自分なりのやり方があって、それとこの組織の目的とをすり合わせてやればいいと思ってやってきた。
ふがいないのは、どこかで思考停止していたこと。

ほんとに、このままでは終われない。泣いてる場合じゃない。
勝ってやる。
楽しんでやる。

一方で後輩たちを見てふと不安になることがある。
自分の一つの失敗は言葉足らずなところだが、彼らは果たして、よく見て、深く考え、即座に実行することができているのか?
遅かれ早かれ、僕ら4年は引退する。
全員がピッチの内外を問わず、自分たちの、ア式のスタイルをもっともっと追究してほしい。
してほしいというか、自分もだ。しよう。ヒントはそこらじゅうに転がってる。



毎回同じことしか書いてない、って毎回思います。

自分は軽くて薄っぺらい話よりも真剣な話する方が好きです。みんなもっと話しましょう

あと3年間学生やります
4年 DF 鈴木宏樹

Mes que un club


そもそもfeelingsって何書けばいいんだろう?と思いトップページを見てみると、

 

feelingsでは、ア式部員が日々感じていることなどを思いのままに更新していきます。部員同士や、応援してくださる方々とのコミュニケーションの場になればと考えています。

と書いてありました。部員同士のコミュニケーションについては…

 

ここから話を広げようと思っていろいろ書いてみました。結局自分の感じていることを書く以外に道がないことに気付きました。諦めました。

 

・リーガ・エスパニョーラ

 クラシコがありました。結果は22の引き分け。DFラインに多くの故障者を抱えた上でのこの結果はある程度納得できますが、やはりカンプ・ノウで勝利を得られないのは残念ではありますね。そうです、僕はバルセロナのファンです。

 今年のリーがには個人的にうれしい話題があります。それは(元バルセロナの)サビオラのマラガ移籍とその後の好調です。僕が海外サッカーをよく見るようになったのは日韓W杯後で、リバウドが移籍しリケルメは使えず6位に終わった暗黒時代のバルサで輝いていたのがサビオラで僕の好きな選手の一人です。当時は7年前のメッシくらい期待の若手だったんですけどね。ロナウジーニョ時代のバルサでだんだん存在感を失って、一時期は何を血迷ったかレアル・マドリーとかいうチームに移籍したりもしたんですが、30歳になってちょっと復活したので注目しています。あとマラガのイスコって選手上手いです。

 

・夏休み終わる、秋季も終わる

 東大に入り、ア式に入り、春が終わって夏が来て、その夏が終わり、僕の東大生活も半年を迎えた。この半年間は、何も考えず、がむしゃらに、ひたすら駆け抜けた半年間だった。最近Cチームでボランチをやる機会があり、そこでは今まで半年間主にサイドバックをやってきて見えなかった景色が垣間見えた。全体が見える感覚。視野の広さとかではない、説明しろと言われても難しい何とも言えない感覚。これはサッカー以外にも言える。例えば履修の組み方ひとつとっても夏学期より上手く組めた(と思う)のは、授業から試験という一連の流れを経験し、全体のバランスを考えることができるようになったからだろう。この半年間は何もわからずひたすら進むことしかできなかったが、この半年間でわかったことがたくさんある。それを上手く生かしていきたいとか思っている。

 やっと秋らしくなってきたところでなぜか秋季は残り2節となりました。メンバー外の自分が言えるのは、苦しい状況ではあるけどサッカーで言ったら残り20分。後半残り5分でも2点入るのがサッカー。本当に勝ちたい、勝ってほしい、勝ってくださいお願いします。

 

・タイトルについて

 Mes que un club(本当はMeseにアクセント記号)はカタルーニャ語(スペインの地方言語)で、日本語で「クラブ以上の存在」という意味。FCバルセロナのチームスローガンのようなものです。ア式もますます「クラブ以上の存在」となっていくのでしょうか。

 
・間違い探し
 たぶん本文に1か所だけ間違いがあります。見つけた人には何もありません。


 

「ア式」が「悪しき」って変換されるのが嫌だ

 

1年      DF(たまにMF) 荒井周午

2012年10月10日水曜日

結局一番困るのはタイトル

新学期も始まり、誰が何点だったとか、誰が何単位とったとか、今学期の履修どうするとか、いろいろと耳に入ってきます。
2ヶ月間サッカー漬けの毎日を送った反動か、単なる一般的な東大生の性か、大変盛り上がっているようで...
かく言う僕は単位も順調に取り、さらに必修がほとんど無いという学科のこともあり今学期はかなり自由なタイムスケジュールになりました。
っていう話は割と僕自身部室とかでしてる気はしますけどね。

