2014年7月30日水曜日

slope

ねえ、知ってる?人生には3つの坂があるんだって。
1つ目は…そう、上り坂。
2つ目は言うまでもなく下り坂だね。
じゃあ3つ目は何だと思う?

え?わからない?
それはね…



なんてしょうもない話をニヤニヤしながら教えてくれたのは随分歳の離れた友達で、他愛もない会話の一つでしかなかったのですが、最近ふと思い出しました。


あ、答えは何かって言うと「まさか」です。ほんとしょうもないですよね。
結婚式のスピーチでよく使われる“3つの袋”に並ぶ、使い古されたネタの一つです。




予定調和の無いスポーツの世界において「まさか」はよく姿を現します。
スペインのまさかの敗退、ブラジルのまさかの8失点は記憶に新しいところですね。


まさかの事態に出くわした時にはうんざりして時には絶望したりもしますが、振り返ってみればまさかの数が多い程面白いですよね。サッカーも人生も。

しかしいざ自分の身に置き換えてみると、ア式での3年半、数えきれないまさかがありましたが、面白かったなぁという気持ちは少しもなく、今はただ後悔の念が胸に渦巻いています。


数えきれない程の後悔の中でも特にやりきれないのが、サッカーとか組織とかそういうレベルの話ではなく、周りの人間に大して感謝することもなくやってきてしまったことです。


感謝とか人を労わる(いたわる)気持ちなんていうのは調子のいい時には忘れがちですが、いざ苦境に立った時に感謝され、必要とされる事がどれだけ大きなことか、今更気が付きました。

チームを引っ張るべき立場の人間がこの有様では良いチームなんて目指せるわけがないという後悔。
どうすれば勝てるのか、勝てるチームになるのかを一生懸命考えてきたつもりでしたが、上っ面しか見てない愚か者だったと思います。


苦しい時、自分のモチベーションを見失った時、その時にチームがそいつを引っ張り上げてやれるのか、突き放してしまうのか。
人に感謝しないやつは感謝されないし、人を救えないやつは救われない。
ア式が逆境に弱いのは、カテゴリー毎の格差が強いのはそういうところだなと。
コーチがいないから、元々下手だからしょうがない、とかそんなわけない。
気持ちの部分をあまりに軽視していたと思います。


自分はちゃんとやれてるからなんていうしょうもない驕りでチームメイトを見捨てていないか。
その手抜きは必ず自分の首を絞める。
そして手の付けられない状況になって大人が出てくる。


こればっかりは言葉では伝わらないと思います。僕自身も感謝の気持ちが大事だなんて、小学生以来何度聞いたかわからないし、聞く度に何回でもわかったような気持ちになっていました。

これを読んで、ハイハイそうですね、その通りですね、と思われるのは重々承知の上でこれを書いたことを理解して欲しいです。
逆境に立たされた時、どうしていいかわからなくなった時に思い出して欲しいです。


1年生だってOBだって同じように。
サッカーだ組織だという前に、まずそこから。



京大戦、勝ちましょう。

4年 末吉弘昂

2014年7月28日月曜日

スタートライン



最近、ため息をつくことが多くなった、と思う。

三ヶ月前、私はサッカーを心から楽しいと思った。スタートラインに立てたと思った。これからどんどん上手くなっていこうと思った。

だけど、現実はそんなに甘くなかった。

練習を重ねるごとに増えていき目立つ自分のミス。先輩や同輩から注意されるたびに、また同じミスをしてしまったと悲しくなる。先輩が自然とできていることが、私にはまだできない。着実に前に進んでいる同期。それなのに私は、上手くなるどころか下手になっていってる気がして、また、ため息をつく。

サッカーが楽しいことには変わりはない。だけど、それ以上に、自分が上手くプレーできないことへの悔しさと苦しさが勝ってしまう。

このあいだ、私は初めての練習試合を経験した。初めて体験した90分間。試合中だからこそ気づいた普段の練習の目的。先輩たちの動き。私のポジションの意味。今まで私が練習でしてきたことが、頭の中で繋がった90分間だった。
けれども、私が上手く動けなかったことには変わりなかった。私のいるべき位置、体力、スプリット、声掛け。課題ばかりだった。先輩たちの背中が、また遠ざかってしまったのをひしひしと感じた。

前回の反省を生かそうと臨んだ二試合目、私は決定的なチャンスを逃した。チームメートが出してくれたセンタリングを決めることができなかった。せめて体に当たってさえいれば、入っていたかもしれないボールだった。それくらい、いいボールだった。あと少しだった。こっちにボールがくることは分かったのに。なのに、決められなかった。

本当に惜しかったね、いいところにいたのにね、とチームメートが試合後に声をかけてくれた。この前の試合より動きは良くなったよ、次は決めてね!と先輩に明るく言われて、少しだけ気分が明るくなった。だけど、悔しさと悲しさは心の中に残ったままだった。初めての炎天下の試合、私は体力をだんだん失っていった。これがサッカーなんだと痛感する。私一人がしっかり動けないだけで、他のメンバーに負担がかかってしまう。また、迷惑をかけてしまった。気持ちはどんどん沈んでいく。


帰りの電車の中、なんとなくいつもの癖で、ツイッターを開く。もうすぐ花火大会だねウェーイみたいな楽しそうなツイートが多くて、私はタイムラインをスクロールする速度を早めた。
その中に一つ、少し寂しげなツイートが混ざっていた。リトルグリーンメンのアイコンが、公式戦に出場した友人と、自身とを比較して呟いていた。男子部の友人のツイートだった。
私も少し悲しくなって次のツイートを見ると、さっきと同じ子が、叫んでいた。

「必ずやったるでー!!!!!」

その言葉が、私の心に突き刺さった。ここ数週間の私に足りなかったものを見つけた気がした。
マイナス思考を続け、それをバネにしてプラスに変えるということができていなかった自分。私には、プラスに変えるだけの気持ち、気合いが足りていなかったんだ。

数日後、練習後の電車で、コーチと一緒になった。普段時間がなくてゆっくりと聞けない私のプレーや私がするべきトレーニング法について詳しく教えてもらうことができた。別れ際に、こう、言われた。
「まだ始めたばかりなんだから、他人と比較しすぎないこと。それよりも、目の前にある、今の自分にできることに全力をつくすこと。少しずつ、できることを増やしていけばいいよ。だけど、気持ちでだけは絶対に負けるなよ」


私と先輩たちとの間には、技術的な差がある。それは練習量をもっと増やしていかないとどうにもならない。だけど、自分のサッカーに向き合う姿勢は、気持ちから変えられる。

たとえ私のスタートラインが先輩たちから何キロ何千メートル離れていようと、最後まで諦めずに、その差を縮めてみせる。毎日1ミリでもいいから、進んでみせる。その過程で立ち止まることがあっても、サッカーを初めたばかりのあの頃の気持ちを持ち続けて、気持ちだけは前に進もう。

ため息を、自分を奮い起こす言葉に変えよう。


技術で劣っていても、気持ちでは絶対負けないように。


お気に入りに登録しておいた友人のツイートを見直して、私はこう心の中で呟く。

よっしゃ、やったる!






