2014年11月25日火曜日

二方向からfeelings


Side A

グラウンドで仕事をしていると、時折、武道の部活の掛け声や気合入れの声が聞こえてくる。その度に思ってしまう、「もし、私が大学でも空手を続けていたら…」と。新歓期に一度も空手部を見に行かなかったことを全く後悔していないと言ってしまえば嘘になる。それは、一度うわさで聞いた「上段蹴りが相手の頭上を越えるような長身で、イケメンで、上手い男の先輩」を一目でも見られなかったからではない。せっかく高校時代やったことを大学でも続けなかったことへの後ろめたさがあるからだ。でも、私はどこかで分かっていた。たとえ続けたとしても、高校の空手部は決して強くなかったし、私に空手の才能があるわけではないから、そこまで極められないだろう、これ以上の上達はのぞめないだろう、と。だから、複数の上クラの先輩から「空手部の友達が、空手経験者がいると聞きつけてその子の連絡先を教えるように言ってきたんだけど」と言われた時も、「教えないでください!」とすかさず言ってしまった。こんな中途半端な気持ちなのに、熱心に勧誘されたら、押されたら入ってしまいそうだったから…

でも、これははっきり言って「逃げ」である。ずっと続けてきたことをやめるのは、ある意味その道をあきらめるということ。振り返れば私は中学校の頃あんなに打ち込んでいたことも高校入学時にぷつりとやめてしまった。ただの大学附属中学校なのになぜか音楽にやけに熱心、合唱コンクールも盛んな中学校に行っていたため中学時はコーラス部に入り、クラスでも2年連続で指揮者をやった。人の声の美しい調和、響きをこわいほどに追求しこだわりぬいて、指揮の勉強にも没頭した。中3になっても高校受験の勉強よりむしろ音楽の勉強をやっていた。クラスメートも私にしっかりついてきてくれて、最高の合唱が出来上がった、、はずなのに合唱コンクールでは優勝できなかった。あそこまで最高の準備をしたのになぜ、という思いが湧いてきた。3年生全員で合唱する曲「流浪の民」のソロパートを歌う一人にせっかく選んでもらったのに、そちらの方も、自分の独唱部分で最初に若干声がひっくり返ってしまい、理想通りに歌えなかった。私は、怖くなった。全力の準備をしても、本番うまくいかないことがある。成功しないことがある。あんなに好きだった音楽のことを、初めて怖いと思った。それでも、その恐怖を乗り越えて、自分の未熟さを認めた上で成功を求めてもう一度高校でも真剣に音楽と向き合うべきだった、、のかもしれない。しかし私は弱かった。180度切り替えて全く新しいスポーツそれも武道を始めた。

 こうして振り返ってみると、私は人生、逃げてばかりだともいえる。どこかで限界を作ってしまって挑戦することをやめてしまう。だからこそ、このア式蹴球部に心ひかれたのかもしれない。サッカーは、小学校とかそれよりももっと前とかたいていの人が小さい頃に始める。そして年齢を重ねる中で、「自分にはこっちの方が合っている」と他のスポーツに転向したり、「もう十分やりつくした」と言って全く新しいことを始めたりと、一人、また一人とサッカーをやめていく。そんな中、ア式の選手は少なくとも約12年以上サッカーをやってきたということ。そのことがまずすごい、、と感心しながら新歓期、入部当初、選手さんたちを眺めていた。しかし、それだけではないと今は知っている。ただ続けているのではなく、さらなる高みを目指して日々挑戦している。限界など定めていない。尊敬するしかない。サッカーをプレーしてきたこの10数年、越えられる気がしない壁にぶち当たって、やめたくなったこと、嫌になったことは絶対あったはず、と思う。それでも私みたいにどこかで挑戦することをやめて他の道に転向することはしなかったんだな、と思うとまた感心してしまう。もちろん、色んなスポーツ、色んな事をやってみるのは素敵なことだしそれはそれで魅力的。でも一つのことに集中してそれを極めることは、私にとってもっと魅力的に見える。自分がカテゴリーを落としてしまったり、部がリーグ戦を戦う場のレベルを落としてしまったりと、大学に入ってもやっぱりサッカーは辛いな難しいな、、という弱音/本音も心のどこかに抱いているのだろう、彼らは。しかも毎日それらと向き合わなければならない。もしかしたら、高校まではそれなりに上手くいっていてあまり苦労もしてこなかったが、大学でア式に入って初めて大きな壁にぶち当たっている選手もいるかもしれない。しかも初めての壁は実際より大きく固く見えてしまう。