とりあえず2年生の進振りが終わったところで、結局後輩が出来なかったのが残念です。
まぁ底点がそれなりに高かったからしょうがないような気もしますが。
1年生向けに宣伝しとくと、工学部社会基盤学科ってとこで必修は3年夏のフィールド演習と卒論のみ。
この演習が秋季中なのが困りものですが、実験はなし、その他の演習は必修ではないので、基本的には自由です。
あと、扱う分野が広いです(だからこそ社会基盤って何やってるのって聞かれると返答に困るんですが)
後輩、絶賛募集中です。

そんな感じで最近はゆったりとサッカーメインで過ごしてるわけですが、こうア式の人たちに多い気がするのはオフにすることがない、っていう悩み。
昨日なんてB練終わって、後練、筋トレして、その後部室でだらだらせずに家に帰ってみたら帰り道よくわからないけど不安になりました。
多分それくらいにはだらだらと時間を使うことに慣れてしまっているようで。
まぁ早く家に帰って何をしたかって、夜ごはん食べたら腹痛くなってベッドに倒れこんで3時間ぐらい寝てたら、中途半端に目が覚めちゃって、しょうがないから料理(といっても面倒なので最近はカレーとかシチューとかそういうのしか作らない) して交代浴して2時間ぐらい時間つぶしてようやく寝ました。
昨日は料理しただけ有意義だった気はするけど、やっぱ普段は結局何もやってないといえばやってません。
結局のところ一日ってサッカーするか、トレーニングするか、アクティブレストするか、パッシブレストするか、で終わってるわけですが、あまりにもパッシブレストの選択肢がないことが問題。
最近は昼寝しすぎて、まぁレストなのでいいんですけど、たまに軽く自己嫌悪になったりします。

で、ア式に関わらない範囲で今一番楽しめてるのはサッカー観戦。(結局サッカーではある)
香川、乾、清武、宇佐美あたりの移籍組が躍動してたりして、今週のフランス戦、ブラジル戦なんかが楽しみです。
や、嘘つきました、単に寿人が代表呼ばれてていつもより楽しみなだけでした。
寿人といえばJリーグは34節中28節終わって、当然サンフレが優勝できるかどうかが一番気になってます。
悲しいことに広島はシルバーコレクターなので、一昨年のナビスコやもうちょっと前の天皇杯とか、ことごとく準優勝どまりな感じが染みついてて、なかなか優勝しそうな感じが信じられないのが現状。
なんとか優勝してほしいと思っています。
まぁ広島の試合は毎試合楽しみにしてるんですが、それ以上に熱いのは残留争い。
早々に札幌が降格決定して、あと2枠。
最近某軍団長が某SNSで試合内容に反応してくれるガンバ、新潟、大宮、神戸あたりでしょうが、あと6試合でどうなるのか、とか。

こうやって書きあげるとやっぱりサッカーぐらいでしかfeelしてないような気もしますが、実際そうなんだろうし、別に恥じることでもなんでもないわけで。
とはいえ現状秋季の舞台は近くはない位置に甘んじていて、今年の秋季はあと2週間、関東大会行っても1カ月強、そして引退まで1年強。
せっかく部活に打ち込める時間が増えるのだからもっともっと高まらないと。
前節、長尾が「楽しめ」って言ってたの、凄い納得している。
今年の春合宿で「僥倖」の件で骨折して、1か月半近く松葉杖で生活してたときから、結局福島先生もびっくりの回復速度で3ヶ月で復帰して、サッカーやった時の楽しさ。
少なくとも今までその楽しさをわすれずにサッカーが出来てると思う。
秋季、厳しい状況になってるけどまだ諦めるところじゃないし、ここ何試合も紙一重の試合が続いていて、そういう試合をものにできるのは、今まで積み上げてきたものと、気持ち次第。
積み上げてきたものはある、多分もっともっと楽しめる。
少なくとも自分はいまサッカーを楽しめてる。
秋季に出れてないし、だからこそそれは真に楽しめてるとは言いたくないけど、そうだとしても、復帰以来ゴール前で目の前にボールが転がってきて点取れるみたいなシーンは多かった気がしてて、自分の中ではサッカー楽しめてるからなんだって思うことにしてる。
それにしても7月からの3ヶ月でこれだけ決定機を外した中で18得点は出来すぎかもしれないけど。
まぁ今のプレースタイル柄、点とれなきゃやってけないわけで、技術・判断・フィジカル全部しっかり伸ばして、点取る「だけ」のFWから脱却する。
リーグ戦で戦えるだけの選手になる。
それができると信じる、そのためにできることをやる。
少なくとも今はそれが戦い方。