情報の試験は今からスタートをきりたいと思います。
女子部1年 大窪純

2014年7月27日日曜日

おわりとはじまり。

最後のfeelings。


祖父は我がア式のOB、
母が大学時代サッカー部MG、
従姉が強豪高サッカー部MG、
叔父がサカパ笑。
いわゆるサッカー家系で育ってきた。
私は物心つく前から、母に毎年のようにサッカー早慶戦に連れて行かれていた。その影響で自然とサッカーには親しみ、いつのまにか憧れのものとなっていた。特に大学サッカー。

大学生になったら、絶対サッカー部でマネージャーになるんだ、と中学受験の頃には決めていたと思う。だから、中高の受験での学校選びは附属かつ大学サッカー部が強いところ、というのがひとつの基準になっていた。しかし、どちらも望む結果は得られなかった。
そのため、大学受験が私の大学サッカー部でマネージャーをやる、という願いを叶える為の最後のチャンスだった。でも、力及ばず女子大へ進学することになってしまった。勿論、体育会サッカー部など存在しない。
大学1年の4月、私は他大生も受け入れてくれるサッカー部をひたすらに探していた。全く見つからず諦めていたとき、母におじいちゃんがいたところ見てみれば?というアドバイスをもらってHPを見てみた。他大をスタッフとして多く受け入れていることがわかった。迷うことなくすぐに入部希望のメールを送った。そして数日後には練習体験を終え正式入部をしていた。


これがはじまり。


そして今月初めに知った、体制変更の話。代替わりをして、私達四年生は京大戦を以て一度引退となり、本来引退するはずだったリーグ戦後期の最終節まで続けるかどうかは有志によるというもの。
あまりに突然のことで驚いたけども、チームをより良くすことが目的のことなので、致し方ないことは重々承知していた。が、この変更により私が一年生の頃から描いてきたビジョンや終わり方を成し遂げられないことを悟った。
残ること、いなくなったときのこと、どちらの場合のことも考えた。どちらにせよ後悔するのだと思う。けれども、色んなことを考慮したときに、自分にとって引退することがベストなのでは、と感じ決断した。
最後の京大戦で、初めて京都に行く。大学生になって関東圏以外に行くのは初めてなので、わくわくする。しかし、現役としてア式の試合を観るのは最後ということを考えると寂しくなる。



これが、おわり。そして、はじまりでもある。



 思い返せば私のア式生活は山あり谷ありであった。辞めたら楽になれるのに、巷の普通の大学生は遊んでばっかでうらやましいと考えたこともあった。隣の芝が青く見えてしょうがなかった。
私は二年生まで、今の学生トレーナーに当たるATという役職についていた。水関係や記録等マネージャー業はわからないしできなかった。ひたすらテーピングやリハビリを診ること、体幹のタイムキーパーやフォームチェック等に徹していた。自分の存在意義や存在価値を見いだすため、確固たるものにするために解剖やトレーニング、テーピングの知識や技術を本を買ったりネットで調べたりしながら学んだ。
こういう姿を見た友人の中には、将来そういうトレーナーの仕事でもするの?何のためにやってるの?などと言う者もいた。体育会でトレーナーをやっている友人などほとんどいなかった。ゆえに理解してもらえない。部活での悩みもなかなか言えなかった。

今でこそ心から信頼し何でも話せる同期スタッフの二人だが、そうなるまでには時間がかかった。同期であり同志であるのに、同時にライバルでもあったからだ。部活での悩み、一番理解しあえるのは同期スタッフであるはずなのに、腹を割って話すということがなかなかできなかった。ぶつかることも怒られることも怒ることもあった。一緒に泣いたこともあった。慰めてもらったり励ましてくれたこともあった。でも、笑い合っていることが一番多かった気がする。しかも、本当にくだらないことばかりで。

私がア式でここまでやってこれたのはこの二人がいてくれたからだ。 強くそれを思う。まさに戦友という言葉がぴったりな二人。
きっと、こんな存在もうできないのでは、とさえ感じる。

感謝してもしきれない。


二人への思いはこのへんにしておこう。。



 焼けた肌だって枯れた声だって傷んだ髪だってぜんぶ勲章だと思っている。
私はサッカーで戦っていないけど、思いで、いかにサポートできるかで、戦ってきた。
完璧なサポートとは程遠いかもしれないが、ア式に、懸けていた。


残り一週間、ア式のスタッフとして、四年として、有終の美を飾れるように過ごしたい。
家に帰ったら洗い物から出てくる、大嫌いな人工芝やゴムチップさえも懐かしくなってしまうだろうし、ジャージを着て汗だくになってグラウンドに立つこともなくなってしまうだろうし、一瞬一瞬を目に焼き付けよう。ア式らしさ、名残惜しさを存分に感じよう。

