2013年9月30日月曜日

すっかり秋ですね。

 久しぶりのfeelingsです。同時に、3年生として書くのは最後です。
グラウンドでもボトルを常温で出すことも増えてきました。
後期リーグの終わりも見えてきました。ということは、代替わりが近づいています。考えなければならないこと、準備しなければならないことが山積みです。

今ア式は負けが続き、苦しい状況に置かれています。昨日の東経戦でも、親御さん方やOBの方々から今日こそは勝ってほしいというお言葉をいただいて、改めて私たちはたくさんの方の思いを背負っているのだと感じました。

残り3節応援よろしくお願いいたします。

3年 松元 愛



2013年9月29日日曜日

吉報

こんにちは。二年の藤岡です。

この度、教育学部身体教育学コースに内定いたしました。
ひとえに皆様の絶え間ない応援のおかげです。本当にありがとうございました。

身体教育学コースなので、身体の教育を学ぶコースです。

カラダの教育学……なんだかワクワクしますね。

そして先日、この学科の内定者向けのガイダンスがあり、僕と平野元は仲良くこの催しに参加してまいりました。

すると、なんという偶然でしょうか。そこにいるのは男、男、男、男……なんと女の子は一人もいないそうです。

奈良の秘境での6年間にわたる長く厳しい男子校生活を終え、辿り着いた先は赤門裏の地下室での男子校生活だったんですね。

僕は悟りました。

暑苦しい男20人で2年間カラダの教育学を学ぶ、これもまた一興なのでしょう。

とはいえ、その大半が運動部に所属しているそうです。暑苦しく汗臭いですが、みんな明るくて、面白くて、少なくとも表面的にはいい奴でした。僕も表面的にはいい奴に映っていれば幸いですね。


そんな僕の東京大学運動会ア式蹴球部ライフですが、最近、「ああ、これは後輩になめられているな」と思うシーンに多く出くわすようになりました。

たとえば「喧嘩売ってんすか?」と言いがかりをつけられたり、貸した漫画が返ってこなかったり、「藤岡さん、審判講習さぼったんですか?笑」と後輩が知るはずのない過去の過ちに関して問い詰められたり、「あいつは現役で年下なのにこっち側(なめてる側)です」と浪人で同い年だからなめてるっつか別にイイっしょ?と遠回しに言われたり、という感じです。

僕はよく先輩をなめていると勘違いされるのですが、実際に後輩になめられてみて、その不快感たるや言葉では言い表せないものであると知りました。

そして逆に、先輩にはどれだけ礼儀正しくしてもし足りないと感じました。

そして、最近僕はこれまでより一層礼儀正しく、大きな声でご挨拶をし、しっかりとお辞儀をしています。

僕の敬愛する三年生の日下先輩は、僕の真面目な態度に日々微笑みを返してくださいます。これぞ後輩冥利に尽きるというものです。

一年生にもこの喜びを知ってもらいたいですが、それはまた来年。新しい一年生が入り、彼らが二年生になって、身をもって先輩方を尊敬することの意味を学ぶそのときまで、僕は気長に待つこととしましょう。

その時僕が、本当の意味で後輩諸君に心底慕われるような、人として懐の深い先輩になれていれば言うことはありませんね。

しかしそれは遠い道のりです。

とはいえ、僕にできることといえば日々精進すること、これだけです。

サッカーと同じですね。

人生って、深い。

以上

二年生 新見軍団 学連 藤岡

2013年9月28日土曜日

勝たねば

福島伸一さんの著書『動的平衡』で、「タンパク質の合成と分解との動的な平衡状態が「生きている」ということであり、生命とはそのバランスの上に成り立つ「効果」である」と述べている。東大ア式もひとつの生命体とみなすと、自分もひとつの細胞であり、代謝によってそろそろ入れ替わろうとしている。最後までその生命体の中での使命を全うし、自分が受け継いできたDNAを上書きして残していかなければならない。そんなことを考える時期になってしまった。


話は変わり、残る5試合どうするか。

やるしかねーんだよ、俺たちは   by 行天

ごちゃごちゃと言っても、結局はやるしかない。

白黒がはっきりと決まるこの世界でその結果だけを追い求めてきたからこそ、結果の黒さ加減にはうんざりしてる。自信は少なからずあったからこんなはずじゃなかったと感じる部分が大きい。自分のパフォーマンスに関しても。

