2013年12月14日土曜日

嫌い

「嫌いはいけない。苦手はいいけど嫌いはだめ。嫌いは可能性を摘む言葉。」


これは僕が高校1年生の時に生物の先生から言われた言葉です。
友達と生物の話をしていたとき、僕が「生物の○○の分野嫌いだな」と言ったところ、たまたま通りかかった先生が耳にして、一言だけ言って去って行きました。その時は何気なく聞き流していましたが、その後、ふとこの言葉を思い出し、それ以来自分の中でこの言葉を大事にしています。

先生の真意はわかりませんが、この言葉を自分なりに解釈すると、これは物事に対する態度について言っているのではないかと思います。つまり、「嫌い」というのは課題に背を向けてしまっている状態であり、「苦手」というのは課題に正面から立ち向かっている状態(少なくとも背を向けてはいない状態)だということです。乗り越えられる可能性が低い壁も、立ち向かい続ければいつかは乗り越えられるかもしれませんが、背を向けてしまっては乗り越えられることは絶対にありません。それゆえ、「嫌い」という言葉は「可能性を摘む言葉」なのだと僕は考えています。

さて、このことは勉強に限らず、スポーツや人間関係など、様々な場面に当てはまることだと思います。「○○さん嫌いだな」と言ってしまったら、おそらくその人とは自然と距離ができてしまい、理解し合えることはない。それに対して、「○○さん苦手だな」と言った場合には(好ましい状況ではないかもしれませんが)、相手を受け入れようという努力は感じられると僕は思います。

そうはいっても、単に言葉の問題だと思われる方も多いかもしれません。
ですが、言葉の問題というのは意外に重要だと僕は思っています。

先日受けた授業で、「制度は本質的には言語である」というようなことを教授が言っていました。きちんと説明しないと誤解を招きそうですが、言語の中に内在する思考の枠組みが、その言語を使用する人間の考え方を規定するというような意味合いだったと思います。

話が少し大きくなってしまいましたが、要するに、自分が使う言葉は、思っている以上に自分の考え方に影響を与えているということです。そして、言葉と態度を結び付けて、周囲の人は自分を判断するわけです。ですから、安易な発言によって自分を判断されないように気を付けなければいけません。

僕自身、部内では、最上級生になりました。最近は、部の内外において、自分が発する言葉が周囲にどのような印象を与えているか、そういうところにもより一層気を配る必要があると感じています。

3年MF 三浦章太

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