2013年4月23日火曜日

穀雨の方程式

大学入ってからドラマは全く見ていなかったのですが先週から「ガリレオ」を見始めました。

いやーかっこいいよ、湯川学。

物理学を駆使してクールに真理に迫るその姿は、「むぅろぉうぃすぁぁん!!」「ふぅぅすぁどぅえきむぁすうぇぇん!!」「キターー!!」などの熱い叫びを駆使して事件解決に努める某湾岸署の刑事とは違った魅力を感じる。
自分は女の子が多いという理由で文系を選択したが、少し理系を羨ましく思う。


さて、この文理選択然り、皆さんは人生における重要な選択の場面にいくつか出くわしてきたと思うのですが、自分自身は今までこの「人生における重要な選択」を行う場面ではそこまで深く考えずに動いてきたと思っていました。


しかしこの度就職活動というものを経験させていただき、否が応にも自分の人生についてじっくりと振り返ざるをえないという状況に立たされたことで、一見、直感的に選択を行ってきたかのように見える自分の人生もそこには何かしらの「軸」のようなものが存在していたことに気づかされました。


それが何かは敢えて書きません。なんとなく恥ずかしいので……
というか面接を思い出すみたいで嫌なので……


ただ1つはっきりと言えるのはどの選択をした後も後悔だけはしていないということ。
だからこそ自分の選択には自信を持てるし、好きなように選択をさせてくれた両親にも感謝している。
後悔がないのは自分の周囲の環境、人に恵まれてきたからというだけかもしれないけど。


ただし後悔が残っていないのは選択それだけに限ったことであって、その選択後の自身の過程と結果については必ず後悔が残っている。


それこそ、このア式蹴球部に入り、ここまで続けていることについては全く後悔はないけど、その中身、自分の過程と結果を見たときに満足できる部分なんてまるでない。
まあ満足していないなんて皆同じか。


満足なんてできるわけないけれど、自分の力で上へ上へ。
それが自分の選択に責任を持つということ。


新入生でア式に興味を持ってくれている人、大学で何をやるか、これは重要な選択の場面だと思う。
その中でサッカーを大学生活の「軸」にすることを選び、ア式蹴球部に入ってくれたならば、つらいながらも厳しいながらも、「実に面白い」と言える日々を送れると思う。



4年DF大薗隆太

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