「白と黒のその間には無限の色が広がっている」

とミスチルの桜井さんが仰る通り、たしかに結果以外にも様々な色があるけど、黒く塗り潰されたら全てが否定されるだけ。多くの人を落胆させてしまった分をここから少しでも取り戻す。このままでは終われない。

あと5試合、チームメイト、健太郎さん、OBの方々、親、自分、やめていったチームメイト、その他今まで関わった人たちのためにも、色んなものを背負って戦って勝ちたい

やられたら、やりかえす
ぜってぇ負けんじゃねーぞ
4年  賀茂

2013年9月22日日曜日

気づけば9月も下旬。


ボトルの水が熱湯にならなくなり、銀杏が落ちている所を見ると
まだまだ暑い毎日が続いているが、秋を感じる。

ア式に入って
ほんの少しではあるが、サッカーの見方が
分かるようになり、今までよりもサッカー観戦が楽しくなった。

他の大学の方々と関わる機会が増え考え方の幅が広がった気がする。

まだまだある。

私にできる事は、少しだけど
できることを確実に・・・そして、謙虚に素直に前向きに・・・



たくさんのゴールを見たい!!



1年スタッフ 松田美晴


2013年9月20日金曜日

おわり


feelingsはいつも、書きながら多くのことに気づいたり、考えが変わったり、整理されたりして、最終的に投稿する内容は草稿と違っていることが多いです。


 feelingその1。
 去年の暮れから今年の春ごろにかけて、「自分は結局のところ、何者にもなれないのだろう」ということにようやく気づかされる出来事をいくつか経験しました。残る希望はリーグ戦でしたが、現在目の前に突きつけられている現実は厳しいものです。得られるであろう結果の期待値を報酬として、努力をそれに比例させるやり方は正しくなくなるのでしょう。結果が望めなくなるにつれ努力をどんどん逓減させていくか、努力していないと不安だから希望を不釣り合いに膨らましていくか。僕はまだ若いですが、そのツケを無視できるほど若くはなくなりました。
 椎名林檎は「スーパースター」でイチローへのあこがれを歌いました。しかしそんな椎名林檎自身も社会的に見ればじゅうぶんに「何者か」であり、そこが面白くも切なくもあるところです。いつまでも失くした声を探して、枯れ葉で覆われた大地を蹴って歩いていてはいけないのかも知れません。
 それでも僕にはサッカーをする時間が残されています。



 feelingその2。
 ある先輩は「ア式は世界でした」と言いました。懐古したい訳ではなく、引退が近づいた今、この言葉に注釈をつけて語ることに意味がありそうだと思ったのです。
 世界とは、自分にとってのすべて、や、社会の縮図、といった意味以上のものを含んでいるように思われます。こんなことを言い出すと、ああ、またカタヤマが自己満足にふけっている、と思われること必至ですが、ここでの世界とは、ざっくりと言えば、現象学的語りにおいて使われる「世界」=Welt, Monde を指すものとして理解すべきではないのかな、と思ったのです。
 僕は哲学なんかさっぱりなので、昔読んだ哲学入門書的なサムシングに沿って、先輩の言葉を自分が理解しやすいように勝手に解釈しただけです。
 被投性を帯びつつも企投を通じて相互作用的に自己の実存が形成されていく場としての大学サッカー。世界と自分とは大学サッカーを通して認識される。意識で。無意識で。身体で。主観で。客観で。間主観で。非等質的な時間の流れのなかで。
 じゃあその世界を脱した後の自分は?
 やはり変わってしまうのだろうか、いやはや20歳を超えた人間の人格なんてその程度のことでは変わらないのだろうか。 
 そんなことにも興味があります。



 feelingその3。
 終末感あふれるfeelingsでしたが、まだ何も終わっていません。引退してからfeelingsを無理矢理書く気は起こらないので、いまこんな内容を書いただけです。
 僕は勝利に飢えています。立教を狩ります。



 4年 DF  カタヤマ

2013年9月19日木曜日

GMは学生マネージャーの略ですよ

お疲れ様です、学生マネージャーとして日々暗闘しております3年の末吉です。

そういう立場なので当然ですが最近はア式の外側の世界の人達と触れ合い、ア式の状況を客観的な視点から認識しなおす機会が多いです。

例えばグラウンド一つとってもそうで、都内で人工芝のグラウンドを全面毎日確保しようとするとかかる費用というのは膨大なものになります。普段は当たり前のように使っているグラウンドですががその価値というものは外部の団体から見た時にはとてつもなく魅力的なものに見えるようです。

