2013年8月18日日曜日

Last summer


あと1週間後、最後のリーグ戦が再開する。



3年前の自分が遠い未来のように思って、ただただ憧れていた日々が始まろうとしている。感慨深くて、あっけなくて、楽しみで、そして少し怖い。




1年生のリーグ開幕戦の日、部室でやかんをぶちまけた。ふじみほさんと二瓶さんに笑われた。
2年生のリーグ開幕戦の日、らんさんがわが家に前泊。なぜかファジ丸のぬいぐるみを持ってきていた…。
3年生のリーグ開幕戦の日、明け方まで横断幕を作ってた。寝不足と緊張で、すごい顔でグラウンドに行った。



あの9週間は、全部全部思い出せる。わくわくして、声が枯れるほど叫んで、時に涙して、悔しがって、緊張して、喜びをわかちあって…こんな時間がずっとずっと続けばいいのに、といつも思う。





去年までは、また“来年”があったけど、今回こそは正真正銘の最後になってしまった。いつまでも先輩に甘えていたわたしはもういなくて、かわいい後輩たちを文字通り引っ張っていかなくてはいけない立場だ。



秋が終わったら安心してア式を任せられるように、今のわたしが持っているものを最大限伝えて残しておかなくてはいけない。そんなプレッシャーのせいか、口を開けば小言ばかり。「あれは?!これは?!ちがーう!こっちでしょ!!はーやーく!!」こんな姿を先輩たちが見たらどんな顔するだろうな、なんて苦笑しながらあれこれとやかく言い続けている。そして、こんな口うるさいやつに後輩たちはよくついてきてくれているな、としみじみしたりもする。






高校時代からサッカー部のマネージャーをやり続けて7年。
まさか22歳にもなってボトルの水を冷たくすることに必死になったり、ボール拾いに走り回ってるとは思いもしなかった。物好きだと思う。



ここまでやってきたからこそ、ピッチの中で結果を出すことができるのは選手だけだと苦しいほどよくわかっている。私たちマネージャーは勝ち負けに直接関わることはできない。



でも、それでも、自分にできることが何か少しでもあるんじゃないか。
その可能性を信じたくて必死に走り続けた7年だった。
ようやく答えが見えてきたような気がしている。



試合中ピッチの中で結果を残すのはもちろん選手。ピッチの外にいるわたしにできることなんてごくわずか。でも、疲れと暑さで足が止まりそうな時にそばに冷たいボトルがあれば、また走り出す力になれるかもしれない。「やんぞやんぞ!」と気持ちを奮い立たせられるかもしれない。


プレーに集中するために、少しでも冷たい水を飲んでいいコンディションでいてほしい。
遠くまでボール拾いに走るなら、1回でも多くボールを蹴ってほしい。
ビデオ撮る時間があるなら、1分でも1秒でも長く自主練してほしい。
だから、ボトル冷たくするのに必死になるし、ボール拾いにダッシュするし、ビデオだってわたしが撮る。




言ってしまえばこんなのほとんど自己満だ。1mmも意味ないかもしれない。でも、ただ漫然と仕事こなしたり、自分はこんなもんだとたかをくくるよりは、失敗してもあんまり意味はなくても必死に走り続けた方がきっといい。


これはあくまでもわたしの考え方だから、他にもいろんなやり方があると思う。



ア式のためになることはまだまだいっぱいある。
ア式のためになるなら、なんだってできるし、なんだってやっていいし、なんだってやってみるべき。うまくいかなかったら、そこからまた考えればいい。



わたしが先輩たちの背中を見て学んできたように、後輩たちにそんな姿勢を残せたら本望だ。








合宿の時、検見川で高校時代の担任に遭遇した。(走りにきてた。)
ボトルの水を運ぶ日焼けしたわたしを見て、高校の頃と何も変わらないな、と言われた。


でもね、先生。最後の夏なんです。東京一のマネージャーを目指せる最後のチャンスなんです。って言ったら、その言葉もあの頃と変わらないな、と笑われた。



だけど、わたしは知っている。
最後の夏はもう二度とやってこない。








明日、母校は甲子園。わたしは院試
4年 小林三奈美


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