2013年5月26日日曜日

ピッチ外で理性をなくすと、、、捕まる!!

理性を解放するのも程々にしましょう。



最近御殿下や農学部のグラウンドで、いきなりラップを大声で歌い始める集団がいるそうです。

嫌ですよねー。冷静に。

日常生活で遭遇したら、まず回り道は覚悟するでしょう。

さて、これはどこの集団なのでしょう? 答え:東大ア式蹴球部



最近ア式では、練習開始の時にみんなで馬鹿騒ぎをするという行事を行なっています。

これはただ馬鹿騒ぎしたいという訳ではなく、ピッチ内で時として理性的すぎるという東大ア式の弱点?を克服するための、一種のメンタルトレーニング、というわけです。

意図的に理性を無くしていこう、というわけです。



この「意図的」という言葉、自分では結構好きな言葉のうちの一つです。

というのは、練習は「なりたい自分像」に対して「意図的」に働きかける作業、という考えがあるからです。

どういう事かというと、例えば自分がトラップをもう少し上手くなれるようにしたいとします。

その時にする作業としては、

1、自分の理想のトラップ像をイメージする
2、理想的なトラップに近づくために「意図的」な反復を繰り返す
3、理想のトラップに近づいたものを実戦投入
4、実践で感じた理想像と現実のズレを確認し、新たな理想像を創る

の繰り返しになる(と自分は考えている)、という事です。

つまり、練習は現実の自分を「意図的に」理想の自分に引き上げていく作業なのでは、ということです。

 自分としては、すべての練習は理想像をなるべく意識して意識して意識しまくって最大限「意図的に」行わなくては最大の効力を発揮しないと思っています。

なので、意図的という言葉は好きですし、常に自問自答しなくてはと感じています。



自分が「意図的」な練習を意識するようになったのは中学三年くらいからでしょうか。

それまではただがむしゃらに練習をしていただけだった気がします。

ただ、全く自主練をしないような能力の化物にどんどん追い抜かされて行くようになり、このままではダメだなと感じて練習の質を高めなきゃな、と感じていました。

多分その頃からだったような。

そこから先はこれまでよりも上達スピードは早まったような気がします。

おかげで?高校時代もなんとかなりました。笑



自分が今のア式を見て一番足りないと思うのがこの「意図的に」という部分です。

自主練とかよくやってるな、とは思うのだけど、あんまり意図が見えてこない。

壁あてをしていても、パススピードゆるかったりパスがバウンドしてたり。

壁あてだからこそインサイドでのグラウンダーの速いパスをバシバシ反復したら良いんじゃないかなと。

個人的には自主練をしていて、理想とのズレにイライラするくらいが丁度いいと思います。

まあほんとに言いたいのは、偉そうにすいません、です。



何か言葉では伝えづらいものを文章にしてみました。





三年 留学経験多数!!学生団体代表!!趣味はボランティア!!学生のうちは出会いを大切にしたい!!←バーカ 添田隆司

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