2014年10月20日月曜日

戯言だと思ってお聞きください

勝利という目的のために
6でグラウンドに通い
自分たちの厳しい規律を作ってそれを守り
練習で心身ともに疲れている状態で刷り込み教育を行い
サッカーサークルという敵を作って一体感を高める。
多くの部員が禁欲的な生活をおくる
閉ざされたコミュニティー。

こんなたちの悪い新興宗教みたいな環境のなか、将来なんの役に立つこともない球蹴りに時間を割いて、自分はなにやってるんだろう。っていう気分になることは誰にでもあると思う。

でもなんでア式をやめられないかって、人間だれもが「心の拠り所」を持っていて、俺らにとってそれはサッカーだからだと思う。それを失ってしまうと自分の行動の指針がなくなってしまうから。
イスラム教徒の人に「なんでイスラム教やめないの?やめれば豚肉食べられるしお祈りもしなくていいし楽だよ」
って聞くのがナンセンスなのと同じかんじ。ちょっと違うか。

イスラム国の戦闘員になろうとした大学生も、オウムに傾倒した当時のエリート達も、進振りの点数の話しかしないイカ東も、コミケに命を懸けているオタクもみんな本質的には俺らと同じ。
俺らには少し理解できない「心の拠り所」を持ってるだけ。

こんなcrazyなア式という集団を、ちょっと外から眺めてみることって自分は大事だと思う。
ア式辞めろってことではなく、ちょこっとア式の外に出てみることで新しい発見があったりするかもしれないってこと。

練習しょっちゅう抜けて、万年Bチームの自分がそんなこと言っても説得力0どころかふざけんなって思われること承知で、自分のことを「棚上げ」して言えば
ア式にどっぷりつかって46時中サッカーのことを考えていることが、「勝利」のための近道とは限らないんじゃないかと。一見直接サッカーの上達に関係なさそうに見えることだって、全力でやればなにかプラスに働くんじゃないかって、思ってこの4年間やってきたわけです。もしボール蹴って筋トレして体のケアをしてっていうのがサッカーの「勝利」のすべてなら、人生っていう道の中でも俺らのこの4年間は全く意味のないものなんじゃないかって思ってしまうわけです。サッカーの道に進まない限り。

ア式外の活動で視野が広がるとか、人間として成長できるとかそんな言葉にまとめたくないなにかがあって、そういう考え方が自分の「心の拠り所」なのかなって思ったり。

うーん、かっこわるいなあ。本当は試合に絡む位置にいてチームも勝ってシーズンを終えた時にこんな文章書きたかった。



4年 三澤龍志


0 件のコメント:

コメントを投稿