2013年11月30日土曜日

さむい


最近めっきり寒くなり、ピステを上下で着用し手袋やネックウォーマーをつけて練習をする人も多くなってきた

寒くなると、心なしか室内にいる時間もふえて考え事も多くなる

一浪した自分には3シーズンぶりの冬だな、とか
テスト勉強、資格試験対策、IELTSの対策はいつから始めようか、とか
高校時代や5月に比べて最近のプレーはどうか、とか
10年後は何してんだろうな、とか

その中でfeelingsに書く価値のあるものはほとんどないけど

「なんでサッカーを続けているのか」、という問い
自分の場合は、案外すぐに答えが出た

答えをまとめようと思ったがうまくいかないので下の文章からなんとなく汲み取ってください


両親が様々な機会を与えてくれたせいか、興味を持ったことにはとりあえず挑戦してみようという性分で
その中から自分に向いてそうなもの(というかその段階で周りの人よりうまくできたもの)を選んで続ける、というある種の選択を繰り返してきた

サッカーはもちろん、勉強だってそう
周りよりちょっと上手くできた、その感覚が好きで、長く続けていると次第に選択した対象が好き(と思えるように)になる

そうやって単純に選択してきたわけだが、それを何年も続けると障害や不満がでてくる

上位の大会に出れば、圧倒的な実力差を見せつけられて惨敗することもある
強いチームにいれば、日頃の練習から悔しい思いをすることもある

やっかいなのは、続けてきたことをやめるという選択は簡単でないということ
なにせ自分が得意(好き)だと思っているのだから、ちっぽけながらプライドがある

諦めがつけばそこでやめる選択をして、ゲームオーバー
諦めがつかないなら自分の可能性を信じて、苦しみながらも努力を続ける

サッカーに全力で取り組める環境という点で考えれば多くの人にとってア式での4年間がリミットであることは明白で
それ以降は可能性を信じて努力したくとも環境がそれを妨げることになるんだろう


サッカーを選択したきっかけは周りの子よりちょっとうまくできた、という個人の小さな「うれしさ、幸福感、満足感」

10年も続けているサッカーから離れるきっかけは、関東昇格(欲をいえば関東での1シーズン)、というチームを巻き込んだ大きな「うれしさ、幸福感、満足感」

これくらいなら10年後の自分も納得するんじゃないだろうか


春季出ます
1年 軽部琢真

2013年11月29日金曜日

サッカーは素晴らしい

74年
オランダ代表のトータルフットボール

80年代末から90年代前半
サッキのゾーンプレス

当時世界の人々はどのように感じただろうか?

なんだこれは?!
こんなサッカー見たことない!
こんなかんじだろうか?


当時まだ生まれていない、あるいは物心ついていない自分には推測することしかできないが、恐らくこの二つの戦術はこれまでのサッカーの常識に反するものだったに違いない

しかし現在、トータルフットボールもゾーンプレスも改良され浸透している
この二つの戦術が良いと広く認められたのだろう


この二つの戦術が広く認められたのには簡単な理由があると思う

74年西ドイツW杯 オランダ準優勝
89、90年 ミラン現CL連覇
94年アメリカW杯 イタリア準優勝

単純に強かった、結果を残した
良いものであるということを示す何よりの証拠だ


サッカーは素晴らしい
良いものが残る、称賛される
悪いものが捨てられる、批判される



しかし世の中全てがそうとは限らない
良いものが去る
悪いものが残る


こんな当たり前のことを最近思い知った
なんとか変えたい


Knock, and it will be opened to you.本当かな?
一年 新見軍団 北山淳

2013年11月26日火曜日

違和感

代替わりの季節である。
ここ数週間でア式に限らず、他の部活、他の大学においても4年生が引退していっている。
浪人したこともあり、同い年の人がまわりでどんどん引退していっている事をFacebook等のSNSで知る。
そこで気になる事が一つ

「引退おめでとう」

というコメントである。
僕はこれに強い違和感を覚える。

はたして引退は本当に“めでたい”ものなのだろうか…?と思ってしまう。
決して“めでたい”引退ばかりではないのではないかと。

「おつかれさま」

くらいが個人的にしっくりくるコメントである。
ただ、“めでたい”引退が存在することも否定はしない。
目標としていた事を成し遂げての引退、これは“めでたい”引退だと言ってもいいものだと思う。