ポジティブなものにしろネガティブなものにしろア式における自己評価と客観的評価はかなり大きな隔たりがあると感じます。

日々の練習も決してネガティブな評価を受けるようなものでは無いとは思いますが、関東昇格という看板を掲げている集団として見られた時はどうでしょうか。自分の練習(生活)を関東リーグ昇格を目標とするサッカー部の選手の練習として毎日見直しているでしょうか。非運動部の身近な友人と比較して満足はしていないでしょうか。Aチームにいるという事で満たされていないでしょうか。

自分に満足することが悪いとかもっとやれるとか言いたいわけではなく目標を自分の身の丈に合わせるという選択肢もあるということを一度考えて欲しいと思います。誤解しないで欲しいのは目標を下げろとか上げろとか言っているわけではないということです。目標に優劣はなく、できるかできないか(やるかやらないか)だけのことだと思います。チームの価値観・目標を背負うのは上級生でも幹部でも主将でもなく部員全員です。全員が背負わない(背負えない)建前だけの目標なんて百害あって一利なしだと思うので、今一度ア式という一つのチームについて真剣に向き合って欲しいです。

真剣に考えていく過程で自分を否定しなくてはならないかもしれません。すぐに答えがでるものでもないし考えて楽しいものでもありませんが、今ア式が直面している壁を超えるには部員全員がそこに向き合う必要があると思います。


ここ1,2年で辞めていった奴らは目標と実情のギャップに折り合いを付けられなかったのか、妥協するほど器用でないなら残って一緒に闘うことはできなかったのか、とかfeelingしてます。



ゼネラルマネージャーとかとても恥ずかしくて名乗れないよね。

学生マネージャー
3年 末吉弘昂

2013年9月17日火曜日

お久しぶりです

2年の辻です。

みなさんいかがお過ごしですか?
僕は期限が迫る教習所に足繁く通う毎日を送っています。ほんの数週間前までは夜も寝苦しかったというのに、近頃では練習後部室を出るとふと肌寒い風が吹き抜けていき、秋がすぐそこに顔をのぞかせています。まるで先日の台風が蒸し暑い夏を吹き飛ばしていったかのようです。あれだけ汗を流した合宿も過去の記憶と変わりつつあり、時の流れのはやさを感じます。しかし少し涼しくなったとは言うものの、日々の練習では相変わらず練習着からしたたるほどの汗をかきます。

時にはお世辞にも心地よいとは言えない疲れの中で帰途につくこともありますが、自分の中では今夏はサッカー面で良い時間を過ごせたと思います。それは自分の中での強みをはっきりさせることができたからだと思います。僕の場合、他の人からどう見えてるか分かりませんが、1対1の守備に関しては自分なりにそれなりのプライドを持っています。特徴や自分の強みをはっきりさせた方が周りもプレーしやすいと思いますし、他の部分でミスをしても、自分の中で譲れない部分を持っていれば必要以上にネガティブになる事もないのではないでしょうか。もちろん自信のある部分ではミスをできないという責任を伴うわけですが。


新人戦やってやるぞという気持ち
2年 辻





2013年9月16日月曜日

雨すごいですね。


初めての投稿です。遅れてすいません。


昨日、雨で試合が中止になったこともあって、母校の選手権の試合を観に行ってきました。7月の予選では、格上の相手に何度も勝利しベスト32(ぐらい)まで登りつめたわけですが、さすがにもう次の試合は無理かなぁとか思ってました。というのも、昨日の相手はもともとの評判ではかなり格上だったのです。しかし、なんと、勝っちゃったんです。それも3-0で。技術では相手の方がかなり上をいっていました。それでも粘り強く守り、コンディションの悪いグランドにも助けられて、なんとか守りきり、じれてきた相手に一発カウンター。また一発。おまけにもう一発。

サッカーって、こういうのがあるから面白いですよね。弱いとされるチームが、強いとされるチームを倒せる。いわゆるジャイアントキリングってやつ。でもやっぱこういうのって勝つためにそれ相応の努力をしないとできないと思うんです。今の自分には、試合にでて、強い相手をバンバン倒してく以前に、足りないところが多すぎます。だから、他の人以上にがんばらないといけません。それ相応の努力ってやつをしないといけません。まだ1年生とかそんなのは関係ない。ただ直向きにやっていこうと思います。