いろいろ思うところはあるけど、結局はできることはぜんぶやる。
この言葉、好きです。
光永がfeelingsでも言ってたけど、こうやってちゃんと形にすることで自分へのプレッシャーになるのもあり。
こういう思いを心に秘めておく方が実は好きだけど、自分が変わるきっかけとしても。

思ったより長くなってしまった。

まずは山学倒す。
3年 FW 矢野

2012年10月8日月曜日

ラストなので長いです

最後のフィーリングスです。

引退が日に日に近づいてきて思うことは、本当にあっという間だったなってことです。

私は2年生からア式に入部しました。
普通に大学生活送っていましたが、どうしても夢中になれるものが欲しくて、、、そんなときア式に出会いました。
こんなに真面目に、一生懸命に、大学生活を1つのことに捧げる人たちがいるんだ!と衝撃を受けたのを覚えています。
同時に「わたしもこの人たちの仲間になりたい」と強く思い、それが2年生のときの私の部活をする上での大きなモチベーションになっていた気がします。

というのは、2年生、最初の1年目は、正直あんまり覚えていません。笑 
とにかく早くマネージャーの仕事が出来るようにならなければ、その一心でした。
入部と同時に後輩が出来たので、先輩としてのプライドを守らなけらば、後輩に絶対負けない、という思いと、周りからの早く成長しろというプレッシャー。
部活なのか、ア式なのか、独特の暗黙のルールみたいなものを察知して行動すること、同期との間に感じる壁、人間関係、一緒に入部した親友が辞めたこと、なんかとりあえず必死でした笑 

そんなこんなであっという間に3年生になってました。
2年目はやっと落ち着いてきて、周りを見られるようになりました。
マネージャーの仕事も余裕が出てきて、ベンチも出来るようになって、純粋に楽しかったです。
関東に行きたい!という想いと同時に、(もちろん2年生の時も思っていたけど)お世話になった先輩に恩返ししたい、力になりたい、という想いが大きなモチベーションになってました。

4年生は2、3年生の時に比べて、比べ物にならないくらい濃いです。 なう。
考えなければならないことだらけです。
体制も人数も変わって、スタッフの仕事の仕方も変わって戸惑うこともたくさんありました。
全体に対するスタッフの人数が足りなくて、ビデオや、時には記録も選手にお願いしなくてはならないこともありました。
今までは毎練習3・4人のマネージャーがいて、ボール拾いをはじめいろんなことが出来たのに、ひとりになれば水以外のことはほぼ出来ません。
しょうがないとはいえ、本当にチームのためになっているのか?
同時にスタッフの後輩のこと気遣えているのか?
何度も疑問に感じ、何度も悩みました。
これはまいもあさかもそうだと思います。

でもその一方で、4年生は思い入れも強くて(皆4年分溜まってきているわけなので)とっても楽しいです。
今日の試合ほどはらはらどきどき、夢中になれたものはなかったです。
はらはらどきどきしすぎて身体には良くなさそうだけど笑、全員が「勝ちたい!」って思いで1つになって、1つのことで一喜一憂できることって、普通に生活してたら絶対に遭遇出来ないことです。
応援席で試合に夢中になってる時、あさかが、「こういう思いするために4年間頑張ってきた」ってぼそって言って、その通りだと思いました。

4年間(私は3年間だけど)続けてみて、最後の1年に味わえる思いって格別だと思います。

大学生活、いろんな過ごし方があるけど、私は両方経験してみて、本当にア式に入部して良かったって心から思います。迷ってる子がいたら迷わず薦めます。

後輩のみんなはこれから多分、もっと辛いこといっぱいあると思う。
けど4年間、やり通して欲しい。
じゃないと味わえない思いがたくさんあると思います。
 
親友が入部してすぐ辞めてしまったわけですが、
もし続けてればこんな思い出来たのにもったいないな、っておせっかいだけどたまに思うことがあります。


迷ったら、迷ったまま少し待ってみればいいと思う。
意外に時間が解決することってあると私は思います。

もしかしたら悩んでること忘れちゃうかもしれないし。
それか麻痺して分かんなくなっちゃうかも笑

ため込む前に誰かに話せばいいと思う。
案外、こんなもんか!って解決するかもしれないし。

それで無理だったら、もう1回考えればいいと思う!
 
