2014年8月31日日曜日

あたたたたたたたー!

 お前は既に死んでいる。そりゃそうだ。あんな修行をいっぱいしてきたやつに歯向かおうものなら、死あるのみ。勝負を挑んだ時点でもう勝負は決しているのだ、後はどんな技を使われようが大して変わらない。
 
 
 4年になってから(?)サッカーにおいて準備(特にオフザボールでの)って本当に大切だなと思うようになった。というか準備が一番大切な気がしてきた。病的と言っても差し支えがないくらいに’準備が大切信仰’に取り憑かれている。いや、それは言い過ぎたかもしれない。いくらでも大切そうなことはある。(かといって試合中にそれ程準備万端でも無いのだけれど、サッカーにはボールとかがあるから許してほしい。どうしてもボールの動きというのは気になってしまう。もっと大切なことを見落としてしまうこともあるのに関わらず。)

 事前に自分、自チームが有利な状況を作ってしまえば、後は相手もその状況に入って来るのを待って、その局面において勝てばいいだけ...なにせ有利な状況はもう作られているのだから。

 とても理想的だ。無敵というのも元々は「強すぎて敵がいない」という意味ではなく「敵を作らないから敵がいない。だから戦うことも無く、負けることも無い」という意味だったらしい。確か。多分。というか関係ないか上の話とは。

 とにかくしかし、勝つべくして勝つ、とはそういうことである。と、かの孫子さんも言っている。勝てる状況を作っといて、勝つのである。

 

 だからこそ準備が大切なのである。以上の話における’準備’はやや理想的に過ぎるかもしれない。しかし、ちょっとある考えが浮かんだので後少し辛抱してほしいです。



 というのはよくある「サッカーはピッチ上の11人でやるものだ」という話に対し(すみません自チームだけカウントしました)ちょっと異議を申したいのだ。もちろん試合においてプレーすることができるのはピッチ上の選手だけである。だが僕には、彼らはどちらかというと、試合にとどめを刺す係であるように思われる。要するに、試合を終わらせることができるのはその11人だけ、ということである。(どっかで聞いたことあるような)

 ではいつ試合は始まるのだろう?試合開始のホイッスルだろうか?
 
 いや、勝負は既に始まっているのだ。昨日から、一ヶ月前から、一年前から。まさに準備である。準備段階で優位に立っておくから、勝てるのだ。

 じゃあ誰が準備をしておくんだ!?スタメンの11人だけか?

 いやいや、部員全員が準備しているはずである。試合開始のホイッスルまでは誰がピッチに立つのか分からないのだから。


 つまり、サッカーの試合というものがその準備期間をも含めるとすると、サッカーの試合をすることができるのは、決してピッチ上の11人だけではないということだ。ただちょっと最後にチームの代表に雌雄を決してもらうだけである(ってそれが本当に大変なことなのだけれども)。そして自分がその代表となることもある。

 みんなオンザピッチなんだ。あらゆる試合において。そのことを忘れずにがんばろう。もう開幕だけれども...


 勝つべくして勝とう
 4年 八田良樹
 







みんな飛び込んでいますよ





以下のようなジョークをご存知だろうか。


ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。船長は乗客たちに速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示しなければならなかった。船長は、それぞれの外国人乗客に以下のように言った;


アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」


イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」


ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」


イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」


フランス人には「飛び込まないでください」


そして日本人には・・・「みんな飛び込んでいますよ」


実にそれぞれの特性をよく表したジョークだが、日本人については、まさに会社人間的な、周囲の人々に自らの振る舞いを過剰に合わせる行動パターンが風刺されている。この行動パターンは、「個」の独立を大切にする欧米人からすると不可思議な光景としてとらえられることが多いようだ。しかし、この性質のお蔭で日本人は集団行動に優れ、組織としての力に長けていると言えよう。


東大ア式の「ア」は何を指すかというとAssociationである。初めて聞いたときは、「ん?ア式があるならイ式もあるの?じゃあどれが本物のサッカー部かわからんじゃん」などと怪しんだ覚えがあるが、「ア」は実はこの部活の歴史を示す大事なアであった。19世紀中頃それまでバラバラだったfootballの規則を統一すべくロンドンでFootball Association(FA)が設立され、そこで制定された規則で行うFootballAssociation Footballと称した。Associationの頭文字A→アを取ってア式蹴球となり、1900年代初頭の日本ではこの呼び方が主流となった。(以上イヤーブックを参考にしました)


この話を知ったときは、「ほほう、ではこの部活が、サッカーというスポーツを輸入した日本の中での先駆者の一つだったのか、」とかなり感動したものだ。そんな部活に、「組織力を生かしたサッカー」ができないはずがない。それは、プレー面でも(例えば組織的な攻撃、とか)、部活運営面でも。


実は私は日本人に興味があって、高校で論文を書かされた時、「日本人ってどんな民族?」というテーマで、欲張って多分野にわたり調査を進め、30ページを上回る作品を提出した。冒頭のジョークもその論文の中で使ったものだが、とにかくあらゆる方面から日本人を見つめ、その中で当時から好きだったサッカーの面からも迫ってみた。そのとき、今思えばこじつけのようにして、「ワールドカップで日本がベスト16まで進出できたのは日本人の特性を生かして組織的な守備ができたら、チームワークが良かったから」などと記した覚えがある。日本人の特性を生かして組織的に、つまり組織の力をフル稼働させてサッカーをするとはどういうことか??テレビの試合観戦やNumberくらいしか考える材料を持っていなかったあの時の私にとってはどこか他人事で遠い世界の問題だったけれど、この部活に縁あって入部した今となっては身近なこととしてとらえることができる。そして組織が円滑に動いていくために必要とされる努力やその難しさも感じることができる。先日まで読んでいた小説に以下のような文があった。「組織という制約は時として彼をうんざりさせた。規則の数は増えることはあっても減ることはない。しかし自分が組織から離れては生きられないことを彼は知っていた。彼は一匹狼ではない。上から指示を与えられ、その通りに動くたくさんの歯車のうちのひとつに過ぎない」…そう、組織というものは面倒なこと困難なことがつきものだ。しかし、だからこそ歯車の一つである自分が組織の中で何ができるか日々考えることが求められる。この2か月ほどはア式にとって激動の時だった。世代交代の時期にまつわるミーティング、世代交代の実施、これらの過程を通して自分の役割というものを改めて考えさせられた。