なんか文章まとまってなくてすいません。まあなんか、頑張ります、ってことを書きたかったわけです。



ヤンキーではないです。
1年 DF 吉岡龍弥

2013年9月15日日曜日

夏休み終了まであと4日

今日の日大戦で私はベンチに入る予定だったので、昨日の夜からそわそわしていて、今朝もわけわかんない時間に目が覚めてしまったのですが、なんと台風の影響でリーグ戦は全試合中止になってしまいました。
予報では明日も夕方までひどいみたいですね。皆さん気を付けてください。

入部して3年目の夏が終わり、リーグ戦もあっという間に13節まできてしまいました。
私にできることは微量だけど、それでも、少しでも力になれるなら、私にできることは何でもやりたい。私がア式のためにできることは何か…いつもいつも考えています。


考えなきゃいけないこと、そろそろちゃんと決めなきゃいけないこと、いっぱいあります。

正解なんてやってみなきゃ分かりません。だから悩むんじゃなくて、まずは何でもやってみる。



8月の終わりに親不知を抜いてから実は3キロ痩せました

3年    増田瑛理

始まった時にはすでに終わっている

人は、自分の経験に基づいてしか、ものを考えることはできない。
「愚者は、」かもしれないけど、
たいていの人は愚者なんだから、まあいいだろう。

なぜか。
それは脳が、その経験によって洗脳されているからである。
ある結果を、都合のいい事実と結び付けて考えてしまう。
だから、成功体験者の話は誤帰属の嵐ゆえに簡単に信用するなと言われる。

洗脳と言うと悪い印象があるが、ニュートラルな話である。
日本に住んで、日本語を使っていれば、脳は日本語に洗脳されている。
「服」を見て、服だと思えば、立派にそれである。

ここでは、脳が洗脳されていることを問題にしたいわけではない。
これらが、無意識の産物であることを指摘したい。

脳を意識的に洗脳「する」ことは出来ても、
脳を意識的に洗脳「される」ことは難しい。

意識は脳の諸機能の内の一つにすぎない。
意識は、自律神経しかり、身体の多くの部分を制御下におさめていない。
いわんや、脳をや。である。
つまり、脳のほとんどの機能が無意識下にあるのである。

緊張している時、
意識によって、緊張をなくすことが出来れば、世話はない。
経験を積むことによって、またプリショットルーテーィンなど様々な方法で、緊張を軽減しようとするが、これは、過去の条件付けとすり込みによって洗脳された脳が、その場になって無意識的な力を発揮しているのである。
その意味で、プリショットルーティーンは、意識下での無意識的行動だと言える。

「ゾーンに入る」という表現がある。
スポーツ選手などが、集中力が極値に達した時に、周りがスローモーションに感じるなど極限状態に陥ることを指す。
これに対して脳科学者の茂木健一郎は、脳のリミッターがなんたらかんたら言ってたが、
結局これも無意識下の所業である。
意識的にゾーンに入るなんてことは出来ない。火神じゃあるまいし。
また茂木は、日頃自分を極限まで追い込んでなければ、ゾーンに入れないとも言っていた。
その根拠を説明してほしい所だが、
自分としては、ここでも日々の条件付けとすり込みによる脳の洗脳が必要なんだと受け取った。

意識によって発揮できる力には限度がある。
意識によるものだと思っても、無意識に支えられていることもある。
俺は、無意識の力をもっと鍛えなければならないと思う。
矛盾してるようだけど、していない。
意識的に、洗脳する、しようとすることは出来る。
それが、自然に、いつのまにか、思わぬ形で洗脳されている、という様にして、
無意識の力を鍛える。

心が、脳細胞の電気信号の交通による産物であるのと同じく、感情もそうだ。
であるならば、感情にも日々の条件付けとすり込みによる洗脳が有効なはずだ。
そう、つまり裏を返せば、、、、、。

