2013年4月12日金曜日

選択


新学期が始まった。僕も3年生になった。

これから1年間、4年生は卒業後の進路について大きな選択をすることになるだろうし、2年生は進振りがあって、これまた大きな選択(人によっては大した問題ではないかもしれないが)をすることになると思う。そう考えると、3年生というのは選択ということに関して猶予を与えられている学年であり、次の大きな選択に向けて準備する期間なのかもしれない。

ということで、「選択」(とりわけ進路選択)ということに関して感じていることを少し書きます。


「人生は選択の連続だ」と誰かが言っていた。これはそうだろうと思う。人生の中で選択を迫られる場面は数えられないぐらいある。僕が今まで生きてきただけでもたくさんあったし、これからもきっとたくさんあるだろう。

同じ人が「私たちは選択を繰り返すことで、子供の頃無限大だった可能性を小さくして進む道を絞っていく」と言っていた。これについても、以前は僕もそうだろうと思っていたが、これはやっぱり違うんじゃないかと思うようになった。

そもそも子供の頃の可能性は無限大ではないんじゃないかと僕は思う。これは、才能の話とか環境の話ではなく、子供の頃はほとんどの選択肢を知らないからだ。上の考え方には「本人が選択肢を知っているかどうか」、すなわち「選択肢を手にしているかどうか」という視点が抜けていると思う。誰だって知らなければ選べない。

つまり、「子供の可能性が無限大」というのは大人から見たときの話であって、子供からしてみればほとんどの選択肢を知らないわけだから、目の前に広がる選択肢は限られている。選択できるのは基本的に知っている範囲に限られる、と僕は思う。
 
で、そう考えると、選択することで逆に可能性が広がるということもあるんじゃないかと思う。選択をして、そこで色々な経験をして、今まで知らなかった道を知る。思いもよらなかった選択肢を手にするということもあり得る。可能性は小さくなるどころか、大きくなることだってある。

考えてみると、今自分がア式にいるのもこういうプロセスの結果のように思える。
 
「あのとき別の選択をしていれば、今この道に進みやすいのに」って正直よく思う。でも、もしあのとき別の選択をしていたら、今自分がこの選択肢を知ることはできなかったかもしれない。「この道に行きたい」って思えなかったかもしれない。
 
運命とか信じているわけじゃないけど、今の自分が置かれている状況は、これまでの自分の選択によって必然的に導き出されたものだと思う。まるで自分の選択を正当化するような感じになってしまったかもしれないけど、こう考えて自分のこれまでに自信を持ちたい。その方がきっと後悔するよりはいい。
 
 
3年 MF 三浦章太

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