部活のマネージャーとは、女子力が高くて可愛くて、水を「ハイっ♡」て渡すだけで、そこにいるだけで選手たちを癒せるような人だけがやるものだとばかり思っていた。空手部出身で時には上段蹴りをかましかねないような女子がサッカー部のマネージャーをやるなんて誰が想像し得るだろうか、いや、普通はできない。しかし、そんな人にもできることはあるんだとこの部活は教えてくれた。ここは東大ア式蹴球部の男子部。入学当初私がしようとしていたように(女子部の選手として)、サッカーのプレーヤーとして部活に貢献することはできない。スタッフとして部活に貢献することは、単純に練習してうまくなることよりも複雑で抽象的で、その分やはり考えなければ意味がない。と同時に工夫の余地はいくらでもあってどうしたら自分がもっと貢献できるかって考えたり実践したり誰かにそれを感謝されたり評価されるのは心地いい。でもそんな自分を客観的に見てああ私ってやっぱ日本人なんだな、と思う。After all, 日本人ってのはやっぱり組織の中で勤勉に働くようにできてて、それに喜びを感じちゃうのである。


高校の時日本人についてとことん調べて日本人のことはますます好きになった。だから、自分のことはあんまり好きじゃないけど日本人としての自分のことは結構好きです、多分。


 


改革を経て、ア式の組織力はパワーアップしているはず。そう信じて、秋季リーグ戦にいざ、出陣!


 


「単位より、彼氏より、情報が欲しい」


一年 スタッフ 情報弱者 松本彩伽


2014年8月30日土曜日

努力と結果

昨日、高校時代のクラスメイトが集う小規模な同窓会があった。

「るんるん久しぶり〜」
集合場所に着くと、すでに何人かが集まっていて、声をかけられた。
『るんるん』という変なあだ名をつけられ、頭を抱えた日々が蘇る。今となってはいい思い出だ。テディベアと呼ばれた時代もあったな。

「東大でサッカーやってるんでしょ!?」
「うん」
「東大のサッカー部って強いの?」



昨日に限らず、この質問は何度もされた。外にいる人間から見たら、東大ア式はどう映るのだろうか。
集団の外にいる人がその集団を見る時、何を最重要視するだろう。
それは、その集団が残した「結果」だと思う。
努力をすることはもちろん大事だが、結果が伴わなければ意味がない。勝負の世界では、結果が全て。
これは集団についてだけでなく、個人についても言えることだと思う。
良いプレーをしたか。そうでなかったか。
最も意味がないのは、不本意な結果に対して言い訳をすること。
風が強く吹く日は、風に打ち勝つボールを蹴れば良い。
雨が降っている日は、滑ったボールの行方を正確に予測すれば良い。
環境のせいにしているようでは、成長できない。
以上のことは本当に当たり前のことだが、自分にもう一度問いただしたい。口に出すことはしなくても、心のどこかで、ほんの少しでも他の何かのせいにしてないだろうか。


さて、後期リーグはいよいよ明日開幕。何としてでも結果がほしい。中断期間にやってきた努力が本物であったことを証明したい。

「東大のサッカー部って強いの?」
と聞かれたら、確かな結果をもとに、自信をもって「強い」と言えるような、そんな集団へ。明日を第一歩にするために、チーム全員で臨む。

拙い文章で申し訳ないです。
1年 MF    工藤 航







2014年8月29日金曜日

そろそろ人生の折り返し地点らしい

もう二回目の投稿をすることになりました。一回目の投稿をしたとき、部員がこんなにいたらしばらく回ってこないな~とか思ってたのに、気づいたらそれから4カ月近く経ってました。入部してから時間が過ぎるのがどんどん速くなっている気がします。

心理的に感じる時間の長さについて、少し興味深い説があります。それはフランスのポール・ジャネーという学者によるものです。彼の法則によると「生涯のある時期における時間の心理的長さは、年齢の逆数に比例する」のだそうです。つまり、50歳の人が感じる一年の長さは、1歳の人のとっての50分の1年だということです。これに従って計算すると、タイトルにもありますが、人生の折り返し地点はだいたい19歳ということになるわけです。

この考え方の根拠になっているのは、年をとるにつれ、毎日の出来事の新鮮さが減っていくことだと言われてます。子供の頃は生活のすべてが初めてのことで、一つ一つの体験が新鮮です。それに比べて、年をとると毎日の生活に新鮮味がなくなり、単調になって、半ばルーティンワークのようになってしまいます。つまり、振り返ったときに、思い出される出来事や記憶がどんどん少なくなってしまうわけです。確かに小学生のころ、1年が今よりずっと長かったような覚えがあります。

つまりですよ、これからのア式生活はまだまだあるなとか思っている特に一年生(おれもそうです…)、これからのア式生活があと3年以上もあるんだとそのまま考えられないわけです。今までの4カ月は入りたてということで日々新鮮でしたが、これからはそうはいきません。放っておくとどんどんルーティンワークになって、気づいたら卒部ということになってしまいます。

これは仕方ないことでしょうか?いやそんなことはないでしょう。(なんかイカサマ講師みたいですね笑)つまり、日々の練習でただ受動的にこなすのではなく、自ら能動的に考えて、新しいことに挑戦すれば、日々新しい体験ができるでしょう。これは、当然部活だけに限りません。そうすれば、時間の長さを相対的に長くできるわけです。ア式生活が気づいたら終わってしまった、そんな風にならないために、今から挑戦したい。

文章下手でごめんなさい。


中西さんが呼ばれているのを聞くと、たまに反応しちゃいます。
1年 FW 北西純也







僕のともだち

サッカー選手にとって、個として大事なものはなんだろうか。
スピード、パワー、スタミナ、タカサ、バネ、アジリティ、ボディバランス、テクニック、メンタルとまあ挙げたらキリがない。しかし、サッカーにおいて、これらの要素は大事ではあるが、欠けてるから戦えないということはない。プロにも、足が遅い選手や、体が弱い選手は五万といる。

「でもさスピードとかさ、あればあるほどよくね?」と坂本君は言う。当たり前だ。彼はよく当たり前のことを何食わぬ顔で言う。そういう人間だ。

僕がその中でも大事だと思うのは3つだ。スピード、パワー、テクニック。理由は特にない。圧倒的なスピードでディフェンスを置き去りにするロッペンをかっこいいと思うし、ディフェンスを欺くテクニックで観客を魅了する藤間光輝は見ていて面白いし、髪の全てを左側に寄せてゴリラみたいな肉体で球際を圧倒するパワーバカの花嶋陽をかっこいいとは思わないけど、まあこの3つが大事なのだろうと思う。