前置きが長くなったが、
ここからが、俺が言いたいこと。

お前は、山に登ろうとするか。丘を歩もうとするか。
そしてお前は、てっぺんから空を飛ぶ。
食糧は情熱。
山を行くか。丘を行くか。

飛行に、
成功すれば、登った分だけ雄大な景色。
失敗すれば、登った分だけ地面からの衝撃。

金と時間と情熱は有限だ。

山はすぐには登れない。

2年 花嶋陽









一寸先は、、

 予想はできても、実際に何がどうなるかなんて全くわからないわけで。
右膝の後十字が少しのびてみたり、左膝の半月板が少しかけたり、目の中で出血して視界がぼやけたこともあったっけ。もちろんそんなことになるなんて1年の時は夢にも思わなかったし、そんな予想とは全く別の甘い考え 妄想しかしてなかった。
 まだ終わったわけじゃないけど、いやでも終わりは近づくし、振り返ってみては後悔つのる今日この頃。自分の中には言葉で形容できない主観的な何かが残ってるかもしれないけど、表に残るのは客観的な結果しかないわけで、ようやく調子があがってきたかなと思って、最後一花咲かせてやるかってときに、まさかのところでずっこけて。まさに一寸先はなんとやら。どーしてこんなに上手くいかないんでしょうかねと嘆きたくなる最近のmy feelings. 
 一週間沈みきったし、まぁやるしかないっしょ位までにはもどってきたかな。 

 ラストだからいろんなことを書こうかなと少し前から考えてもいたけど、そんなの月曜ですべて吹っ飛んだし、こんな感じの長さも内容のなさも俺っぽくていいかとか適当に肯定して。結局こういう文章を書くのも上手くはならなかったな。それくらいのスキルは欲しかった。(笑)

 
 一寸先は 真っ暗な闇で景色が見えないのか。光で満ちていて明るすぎて前の景色が見えないのか。

 今はただひたすら後者であることを願って、すがって。もう一度走り出し、走りきろう 今日から。まだ終わってない。


   4年     MF     片桐

2013年9月13日金曜日

ドウシテボールヲケルノカ

イライラする


最近は毎週末本当にイライラする


俺のカテゴリーでは、ここ何試合かろくなゲームができていない。
トップチームも、勝てない。


勝てないことよりも、これだけ練習をやってきて結果が出ないことにイライラする。
自分たちでいい練習をやっていても、それを試合で出せないことにイライラする。


結局はいい練習を積み重ねることが目標になっていた、と言われても何も言い返せない結果に、イライラする。


そして

できることをやらないチームメイトに

なにより、


やるべきことをできない俺自身に


イライラし始める。

悲しい。



最近よく考える、「何のために練習をするのか」

一つでも多くのゴールを取るため、もちろん

どんな試合でも失点しないようにするため、もちろん

試合に勝つため、もちろん


でも、本当はそうじゃないと思う。

サッカーに100はないから、どれだけ練習をしても勝てないことはある。
プレーを繰り返すうちに、どうしてもミスは出てくる。
それは技術も、判断も、気持ちも同じ。


そして点を取り損ね、ゴールを奪われ、試合に負ける。


いくら練習を重ねても、不安になる。特に今みたいな状況では。
どれだけ練習しても勝てないんじゃないか。上になんて上がれないんじゃないか。

だから、その不安をなくすために、ボールを蹴る。
悔しさをもう味わいたくないから、ボールを蹴る。
不安を自信に変えるために、また、ボールを蹴る。

蹴らないとやってられない。



楽しいサッカーとは最近ごぶさたしているけど、結果がすべて。

やりきったこととか、あきらめなかったこととかに意味や価値なんかない。

これだけ辛い思いして練習してきて、勝てないならなんも意味ない。

どれだけ苦しんでも、毎週末得られるのが後悔と無力感だけだったら、
ここで俺がサッカーする理由なんてない。

だから、ピッチの中でもっと出し切れる選手になりたい俺は。


これだけの気持ちを持って、サッカーをしたい俺は。

三年 篠原

2013年9月12日木曜日

少し、感じた事。

DLから復帰して最近はサッカーもちゃんと出来ているなあと感じるこの頃。

練習中も前よりかはなんとなく余裕ができたというか、頭が回るようになってきた気がする。

以前プレーしていた頃は、考えてはいたものの、必要以上に考えすぎちゃってた気がするので、考えながらプレーしているというよりは、プレー中に頭が回るようになったという感じ。