「引退おめでとう」

一年後にこの言葉を、違和感なく受け入れることができるように。



3年 平野 周

ああよかったー。。。


スタッフの制度がかわってからもうすぐ一年たちます。

一年生の時になんとなく浮かべていた4年間のビジョンは今とは全然違うし、

そう思っているのは私だけじゃないかなー。と思います。

 

制度が変わってからは以前より多くのスタッフを各練習に配置できるようになったし、ひとりひとりのできることが増えたので効率的に仕事が回るようになりました。

ただ、アシスタントトレーナーの役割を消さずに残していくのも課題の一つです。

今は同期の某帰国子女から読めと言われた字の小さいトレーニングの本を読んでいますが、興味ある人は選手スタッフ問わず一緒に勉強しましょう。漫然とメニューをこなすよりずっと筋トレが楽しくなると思います。
 
 
残留してとりあえず安堵の
三年 スタッフ
石井 瑞妃
  

 

 

2013年11月23日土曜日

サッカーを通して成長する

四年生が引退し、自分の引退も近づいてきたなって最近よく思う。


今までのサッカー人生、本当の意味での引退を感じることはなかった。小学校の次には、中学校、その次は高校、大学と、毎回そのチームでの引退はあったけど必ず次にまた本気でサッカーが出来るステージはあった。


しかし、大学生はプロになれない限り、多くの人にとって次のステージはない。自分も引退後に今と同じ時間と熱意をかけてサッカーをやることはできない。本気で出来るのはこの一年で最後。それ以降はサッカーはただの趣味になる。


サッカーは本気でやろうと趣味でやろうと変わらないんだろうけど、自分はどうしても本気のサッカーと趣味のサッカーを区別してしまう。


本気のサッカーと趣味のサッカー、その二つの違いはトレーニングの厳しさや達成感の大きさなど人それぞれだけど、自分が本気のサッカーを選んでいるのは、サッカーを通して成長できるから。


どちらをやってもサッカーの技術や体力は会得できるだろうけど、他の分野にも通じる人間としての成長は本気のサッカーでしか得られないと思う。


本気でやると厳しさが伴う。終わった後には楽しかった思いだけでなく、後悔や自己嫌悪感も残る。嫌なことだけれど、それを拭い去るためにひたすら練習する。最初のうちはそれで改善されるが、やがてそれだけでは超えられない壁にぶつかる。


今度は自分の生活や行動を振り返り、他に突き詰めるところがないか探す。ときには何かを我慢したり、コンディションに気を配ったり、品行方正に努めるようになる。


チームとして行き詰まりを感じたら、チームメイトと意見を擦り合わせたり、チームの中での自分の役割を考え直したりする。足りなかったら、さらに突き詰める。


その繰り返しの中で幾度となく人間としての成長が要求される。また、何度も繰り返しているうちに成長の仕方も身に付いてくる。


自分は幸運にも本気のサッカーをやってきたから、無意識のうちにこうした成長の仕方を学んでいたけれど、もし成長の仕方を知らなかったら勉強も大して伸びなかっただろうし、受験も乗り切ってなかったかもしれない。


そういう意味で本気のサッカーは自分の成長にとっては欠かせない存在になってしまったが、引退したらもうサッカーは成長を教えてくれない。


自分には成長すべきことがまだ山ほどある。伝えたいことを人に伝える力、人を巻き込む力、頭の回転の速さ、当然サッカーそのものについても。挙げればきりがない。


残された時間は少ないが、サッカーを通して成長出来ることは一つでも多くこの一年で成長しておきたい。




パティークの廃盤はあと一年遅らせて欲しい
角田貴大

最近眠過ぎ

「人生は選択の連続である」

とは、かの有名な劇作家、ウィリアム・シェークスピアの言葉である。

思えば、自分の人生も大小さまざまな選択の連続であった。

小さな選択
「8時か。今日こそは起きて、早めに課題を終わらせよう。でも部屋寒いな。もうちょっと寝るか。今日は授業4限しかないから昼ごろまで寝れるしな。よし、寝よう。」