僕は高校時代からサッカーにおいて悩まされてきたことが2つある。
まず1つ目は足が遅いことだ。
恥ずかしい話、高校3年生の時「50m走7.75秒」という驚異的な記録を残した。大学生になって、夢にまで見た6秒代(6.99)を叩き出したが、みんなはもっと早かった。依然として、スピード系のフィットでは遅れをとっている。ディフェンスをスピードでぶっちぎりたいと憧憬し、右サイドを切り裂く沢登のスピードを日々羨望している。

「沢登の方が足速いし、上手くね?やまけん」と僕は彼に聞く。
「うーん、俺の方がすごくね?」と松田君は答えてから
「誰がやまけんじゃぁぁぁぁいい!!!!!」と言ってくる。非常にうるさい。困った男である。
正直、やまけんとまつけん、周さんと元くらい分かんない。

次にフィジカルが弱いことだ。ここでいうフィジカルは身体能力とパワーのことを指す。身長も高くないし、ジャンプ力があるわけでもない。さらに、肩幅は肩パットを入れてるとよく誤解されることが多いくらい広いが、線は細く、五分五分の球際で当たり負けをしてしまう。筋トレに精を出してはいるが、中々計画的に出来ず、東京都1部リーグで通用するレベルには届いていない。

「でもさ、筋トレすれば、筋肉つくからフィジカルあがんね?」と坂本君は言う。当たり前だ。でもフィジカルについてはそう簡単な問題じゃない。彼には分からないのだろう。

「でもあれじゃね?俺って足速くね?」と松田君は言う。彼の言ってることはよく分からないことが多い。

誰にだってコンプレックスはある。けど、それを受け入れて、今の自分の持ってるカードで戦うしかないのだ。そして、試合でその持ってるカードの120%を引き出す。
スピードがなくても、120%の集中力でボールの落ちるところを予測して反応すればセカンドボールを制することができる。
フィジカルが弱くても、120%の力で体をぶつけにいけば、球際を制することができる。


2日後、秋季が開幕する。

「初戦の東経に勝ったら、めっちゃよくね?」と坂本君は言う。当たり前だ。

「ってか、東経に勝てばいいんじゃね?」と松田君は言う。うい。


僕のともだちの坂本君と松田君が勝利を渇望しているようなので、僕も東経戦頑張ることにする。




ちょっとすべっちゃったかな?
3年 MF 中西大貴

2014年8月28日木曜日

いまオレ、ポジティブだぜ

 ついこの間免許とってバイトに受かって進振りが終わって最近プライベートでの充実が半端ねぇが蛭田には敵わねぇでおなじみのフウです。   

 さて夏休みも中盤に入ったわけですが、バイトもつい昨日までやってなかったわけで練習以外の時間は本読んだりDVD借りて映画みたりしていたわけです。特に映画に関しては自他ともに認めるア式2年きっての映画通ということもあってほぼ1日1本ペースで見てます。まあ1日1本はちょっと盛ってます。つい先日も1人でふらっと日本橋のTOHOシネマズに行ってトランスフォーマーみました。日本橋のTOHOシネマズきれいで洗練されてます。黄昏時の日本橋のあたりきれいで洗練されてます。月曜日の夕方にトランスフォーマー見る人日本橋のあたりには全然いません。様々な要因が重なり合ってとても心地よい映画鑑賞でした。ちなみに今回のトランスフォーマーの3Dは今までみた3Dのなかでは1番よかったです。興味のある方はぜひ。


  話を戻すとぼくは映画がすきです。中高の頃はミステリーやらアクションやらロードオブザリングやらハリーポッターやらを好んでみてましたが、高校生の終わりから大学1年の冬にかけてはコメディーやラブコメディーに嗜好が変わり、そこから今に至るまではヒューマンドラマや戦争ものなどいわゆる泣ける映画を求めるようになりました。人はたまに泣くと体にいいという話もあるし映画みて感動して泣きたいと思っているわけですが、名作と言われ、「泣ける映画」で検索すればかならず出てくるような映画をみても全然泣けないのです。全く泣けない映画もあるわけですが感動したし泣きたいけど涙が出て来ないという映画もたくさんありました。人生経験が浅いのかもしれません。そんなわけで今は日々泣けそうな映画探してます。泣いてしまうポイントやテーマみたいのは人様々でバッグサウンドもかなり泣けるか泣けないのかのウェイトを占める要素なわけで、様々な要素が組み合わさって始めて人は泣くわけでその奇跡的な組み合わせを日々探してるわけです。ということで今まで泣いた映画があったら教えてください。ちなみにぼくは「遠い空の向こうに(原題:October Sky)」で2粒くらい涙が出ました。泣けます。
 
 何はともあれ今週リーグ戦再開ですね。オフィシャル面での最重要局面ですね間違いなく。とはいっても直接試合に関われる可能性が低い人が大多数なわけで全員が試合に出る人と同じ気持ちや気迫で日曜日に臨むのは大きな組織になればなるほど難しい。しかしそうできるのが理想でありそうあらねば強いチームにはなり得ないはずだとは思う。去年BチームにあがってはCチームに落ちてB、Cを行き来していた。週末のリーグ戦はもちろん勝って欲しかったし負ければもったいないな、やばいなとは思って応援もしていたけど自分が普段やっている練習や試合がAチームのリーグ戦に影響を及ぼすことが実感、いや想像すらできなかった。まるで自分とは別のすごい馴染みの深いチームを応援しているような感覚だった。組織がもっと小さくまとまっていればそんな人はでなくなるしチームはまとまりやすい。そういう意味で去年の前期の終わりに持ち上がった部員削減の案は一つの解決方法だし、今年から始まった新入部員の面接もチームの統制をはかれるようにということだろう。でも部員が多く組織が大きいということはうまくまとまれればそれだけ発揮されるチームの力は大きくすさまじいと信じている。サッカーのプレーに影響するのはフィジカルコンディションだけじゃないのはサッカーを何年もやっていれば誰だって実感しているはずだ。メンタルコンディションだってチームの雰囲気だって大きく影響する。リーグ戦を前にもう一度自分とチームについて考えてみましょう。