もう、カウントダウンは始まっている。まずは、いつも通りに来週火曜日の練習から。





まとまらなさそうなのでおわりにします。


ア式で出会い、繋がり、支えてくれたみなさまに本当に感謝しています。
 4年スタッフ・学生トレーナー 松元 愛

答えは全て自分の中にある

答えは全て自分の中にある

なんて言われると、

「そう、基本的には自分の中」
「いや、外にもある、中だけじゃない」
「外にある方がむしろ多い」

なんて、感想は人それぞれかもしれません。

いずれにせよ、

「またなんか理想的なこと言うてるなあ」
「むしろちょっと胡散臭い」

なんて思うかもしれません。

俺自身も、答えは自分の中にあるって考え方を表面的には肯定しつつも、

自分の中にも原因あるけど、実際外部要因のあれのせいはでかいやんなー

といったふうに、ついついなんでも環境のせいにしてしまいます。

心のある部分では環境のせいにする自分を諦めていて、

またある部分では、そうしてしまうのは当然だ、と肯定さえしてしまっていました。

しかし、タイトルにもある、この「答えは全て自分の中にある」という言葉が、

明治大学の練習に訪れたあとに、監督にちょっと話をしてくれないか、と頼まれた長友選手が20分ほどしか時間が無い中で、これだけは大事、といって伝えた言葉である

と聞いてからは、

環境のせいにする自分を諦めるのも、当然だと肯定するのもやめようか、

なんて思いました笑

失敗したことや成功したことの答えも自分の中にあるって本気で思えれば、

失敗したときの悔しさも成功したときの嬉しさも、

より大きなものになるでしょうし、

そこから得られる反省もより大きなものになるかもしれません。

答えは全て自分の中にある、という言葉を大切にしたいというのが、

今の自分の素直な気持ちです。

自分をどう磨くかだけでなく、組織をどう磨きあげていくかを、

チームにいる以上、考える必要があるのも事実でして、

そんなときにも、

自分なりの答えを見つけ出せるような人でありたいです。



投稿遅れてすみません。
3年 安達

69!

「時は金なり」
とはよく言いますが、時間は無限じゃないんだからお金のように大事に使いなさいって意味で使われてることが多い気がする。

 大学生活の終わりが見えてくるにつれて思うようになってきたことがある。それは、今俺らは人生においてかけがえのない時間を過ごしているんじゃないかということ。キャンパスライフとか青春は今しかないとかそう意味ではなく。
 この18歳から22歳(23?,24!?)の4年間は人生の他の4年間と比べても圧倒的に何かが違う!!

 1968年、全共闘は安田講堂を封鎖し、卒業式は中止となった。

 もちろん俺は当時の様子は全くわからないし、事件のことを詳しく調べたこともない。学生が何を考えてどこで誰と、どんな衝突があったのか知らないけど、火炎瓶と投石と放水の映像のインパクトだけは見たことがある。
 ひとつ言っておきたいことは、おれがこの事件をどうこう言おうというわけでないし、その行動とか思想について解釈しようとかいうわけじゃないこと。
 俺がこれを取り上げたのは、当時、俺らと年の変わらない彼らが、それだけのエネルギーを持っていたことに驚いたから。ビビったから。

 世情は違えど、俺らと彼らに基本的に違いはない。それなのに今の俺らにそれだけのエネルギーがあるか、それだけ信じられる何かがあるかって言われたらそうとは言えない。中島みゆき風に言うと、俺らがシュプレヒコールの波を起こすことはないかもしれない。それでもやっぱり、これだけのエネルギーを持てるのは今この年代だけだと思う。肉体的な意味も含めて。

 俺らは今、そのエネルギーをサッカーにぶつけている。
 イメージするんだ、自分が安田講堂の上で放水を浴びている姿を、何かを強く信じることでエネルギーが体の中に満ち溢れる様子を。
 もっとやれるはずだ。自分の中で一つ絶対に信じれるものを持つこと。その信じたものに従って行動していくこと。何かをやりきるということは最後まで信じたものに従って行動し続けるということ。

 後に安田講堂に残されていた落書きに
 「連帯を求めて孤立を恐れず 力及ばずして倒れることを辞さないが 力を尽さずして挫けることを拒否する」
 というのがあるらしいです。

 サッカーやるなら自分の中に何か信じられる核みたいなものを持ちましょう。今回の色々はそれを確認するいい機会だと思う。誰にとっても。それが無いまま続けていくのはこの「若さ」というエネルギーを注ぐにはもったいなすぎると思います。

「時は金なり」
とはよく言いますが、この四年間の時間はお金じゃ絶対買えないものだし、捨てても働けば戻ってくる金と違って、一度きりのもの。
あれ、ふつーな結論になった。。

イメージするんだ、自分が火炎瓶を投げてまで守るべき信じられる何かがあること。その何かに従って毎日を過ごすんだ。

4年 篠原

The Serenity Prayer

突然の体制変更
降り掛かる責任
燃えたぎる闘志
ふとした瞬間の失望
あふれる後悔
未来への希望

運なのか、実力なのか
理想なのか、現実なのか
夢なのか、夢のまた夢なのか




秘める思いはたくさんあるはすだが、そのいずれも形にするのは今は難しい



それでも、
サッカーの持つ本当の輝きを知っているから、いつだって情熱は湧いてくる

Hayato GYOTEN


続ける





サッカーを始めて、11年が経った。小学生の時に同じチームだった奴、中高の仲間も、大体はサッカーをやめていった。大学でア式でサッカーをまだやれてることは誇りである。しかし、僕にもサッカーをやめたくなることがあった。


中学2年生の夏休み、一つ上の先輩が早々に引退し、自分はキャプテンになった。自分にはキャプテンが務まる程のリーダーシップも強さもなかったし、務まる自信もなかった。でも、自分以外にやれる奴もいなかった。それから、自分はキャプテンとして必死にチームを引っ張ろうとした。やはりうまくいかなかった。練習中、自分のことよりもチームメートに意識をとばした。1人で声を張り上げた。チームを盛り上げた。チームメートに規律を守らせ、ミーティングを開き、監督とたくさん相談した。1人で何役もこなしても、うまくいかなかった。監督に怒られ、チームメートもついてこなかった。イライラが溜まり、部活以外の時間では、自分は乱れていった。狂ったようにゲームに浸り、勉強をやめた。部活が怖くて夜も眠れなかった。独りで涙を流した。次第に自分のプレーに集中出来なくなり、試合にも出れなくなった。部活がいやになった。サッカーが嫌いになった。苦痛だった。やめてやると、何度も泣き叫んだ。それでも続けた。とりあえず部員の前では役目を果たし続けた…。
    最後の大会を前に、徐々にチームはまとまりだす。一丸となったチームは奇跡的な勝利を重ねた。目標にはあと一歩届かなかったが、素晴らしいチームになっていた。引退時、監督は「聖光史上最高のキャプテン」と言って下さった。一生で1番嬉しい言葉を頂いた。キャプテンである苦しみが一気に報われたし、サッカーを辞めないで良かったとおもえた。


