2013年10月23日水曜日

さる者に


きっせいゆういち

私がきっせいゆういちに初めて会ったのは、忘れもしない、大学に入学してまだ間もない頃だった。総理大臣杯だったか、とにかくアウェイの試合を応援しに行く途中、電車の乗り換えを待っていた私にきっせいゆういちは声をかけてきた。

「一年生だよね?俺、いま二年生のきっせいっていうんだ。吉祥寺の吉に、清らか、できっせい。珍しい名前だけど、よろしくな」

突然話しかけてきたのでびっくりしたものの、上級生の方から気さくに話しかけてくれたことを嬉しく思ったのを記憶している。

そのとき、きっせいゆういちは大量のアウェイ荷物を抱えていた。
それが溜まりに溜まった罰のせいであったのを知ったのは後のことである。

それ以来、私はきっせいゆういちにまとわりつくようになった。
上級生から動物にたとえられいじられたり、同級生に動物にたとえられいじられたりして、なんだかんだ彼の周りに人が集まっているのは、きっせいゆういちの人当たりの良さ、優しさによるものなのだなと思った。私はきっせいゆういちに、きっせい軍団を作り、私をそのメンバーにいれて欲しいと頼んだ。
彼は
「なんだよそれ、やだよ」
と一蹴したが、私はもう心ではきっせい軍団の一員になっていた。

私が一年生の間は中々きっせい軍団は実体を持たなかったが、最初にして最大規模の軍団会(様々な人の援助により開催に至った)が冬に行われると、きっせいゆういちもその存在を徐々に受け入れるようになり、その後からちょくちょく軍団会が行われるようになった。
きっせい軍団の誕生である。

軍団会はシーズンや気分によって様々な形態をとった。
きっせいゆういちの誕生日には、ファンキーモンキーベイベーズのCDや、猿ロックなどの漫画を贈って祝った。
クリスマスにはトナカイではない動物にまたがるサンタを見られた
サッカーや日常で上手くいかないとき、軍団会で鬱憤を晴らしたこともあった。


軍団会の目的はやはり軍団員間の親交を深めることであるが、それに加えて、軍団の規模の拡大をどう進めていくかという議題も毎回のように持ち上がった。

ただ自らきっせい軍団入団を志願するものは稀であるし(過去に若干名)、さらにはきっせい軍団会に入らない?と誘うことも恥ずかしくてあまりしないので、毎年今年の新入生だれをきっせい軍団に入れてやりましょうか、へへ、なんて話で終わってしまう。

そして結局、私がきっせい軍団で一人目にして最後の正規軍団員となってしまった。

思えば、私の今までのア式人生にはいつもきっせいゆういちの姿があった。
楽しい話も、悲しい話もあった。
抗争(ケンカ)もあった。
それでもきっせい軍団会は、なんとはなしに続いたのである。

そして
今週末の試合を最後に、きっせいゆういちは引退する。つまりさる、ことになる。
きっせい軍団も、その短い歴史に、幕を閉じることとなる。

私がきっせい軍団員でいられる時間は、もうあと僅かなのだ。

きっせい軍団は、人々の記憶から、あっという間に消えて無くなってしまうことだろう。

さる者は日々にうとし。

でもそれで良いのだ。
私は忘れない。

そして私に出来るのは、きっせいゆういちの引退に、そしてきっせい軍団の終わりに、日大戦の勝利という華を添える為に尽くすこと。

できれば私のゴールをそのハナムケとしたい所存である。

きっせいさん、ありがとうございました。

羽場優紀

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