 そんなわけでア式部員にモチベアップ映画を紹介します。ぼくの充実度半端ねぇプライベートを還元します。ご存知の方も多いかもしれませんが「タイタンズを忘れない」という映画です。そんな新しい映画ではないです。この話は事実に基づいて作られたはなしで、アメリカの高校を舞台として人種問題を抱えたアメフトのチームが描かれています。細かいことを書いてしまうと見るときの楽しみがなくなってしまうのであまり内容にはふれませんが、大まかにいうとチームという組織のあり方と結果を出せば報われる(逆に出せなければ報われない)みたいなことが感じられました(もちろん人種問題も大きなテーマですがここでは関係ないので言及しません)。この映画を見た直後あつくなれない人はたぶんいません。サッカーをすることによる機会損失を考えるのも大事ですが、真剣にサッカーに打ち込んで結果を出すことがどれだけの価値を持っているかを思い出させてくれます。ポジティブになれます。この投稿が木曜日の夜なので厳しいかもしれませんがいまいちモチベーションがあがってない部員の人は金土で借りてみてください。見てくれないとこのfeelingsはほぼ無価値です。見てくれればぼくの言いたいことがはっきりわかると思います。見てくれることを願ってます。日曜日に全員で勝利を手にしましょう。負けたら何も残りません。勝ちましょう。


「泣ける」映画大募集中    二年 符 毅修

2014年8月27日水曜日

 投稿が非常に遅くなってしまい申し訳ありません。(本来は月曜日に投稿するはずでした…)しかも書くネタがまったく思いつきません。なので、ある先輩のアドバイス通り、最近食べたものについて書こうと思います。
 私が最近食べておいしかったもの、それはずばり「広島風お好み焼き」です。(こいつまた広島の話をするんかい、と思った方申し訳ありません。)先日、下北沢のとあるお好み焼き店で食べてきました。深夜のグルメ番組「孤独のグルメ」で取り上げられたこともあるお店だそうで、広島風お好み焼きの上にホタテやエビがごろりとのっているものを注文しました。とてもおいしかったです‼久しぶりに故郷の味を楽しむことができました。
 こんなことをいうと関西出身の方に怒られそうですが、私としてはやはりお好み焼きにはそばが入っていないと、と思います。そばが入っていることで一枚食べれば十分満足できるし、これまた広島風ならではですが大量にキャベツが入っていることで野菜も摂取できる。やはり広島風お好み焼きはいいなあ…と考えているといつごろからこのような形態になったのか気になってきたので調べてみました。諸説あるようですが、当初はキャベツではなくネギが入れられていて、そばは最初から入れられていたわけではなく、昭和30年代にインスタントラーメンの影響で入れるようになったそうです。そしてなんと、当初はウスターソースが使われていて、広島風お好み焼きの変遷とともに生地や具材に合うようにソースが改良され、今のようなお好みソースができあがったのだとか。今のような形になるまでには様々な工夫と時代背景があったのだなあ、と一人でしみじみしていました。
 ついでなのでその他にも広島の食べ物の紹介をします。おみやげの定番といえば、やはり皆さんご存知もみじ饅頭ですね。今では中身が餡子だけでなく、抹茶やチョコレート、カスタードクリームなど色々な種類があります。私のおすすめはチーズです。最近ではもみじ饅頭に衣をつけて揚げた"揚げもみじ"や、もちもちした食感の"生もみじ"も人気です。広島で生産が盛んな食べ物で有名なものはやはり牡蠣でしょうか。あまり有名ではありませんがレモンの生産も盛んです。最近ではレモンを使ったお土産も増えています。おそらく広島でしかお目にかかれない"広島菜漬け"という漬物は白ご飯のおともにぴったりです。
 このように広島にはおいしいものがたくさんあります。お城や二つの世界遺産など観光名所もあります。最近はテレビで悲しいニュースしか流れていませんが、広島は本当にいいところです。みなさんぜひ遊びに来て、広島風お好み焼きを味わってください‼

土砂災害で亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災地の一日も早い復興を願って。
女子部一年 大坪 佳夏子

2014年8月25日月曜日

あと一週間



京大戦が終わって二日間のオフをはさみ、スタッフも合宿から代替わり。

夏のグラウンドは、すぐに水が減り、すぐぬるくなり…おまけに氷が足りないなんて日もある。(氷を作ってきてくれた選手ありがとうございます!!)1年で一番グランド業務が大変な時。あと手が三つくらい欲しい…なんて思ったりもする(笑)
そんな中での代替わり。やることがたくさんあって毎日が目まぐるしい。本当に。



今週の日曜日に後期リーグが開幕する。
絶対に勝ってほしい。というよりも、勝たないと…!!

【勝利】に直接貢献できないけど、でも公式戦に向けての準備、当日の仕事にミスはあってはならない。前期リーグのようなことは二度と繰り返していけない。前期リーグ中、負けたことも悔しかったけど、私としては準備に不備があったことが本当に申し訳なくて、悔しくて、情けなかった。あの日、改めて思ったのは、勝利に直接貢献できなくても、スタッフがやっている仕事は勝つためには重要なお仕事だってこと。張り番、選手登録、選手証、公式記録、本部運営、試合の速報…ビデオ撮影だって後で選手が試合を見直すものであるから上手くとることも大切。

世間ではマネージャーっていうと雑用のイメージが大きいらしいけど。全く違う。
周りにはマネージャーやっているというと華やかだねって言われるけど。それも違うと思う。
大学生にもなって…しかも私は東大生でもなく、他大学だけど。私はマネージャーの仕事に責任と誇りをもって取り組んでいるつもり。これからもそう取り組んでいきたい。


「なんでマネージャーしてるの?しかも他大で。」
なんてことはよく言われるけど。それなら一度グランドに足を運んでほしい。
なにかに真剣に打ち込んでいる姿は、本気というものは、人の心を動かすものだ。


グランドで本気でプレーしている選手にスタッフは動かされていると思う。選手が頑張っているから自分も頑張んないとって。
それなら、その逆もあるのかな…?その逆もあり得るように努力をしよう。


文才皆みたいにないから、何を書いたらいいか、どう書いたらいいかわかんなくて時間だけどんどん過ぎちゃったけど。今私が思うことはこんなこと。




4年生の引退は無駄にできない。
代替わりして体制はかわったけど、中身が、私たちが変わらないと何も変わらないから。
開幕まで一週間…勝つために、スタッフ全員で最高の準備を!
3年スタッフ 布施明日香