僕は、どんなに辛くても、苦痛でも、ア式を絶対にやりきる。サッカーを続ける。苦しんだだけ、最終的に報われることを知っている。どんな逆境も逃げずに愚直に乗り越えていってやる。




マツケンさんが怖いっす
1年 山本 健


2014年7月26日土曜日

組織

「無能な働き者。これは処刑するしかない。」


大学生になって哲学をかじるようになったのですが、上の文章はどっかのサイトか本で見かけた言葉です。これはドイツの軍人ハンス・フォン・ゼークトの組織について語ったものでありまして(本人が語ったという証拠はないみたいですが)、全体の概要はこんな感じです。


軍人は4つに分類される。
有能な怠け者。これは前線指揮官に向いている。
理由は主に二通りあり、一つは怠け者であるために部下の力を遺憾なく発揮させるため。そして、どうすれば自分が、さらには部隊が楽に勝利できるかを考えるためである。
有能な働き者。これは参謀に向いている。
理由は、勤勉であるために自ら考え、また実行しようとするので、部下を率いるよりは参謀として司令官を補佐する方がよいからである。また、あらゆる下準備を施すためでもある。
無能な怠け者。これは総司令官または連絡将校に向いている、もしくは下級兵士。
理由は自ら考え動こうとしないので参謀の進言や上官の命令どおりに動くためである。
無能な働き者。これは処刑するしかない。
理由は働き者ではあるが、無能であるために間違いに気づかず進んで実行していこうとし、さらなる間違いを引き起こすため。  (wikipediaからとりました)

ここでいう怠け者は、仕事をやらない人のことではなく、与えられたタスクをいかにエネルギーを使わずにやるような人のことで、働き者は、ほかの人が楽に仕事をできるように振舞う人のことだと勝手に解釈しています。


なぜ急にこんなものを載せたかというと、1年ミーティングや全体ミーティングなど最近よく行ってるミーティングで自分の組織に対する認識の甘さを痛感したからです。というのは、自分が組織の中でどういう風に振舞うべきかを中高時代考えてこなかったこと。というより、考えることから逃げていたということ。


今ア式で自分は「無能」な人間です。なぜなら、チームを勝利に導けるような技術も持ってないし、上にも書いたとおり組織にいる人間という点でまだまだ未熟だからです。


また、将来的に自分は「働き者」でありたい。なぜなら、組織に貢献するとは「ほかの人が楽に仕事をできるように振舞う」ことだと考えているからです。


そうしたら、残された道は「有能な働き者」でしかなくなります。では「有能」になるためにはどうしたらいいのでしょうか?現時点ですべきことは、コーチや先輩はもちろん同輩の意見を吸収する柔軟性を備えることだと思います。


堅苦しい感じになりましたが、他に書くことがなかったのでご勘弁を(笑)駄文長文ですみません  1年 山口日向

2014年7月25日金曜日

たたかう理由

なんてもんは人それぞれ

このチームにやる気のないやつなんてひとりもいねえ

大切な人に恩返したいから
うまくなりたいから
勝ちたいから
サッカーが好きだから

みんなそれぞれの理由がある

他人に勝ちたい気持ちを強制させるなんて不可能だ


それならそれぞれが自分の基準で戦えばいいのか

いやそんなことはない



自分の基準を他人にも要求するべきだ

自分のサッカーに対する気持ち、情熱

普段は言いにくいこと、言いたくないことを、ピッチでは言うべきだ、他人に伝えるべきだ

後輩が先輩に、選手がコーチに、遠慮なく言うべきだ

自分なりの方法でいい

そうして少しずつ赤の他人に、赤の他人の無根拠な情熱が、基準が、伝わっていく

その情熱、基準に、なにも感じないやつは、………






・それにしてもワールドカップは凄かった。同じサッカーという競技とは思えない。
みじめになるくらいうまい。世界の壁はぶあちくて、たけえ。
サッカーをやってる限り、あんなサッカーがしたいと思う。

・今シーズンからレアルを応援することにした。ミーハーだが気にしねえ。
好きな選手はベイルとモドリッチ。はえー選手が好きだ。快速といえばやまけ…

・旅が好きだ。そんなにしたことないけど。時間が出来たら、長い旅がしたい。
その旅の途中で、宮崎あおい似の女の子と出会い、満天の星を見ながら一緒に寝っころがるのが、今の夢である。

・その前に片づける仕事がある。備品係のことではない。後期に1ポイントでも多くの勝ち点を積み上げることである。勝つのはとても難しいことだが、勝てなくはねえ。要は、勝てるか勝てないかの問題ではなく、勝てばいいのである。相手を叩き潰せばいい。圧倒的偏見を武器にして。




素早いfeelingsの投稿、まさに後輩の鏡。   3年 坂本晋悟
   

2014年7月20日日曜日

player

 はじめまして。1年スタッフの谷口紗彩(さあや)です。
遅くなりましたが、よろしくお願いします。


先日までの私は、迫りくる試験をあえて見ないふりをしながら
W杯などスポーツ界で起きた事故が気になっていた。

怪我。怪我は本当に鬱陶しい存在。嫌なやつ。

私自身、高3の時、指を骨折した。私の指はサッカー選手
にとっての足のようなものである。

私の志望していた大学にピアノの試験があったため、致命的
だった。医者には受験どころか今後ピアノを弾ける状態まで
治すのは厳しいとまで言われた。
月日がたつにつれて、筋肉の癒着や骨の分裂など症状が
どんどん悪化し絶望的だった。結局、高3の冬まで指から
針金が何本も突き出るという悲惨な状態だった。
焦ることすらできず、あきらめるしかない状態だった。
はじめて、怪我の恐ろしさを知った瞬間だった。

怪我が日々のトレーニングに悪影響を与え、過去に積み重ねた
技術、ライバルと戦う時間までも平気でうばってゆく。絶縁しよう
と思っても、気がついたら背後に気配を感じるストーカー。
本当に嫌なやつ。

遊びに行く感覚で1年間リハビリに通い続け、何とか回復した。
しかし、私の指は今でも曲がったままである。
違和感が残っている。大学に入学しても、なかなか変われない。