意識するべきことに上手く意識が向けられるようになった感じ。

一方で、何かこう、何も考えないで、直感でプレーすることも大事だなって昨日は思った。

自由に攻める攻撃の練習なんかで、どう攻めるべきか考えたりするけど、あまり上手いものは思いつかないし、思いつかないから、攻めが始まっても焦ってるだけで終わっちゃったりしていた事も前はあった。
でも、昨日なんかは、 まあ、そんな事思いつかないし、考えたところで、それが効果あるかなんて分からないから、考えるのは辞めよう。ボールが来れば、攻め方なんておもいつくでしょ、まずボールをもらってから考えよう、みたいな意気込みでいったら、余裕があったせいか、上手くいった気がする。

考える事も大事。直感も大事。

そういう訳で、色々な事を考えつつ、直感で思いつくような事を書いてみたフィーリングス。

あまり締まりのない文章になってしまったけど、最近というか直近に感じた事はこんな事でした。以上。

まあ、もうちょっと書くと、9月過ぎて、いい加減長い夏休みもそろそろ終わり見えてきたな〜とか思って、放置しすぎた勉強面の事を相手してやろうと思い、机を整理し始めた最近。二学期再履の科目のノートなんかも出てきて、また学期が始まったらこれやるのか〜とか、10月まであんま時間ないな〜とかと思ってたけど、
新学期が近づくのと学期が始まって時間が経つってのがそろそろ4年の先輩が引退してしまうのと、部活の中での学年があがるのも確実に近づいてると思うと、なんかものすごい地に足着かない気分になってしまう。

来るべきものはいずれ来る。それは当たり前だけど、厳しいものがある。でもそれは乗り越えなければいけないものだ。だが、それでも、時間はまだあるので、上から受け継ぐものはしっかりと受け継がなきゃな、とも思う。
あと、リーグ戦だってまだ全然終わってなんかいない。むしろ、ここからが始まりでしょう。もちろん、一回でも負けてしまえば、終わりになるかもしれないけど、それでも、まだ終わってないからにはいくらでも始まれるはずだとも思う。



 フィーリングス遅れましたすみません

2年 MF 張 亨碩
















2013年9月9日月曜日



先週、矢野さんが点を決めたとき心の底から嬉しかった。

二十歳にもなってこんなに心が動かされることってあるんだなって思った。


これが部活していて最近とっても強く印象に残っていること!








それから、この前横断幕をつくっていたときにお声をかけて下さった方がいました。

vs立正大学の日、初めて試合をみにきてくださいました。
今日のvs亜細亜大学の試合も二時間かけて応援に来てくださいました。

こんな遠いところにわざわざ足を運んでア式を応援してくださったこと、とても嬉しかったです。


ア式のことを応援しているのはア式関係者だけではないんだなぁと思いました。

自分が大好きなア式のことを応援してくださる方が一人でも増えるって本当に嬉しい!!


私は選手ではないから直接的な勝利への貢献はできないけど…
それでもその応援に応えたい。

そんな思いで最近、毎晩寮の冷凍庫を占領しては氷をつくってお気に入りのチチヤスのmy保冷バッグにいれて部室に向かう。
ほんとに些細だけど…………




東京にも押しボタン式開閉ドアの電車があることに驚いたじぇじぇじぇ
2年スタッフ 布施明日香




2013年9月8日日曜日

最高のチーム feat.Kanimiso


私はこのチームが本当に好きです。

 
一昨年のもりさんの代はスター揃いだったし、去年の古賀さんの代もピッチの外から見ていてもその迫力は伝わってきたし、本当に偉大なプレイヤーばかりだった。
 
でも、やっぱり今のこのチームが好きです。
 
元気有り余りすぎて家の前の公園で逆上がりをしてたら蚊にいっぱい刺されてしまったらしい、ちょっとお茶目なせいやさん。この人のセービングは本当にすごい。何点救われていることやら。
 
DFラインをまとめてくれる片山さん。この人がいるおかげで、安心してミスを怖がらずボランチという守備的ポジションにいながら、攻めまくることができます。ちり
 
闘士あふれる山口さん。山口さんは私がミスをして落ち込んでるとき、大きな声で励ましてくれて、本当に有難いです。
 
キャプテン長尾さん。長尾さんは本当にうますぎです。守備のボールへの執念、性格なパス、学ぶべきところが多すぎて困ります。笑
 
我らが軍団長東野さん。東野さんは私がボールを持っていて困っているときにいつも顔を出して助けてくれます。東野さんの正確無比なFKとCKは絶品です。
 
坊主になったかもさん。東大の攻撃といったらかもさん。そろそろ一緒にケチャップビチャビチャになるくらい出しちゃいましょう。
 
あの矢野さん。矢野さんはヘディングの競り合いから、何回も攻撃の起点を作ってくれて、そのおかげで自分も攻撃に絡めます。
 
この4年生のみなさんともっとサッカーしたいです。
このチームで来年も再来年もサッカーしたいです。
でも、あと2ヶ月とちょっとで4年生は引退してしまう。悲しい。非常に悲しい。