奇遇

昨日見た奇妙な夢をインスピレーションに書いてみました。

 僕は必死に密林を駆け抜けようとしていた。ただひたすら、無心に走っていた。何から逃げるわけでもなく、何かへ向かうわけでもなく。
 気がつけば開放的な空間にいた。前方には視野に入りきらないほどの広く美しい湖が広がっていた。そびえ立つ木々の隙間から射し込んだ一本の光線が、湖を柔らかく包み込んでいた。その光は水の中の何かに反射し、無数のダイヤモンドのように幻想的な輝きを放っていた。その空間はまるで絵のように静止しているかのようだったが、ある方向から水面にできる細かい波が僕の目に止まった。
 おそるおそるその波動を辿ると、そこには見たことのない奇妙な生物が気持ちよさそうに、日向ぼっこしていた。湖の真ん中に堂々と立っていたその生き物の姿は凛々しく見ている者に清々しい印象を与えた。また、その生き物は銅像と間違えてしまうほどびくとも動かず、顔を上に向けた状態で暖かい太陽の光を浴びていた。
 その見た目はなんとも言えないものだった。きりんの首を山羊の体に植え付けたような体形で、額からは象牙のような立派な角が突き出ていた。体中に美しいプラチナ色の毛が生えていて,水に浮かせた毛深い尾っぽが時折波を打っていた。僕の見た波もそのせいだったのだろう。毛深い体のところどころにできたハゲはきっと深い傷を負ったせいであろう。そこに生きた長い歳月が感じられた。ぎっしり生えた体毛は首元までで、長い首の途中には奇妙に盛り上がった出っ張りがあり、まるで人間の喉仏に似ていた。その首は異常なほど長かったが、不気味なぐらい人間の首に似ていた。僕がその生き物に近づくにつれ 、その肌もどんどんと人間らしいものに変わっていくように見えた。
 そして次に見たものは、ぼくの肝を震わせ、背筋を凍らせた。その長い首の先にあったのは、なんと人間の顔だった。それも、やや老けた中年のおじさんの顔だ。顔の皮膚は全体的に垂れ下がっており、顔面シミとほくろで覆われていた。垂れた目とまゆげは弧を描き、一見優しく微笑んでいるかのように見えたが、その深い瞳の中に途方もない深い悲しみをのぞかせていた。微笑みの表情の裏にあった哀しみの背景がなぜかぼくには伝わった。なぜなら、あれはただのおじさんの顔ではなかったから。ぼくにしかわからない顔だったから。紛れもなく、ぼくの亡き祖父の顔だったから。
 その瞬間、ぼくは猛烈に嫌な予感がした。アレルギー反応を起こした体が異物をとっさに吐き出さそうとするようにその感情は涌き上がった。次にめまいと激しい吐き気が体を襲った。足も竦んで、まともに立つことすらできなくなった。しかしこれをなんとか写真に収めなければ。意識が薄れる中、首にかけられた一眼レフを手に取った。急いでカメラを顔に当て、レンズをフォーカスした。そしてファインダーの先には...まだその生き物はいた 。さあ、あとはシャッターを押すだけ。だが指先になぜか力が入らなかった。どれだけ脳から指示を送っても、指はピクリとも動かなかった。
 そう必死にもがいていると、突然その生き物は背中を丸め、穴の空いた風船の様に縮み始めた。数秒のうちに新しく二本の長い腕と脚を生やし、小さいカエルへと変貌した。そして、ほんのわずかではあったが、こちらの方に顔を向け、微笑んだように見えた。それに気づいたぼくはとっさにカメラを顔から下ろしたが、カエルはもう湖の中へと消えていた。何もできないままに残されたぼくは、しんとした湖の静けさに再び包まれた。

そういえば先週、祖父の命日だった。夢で再び会えたのもそのせいだろうか。奇遇だ。


シェアハウス探してます。
1年  DL  河野勇介

2014年8月22日金曜日

感謝

つい最近まで終戦記念日のニュースがよく流れていた。
その中で、武道館にて行われた式典についての報道が最も印象に残ったので、その事について書こうと思う。

武道館で行われる終戦記念式典は戦後毎年行われてきたらしい。
年々参列者における高齢者の割合が増え、今年は参加者の4分の3が高齢者であったと報道されていた。
その中で最年長参列者(たしか101歳)の方が涙しながら「平和になって本当に良かった。」との一言を残していた。
この言葉を聞いた瞬間は、確かにそうだなと思いながらも、あまり気に留めなかったが、よくよく考えると、終戦から70年近く経った今でも涙ながらもそういった言葉を残すことから、いかに戦争が苦しかったものかが窺える。

これを考えた時、少し話は変わるが、今自分の置かれている状況がどれほど恵まれたものであるかを思った。
一週間に6日もサッカーがなに不自由なく、東京のど真ん中にある人工芝で出来、必ず試合に出ることが出来、御殿下のジムなど、最高の設備が整っている。
果たしてこの環境は当たり前なのか?
受験をくぐり抜けたから、当然なのか?
それは絶対に違う。

ア式に入部して、四ヶ月程経ち、少し環境に慣れすぎてしまったのかもしれない。
この環境が様々な人のサポートによって成り立っていることを忘れず、日々感謝の気持ちを忘れず、この環境を最大限に活かしていかなければならないと、今更恥ずかしながらも痛感した。


3年生までに花嶋さんレベルのフィジカルを手に入れてみせます。
1年 尾上 尚太郎

2014年8月21日木曜日

早起き




 去年の春。朝目覚めると、時計は9時を指していた。6時にセットした大音量目覚ましを枕もとにおいていたのに。9時半熊谷集合は絶望的だった。入部早々遅刻してしまった。次の日、もうひとつ大音量目覚ましを買った。

 今年の春。朝目覚めると、時計は8時を指していた。4時半にセットした大音量目覚ましを2つ枕もとに置いておいたのに。5時半からのアルバイトに間に合うのは絶望的というか不可能だった。入社早々遅刻してしまった。もう大音量目覚ましを買い足すのはやめた。

 この夏。朝目覚めると、時計はだいたい4時25分を指している。4時半にセットした2つの目覚ましはまだ鳴っていない。寝ていると目覚ましの音に気づけない自分が寝坊しないためには、4時半起きを当たり前にするしかない。

 自分にとっての当たり前は意識しないと気づきにくい。8時や9時に起きるのが当たり前だった1年前を考えると4時半起きしようなんて思いつきもしないだろう。(より早く起きることが良いという訳ではないけれど)自分が甘んじている当たり前に気づいてその基準を高めていくことが、生活習慣でも人間関係でもサッカーでも勉強でも今より高いレベルを目指すには必要だと、(遅刻への恐怖を通して)身をもって感じた。これからはもっともっと当たり前の基準を見つめ直していきたい。

 

Feelingsは書こうとすると思ったより時間がかかってしまって睡眠時間が削られがちなのですが今日はそうならなくて嬉しいです。
                             2年 MF 蛭田龍之介