ア式に入って怪我をしても直向きに自分のサッカーに愛を
捧げ常に追い求める選手がたくさんいることを知った。
サッカーも音楽も同じplayer
選手を見て、私は怪我をしてから音楽の何も追い求めていないと
感じさせられた。ああ私、努力してない。

ア式に入ったからにはこれからは選手とともに飛躍したいと思った。
同じplayerとして。
スタッフとしては、少しでも選手に貢献できることを増やしたい。
怪我の痛みを知った今、怪我との付き合い方を
本気で考えたい。選手のため、自分のためにも。
4年間で自分なりの答えを出したい。


さやとさあやが紛らわしいので呼び方募集中です。
1年スタッフ  谷口  紗彩


2014年7月19日土曜日

あつく

最近暑くなってきた。練習中も体力が吸いとられてれいくのを感じる。夏だ。自分は夏が好きなので夏が来るとテンションが上がる。夏が好きな理由の一つに甲子園がある。高校生達が全力で戦う姿に毎年毎年興奮を覚える。甲子園から得るのは興奮だけじゃない。去年、決勝の試合後のグランドには涙を流す選手達がいた。勝って涙する選手も、負けて涙する選手もいた。俺は感動した。しかし同時に、俺は羨ましかった。今までの努力を全力でぶつけて、熱くなって、仲間と共に涙する彼らはかっこよかった。
最後に悔し涙を流してからどれくらい経つだろう。もっと、1日1日の練習に、1試合1試合に、本気で挑まなければ。もっと、声も気持ちも出さなければ。そして、甲子園の彼らみたいに、熱くなりたい。

誰か社会哲学と分子生命科学のシケプリ下さい
1年  山口智弘

情けないけれど



こういうところで何かを書くときはどこかから話を引用して発信したいことをこそっと伝えるようなスタイルが好き。直接的に一生懸命書くより暑っ苦しくないし、さりげなく教養アピールしながらでクールな気がするから。だけど本当は自分の言葉に自信がないから虎の威を借りていただけなんだろうな。
 今の苦しい状況で整理して自分の言葉を紡ぐのは難しいし、情けないけど自分の言葉ですこし書いておこう。

 最上級生であり特別な立ち位置にある中で前期9位。個人的に戦力として機能できなかった。学問との両立が上手くいかず練習も十分にでれず迷惑をかけた。悔しくないわけがない。罪悪感でいっぱいだ。タイトなスケジュールになることは分かっていたなかで、文武両道の成功例としてあり、周りに可能性と活力を与えられればと凄んでいたけれど理想とは程遠い。
 スーパーマンになろうとして涼しい顔していろいろやろうとして、体裁よくこなしていただけになったというのが反省点。キャパを超えて無理なところは素直にそう伝えて、一番やるべきことを泥臭くやるべきだった。理想に固執した。

 あと三か月。今までとスケジュールは変わらない。できることは多くないのかもしれない。だけど。だからこそ、出ている練習に一生懸命取り組もう。それに一番集中しようと思っている。実際にリーグ戦でピッチ上で今までやってきたことを表現するのが自分じゃないとしても、そいつらのモチベーションとなり、苦しい時に一本のダッシュ、一歩のよせをさせる何かを生めるように。そしてなにより少しの機会でもチャンスを生かすために。
 
 とにかくこのチームを下に落とすわけにはいかないんだ。絶対。

 情けない、力がない。でも最後の意地を見ていてくれよ。去年よりいい順位で絶対一部残るぞ。

四年 榊原和洋

ア式にいること

オフ明けで急に気温が上がり、夏らしくなってきました。自分が入部してから早くも3ヶ月が経ち、時間の早さにただただ驚かされる毎日です。ここまでの三ヶ月を振り返りながら、今思う所を綴っていきたいと思います。
 
最近、よく思うのは、同期に恵まれたなってことです。これは、技術的な面でうまい選手が一杯いることもそうですし、それ以外の面でもそうです。例えば、ミーティング。自分の高校時代はミーティングが開かれたとしても、発言するのは会を仕切ってる奴と周辺の数人だけでした。しかし、ア式は違いました。元キャプテンが多いこともあって、みんな積極的に意見を言います。議論が白熱し過ぎて、掴み合いの寸前までいくこともあります。自分はこういう会の時は常に目立たない様にしてきたので、みんなが意見を言うっていう環境がとても新鮮で、戸惑う部分もあるけれど、これこそが部活のあるべき姿だな、とも思います。また、私生活の面でも同期の存在は大きいです。僕のクラスは真面目で人柄の良い人が多いのですが、何となく物足りなくなってしまうことがあります。もちろん、クラスにはある程度コミットしてるつもりですが、やはり、ア式部員といる時間の方が楽しいと感じます。やはり、大学に来てまでサッカーを部活でやるっていう人は一般人からしたら、ズレてる訳で、そういうズレてる人間同士気が合わない訳がないので、楽しいのだと思います。ただ、ア式のコミュニティに依存し過ぎて、他のコミュニティを切り捨ててしまうと、いつしか多様性がなくなって、いわゆるア式病になってしまうという、噂なので、その辺も意識して、ア式だけでなく、クラスを含め沢山のコミュニティにコミットして行けたらいいなと思います。

サッカー的な面で言うと、1年から4年までうまい選手が一杯いて、メンバーへの壁は非常に分厚いなと思います。そこそこ、ヤレるんじゃないかと思って入ってきて、周りの選手の上手さに面食らった4月から三ヶ月経って、遠慮がちなプレーは減ってきたと思うけれど、やはり、先輩とやる時は緊張して思う様なプレーが出来なかったりします。しかし、夏はサッカーにかけられる時間が今までより長くなり、頑張り方によっては能力を伸ばせる大きなチャンスです。いつまでも小僧でいるのではなく、チームを引っ張っていくくらいの気概で練習をして、公式戦に絡める様になりたいと思ってます。

いつか、ア式のメシアになりたい
一年 FW 山岐豪憲

2014年7月17日木曜日

危機感

2年になって、僕はア式のフィジカル面について考えるフィジカル班の1人になった。フィジカル班としての活動のおかげで普段行っているフィットやコンディショニングの意味などについての知識がつき、1年のころよりもよりフィジカルについて考えるようになった。自分はフィジカル面をまだまだ鍛えないといけないので、フィジカル班に入ったことを自分の成長のためにも活かしていきたい。


