2014年5月26日月曜日

明日は、きっと晴れる

2007年、夏。

私はサンノゼスタジアムの観客席にいた。
辺りを見渡しても私のような黒目黒髪の人はほとんどいなかった。
後ろで英語の会話をしているのが聞こえたけれど、何を言っているのかは理解できなかった。
父の仕事でアメリカに引っ越してから一年。私はまだアメリカになじめていなかった。自分に馴染みのない言語で気持ちを伝えなければならないという難しさ。ちょっと発音を間違えただけで、意図していない方向に話が進んでしまうやるせなさ。言葉が出てこないせいで自分の性格そのものを勘違いされてしまう悔しさ。
あがいても、あがいても、先が見えない毎日。私は疲れていた。
そんな私を、家族はこの試合に連れてきた。
女子サッカーの練習試合。日本対アメリカ。私が初めて生で見るサッカーの試合だった。
試合そのものはアメリカ優勢に進んでいた。日本から出されたパスがアメリカによって阻まれるたびに、英語という言語の壁を壊せない私の姿をそれに重ねて、なんとなく泣きたくなった。
日本からのコーナーキック。蹴ったのは宮間選手だった。一人の日本人選手が飛び出してきた。足をボールに合わせる。ゴール。決まった。あっという間の出来事だった。
試合結果は1−4で日本の敗北に終わった。しかし、私は密かに興奮していた。日本のゴールシーンが頭の中で何回もリプレイされた。ゴールを決めたあの背中が、輝いて見えた。
たった一点だったけれど、あの選手は、強豪アメリカから点を奪った。私だって努力し続けていれば、きっと私がぶち当たっている壁を乗り越えることができるんじゃないか。そんなかすかな希望が、私の心の中に浮かんだ。
それからというもの、私は嫌な思い、悔しい思いをするたびに、点を決めたあの選手のことを思い浮かべるようになった。それだけで、少し勇気がわくのだった。私の心の中にその選手のことが、思った以上に深く、刻まれていたのである。
その選手が大儀見選手だと知ったのは、もう少し後のことである。
試合を観戦し終えた私は、父に向かってこう呟いたという。
サッカー、やってみようかな。
これが、私とサッカーの出会いだった。


2014年、春。
テント列で配られた大量の部活、サークルのビラ。パラパラとめくっていると、一つのビラが目に留まった。
東京大学ア式蹴球部女子、関東参戦。
そのときはただ、「へー、女子サッカー部ができたんだー」と頭の片隅で思っただけだった。
アメリカで一年サッカーを経験した後、私はソフトボールとマーチングバンドに夢中になり、サッカーから離れていた。日本に帰ってきてからも放送部という文化部に属していたし、そもそもアメリカでやっていたサッカーも楽しむためのものだったし、運動会のサッカー部なんて私には無理でしょ、と半ば諦めていた。
それが、なぜだろう。体験練習会やお食事会に参加するためにまとめたビラの中に、私はしっかりア式女子のものを入れていた。無理だと思っていたけれど、諦めきれていなかった。それは、父が元ア式部員だったからかもしれないし、身近な友達で元サッカー部がいたからかもしれない。しかし、私にとってのサッカーの存在を一番大きくしていたのは、2007年夏に観たあの一戦のあの選手だった。ア式女子の存在を知ってから、あの選手の走る姿が頭に浮かぶことが多くなっていた。
今は下手かもしれないけれど、いつかあの選手のようになりたい。
そんな小学生のような憧れが、私をサッカーへ向かせていた。

実際、初めて参加した練習は本当にキツかった。七年間のブランクは大きすぎた。技術的にも、体力的にも大変だった。酸欠になるんじゃないかと思ったほどだ。先輩がたの励ましによって練習に参加することはやめなかったけれど、
あきらめようかな。やめようかな。
何度かそう考えたことがある。運動会なんだ。辛くて当たり前だ。頭の中で理解していても、体が私の脳に痛みを訴えていた。
そんなある日。ふとしたことで、私は友人関係で毎日頭を悩ますことになった。再びぶつかった言葉の壁。今回はお互い同じ言語を話しているにも関わらず、向こうの言いたいことが分からない。こっちの考えが伝わらない。大学に入れば友人関係が変化するのはよくある話だ。けれど、親しい友人との諍いは想像以上に私に衝撃を与えた。なにもかもが嫌になって、無理に笑顔でいるのにも限界がきていた。
その頃からだろうか。私は火曜日と木曜日がだんだん好きになっていた。授業を終え、ラグビー場に向かう足取りが軽くなっていくのが自分でも分かった。コーチ、先輩、同輩のアドバイスを聞き、一つのプレーに集中してボールを蹴る。走る。ボールをもらう。トラップ。パス。シュート。憧れの選手が軽くこなしている動作が、少しずつ、ゆっくりと、自分のものになっていく。
二時間の練習中、私は嫌なことを忘れていた。体幹も44秒ダッシュも辛くはあったけれど、これらの地道な努力が徐々に私を強くしていくのだと肌で感じるようになった。早くボールを蹴りたい。早く皆からの助言が聞きたい。いつしかそう思うようになっていた。
ああそうか。と私はふと気づく。
私、サッカーが楽しいんだ。

日曜日。
私たちア式女子部はア式男子の試合の応援に行った。
彼らのプレーを見て、私は思う。
サッカーを心から楽しいと思うというスタート地点に私は立った。しかし、当然ながら、楽しいだけじゃだめなのである。早く技術を身につけて、先輩たちに追いつかなければならない。リーグ戦開幕の前に、試合の立ち振る舞いを覚えなければならない。体力もつけなければならない。私にはまだまだやらなければいけないことが残っている。
冗談っぽく「サッカー頑張ろうな」と言ってくれた背番号20
今、目の前を駆け抜けていったオレンジ色のスパイク、背番号8
陰ながら応援してくれている(であろう)彼らに、恥ずかしくないプレーを見せたい。
そのためには、一つ一つの努力を怠らないこと。基礎基本を丁寧に身につけていくこと。

上手くなりたい。

その気持ちを忘れずに、私はボールを蹴り続ける。


明日は火曜日。部活の日だ。
天気予報は、雨。
だけど、きっと晴れる。そして、思いっきりプレーするんだ。
そう信じて、私はスパイクを鞄の中にしまった。



実は文芸部にも所属してます。
ア式蹴球部女子 1年 大窪純


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