2014年8月19日火曜日

ラストフィーリングス

高校の世界史の先生が昔授業の雑談で傭兵の話をしたことがある。傭兵を雇うというのは古代、中世において国が衰退するパターンの1つであったそうだ。

A民族が建国したA国があるとすると、国ができた最初の頃軍はA民族で構成されるが、国が栄え生活が潤い出すとA民族は自分が戦争に行くのが嫌になり傭兵を雇って戦争に行かせるようになる。傭兵は金で雇われているだけなので、戦いの技術には優れていても国家に対する忠誠心や愛着、団結力がなく、形勢が悪くなると退却してしまうことが多いという。A国を倒そうと団結して臨んで戦いを挑んでくる他国あるいは他民族が多少武器や戦術で劣っていたとしても、勢いや団結力で押し切ってそのまま国を倒してしまうということも多かったそうだ。

戦争で勝つという目的を果たすためには、傭兵のように戦いの技術、ノウハウを持っているだけでは十分ではなく、勝たなければならないという使命感を持たなければならないのだろう。結局優れた武器や戦術は手段でしかない、銃を持った傭兵に国に残してきた家族を守りたいと死にもの狂いで向かっていく短剣を持った兵士が勝つこともあるのだ。

サッカーでも大きく変わることはないように思う。上手いけどゴール前で体を投げださないFWより足元はそんなになくてもゴール前に勢いよく飛び込んでくるFWの方が、ポゼッションは優れているがあまりシュートを打ってこないチームよりポゼッションはあまりないけど縦に速く泥臭くゴールを狙ってくるチームの方が怖い。現実に後者が勝つことが多い。

戦術とか技術は言うまでもなく大事。でも、それは勝つための手段でしかない、どんなに優れたものを持っていても戦う気持ちがないと技術は発揮できないし、戦術は遂行できない。

兵士に例えれば満身創痍の老いぼれ兵士かもしれない、でも最後の二ヶ月必死にやる、勝つために。



4年 DF 卓間 昭憲

金瀬、早く復帰しろよ!

 まず始めに、代替わり早々に1週間も離脱することになってしまい、すいませんでした。今後の行動で取り返していくつもりなのでよろしくお願いします。



 さて今回のfeelingsなのですが、正直書く内容に困っていました。今まではチームにとってマイナスかなとかは考えず、書きたいことを書いていたのですが、今後は立場もあるしなんて考えていたらよく分からなくなっていました。でも折角のfeelingsだし、僕の言うべきことは添田さんのfeelingsや体制変更以降幾度となく言ってきているので、今回も僕個人として考えていることを書いていこうと思います。もちろん金瀬は関係ありません。


 ここまではかさましのための前置き。やっと本題です。今回は勝者のメンタリティについて考えていきたいと思います。勝者のメンタリティとかで検索すれば「勝者は・・・、敗者は・・・。」「モウリーニョやグアルディオラは・・・。」等あほみたいに沢山出てきましたが、僕は啓発本やら成功した人の体験談やらはあまり好きではないので自分の経験と照らし合わせて考えていきます。だからこれを読んでくださってる方々も自分なりの勝者のメンタリティを探してみてください。
 


 今とは様々な面で条件(相手のレベル、練習試合の数、主要大会は負けたら終わり)が違いますが、チームメートに恵まれたこともあって幼稚園から始めたサッカー人生で高校生まではあまり試合に負けるという経験をしてきませんでした。そういうこともあってか、試合を「勝ちたい!」とか「勝てるかな?」とかではなく、「試合って勝つものなんだ」と捉えていた節がありました。要するに、試合という行為の結果として得られるものの選択肢が普通なら「勝利」「敗北」の二択であるはずなのに「勝利」という一択しかなかったということです。だからこそ試合に負けた後は故障したロボットのごとく、僕の世界に不都合、もっと言ってしまえば受け入れることのできない不条理が生じたことになり、少なからずの動揺と困惑をもたらしていました。


 プロでもなく、ましてや東都一部で勝ててないくせに、なに訳わからないことを偉そうに語りやがってと思っていることでしょう。そこで勉強で同じことを考えてみてください。もちろん「受かったらいいな」って思っていたら東大に受かった人もいるでしょうが、「俺、受かる以外考えられないわ」って思って受かった人もいると思います。この後者の人のメンタリティのことを言っているのです。そしてこれこそが僕は勝者のメンタリティだと考えます。


 次に、この僕版「勝者のメンタリティ」とやらがどのように養われるのかを考えます。「それは他人の何倍も何十倍も努力して、その努力に対してこれだけやってきたのだからという心の中での根拠が芽生え、成功体験を通じて自信へと昇華し、これの繰り返しが勝者のメンタリティを生むのだと思います。」なんていうのはあたりまえすぎてつまらないですね。もちろんこの考えは悪いものではないし、むしろ正論だと思います。僕そしてア式部員の場合、勉強に関するところで述べたメンタリティがこのパターンで養われたのではないでしょうか。自分で言うのもなんですが僕たちは同世代の人たちと比べて結構な時間・労力をかけて勉強してきたと思います。


 僕が興味をもっているのは、サッカーのことでなぜこのメンタリティが生じているのかです。確かに努力はしたけれども、他人に圧倒的に勝る努力だという自信はないし、選手権優勝なんていう成功体験を繰り返しているわけでもない。それで考えてみたら、「サッカーにおけるこのメンタリティを生み出しているものはこれだ」というものがほんとになんもなかったです。いいかえれば、ただただ「勘違い」していたんです。客観的に見たら(ここでは「サッカーで生きているような人たちから見たら」と考えてもらえればわかりやすいと思います。)そこまでの努力もその努力を貫く意志もないのに、自分を納得させるだけの努力と情熱から身勝手な自信が生じ、環境や条件のおかげで勝てているのに「自分は勝つものなんだ」っていつの間にか強烈に勘違いしていたのだと思います。こういう言い方はあれですけど、わかりづらければセンター試験で半分とかの得点率のくせに東大に受かることを信じてやまない人を想像してください。まさにこの人だったのです。


 でも、僕はこの(エセ)勝者のメンタリティについても悪いとは全く思わないです。このメンタリティのおかげで僕よりも何倍も努力してきて何倍もうまい選手と対峙したとしても、「俺がこんなやつ止められないわけないっしょ」って勘違いして怖気づくことなくプレーできるし、まぐれで一回でも止めてしまえば根拠のない自信が倍増して、本来の自分以上の力だってひきだせると思います。「勘違いは人間を動かす最大の動力」とかいう言葉は本当なのかもしれません。