「10時か。そろそろ起きるか。課題は面倒だからゲームでもするか。でも布団あったかいな。まだ寝とくか。」

「12時か。さすがに起きないとダメだな。ゆっくり出かける準備して授業に行くか。」

大きな選択
「東京大学に入ってア式蹴球部に入りたい。だから合格した某大学には行かないで、もう一年勉強してまた東京大学を受けよう。」

「東京大学に合格した。ア式蹴球部に入ろう。」

最近した選択
「経済学部に入ろうと思っていたが、経済学はつまらない。文学部行動文化学科社会心理学専修課程とかいう面白そうなところがあるから、進学振り分け制度を利用してそこに進学しよう。」
僕は選択をする際、できるだけ最適な選択をするために、選択肢を検討する。
特に大きな選択をする際は、選択の結果が自分の未来に大きく影響するので、非常に注意深く選択肢を検討する。
そして、その後に、どの選択肢を選ぶか決断する。
僕にとって、選択というプロセスは9割が選択肢の検討、1割が決断である。



しかし、僕は後悔する。
「あの日、8時に起きていれば、こんなに切羽詰まってレポートをやる必要もなかったのではないか?」
「ア式蹴球部に入っていなければ、学業・サークル・バイト・恋愛などでもっと充実して楽しい大学生活を送れたのではないか?」
そして、これから後悔するかもしれない。
「進学振り分けで経済学部に行っていれば、就活も苦労せず、卒論が大変だと思うこともなかったのではないか?」
と。


「後悔とは、かつてそこに愛があった証である」

とは、僕の好きな俳優である阿部寛主演のドラマ、『ゴーイング マイ ホーム』に出てきた言葉である。

後悔のほとんどは、選択の誤りに起因するものではなく、選択されなかった選択肢への想いである。
だから、全ての選択には、後悔が付き纏う。
人生は後悔の連続である。


僕は、現在の自分を信じて選択し続けていきたい。
たとえそれが後悔を産むとしても。



公開ボタンを押したら間違いなく後悔する
2年 荒井

2013年11月20日水曜日

天皇誕生日まであと33日ということは……

そろそろ就活のシーズンですね、僕は来年ですが。

そして今年もあと40日ちょいですね。


金曜日には国会議員と、土曜日には官僚と、

お話しする機会をいただきました。

お二方共になんか活き活きしていたし、

なんか信念みたいなんが会話してるだけで垣間見えたので、

自分もキラキラした人になれれば、

なんて思いました。


ただ、そういう進路うんぬん以前の問題として、

最低限、人に迷惑をかけずに生きていけるようになりたい、

なんてことも最近強く実感します。

昔は、将来の夢なんか、

宇宙飛行士!とかサッカー選手!とか

阪神タイガースの応援団長!とか

そして結局人に信頼される人になりたい、なんて思ってましたが、

自分はとりあえず人に信頼される以前のとこをきっちりやった方がいい、

と思っています。


また、自分は性格上、日常生活に不平を言いがちで、

例を挙げると、課題大変ダルい、とか、

電車でパズドラやってるだけのやつ席かわってくれや、

こっち疲れてる上に勉強してんねん、的な感じですが、

大変な課題も自分で選んで進んだ学部学科のものであり、

また疲れてるのも自分が入りたくて入った部活によるものですし、

今の自分の環境に対する感謝の気持ちも忘れずに持っていたい、

と思っています。


サッカーにおいても、プレーできてることにしっかり感謝して、

毎日の練習を貴重なものだ、と、いうことを忘れずにいたいです。

ただ、感謝しているだけに留まるのではなく、

野心や意図を持って練習に取り組み、

さらには上級生としての自覚を持って練習を率先して引っ張ったり、

まぁいろいろやってく中で、

成功のピラミッドを一段一段と登っていけたらええなぁ、

なんて思います。

あと、なんかこういうカッコつけたこと書いてますが、

ドラえもん名言botによると、

りっぱすぎる決心は3日で忘れるらしいんで、

あんま頑張りすぎひんようにも気をつけたいです。

なんかfeelings毎回似たようなこと書いてる気がします。

そろそろ進歩したいです。


授業は3日坊主
2年 安達

2013年11月19日火曜日

為せば成る

最近ふと自分のア式のプロフィールを見返してみたら、座右の銘にこう書いてあった。たぶん2年前に更新した時のものだと思う。
これは

為せば成る 為さねば成らぬ 何事も 成らぬは人の 為さぬなりけり

という上杉鷹山公の名言の冒頭の部分である。どこかの日本語が下手な帰国生にでもわかるように解説すると、これは、やればできる、ならなきゃできない、できないのはやらないからだといういたってシンプルなことを言っている。
よく知られている歌だが、 これには元歌がある。

