2013年7月26日金曜日

より純粋に。より深く。


今の自分の気持ちを表すならこんな感じかな。



What is a man,
If his chief good and market of his time
Be but to sleep and feed? A beast, no more!
Sure he that made us with such large discourse,
Looking before and after, gave us not
That capability and godlike reason
To fust in us unus’d. Now, whether it be
Bestial oblivion, or some craven scruple
Of thinking too precisely on th’ event---
A thought which, quarter’d, hath but one part wisdom
And ever three parts coward---I do not know
Why yet I live to say “This thing’s to do”,
Sith I have cause, and will, and strength, and means,
To do’t. (Hamlet, 4幕第4, ll.33-46)

 


・・・さて、話題を変えよう。
 
僕にとってサッカーというのは楽しいだけではない。
 
小学校でサッカーを始め、中学、高校、そして大学とサッカーをしてきたけど、振り返ってみると、嬉しいとか楽しいと感じたことより、悔しいとか辛いと感じたことの方がずっと多かったと思う。

れでも、いつもサッカーがそばにあったし、サッカーのそばにいたかった。
 
今もそう。満足できるプレーができなくて、試合に出られなくて、悔しいと感じる。テレビとかで同世代の選手が活躍しているのを見たときでさえ、頑張ってほしいと思うと同時に、何とも言えない微妙な感情が生じる。

それでも、サッカーとともにありたいと思う。
 
これは当たり前のことなのかな。みんなはどうだろう。
みんなにとってサッカーって何だろう。

僕は物事を単純化して考えるのがあまり好きではない。というか、得意ではない。「サッカーは戦争だ」とか「サッカーは芸術だ」って言葉があるけど、「サッカーってつまり○○だろ」って一言で表すことなんて、僕にはできない。もちろん、自分が大切だと思う要素はある。でも、サッカーという複雑で曖昧なものは、あくまでも僕にとって「サッカー」でしかない。
 
これはサッカーだけに限った話ではないかもしれない。
僕は、色々な場面で、物事をできる限りそのままに捉えたいって思う。
より純粋に。より深く。
 
3年MF 三浦章太

 

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