 大学に入ってから負けることが多くなった。エセ勝者のメンタリティですら時には薄れてしまっているような気がする。負けた時の反動が怖かったのかもしれない。まあ過去の話はどうでもいい。


 まもなく後期開幕。絶対に負けられない戦いが続く。なんでもいいから勝者にならなければならない。相手は俺らが勉強していた間もサッカーをし、サッカーで生きていくことも本気で考えている奴ら。俺は中途半端な努力・意志から芽生えた、圧倒的・盲目的自信すなわち勘違いを武器に闘う。


 まず開幕戦絶対に勝とう。それで「試合って俺らが勝つもんなんだな」って勘違いして(少なくとも俺はする)、エセ勝者のメンタリティの好循環にはまっていこう。


 とまあ、わけわかんないことたくさん並べてみました。冗長な文章ですいません。



 普段は誠実・低姿勢・博愛がモットーの副将 
     近松 岳洋






 
 
  
 

後悔はしたくない

オフ明けに突然告げられた体制変更により、8月3日の京大戦をもって、8人の同期が引退した。


大きな決断を迫られた。


すぐに決断できたわけではなかった。
ギリギリまで本当に迷った。

私が残ることがどうプラスになるのか、4年がいたら下級生の成長する機会を失ってしまうのではないか、3年はやりにくさを感じないだろうか、、

でも、
4年だから、幹部代を経験したから、だからこそ私にできることがあるのではないか。


だから私は、残ることに決めました。



あっという間に4年目。
最後の後期リーグが開幕目前。


この決断が間違っていなかったと思える2ヶ月半にする。



毎回毎回書くことに困りながら書いていたフィーリングスもあと1回となったので、書きたいことは全部最後の投稿のときに書くことにします。

4年スタッフ 増田瑛理

持久力

持久力が無い。

これは中学・高校と避け続けてきた課題だ。中学・高校は練習量も多くなかったし、走らなくてもレギュラーを奪われるということもなかったから走れないことを自覚しつつもその課題を克服しようと努力することは無かった。スピードやパワーといった部分で周りに勝てればそれでいい、持久力で勝てなくても仕方がないと思っていた。

だが、ア式に入ってその考え方が甘かったとようやく分かった。週6日の練習で足は悲鳴を上げ、試合では相手にプレスをかけるだけでばてて、ほとんど攻撃面で貢献できてない。自分がやりたいと思っているドリブルもパス回しも持久力がなくてはプレーに表現することが出来ない。やっとそんな当然のことが分かった。

そのことが分かった今やるべきことは明確だ。持久力を上げる、ただそれだけ。でも持久力を上げるにはどうしたらいいか。勿論、毎回の練習で最後まで球際で粘る、常にパスを受けられる位置をとり続ける、高い位置ではドリブルを仕掛けてチャンスを作りだすことを意識すること。

でもそれだけじゃ足りない。自分は人より持久力が無い、まして上手い訳でもない。なら当然、人より努力しなきゃいけない。練習以外の時間も走りこみが必要だ。

長友選手はかつてはあまり走れなかったらしい。だが、400mを25本、そして3km走ってから練習に臨むという異常な走りこみの結果、今誰もが驚くような圧倒的な走力でインテルで活躍している。

自分が今すぐに同じ走りこみをすることができるかと言われれば無理だ。恐らくすぐに怪我をして終わる。でも自分でできる走りこみを始めなきゃいけない。上を目指すために。

実際、今変わるしかない


投稿送れてすいません
1年 岡崎 

2014年8月15日金曜日

risk everything for goals

ここ最近、ゴールが遠く感じる
というのも、試合で点を取っていないからだ

振り返ってみると、最後に対外試合で得点したのは7/5の国公立大会の東京学芸大学戦、1ヶ月以上も前の話だ
自分が生粋のストライカータイプでないことは重々承知しているが、FWとしてコンスタントに得点が欲しい
自分に何が足りないのか

ゴールへの貪欲さが足りない
ゴールの少し前(特にバイタルエリア)でボールを受けると、どうしてももう一段階崩したくなって、周りを第一に使おうとしてしまう
これは中学時代、チームメイトにたくさん点を取らせてあげようと気を遣いすぎた結果として付いてしまった自分の癖である
尊敬しているわけでも憧れている訳でもないが、インテルの若手MFコバチッチがこの前、

「今まで自分はゴールよりも先に周りを見てきた。しかし、これからはゴールを第一に見なければならない」

と言っていた
セリエAという世界屈指のリーグで結果を残すためには、MFもゴールに貪欲でなければならないということだ

ゴールはそんな簡単に取れるものではない
90分間常にゴールを狙い続けて、ここぞというチャンスを確実に決める
それが今の自分に足りないこと


草サッカーをしていた一般人がプロサッカー選手になっていくナイキのCMを、少し前にYouTubeで発見した
ネイマール、クリロナ、イニエスタをはじめとする世界のスーパースターが大勢出演していて、初めて見た時は興奮と衝撃を覚えた
そのCMの最後には、リスク上等(英語だとrisk everything)、というフレーズが記されていた

そのフレーズに自分は胸を打たれた
FWである以上、リスクを恐れて安全なプレーに逃げていては話にならない
敵を打開するため、積極的に独力突破を仕掛けることも必要である

安全思考だった昔に比べれば、少しずつ良くなってきている気はする
しかしまだ足りない
得点のために、もっとリスクを冒せ



意外と長文書けちゃった自分にちょっと引いてる
1年FW・大谷尚徹






2014年8月14日木曜日

Sorry for getting carried away





今を戦えない者に次とか来年とかを言う資格はない

 

ロベルト・バッジョは言っています。

 

 

 

2ヶ月半。

僕が怪我でサッカーが出来なかった時間。

筋トレに励みに励み体がとても大きくなった時間。

その間にみんなが上手くなった時間。

チームがリーグ戦前期で結果が出ず苦しんでいた時間。

 

 

 

1ヶ月半。

僕が復帰してから今までの時間。

二か月半の離脱を取り戻そうとするも全然戻らなかった時間。

その間にみんながもっと上手くなった時間。

チームの改変が進んだ時間。

 

 

 

4ヶ月。

僕が成長したくても出来なかった時間。

みんなが大きく成長した時間。

チームが大きく変わった時間。

 

それでも腐らず、現状を受け入れ、努力し続けた時間。

 

 

 

 

 

 
 

 

この地上で過ごせる時間には限りがあります。

本当に大事なことを本当に一生懸命できる機会は、

二つか三つくらいしかないのです。

 