為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨つる 人のはかなき

武田信玄の歌である。上杉鷹山公の歌と前半部分は似ているが、後半では、努力すればできることであっても諦めてしまうのは人の弱さである、と締めくくっている。

自分は、高校生の時から「為せば成る」という言葉が好きだった。
しかし、「為せば成る」の後に続きがあったことを知ったのは大学に入ってからのことだった。
高校時代は 「為せば成る」の、「人事を尽くして天命を待つ」的なポジティブなニュアンス(あくまで自分の中での解釈)が気に入っていたが故に、歴史的偉人達が(発破をかけてる意味もあるのかもしれないが)「いや、でも結局できないっしょ」とネガティブに締めくくっているのを知ってショックだった。

故に、今でも座右の銘は「為せば成る」とだけにしている。


やっぱり、引退まであと一年とか考えるとこの言葉がちらつく。不安になることもあるが、ラスト一年全力でやりたい。

勉強のほうは為さずに成ってほしい
3年 早川

2013年11月18日月曜日

Guten Abend!

 お久しぶりです。渥美です。束の間のオフもあけて、ついに新体制が始動しましたね。大好きだった4年生の先輩が引退してしまい(お世話になりました!!)、一方で新歓の方も動き始め、時の流れを感じます。私がア式に入部してから約半年、あのころと比べると出来る仕事も増えてきて喜ばしい限りです。ちょっと最近何してるか、いくつか紹介します。

・総務
 そもそも皆さんは総務が何か知っているのでしょうか?「なんか忙しそー」としか思ってない人が大半ではないでしょうか??総務部では運動部全体の統括と、運動会費の還元を行っています。つまり、「東大生のためにスポーツをする環境を整える」のが役目だといえます(ホームページから引用)。身近なところでは総長杯サッカー大会もその一環です。東大の運動部として、人工芝グラウンドという恵まれた環境でサッカーできることへの恩返しだと思ってご協力いただければ嬉しいです。他にも夏には山中寮へ、先日のオフには戸田マラソンへ手伝いに行きました。たぶん次は主将合宿かな?

・デザイン
 後期リーグ戦ではマッチデープログラムを作っていました。応援に来て下さる方に試合をもっと楽しんでもらえるよう、途中から試合の見所を紹介するPreview欄を愛ちゃんと新設しました。レイアウト面でも内容面でも、工夫しがいのある仕事です。
あとはホームページのトップ画像の更新です。たくさんの方に興味を持ってもらうため、選手の皆さんのモチベーションアップのため、毎回カッコよくなるように作っています。いい写真が多くどれを使おうか迷っちゃいます。幸せな悩みですねうふふ。

・文京区関連
 先日カイザー杯のお手伝いをさせて頂きました。私は生まれも育ちも小学校も文京区の文京区大好き人間なので、関わらせて頂けてありがたい限りです。そういえば、私の出身校である文京区立千駄木小学校からは今年6人が東大に入学しました(渥美調べ)。東大に近いこともあるのか、普通の公立の小学校にしては多いと思います。文京区の皆さんにはもっとア式のことを身近に感じてほしいし、ア式の皆にももっと文京区を好きになってほしいな、と切に願っております。
 ちなみに文京区といえば文豪で有名で、夏目漱石の猫の家や、鴎外記念図書館などがあります。そしてドイツのカイザースラウテルン市の姉妹都市でもあります。タイトルがドイツ語なのはこのためです。決していい感じのが思いつかなかったからとかではありません。そういうことにしてください。
 ここでは語りつくせない文京区の魅力についてもっと知りたい人は渥美までどうぞ。授業や部活があるから来るだけなんて勿体ない!ご案内します。

 あとはビデオ係、イヤーブック係などなど!こうしていろいろ列挙してみたのも、スタッフや私が何をしているのか(あと大好きな文京区について)少しでも皆さんに知ってほしかったからです。上記の仕事について改善点、気になったこと、もっとしてほしいことがありましたら一言ください。

 それにしても、夏休みが明けてからはいろいろな面からア式に関わることができ、リーグ戦も前期より身近なものに感じられて、それがとても嬉しかったです。また、地域の方、OBの方、保護者の方など、本当にたくさんの方からの応援をひしひしと感じました。いつも見守ってくださってありがとうございます。これからもよろしくお願いします。
 次は新人戦ですね!勝ちましょう!!