 
 このことよりももっと悲しいことがある。これだけ最高のチーム、最高のメンバーが揃ってるのに勝てないことだ。負けた日曜日の夜は死にたくなるぐらい悔しい。

今年運良く、だとしてもスタメンとして出させてもらってる。なのに何の活躍もできない。勝利に貢献できていない。自分が情けなくなる。
 
そして、声を出して応援してくれてるア式のみなさんに申し訳ない。
応援席で応援してくれてるみなさんに申し訳ない。



けど、そんなことも言ってられない。もう本当に負けられない。
東大の最低条件は7勝。あと7戦しかない。当然全部勝つしかない。

メンタルが大事。
まず亜細亜に勝つしかない!!

明日は全員で勝利をもぎ取りましょう。


今日活躍するのは俺。この俺。
今日の相手は関東から落ちてきたチーム?
知らない知らない。
勝つのは俺。この俺。



強気だけど、本当は弱気
2年 MF 中西大貴





2013年9月4日水曜日

夏の終わりに

夏が終わろうとしている。

まあ暑さは相変わらずですがグラウンドにセミが転がってたり、台風のニュースを頻繁に見たりするなど意外とその終わりを感じる機会も多いのではないでしょうか。

ちなみにこの時期のゴミ拾いの時はセミやカナブンの死骸を見つけると触るの嫌だから見て見ぬふりをして誰かが拾ってくれるのを待ったりする(うそうそちゃんと拾ってます、ホ、ホントダヨ)。



終わりといえばこのfeelingsを書くのも今回が最後。

最後というと数々の人に感謝を述べたり、今までの思い出を振り返ったり、後輩へのメッセージを残したりするのだろうけどまだそんな時期ではないと思うのでfeelingsの定番、「大学でサッカーをすることの意味」について考えてみましょうか。


結論「意味なんてない」


「考えてみましょうか」とか言いつつ、いきなり結論だなんてこいつの頭はどれだけ短絡的なんだと思う方もいらっしゃるでしょうがお許しください。


正確には「大学でサッカーをすることに大学でサッカーをすること以上の意味はない」という感じだろうか。
というか考えるまでもないねこれ。だってサッカーをすることの動機が「サッカーをしたいから」なのだからそれ以上の意味があるわけがない。


というのは現役でやっている今の時点での結論。
将来、ア式での経験が何かしら役に立った時初めて「こういう意味があったのか」と感じられるかもしれない。本当に意味のある、価値のあることというのは前もってわかるものではないと個人的には思っている。



「己にとって真に価値のある行為とは価値が予測できない行為である」



自分にとって価値があると判断した行為を行っても、それは結局自分の価値判断の枠の中に収まっている行為なので自分の殻を破るまでには至らない、自分にとって何の価値があるのか分からない行為にこそ大きな成長の機会が詰まっているということらしい。
僕の言葉です、今作りました。
僕の言葉ですとか言いつつ、既に誰かが言ったことのある言葉のような気がするけど気にしない気にしない。


まあ、サッカーをやることの意味を考えるよりもサッカーをやることの方がよっぽど意味があるかもよってことかな。


とにもかくにも目先のサッカー。目先の試合に、目先の相手に。



目先のものから「勝ち」を拾うことで「価値」を見出せるかもよ、なんてね。



4年DF大薗隆太

○○の秋

夏も終わり、久々に会う友達には「焼けたねー」と言われます。
高校時代、ソフトボール部だった友達をよく焦げパンと茶化していましたが、今やその子とはぼ変わらぬ色になってしまいました...


9月に入り、もう秋に突入ですね。
秋と言えば…


食欲の秋


読書の秋


スポーツの秋


芸術の秋


など、○○の秋というものがありますね。
秋になり○○の秋と聞くと
小学5・6年の担任の先生の方針でクラスの生徒1人1人、○○の秋で目標を立て2学期を過ごしたのを思い出します。


5年生の頃は日記の秋


6年生の頃は勉強の秋


にしたのを覚えています。


久々に今年も○○の秋で目標を立ててみようと思います!!