フィジカル班としての活動のなかで、それまで気づいていなかったことに気づいた。フィジカル班の上級生がどれほど真剣にア式のフィジカル面について考え、トレーナーの方と協力して少しでも選手のパフォーマンスを向上させようと苦心しているかということだ。選手が主体となってフィジカル面について考えるため、苦心はしているだろうと思っていたが、想像以上に真剣に取り組んでおり、特に今の4年生は練習前や練習後に何度も集まってミーティングを行ったり、本などを利用して積極的に知識を取り入れたり、新しいメニューを実際に自分たちで試してみたりしていて、おそらくかなりの時間と労力を犠牲にしてああでもないこうでもないと悩んできたのだと思う。そんな姿を見ていて、僕はこの1年間に自分ひとりの成長についてではなく、ア式全体の成長についてここまで真剣に悩んできただろうかと考え、このままではいけないと危機感を感じた。


それとは別に、選手としての危機感も感じる。ア式に入部してからのここまでの1年を振り返ると、DL入りと復帰を何度も繰り返していて、結果を何も残せていないどころか、結果を残すためのスタートラインにすら満足に立てていない。正直、入部するまではこんなにも何もできずに2年になるとは思っていなかった。選手であるからには結果を残さないといけない。情けないし、悔しい。


さらに、今のチームの状況についても危機感を感じる。前期は良い成績で折り返したとは言えない状況で、このままいくと厳しい結果で1年が終わってしまう。前期のような結果は絶対に繰り返しちゃいけないし、かなり勝ち続けないといけない。


これまでのままだといろいろなことが悪い結果で終わるような気がして、今はいろいろなことに危機感を感じる。しかし、危機感がなくなることも逆に危険なことではないかとも思う。今のままで大丈夫だ、と楽観的でいることは性格としては良いかもしれないが、結果が求められることについてはどんな状況でも危機感を持ち続けるべきだと思う。最近チームの中で、大きなことから小さなことまでいろいろなことを変えようとする動きがあるが、それは危機感の表れであるので悪いことではないと思う。危機感のおかげで良い結果が得られると信じて、また明日の練習に臨みたい。


来週の物性化学のテストにも危機感を感じてます
2年 DF 富山潤一


2014年7月14日月曜日

ベスト16の緊迫感たるや

ワールドカップはベスト16くらいの試合が一番面白かった
試合の組み合わせ上、格上(と言われている)のチームと格下のチームが対戦することが多い。格上で優勝を狙っているようなチームは当然こんなところで負けるわけにはいかないという意地があるし、格下のチームはこの試合を何が何でもものにしてやろう、世界を驚かせてやろうという気合があった。力の差を埋める気持ち、走り。見ている人を応援に掻き立てる魅力というのはこういうところから生まれるのだろう。結果的にすべての試合で下馬評の高かったチームが勝ちあがる結果となったが、8試合全て最後まで本当に緊迫感のある好ゲームだった。格下のチームはつぎの試合なんか見ずにその試合に最高のコンディションで挑む。優勝を目指しているチームにとってベスト8を目標としているチームとの戦いは難しいものであるというのももちろんあるが。
そこから先の試合は強いチーム同士のどちらが勝ってもおかしくない対戦。正直な感想としては試合自体の面白さは薄れたように感じた。ベスト16では格下は手を抜くことなく常にゴールを虎視眈々と狙っていたし、格上は格上でワンチャンス決められて負けるなんてことは許されないし、その後の試合を考えれば延長もよくないから最後までゴールを求めていた。比べてベスト8以上ではお互いリスクを負いにくい感じが伝わってきた。守備の堅さ、プレーの正確さ、判断の素早さ、を考えれば勉強することは多いとは思うのだが気持ちは動きにくかった。まだまだサッカーの真髄を知っていないからかもしれない。




知識を得ることで、何も知らなければ見ることができなかった景色を見ることができるようになる。まだまだ考えるということが足りていない自分は、さりげない本当にうまいプレーに気が付くことができなかったのかもしれない。それでもところどころの縦パスにすごさを感じたりできるようになったのは成長だろう。アンテナは広げれば広げるほど世界が面白くなる。絵画のことはよく知らないからピカソの絵のうまさはよくわからないが本当にもったいないことなのだろう。ほんの少しでも知れば見るポイントが多くなり学ぶことも多くなる。
逆に知れば知るほど自分との距離を感じることもあり、やればやるほど知る壁の高さに絶望することもあるだろう。それでも僕らは、知らずに過ごすなだらかな日々よりも、壁を知ったうえで挑むことを望んでいるからこそ東大にいて、ア式で過ごしているのだと思う。日本を代表する研究環境に身を置き同世代のトップ層と競いながら、ここに来なければ知ることのなかったかもしれない挫折を味わって初めて得る新しい知識。いまのところ僕らはノーベル賞受賞者に勝るとも劣らない道をたどっている。戦う必要のない天才とあえて戦う道を選んででも最高峰の知識を得ようとする意欲。サッカーも同じ。高校まででやめておけば味わうこともなかった挫折、苦しみ。上手くなろうとして練習して初めて感じる、上手い人との差。都一部リーグで戦っているからこそ知る勝つことの難しさ。これらの壁が高いことは、ア式の人なら否が応でも知ることとなるわけであるが、そこで戦うことを選んだ意欲。僕らには世界を面白くできる権利がある。


知れば知るほどに高くなる壁に挑んで世界を広げて面白くしたい。
壁は高ければ高いほど乗り越えたときに嬉しい。
チームも自分も挫折だけで終われない。壁を知って満足しているわけにはいかない、打ち破って初めて知れる世界の面白みがあることは知ってしまっているから。


キーパーの活躍が目につくことが多かったことで感じたのは、キーパーがうまいと試合が締まるんだなということ。下手なシュートが入らないならばいいシュートを打つしかない。素晴らしいシュートをたくさん見ることができたのはキーパーのおかげだろう。ありがとうノイアー、ありがとうエニュアマ、ありがとうオチョア。やれるぞ金瀬。