スポ身ではプレイヤー
一年スタッフ 渥美真生

2013年11月17日日曜日

最近寒すぎ

最近寒すぎませんか?
1週間前くらいから急に寒くなったよね。
特に図書館が寒い。
もうちょい暖房とか効かせられんのかね?
こんな寒い季節は入念にアップしなければいけませんね。

話は変わりますが、ノミって自分の体の何十倍もの高さを跳べることで有名ですよね。けど産まれたてのノミを虫かごの中で飼って、大きくなった後に虫かごの中から出しても、虫かごの高さまでしか跳べなくなるらしいですよ。自分はそこまでしか跳べないものだと勘違いしちゃって。本当はもっと跳べるのにね。不思議ですよね~

別にノミの話をサッカーの話と繋げるつもりはない
MF 安武遼太

2013年11月16日土曜日

文武両道したい

最近かなり寒くなってきました。


四年生が引退して新体制が始まりましたが、やることは今まで通りで、練習を一日一日、考えて考えてがんばろうと思います。

勉学の面でも頑張れたらいいのですが、夏学期は総合の単位が一つしかとれず、かなり後悔しています。なので、この失敗を生かして冬は大量に授業を取りました。
でも、最近はちょいちょい授業をさぼってしまいます。
目覚まし時計がほとんど聞こえないのです。
あと、簡単そうだと思った中級英語が中々に面倒で後悔しました。
英語二列でも、第三志望にも入れていない最悪な授業に当たってしまい残念です。
リーディングのはずなのに、なぜかビデオを作らなければならないのです。
次の火曜日までビデオ1本なのに、全くめどが立ちません。

しかし、勉強するからにはこれくらいの面倒事は当たり前で、皆も同じくらいの負荷を勉強から受けていると思います。
これくらいのことはさらっとこなすべきだということはわかっています。
別に辛いわけじゃなくて、やる気が何となく起きないだけです。

夏合宿のとき、四年生が夜に勉強しているのを見て感心したのを覚えています。
大学生の鏡だと思いました。
自分も見習いたいです。
院試の勉強とか、いろいろ大変そうですが、自分もいつかはそのように、サッカーの合間に勉強をほどほどにさらりとこなすア式部員になれればいいと思います。

一年 加藤裕樹

2013年11月13日水曜日

後ろに誰かいる


11月3日今日は通っている大学の学祭でダンスサークルのステージがあった。本番前にいきなり実家にいるはずの弟が会いに来て緊張しちゃったけど、大きなミスなくできたと思う。夏合宿からの練習の成果が出た。ヨッシャ!

11月4日学祭の花形イベントの一つのミスコンでしほちゃんが優勝した!!ほんとリスペクト!でも、うちらとはあんなにバカやってるっていうのに、あんなツイッターでころっと騙される男どもってほんとになんなの。顔しか見てないよね。顔じゃなくて中身をみてくれる人に彼氏になってほしいなぁ。いきなり彼氏とかうちどんだけ彼氏欲しいねん笑そういえば帰り道誰かにつけられてたような気が・・・。気のせいだよね。

11月5日昨日の打ち上げで飲みすぎて、まさかの午前の授業オール寝ぶっち笑またノムさんにノート借りなきゃ。ストーカー今日もいたような。怖すぎ。明日しほちゃんに相談してみよっかな。

11月7日あの変態ずっとストーカーしてくんじゃん。警察行ったけど、「巡回を増やします。」ってだけだし。弟でも呼ぼうかな。あっでも連絡先知らないわ。まあいざとなったら白馬の王子様が助けに来てくれるはず!笑

11月8日最近うちの大学でうちの住所を聞いて回ってるやつがいるらしい。絶対あいつじゃん!怖い怖い怖い。しほちゃんがスタンガン買ったら?って言ってたから明日は秋葉原に行こっ。