1年スタッフ 長谷川 のぞみ

2013年9月2日月曜日

かの有名な

オットー・フォン・ビスマルクは言いました


「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」


いい言葉ですね


偉大なる先人の残していったものから学べることは限りなく多く


その積み重ねこそが伝統とでもいうべきものなのではないでしょうか


幸いア式はとても長い歴史を持つ部活であり、その歴史が現在を作っています


そう遠くない未来に最上級生になる立場におかれ、自分の先輩たちの一挙手一投足を思い返してみても学べることがとても多いです


世の中必ずしも「やってみないとわからない」ことばかりではなく、先人たちの試行錯誤を見てきたことである程度物事を予測できるようにならなくてはならないな、と最近感じています


ところで


ア式もとても長い歴史を持っていますが


ぼくはいま、それより遥かに長い歴史をもつ中国史を学ぶ立場にあります


中国4000年の歴史などといいますが


さすがに4000年というだけあってとても懐が深い国であるなあ、と感じることが多々あります


その中でもやはりべたですが孔子や孫子の言葉はとても重みがあります


そこで孫子の言葉のうちのひとつを紹介したいと思います


「知彼知己者百戦不殆」

彼を知り己を知る者は百戦して殆からず、つまり敵と自分の状況を客観的に研究すれば


何回戦っても負けることはないということです


どのチームもスカウティングなどを行っていますし言ってみれば当たり前のことなんですが、百戦あやうからずなんて言われたら重みがありますね


またこれは個人についても言えることだと思います


自分の長所短所、そして自分が勝ちたいと思っている人の長所短所を分析して自分が何を鍛えるべきかを把握することは言うまでもなく重要です


つらつらと書き連ねましたが、サッカーに百戦あやうからずなんてねえなと気づいてしまいました


サッカーは難しいですね


それでもア式に所属する限り人事尽くして天命を待たねばならないのでしょう


月並みな言葉になってしまいなんですがひとりひとり、自分が出来うることをして毎週末を迎えましょう



賢者は歴史「を」学ぶ

文学部歴史文化学科東洋史専修課程 3年 日下暢之

2013年9月1日日曜日

機会の喪失

投稿遅くなりすみません。

前の投稿から早3ヶ月。
成績乞食の自分にとって3学期はゆとりでもなんでもなく、もっとも学業に邁進した期間だったと思う。成績欲しさに出席を重ね、文系なのに化石を発掘する実習とかも履修した。(実習は優3割規定が適用されない。故に成績乞食の巣窟となっている)


その甲斐もあってか点数は幾分か上がり、希望の学部・学科を志望することができた。(まだ志望通りに進学できるかはわからないけども)



しかし一方で、授業の関係で火曜のキーパーフィットにほとんど参加できず、金曜練にも遅刻しなければならなかった。この意味で、3学期はサッカー面では不本意な期間であったと言わざるをえない。言い換えると、サッカーを上手くなる機会を喪失していたのである。


また、これはDLに甘んじている自分の現状にも当てはまる。肩を怪我してから3週間が経つが、その間にもA練に参加する数少ない機会や週末の試合に出場する機会を喪失してしまった。
DLにいること自体がマイナスとは言わないけど、そこにいることで喪失する機会があまりに多すぎるように思う。


このように、ア式に所属していたとしてもサッカーにおける機会の喪失は起こり得る。(ア式に所属しないことで、サッカー面で機会が喪失されるのと同様に)


ここで重要なのは喪失の有無ではなく、それに気づくことができるかということである。


ア式にいることでサッカーに時間をとられ、勉強その他において機会を喪失する、ということは実にイメージしやすい。(成績不振、彼女がいない、クラスでの孤立etc...)

しかしア式から提供される機会のなかでも喪失してしまっているものがあるということを今一度認識すべきである。
ア式から提供される機会はサッカーに直接関係するものだけではなく、例えば集団の規律を守ること、仕事の期日を守ることなども含まれる。(こうしてfeelingsの投稿が遅れてしまっていること自体、機会の喪失に他ならない)

要するに、いるだけで満足するなっていうことですね。



散々言われてきたことですが、自戒も込めて書きました。

もう勝つしかない。関東行きましょう。



3学期で最も成果の上がったこと=ダイエット  2年 GK 金瀬 宇彦