 さて、そんな選手のために私に何ができるか?「よいしょらせ」と壁をどかすことが私にできる訳はない。できるのは、壁を実際より小さく見せたり、少しでも早く、確実に壁を乗り越えられるよう助けることくらいだろうか。そんな抽象的な話をしていても全く practicalではないので、まずは目の前のやるべき仕事をミスなく当たり前に完璧にこなすことを肝に銘ずることだろう。当たり前にこなさなければならぬことだが完璧にしようとするととても難しい。「ああまた今日も私があそこでああしたせいで練習時間のロスだった」とか練習後いつも思っている気がする。「今日は完璧だった」と思える日は残念ながら無い。本郷からの帰り道は、「自分嫌い」モードな懺悔の時間。(メンヘラとか精神不安定ではなくて…)でも次の自分の仕事をより確実にするために欠かせない大切な時間。ここで、「まあ、私ってボーっとしてて忘れっぽい性質だから仕方ない」とか「おっちょこちょいだから多少のミスはやむを得ない。」「あのくらい誰も気付いてないっしょー」と思ってしまったら、自分の限界を定めてしまうということ。自分の限界を定めちゃったら今までの私の二の舞。自分の性分のせいで自分に迷惑がかかるのは許せるにしても、部全体に迷惑がかかるのはもはや絞首刑。その時点でもはや試合終了だから逃げるな私―!!ストイックにならなんとよ!と奮い立たせるのである。

2部に降格しても、ひたむきにボールを追い続けるその真摯な姿勢を変えることなく、いや時には前にも情熱を増してサッカーに取り組み続ける、サッカー10何年目の人々を見つめながら、「挑戦し続ける人に憧れるばかりでなく自分もそうなろう」と決意した今日この頃です。

 

Side B

とはいってもストイックになりすぎると、考えすぎると、自分を責めすぎると、がんじがらめになって結局何も進まないこともある。そもそも、リーグ戦でア式がなかなか勝てなかったのは、選手にストイックさが足りなかったからだとは私は全く思えないので、今度は全く視点を変えてみる。

孔子曰く、「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」

この言葉を、ある物事を「知っている」段階からさらに努力を重ねれば、「好き」という段階にステップアップできて、さらに鍛錬を重ねて最終的には楽しめるようになる、そこまでいけば怖いものはない、という意味のみで私は最初とらえていた。

しかし、トリノ五輪スピードスケート男子500mで日本人最高4位になった及川選手は、父親が書いたこの書置きをトリノまで持って行ったそうだ。オリンピックという大舞台へと息子を送り出すときにこの言葉が使われたということは、「もはや楽しめたら一番強いんだ、リラックスして楽しんで」という解釈も可能ということである。

そう、楽しむ人が最も強い。努力と試行錯誤を重ねて、その過程さえも楽しみに変えられれば、何者にだって勝てるはずなのだ。だから細かいことを小難しく考え抜いたり、自分をひたすら責めるばかりでなくいっそのこと楽しんでしまえばもうこっちのもの!とも言える。

空手は、試合では寸止めルールが適用されているとはいえ、中途半端に強い相手と組手するときは攻撃されると痛い。それなのに相手に自分から向かっていけ、とか監督は言うけど怖い。でも、自分が練習してきた守りを精一杯発揮して少しでも効果が見られたとき、快感を得て楽しめばいいのだ。形は4方から審判に見つめられるし緊張するけど、もはや自分の架空の相手と戦うその冒険を楽しめたら一番綺麗な形の演技ができる。

中学生の私があそこまで指揮に、合唱指導に、自らの歌う声の改善・研究にのめり込めたのは楽しかったら。指揮する自分の指先の動きひとつで皆の声色が変わるのは快感だし、「こういうイメージで歌ってほしいんだよね~」と言ったことが伝われば本当に嬉しい、楽しい。ここのフレーズ、上手く声が出ないな、と思ったところをああでもないこうでもないと試行錯誤した末、理想通り自分の声が出た時「歌って楽しいーーー!」と思ったものだ。

高校の時、おそらく最も苦労した英語ディベート大会を乗り越えられたのも、一日中、仲間と一緒に調査・議論を重ねるのが楽しくて、試合に勝てたらもっと楽しかったから。最初、英語の先生にやらされているといった「義務感」で頑張っているときより、楽しい楽しいと思っているときの方が断然流暢に英語が出てきた。頭もフル回転した。

 

楽しい!!というシンプルな気持ちは確かに、最大のエネルギー源である。sideAのテーマであるストイックさ、そしてsideBのテーマ、「楽しさというエネルギー源」、柔軟にこの両方をしっかり胸に抱いて一人ひとりが毎日を生きていくことでもっともっとア式は素敵な集団になれると思う。勝利だって自ずとついてくると思う。私たちは「東大」ア式蹴球部。そのくらい頭を柔らかくすることはできると私は信じております。

 

(情弱脱却のために) Twitter始めました。もう何でも情報入ってきます
1年 スタッフ 情報強者 松本彩伽

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