「はーー」

 電車で日記を見返しながらみきは深いため息をついた。もー最悪。学祭が終わってしほちゃんには彼氏ができたのに、私にはストーカーしかできない。生まれてこの方男運がないとは散々思ってきたけど、ここに極まるって感じ。泣きたい。そういって日記をカバンにしまうと、ウォークマンを取り出し流れてくる音楽と押し寄せてくる眠気に身を委ねようとした。

 駅に着いた。最近よく眠れてないせいか寝過ごしそうになったが、扉が開くと同時に目覚めることができた。今日はついてる。そう心を振るわせようとするが、やはり足取りは重かった。改札を出て周りを見渡す。あいつはいない。ここまではいつも通り。自然と歩調が速くなっていく。一つ角を曲がったところで振り返る。いない。もう一度振り返る。まだいない。10m歩いたところで再度振り返る。

いた!あいつだ。

 速くなっていた歩調がさらに速くなっていく。男もそれに合わせてついてくる。こんな日に限ってヒールだし!舌打ちしながら逃げる。カバンの中に手が伸ばすと、金属の冷たい感触が少し心を落ち着かせた。みきは自宅から交番へと行先を変えた。もうほとんど走っていた。

 はっはっ、呼吸が荒くなっていく。確実に相手の足音は近づいてきている。疲れもたまり、限界も近づいてきた。あそこの角を曲がれば、あそこの角を曲がれば。呪文のように唱えても、なかなか曲がり角はやってない。もう無理。足が重い。肺がつぶれる。そうやってあきらめかけたとき、靴が脱げてこけた。完全にゲームオーバーだわ。涙が出そうになるのこらえながら、再び走り出そうとしたとき、男の手が肩に掛かった。諦めて振り返ろうとしたそのとき、男が話しかけてきた。

「お姉ちゃん逃げないでよ」

 弟かいいい!驚きと安堵で立てなくなり、弟に家までおんぶしてもらって帰ったとさ。弟は学祭を見に来にこっちに来て、私の家を訪れようとしたものの、連絡先が分からず、ストーカーまがいをしてしまったらしい。もっと方法あるやろがい!

(この物語はフィクションです)


 ということでたらたらと物語を書いたのですが、ちゃんと言いたいことがあってこれを書いたわけでありまして、それは後ろで支えてくれる人がいるということです。僕個人としては親が後ろで支えてくれており、ア式にはOBや応援してくれる人たちがいます。今シーズン一番印象に残ったことは、なかなかチームが勝てない時期でも常にア式の試合を観に来て熱心に応援してくれる人がいたことです。加えてイヤーブック係になりア式の金銭的な一面を垣間見て、本当にいろいろな人がア式を応援し支えてくれているのだなと実感しました。この人たちの思いを背負って来シーズンもア式は戦っていくのです。それが来シーズン自分にできるのか。いや、そこまでの覚悟は正直まだなかった。
甘かった。まだまだ子供だ。来シーズンピッチに立つことの意味を自覚し、ア式として恥じない人間にならなければならない。そのためのオフシーズン。もう甘えている時間はない。


1年GK加藤辰弥

2013年11月12日火曜日

「大事なものは、たいてい面倒くさい」


NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』のある回
元映画監督・宮崎駿さんの言葉です

世の中(=監督にとってはおそらく映画作り)の大事な事はたいてい面倒くさく、
面倒くさいという自分の気持ちとの戦いなんだ、と。



また別の週、チーズ農家の吉田全作さんは

「人生の岐路では、必ず面倒くさい道を選んできた」

と。


全く分野が違うのにも関わらず
2人の達人から同じ言葉が出てきた

「面倒くさいことを大事に思う」

どんな分野においても通底するものがあり
これはその内の一つなのでしょう



辞書を引いてみると

面倒くさい : とても煩わしい(煩わしい : できれば避けたい)

