2013年6月3日月曜日

DQNameじゃ、ないんです。

こんばんは、少し投稿が遅れてしまってすみません。

まずは今日の立教戦おつかれさまでした。
3連敗のくやしさを吹き飛ばせるよう会心の勝利でしたね。過去3節無得点だったのが嘘のような大量得点、応援していてとても気分がよかったです。
今日の勝利を機に勢いに乗って連勝街道を突き進みましょう!


さて、feelingsのテーマですが前回深夜のラブレター風のテーマで投稿したところあたたかいコメントを付けていただくことができたので今回もそのスタンスで臨むつもりでした。
しかし、先日の辻のfeelingsでの学年紹介に気になる一文を見つけたので、急遽この場を借りて名前の由来について説明させていただきます。


僕の名前は池田濯、濯とかいて「あろう」とよみます。
僕の母は高校時代弓道をやっていたので、矢を意味する英語の”arrow”に無理やり当て字で濯になった、とかいうことではありません。(弓道をやってたのは事実ですが)
 
サン・テグジュペリ作の「星の王子様」という絵本をご存知でしょうか?
今では池澤夏樹さんをはじめとして、多くの著名な作家、翻訳家によって翻訳されていますが、この本を日本語に初めて翻訳したのが内藤「濯」さんという方でした。もちろん読みは「たく」ではなく「あろう」です。この本を読んで深く感銘を受けたらしい母が訳者の名前をとってつけたのが僕の名前です。 


さて、この内藤濯さんですが、1883年うまれで、東京帝国大学文学部仏文学科の出身のかたです。われらが副キャプテン、片山さんの大先輩にあたりますね。僕が注目してほしいのは、この1883という生年です。そうです、すでに100年以上も前から「あろう」という名前は存在していたのです。いまどきはやりのめちゃくちゃなDQNameとは訳が違う、由緒正しき名前なんです。
確かに難読であることは否定出来ませんが、「あらう」からの音の変化だととらえれば納得できないこともないはずです。以後、ご理解いただきたい。


ここで、せっかくなので「星の王子様」に関連してfeelingsをひとつ。
王子様の有名なせりふに

「大切なものは、目に見えないんだよ。」

というものがありますが、僕はこの言葉に全面的に同意することができません。
なぜなら、

「大切である」→「目に見えない」

が真であるとするならば、

「目に見える」→「大切でない」

ということになりますが、僕は目に見えるものにも大切なものは存在すると思うからです。
たとえば、努力と結果。
目に見えない努力はたしかに大切なものですが、目に見えて現れる結果を出さないことには努力に意味はないに等しいものだと思います。
そもそも結果を出して初めて、それまでの過程を努力と定義できるのであって、結果の残らない過程はただの自己満足に過ぎないと思いますが。


常に結果を求めて日々を送りたいと思います。
目に見えない大切なものの評価は他人が僕を評価するときに用いてくれればそれでいい。自己評価の基準は目に見える結果のみで。

渾身のボレーシュートもポストにあててちゃ意味がない。次はしっかりネットにたたきこみます。



頭のデザイン、および後継者募集中
2年 FW 池田濯

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