2013年8月19日月曜日

新白岡から声出してんぞッ

さっきからずっと画面とにらめっこしている訳ですが、この時間が文にならないのが残念です。一文字にもできません。ほんの1時間くらいなのですが、いろんなアイディアが浮かんでは消え、文も数行書かれては消え、結局ゼロです。今こうして、文にならなさを無理矢理に文にすることでようやくゼロじゃなくなりました。どうせなのでこのまま続けてみようと思います。

合っているかどうかは微妙ですが、小説家(?)の高橋源一郎さん(たぶん)の著作の中にこの「文にならない間を文字にしちゃう」試みがあったらしく、その方法は大胆にも句点を打ちまくる、というものであったそうです。だからさっきの僕の黙っている間を表すとしたら

「、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、」

くらいでしょうか。けど、結局のところよくわかりませんね。僕がやると字数稼ぎもいいところです。

「、、、、、、、、、、、、、」
どうしよう。
「、、、、、、、、、、、、、」
書くことが、、

まぁこうやってみると便利な気もしてきました。ただ高橋さんに失礼な気がするのでもうやめます。ってかこれ既出じゃないよな、、大丈夫かな、、



いやしかし、こういうもやもやした「形にならなさ」というのはよくあるんじゃないでしょうか。思うところはあるんだけど言葉になんねー!みたいな。考えるところはあるんだけどプレーになんねー!みたいな。
だれもがそういうもやもや抱えてると思うんですよ僕は。
ただ、ずっと黙ってるとか、言われるだけ言われてはいはいうなずいてるとか、そういうんだとお互いがどう、もやもやしてるのか分からないじゃないですか。
「俺はまぁ今まで一人でやってきたから大丈夫」っていうのならいいですけど、今まで一人で生きてこられた人間とか、一人でサッカーして勝ってきたプレーヤーとかいるわけありません!たぶん。
だから、自分なりに、句点でも読点でも(あ、上のやつ句点じゃなくて読点じゃん。はずかしいですね)スペースキーでも怒号でもうめき声でも笑い声でも、とにかくまず「自分の中からなんか形をポンって出す」ことはすごい重要だと思うんです。それが結局、始めに言いたかったことからかけ離れていようとも。
そうやってなんか出てきたらきっと傍の人が拾ってくれます。「どうしたの?」とか「うるせー」とか「ハチぃ〜」とか。傍の人がこういうのキャッチしやすい様に集団ってあると思うんです。日常生活でもサッカーでも。
まぁ分からないことだらけです。基本他人のことは分かりません。「あいつの言いたいこと何となく分かるけど、生理的に受け付けない」みたいなことも日常茶飯事だと思います。
だけどそこで止まっちゃぁいけない(いやまぁ正直ここはきわどいところですが勢いにまかせます)。退蔵はアカン。けんかせぇ(高校時代の顧問がよくこんなこと言ってたなぁ)。また「、、、、、、、、、、、、、、、」とか適当でも何でもいいから「自分の声で」言い続けて、自分達の成長を願うことしかできないし、それが、一番の近道で


あるのではないかなぁ、と最近思っていたことを思い出しました。
サッカーは子供を大人にし大人を紳士にするっていう言葉がありますけど、僕的には(本当に私的なんですけど)上のようなことができる人が大人なんじゃないかなぁと、なんとなく思います。


じゃあ紳士は一体どんなやつなんだ!?


3年 MF  八田良樹
















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