とのこと




根性論めいた話をしたいとかではなく

"面倒くさい事”に踏み込み、細かいことにこだわり続けることが
成功者、あるいは達人として他人から認識される人の必要条件だ


硬いな・・・


うーん

面倒でなくて、かつ大切な事って皆やるわけで
結局
違いとなるのはマイナーで、”面倒くさい”部分ではないか
ということです


吉田さん曰く

「面倒な事は誰もしないし、より多くのヒントが転がっている」

のです








この1年はサッカー内外でもっともっと忙しくなるだろうし
面倒くさいことも数限りないだろうけれど

一つずつぶっ潰してやりたいと思います


1年後振り返ってどうなってるか
後ろにできるであろう道に少しだけ期待して





久々にリバプール好調という幸せ

3年 濱田

2013年11月11日月曜日

残りわずか

少し前の話。

先月の22日、「笑っていいとも!」の2014年3月いっぱいでの終了が発表された。
フジテレビのお昼の冠番組として30年以上放送され続け、単独司会者による生放送番組の長寿記録としてギネス認定されるような番組の突然の終了発表には、ただただ驚かされた。

もっとも、以前からタモリさんの健康上の問題やコーナーのマンネリ化などから、「いいとも!」終了の噂は流れていた。
実際、最近では一部のコーナーにタモリさんが出ないということもあり、「いいとも!終了のための布石では」といったことが言われていたりもした。
それでもなお、平日の昼に「ある」ことが当たり前だと思っていた「いいとも!」の突然の終了発表には、驚きと寂しさを感じずにはいられなかった。


ここまでの話で要するに何が言いたいのかというと、「そろそろ終わるとか言いながら、どうせしばらく続くんだろう」とか思っていたら、本当に突然終わる時が来る、ということだ。


4年生が引退して最高学年となった今、サッカー選手としての自分に残された時間はあと1年しかない。
何となく過ごしていたらあっという間に来年の11月になり、日常からサッカーが突然消えるのだろう。
そのときになっていろいろな後悔をしないためにも、残り1年何となく過ごすのではなく、常に「終わり」を意識しながら、1回の練習やワンプレーを今まで以上に大切にしていきたい。


お昼休みはボッチでイーティング
3年 中塚亮太

苦しいときは伸びるとき

高校時代、終わりの見えない罰走中にある先輩が叫んだ言葉です。




罰走が長くきつすぎて、よくみんな訳のわからないことを叫び出して名言が生まれたりしていましたが、その中で唯一覚えている言葉で、気に入っています。




「苦しいとき」は「上手くいかないとき」や「きついとき」など色々と置き換えることができると思いますが、そういう時期こそ成長することができるという文字通りの単純な言葉です。




僕は人も組織も程度の差はあれ、挫折のように必ず「うまくいかない時期」がやってくるものだと思っています。その時の対応として、大別して「やめる」と「もがく」の二つにわけることができると思いますが、「もがく」ことそして原因を分析してどう「もがく」かがその後の成長に欠かせないと思っています。






上手くいかない時期にどう過ごすか、それが大事なんじゃないのか






と、塾講師や家庭教師のアルバイトをして子供たちと話していて思いました。最近の子供たちは、上手くいかないとすぐ環境を変えたがります。挫折の耐性がないですね、けしからんです笑




正直苦しい時期ですがfeelingsで書いたからには、有言実行でリハビリ頑張ります。


ジュビロがJ2落ちてしまったので京都サンガの昇格願う 3年 卓間 昭憲 

2013年11月10日日曜日

四年生へ。

All good things come to an end.
People come and poeple go.
We never meet without a parting.

出会いがあれば必ず別れがきます。

四年生の先輩、1番信頼していた同期のスタッフがいなくなり、別れがこんなに寂しいものなのかとひしひしと感じています。


一年生として入部したばかりの時、四年生全員がわたしにとって憧れでした。
グラウンドでプレーしているとき1番輝いて目に映るのは四年生でした。
グラウンドを1番走り回って仕事をしているのは四年生でした。


いつまでも先輩に頼ってばかりではいけないと分かっていても、やっぱり大好きな四年生を思い浮かべると引退しないで欲しい思いで涙が出そうになります。




だから、四年生が果たせなかった関東昇格をわたしたちが果たせるよう、一年生プレーヤーはもっともっとサッカーが上手くならないものかと願うばかりです。



そのためにはわたしは精一杯でサポートしたいし、1番側で見ていたいです。

関東昇格のためにわたしがマネージャーとして今できることをただひたむきに前向きにやろうと思います。選手はきっとマネージャーに関東昇格にできることなんてないと思うかもしれないけれど。



最後に四年生にはさようならは言わないのでグラウンドに来てくれたら嬉しいです。





羽場さんは文才あると思います。本当に。
一年生 スタッフ 秋枝 万里依