そろそろ進振りもあるので農学部の宣伝しておきます。
農学部?え?農業するの?はいっ違います。食との距離感が近く、人間と自然とのかかわりに根ざしてはいますが農業ではないです。
自然との関わり合いの学問であり、人間を中心に据えないのが農学部の最大の特色だと思います。
底点が低いからか、薬学部や工学部に行けなかった理2の選択肢のように思われている節もありますが、強みとしている分野が多少異なるだけでレベルはさして変わらないでしょう。
やりたいことがはっきりしていなかった(今もだけど)去年学科を選んだ根拠は雰囲気です。工学部のちょいブラックな雰囲気と違って農学部のほうが自分がやりたいことができると感じました。個人的な意見なので反論がある人もいるかもしれませんが。笑
同級生は選べないので結果論ですが、学科の雰囲気がよく、すごく楽しいです。真面目にお勧めします。




生命化学・工学専修3年
伊藤正人

2014年7月13日日曜日

タイトルむずっ

 最近一年向けの研修会に参加したり、Criacaoの丸山さんや阿部さんの話を聞かせてもらった。その時にアシキという組織を強く魅力的な集団にするために一人一人が運営面とサッカーのプレーとでどう役割を果たしていくのかが重要だと聞いて、いやーほんとにみんなかしこいわ〜〜〜すげーーー やっぱ考えてることがちがうなって思ったし自分も貢献しなければいけない。4年は一瞬で過ぎるし一日一日を大事にしていきます!
   昨日の富士急で寿命3年と諭吉がぶっとんだ
    1年 MF 矢崎 諒  

2014年7月11日金曜日

自己紹介と抱負


僕は勉強が得意だった。
周りの人には負ける気がしなかった
宮城県で一番の仙台二高にも、日本で一番の東京大学にも合格することができた


僕はサッカーが下手だった。
FCみやぎでは公式戦に出ることはなかったし
高校の試合でも大事な試合では足を引っ張ってばかりだった
背が高いのに活かせなかった、点は取れなかった



大学に入って、僕は勉強ができるとは言えなくなった。
進振りで行きたい学科に行けるかわからない


大学に入って、僕はサッカーがうまくなれるはずだ。
公式戦に出てチームを引っ張ってやる
ヘディングは絶対負けない、点を取る




二高の校訓は文武一道だけどこういう意味ではないです
1年 FW  箭川 展


2014年7月10日木曜日

幸せ

前期リーグ最終節の山学戦。

私は記録のため本部からの応援だった。山学は強敵だとずっと言われていたし、後半戦最後の1分切るまで1人でハラハラドキドキしながら試合を見つめていた。結果は、ア式の勝利。...勝ったんだ!!本当に本当に嬉しかった。
前期リーグ最終節という一つの区切りでもあり、部員一人一人に色々な思いがあるなか、この勝利がどれだけ大きいものだったか。どれだけ多くの人が笑顔になったか。一週間offに入った今でも、昨日の出来事のように感じてしまう。まだ歓びがおさまらない。おさまる気配もない。

少し話は変わるけれど、2年生になり徐々にベンチに入るようになった。予想以上に辛かった。90分間1人でベンチ入りするのがこんなにも苦しいものだとは正直思ってもみなかった。ピッチ外のベンチ側半面を走るだけでも簡単に息切れしてしまう。(私が運動不足なだけかもしれないが...)90分間あの広いピッチ内を駆け巡る選手は本当にすごい。風のようだし、いつもキラキラ輝いてる。そしていつもそわそわしている自分とは正反対にベンチ入りを坦々とこなすスタッフの先輩方。私も先輩方のようになりたい。


また話は戻るが、やっぱり勝つと気持ち良いものだ。
またこの気持ちを味わいたい!!
その為には、私も選手のように頑張らなければいけない。このままいつまでもウキウキしてはいけない。そろそろ気持ちを引き締めなければ。スタッフに出来ることはちっぽけなことかもしれないけれども、少なからず出来ることもあるはずだ。少しでも選手の力になれるように。


最後に本部の記録員として特等席で最素晴らしい試合を見れて幸せ者です。本当に有難うございました。


台風早く何処かにいってください。     2年スタッフ 鈴木 咲絵子

2014年7月5日土曜日

カープに学ぶ

私は広島で育った。家がホーム球場にとても近いこともあって、私は広島東洋カープファンだ。そのカープは少し前まで弱小球団として有名だった。じつに22年もの間、ペナントレースで優勝していない。
でも、最近のカープは違う。昨シーズンついに16年ぶりの上位3チーム入り(6チーム中)を果たし、今シーズンは6月まで首位で今も優勝を狙える位置にいる。カープは急に強くなったのだ。
 なぜカープは強くなったのだろうか?一般的に野球評論家が指摘する要因に、若手の台頭、そして去年上位3チームに入ったことによってついた自信がある。

野球とサッカー、競技は違うといえども共通する点はあると思う。これから東大ア式が勝っていこうとしたときに、カープの例は参考になるものかもしれない。
1年生である私はア式の中では若手といえるだろう。日ごろの練習で成果を積み上げていくことで自信をつけ、若手として台頭できるように頑張りたい。それがきっとチームの結果につながっていくだろう。


もちろん野球よりサッカーが好き
一年   宮嵜涼志

2014年7月4日金曜日

何をしたいのか。


最近ちょっと自分のサッカーが一個目のハードルを迎えている。やらなければいけないことはたくさんあるけど、まずはコンディションとフィジカル強化に気を使わないといけない。(今週は本当に迷惑をかけた)。
自分の立ち位置はよくわかっているつもりだし、かかっている期待が身の丈に合っていないと思ったことはない。今の現状は本当に嫌いだから、オフ明けは本当にいい状態で入って、着実にステップアップしないといけない。
今、本当に経験も浅く、へたくそ(ポテンシャルはあると思ってる)な自分をどなったり、アドバイスしてくれたりする先輩がいることが、自分にとって今一番大きな糧だと思う。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


