2014年3月1日土曜日

南の国から

ルールールルルルー  ルールールルルルー

こんばんは篠原です。
投稿遅れてすいません。
今は学科の研究のため一週間ほどチームを離れて奄美大島に来ています。
宿泊施設は電波が入らないので雨の車中でテザリングしないといけないようなところです。コンビニバイトの時給が665円でした。

刺すような日差しが照りつけますが、日中は森にいるので涼しいぐらいです。何が言いたいかというと、ちょうどいいです。
東京の寒さと戻ってからの合宿におびえ、研究もままならない毎日です。


さて話は変わって、
僕は最高の離婚というドラマが好きでした。
特に真木よう子という女優が好きで、彼女が演じるあかりさんはある時、昔付き合っていたみつお君(瑛太)に「昔のあかりさんはもっと幸せそうだった。あんな夫(りょう君、綾野剛、浮気性)とは別れてあのころの本当の自分を取り戻したほうがいい!」と熱く語られます。

そこで彼女は冷たい目でこういうのです。

「変わってないんですね。
  死ねばいいのにって思ってました。」

この言葉にはぞっとしました。
そして、あの表情、まとっている雰囲気から繰り出されたその言葉はみつお君に突き刺さりました。
もしあれが俺に向けられた言葉だったらと思うと恐ろしく、実際みつお君もその後、
「いろんなことが、うまくできないんです。」
と自分を見失ったような目で言います。


言葉には使い方とタイミング次第で、その言葉の本来以上の力を持たせることができます。これは当たり前。
そうした言葉は人を奮い立たせるし、時には人を殺すかもしれない。
ミニゲーム大会での「そこ決めろよ!」と、練習試合での「そこ決めろよ!」は言われた本人にとって全く違う言葉になる。

ですが、誰がその言葉を使うか、は何よりも言葉に重みをつけるし、軽くもする。
前にマツケンも書いていたけど、添田や長尾さんが書いていたことを俺が言っても、それには何の重みもない。

今まで筋トレを最低限しかやってこなかった奴が数か月前にやり出して後輩に指導しても、それは響かない。自分がうまくなるのに精いっぱいだった奴が、幹部代になって急にチームのことに意見しても、その言葉には説得力はない。最高学年になってから自主練をマジメにやり出しても、サッカーに面と向き合えなかった頃の自分は否定できない。
そうすることが無駄というわけではないが、そんな言葉は届きにくい。
この三年間(二年間、一年間)ずっと、サッカー(含めた日々の生活)に対して100%真摯でいられた奴は多くはいないと思う。
そういう意味で、本当に伝わる言葉を持っている奴は限られている。と俺は思っている。


それでも、それ以外の奴はただ愚直に、真摯な姿勢を見せ続けるしかない。サッカー、チームに対して100で向き合えているか自分に問いかけ続けるしかない。
最高学年を最高学年足らしめているのはそういった真摯さの積み重ねだから。そこをサボるなら最高学年の資格はない。
引退するまでに、どれだけ言葉に重みをつけられるか。それを思って続けていきたい。

こんな言葉も多分届かない。今、俺はグランドにいないから。
合宿、気合入れていきます。


 窓からハチが入ってきたんで終わります。

新四年 篠原

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