 
とりあえず最後まで頑張れ!って話!


なんか収集つかなくなってきたけど、最後に、長くなってしまったので簡潔に。
ラストフィーリングスだし。

今まで私はたくさんの人に支えてもらいました。

OBの皆様、応援して下さっているご父兄の皆様はもちろん、

さりげなく声をかけて下さった先輩、節目節目に連絡を下さる先輩、今も気にかけて話を聞いてくださる先輩・・・

こんな頼りない私たちについてきてくれた後輩にも本当に本当に感謝してます。
めんどくさいからここには書かないけど、ちゃんと引退の時までには伝えるね笑

あと遠く岐阜から見守ってくれてた家族にも感謝!
 
同期はもちろん!!
最後までよろしくお願いします。
 



支離滅裂な文章でごめんなさい。
5分に1回くらいパソコンの電源落ちるので、いらいらしすぎて発狂しそうです笑

 
 
私は可能性があるのなら、全力でそこを目指します!
まだ味わっていない最高の思いをしたいです。

4年・MG 堀 めぐみ

2012年10月6日土曜日

連休を抜ければ授業、起きられる気がしない

前回のfeelingsは非常に内容の希薄なものだったため、
次は4ヵ月間構想を練って書こうなんて思っていましたが、
結局何を書けばよくわからないまま時間だけが過ぎてしまいました。


まず、この半年においての個人的な反省ですが、
せっかく大学で部活に入ったのに、
そしてその部活の1/8が終わったのに、
自分はまだ何も達成していない、ということを第一に反省するべきかな、
と思います。

さらに、そんな状況下において、
誰よりも多く練習したんか、
妥協はなかったんか、
と問われても、「はい」、と自信を持って答えられないので、
これも非常に大きな反省材料やと思います。

また、「ア式」という100人の組織の中にいながらも、
自分の組織への貢献度が全体の1/100に満たないような、
居ても居なくてもいいような埋もれた存在になることが嫌やのに、
特に何も行動を起こせていません。
冬学期が始まる10月からは、
練習の雰囲気を良くすることでも部室をきれいにすることでも、何でもいいので、
もっとチームに貢献できるようにしようと思います。

夏休みはサッカーに費やす時間を増やそう、なんて思ってましたが、
来週からは授業が始まり、夏休みは終わってしまいます。
結局、feelingsと同じように、
「まだ時間あるし…」なんて思ってるうちに、
何も出来ないまま期限が来てしまうのですね。
川瀬さんの「できることはすぐやる」
的な言葉が身に沁みます。

中学校や高校の途中くらいまでは、
部活っていうのは楽しみつつ自分が何を得るかが大事なんやとばかり思っていましたが、
高校の途中くらいからは、自分が他人に何を与えられるか、というのも、
何を得るかと同じくらい重要ではないか、なんて思い始めたわけで、
そう考えるとア式の4年生の先輩ってほんま偉大ですよね。
いつもいろんなことを自分に与えてくれます。

それにしても来週から授業なんですね…
別に授業が嫌いなわけではないんですが、
花火の音を農グラで聞くことはあっても一度も花火大会には行けず、
バーベキューなどへ行くこともなく、カラオケはいつも一人。
facebookで友達は水着姿でタグ付けされるが、自分は坊主姿。
夏を手に入れないまま終わった夏休みはなんか物足りないですね。
もしサッカーすらしてなかったら、なんて考えただけでゾッとします。
もっと東大ブランドを活かして私生活も充実させたほうがええかもな、
てのもある意味反省です。


反省はこんくらいにして、とか思ってたら、
構想をまとめていなかったせいか冗長な文になってしまったので、
このへんで終わろうかと思います。最後に。

チームは今苦しい立場にあるかもしれませんが、
一戦一戦良い戦いができるようになってると思います。
ただ、残りの三試合全部勝たんとあかんとか思ってたら気が重くなるので、
とにかく目先の一戦で勝ち点3をとることだけを考えて勝ちにいきましょう。
俺はとにかく明日の応援用にのどをつくっておきます。
まだまだ先輩から学べることも多くあると思うので、
ちょっとでも長く一緒にサッカーしましょう。






水曜準備に4回に1回しか来ない安武をなんとかしてほしい

1年 安達