自分が望んでいることはなんなのか、最近よく考える。本当にしたいことは何なのか。

自分には「それ」はよくわかっていると思う。

難しいのは「それ」がとても大きなものだから。どこから切り崩せばいいのか。「それ」を求めるにはいろんな選択肢があって、いろんなリスクがある。

簡単なのは「それ」がとてもシンプルだから。いったん回りだしたら、「それ」の車輪は止まらないし、終わりは無い。

悩む時間も必要だけど、走り出すときだと思う。燃料はいつも危機感。


みんなガツガツしてるからBは好き
一年 俣野泰佑


奮って奮って


僕は日々の練習で何か1つできるようになりたいプレーを決めて取り組むようにしてる。
例えば、11のディフェンスをしているときの姿勢とか体重のかけ方とか。
トラップするとき足のどこに当てれば1番いいかとか。トラップでいい位置にボールを置くということはチーム全体で言われていることだけど。自分の場合受けるときのボールの質(球筋)によって違うし、右足と左足とでも違う。
ドリブルするときの緩急とかその時のボールの置き方とか。
そいうことをだいたい1週間から2週間ぐらいかけて上達するというのが練習の楽しみの1つである。できることが1つ増えたような気がして充実した感じがある。

どうして今そういうことを書いているかというと、これがこの最近全然できていないから。焦る気持ちからなのか何なのかわからないけれど、チームとしてやろうとするところは練習出来ていても個人的なところは全くできていない。振り返ってみると自分が本当に4年分うまくなっているのか怪しい。1年生の時は余裕がなかったからか、がむしゃらに、とにかく何も考えてなかった。2年生から個人の目標にちゃんと取り組むようになった。ただ、毎日ではなかった。今も毎日ではないような気がするけど、それでも昔に比べたらましになった。

でも今はなんかそういう気分が乗らない。そういう時期なのかもしれない。今までのことなら、そういう時期ということにして時間に解決してもらうこともしていたけど、そうも言っていられない。焦っても駄目だし悠長であってもダメ。とにかくある部分では1年生のときみたいにならなければ。今週はそういう意気込みでいきます。

自分を奮い立たせるために書きました。

 

4年 菅

2014年7月3日木曜日

4年に1度

ぼくはサッカーを見るのも好きだけど野球を見るのも好きだ。なぜなら野球はほぼ毎日やってくれるので良い暇つぶしになるからだ。そしてサッカーも野球もない月曜日が一番嫌いだ。

だいたい週に一度しかない、というサッカーの欠点が無くなるお祭りがワールドカップである


ワールドカップはCLとかと比べてもレベルが少し落ちる、とか言われてるけど国の代表として戦っている選手はだいたいかっこいいし、格上相手に頑張っているチームを見るのは胸を打たれる

だけど結局は善戦したチームが最後に個の力だったりでねじ伏せられるのを何度も見た


サッカーは番狂わせが起きやすいスポーツではあるけれど、それでも番狂わせっていうのは簡単じゃないんだなって思う

息が詰まるような熱戦のターニングポイントっていうのはほんとに些細なものなんだろうけど、そこで勝利を手繰り寄せるのは偶然じゃないんだなあ、っていうのを最近ワールドカップを見ていて改めて感じた

その一方でこんな熱戦が続く中あっさり敗退してしまった日本代表チームはこれからどういうサッカーを志向するのか、すべきなのかという議論が巻き起こってるくらいなわけで、勝ちは偶然ではなくても、勝てるチームとはなんなのか、っていうのも難しいなあとしみじみ思うし、正解はなかなかないとおもう

さらに言えばプレーしてる間は無我夢中で考えてる余裕もあんまりないかもしれない

それでもみんなどうやったら勝てるのかを模索し続けるわけだし、その方法論を考えるのもサッカーの醍醐味で、楽しいところだと思う


毎週のように厳しい現実を突き付けられる中、接戦から勝利を手繰り寄せる為の試行錯誤を止めずに、ありきたりだけど一人ひとりが出来ることをしていかなきゃいけない

とりあえず今週末こそ


4年
日下暢之

今サッカーファンの間で最もあつい話題

T:あーあのことね
K:そうそれそれ
T:ワールドカップ?
K:違います

学校の夏休みは暑くて勉強にならないという理由から始まったのに、なんでサッカーには夏オフがないのか?

あつくね?絶対勉強よりつらいでしょ
でも夏は最も時間の余裕があるときの一つで、ばけるには最適なのはたしか

僕はいつも自分とコミュニケーションしている
今の手札での最大値は何を出せばあらわれるのか、と

怪我、疲れ、といった状態、また雨や酷暑といった環境だけでなく
最大値が近日中に現れてほしいのか、将来的に現れてほしいのか、目先の10円か、遠くの100円を目指すかで出す手札、やることは変わってくる

日中の暑い時間にサッカーをやる、走り込む
これは暑さに慣れる、暑くてもがんばれるようになる、というように夏場の試合には効果があらわれるかもしれない


でもうまさは?
うまさは神経系に直結する。
たしかに、試合では疲れた状態でうまさを発揮することが求められるが、疲れた状態では地のうまさの向上は出てこない。自分でフォームの崩れとかに気づく必要、マイナスをもとに戻す努力も必要になる
ただ、疲れたことに対する耐性もうまさなのかもしれない。地のうまさがなければ話にならないが

自主練は?
各自がピンポイントでやりたいこと、必要なことができるが、疲れすぎたら効果はうすれるし、やる気もそがれる。メニュー次第では練習前で 余力があっても妥協したくなる。時間に余裕のあるこの時期こそ必要なのに

怪我は?
筋温が常に高いので、怪我しにくい。心臓より筋肉や神経にくる瞬発系のトレーニングが効果的だったりするのか

では実際に体力という面からは、どうだろうか?
暑さによる余計な疲労の分、純粋に体力が増えるというところは出てこない、疲れに比例しないかもしれない。ただ夏場たたかうための体力、忍耐力は必要なので、そこらへんはしょうがない面もある

夏休みは、時間、きつさ、各々のやるべきこと、今をどの地点から見るか、の兼ね合いが大事

チームの方針、個人の思うところはそれぞれあり、専門家でないので、結局どうするべきかは正直分かりませんと言いたいところですが、押し付けて他人任せなのは嫌なので自分の立場をはっきりさせます


僕は自主練、主体性を重んじる派なので練習で追い込みすぎるのは反対
日中なら特に、限られた時間の中で、できるだけ試合形式のゲームの時間を増やして、そこで日々の成果、これからやるべきことを見つけ、暑さに対する耐性も磨きたい。どうしても走り込みたいなら、夜の比較的涼しい時間でやりたい。

以上暑さについてでした


週末の試合にでる権利は練習から               2年 FW 藤間光輝、