スティーブ・ジョブズは言っています。

 

 

 

 

16ヶ月。

僕がア式に入ってからの時間。

サッカーの難しさを改めて感じた時間。

組織の在り方を学んだ時間。

心身共に大きく成長できていると感じる時間。

 

 

 

26ヶ月。

大学生活のほぼ残りすべて。

本郷キャンパスで経済学を真面目に学ぶであろう時間。
 
ふつうの大学生なら勉強にバイト、恋愛やインターンなどに割く時間。

 


僕がア式での大きな目標を成し遂げるのに残された時間。

とても長い、人生を変えるには十分な時間。

とても短い、したいことを全てするには少なすぎる時間。

 

 

 

10年4ヶ月。

僕のサッカー人生。

生まれてからほぼ半分。

一瞬の悦びのための長く苦しい時間。

たくさんの犠牲を払いサッカーに捧げた時間。

 

 

 

全て僕にとってかけがえのない時間。

 

 

 

 

その時間に、誇りは持てるか?

 

 

 

 

 

 

20分。

家から部室まで自転車で行くのにかかる時間。

この文章を書くのにかかった時間。

5日。

合宿の日数。

僕が後輩に舐められるには十分な時間。。。

 

2年 DF 平田拓也

2014年8月12日火曜日

白金よりア式へ愛を込めて

この1ヶ月間、東大ア式蹴球部では様々な変化があった。

変化があり、様々な雑事があるとつい"本質"を忘れてしまいがちである。

ここ半年間余り、自分が何を考えて行動し、何が失敗だったと感じていることを振り返るので、参考にして欲しい。



去年の11月、自分はこの部活を率いる立場となった。

特に高尚な理由は無かった。周りを見渡した時に、自分がやるしか無いなといった判断の結果でしか無かった。

ただ、理由が何であれ立場には責任が伴う。人に言えるに値する行動を取らなければならない。

3年生になった辺りからそこは意識し始めた。

集合の15分前にはグラウンドに来る。アップのブラジル体操では大きな声を出す。もちろん遅刻や欠席は絶対にしない。

どれも当たり前のことである。が、当たり前のことを誰よりも大切にするのが人の上に立つ者の義務だ。
正直面倒だと感じたこともあったがやった。まあやり続けたら慣れた。



そんな事をしていると、いつの間に自分たちの代となった。

ア式蹴球部を直接的、間接的に強くするためのアイデアは概念レベルから具体的な物まで数多く考えており、それを実行しようと試みた。

・チーム全員が同じ考えを共有し、監督、助監督、コーチ、OBコーチ、フィジカルコーチ、選手が一体となって目標に向かえる環境をつくる
・練習、フィット、運営の意図を明確化にし共有する
・長期的な視点に立ったチーム作りをする
 ・入り口で良質な部員を獲得する
・チームとしての力、層の厚さを増やす
・全員に考えさせる機会をミーティング等で積極的につくる
 etc...

結果はともかくとして、アイデアだけは多く存在した。

しかし、その実行は多くの外的・内的要因によって阻害された。

チーム全員で目標に向かうために考えを共有しよう、という下地の時点で難航した。
練習決め、日程決め、試合のメンバー決め等の業務が思考から余裕を奪った。
共有しようという投げかけに反応して貰えないことが重なり、精神的余裕を失った。

などなど。難しさを痛感した。

考えていることを実行に移せないこと、他人に先に指摘されることはかなりのストレスだった。



そうこうしている内に、当初は100%だった"ア式蹴球部を良くしよう"というモチベーションは段々と下がっていった。2月3月辺りの事だったろうか。

実行に至れないストレスもその原因の一つだったろう。

だが、最大のストレスは"自分の熱意に対して部員が付いて来ている感じがしなかったこと"だった。

下級生は問題ではない。

自分たちのサッカーに集中したいだろうし、それがベストだ。最低限の所を協力してくれれば良い。むしろサッカーの実力を伸ばすことに専心して欲しい。

だが最上級生は。

このチームを良くしようと考える、自分と同じ立場にあるはずだ。その最上級生の熱意が伝わって来なかったのは大きなストレスだった。

勿論最上級生にも熱意はあったと思う。

ただ、立場の違いが生んだのか、自分までは中々届かなかった。

そんな中でも熱意を100%で保てなかった自分が1番悪いのは当然で有るけれども。




とまあ、こんなところが振り返りである。

なので、自分が犯した失敗について話を移そう。



東大ア式蹴球部という組織を前に進めるために必要なものは何だろうか。

意図の明確化?共有?
全員で一体となる?
一人ひとりが考えること?

どれも近いようで正解ではない。
正解はただひとつ"勝利"である。

試合に勝利し、やっているサッカーに自信が付けば意図は明確化し、共有される。

試合に勝利し、チームとして自信を付けることでチームが一体になる。

試合に勝利し続け、チームとして1つ上のカテゴリー(関東2部)でやることで一人ひとりが考えるようになる。

チームを前に進めるための"最初のひと転がり"を生み出すのは紛れもなく"勝利"なのだ。



その点を自分は間違えてしまったように思える。

チームを一体にし、練習や運営などの意図を共有・明確化し、一人一人がより考えられるような環境を作るように試みた。

その結果ストレスがかかり、プレーの調子を落とした。
ピッチ内で100%の自分で貢献出来なかった。

本質からずれてしまった者の末路である。

チームを前に進めたかったら"勝利"が十分条件であり、勝利に直接的に関わらなければならない場所にいたにも関わらず、ずれてしまった。

戻れるなら戻ってやり直してみたい。

これが、自分の最大の失敗だったように思える。




後輩たちには、これを生かして東大ア式蹴球部をより前に進めて行って欲しい。

また、特に3年生は、花嶋に協力してあげて欲しい。

花嶋はチームをよくすることを誰よりも考え、チームのために熱意を傾けてくれていると思う。

ただ、周りがついてこないと熱意は必ず薄くなる。

3年生1人1人はやっているつもりかもしれない。

ただ、それが花嶋に伝わらないと意味がない。

誰よりも熱意を傾けている男の熱意を薄くしてしまうのは、チームにとって最もマイナスだ。

チームを良くするための熱意を持て。
熱意を伝えろ。
行動しろ。
できないなら辞めろ。

良くはなっているがまだまだ不十分。




自分はチームに最も熱意を傾けてくれた奴を引退させてしまった。

とても後悔している。

後輩たちもいずれその選択を考える時が来る。

後悔しないで欲しい。

今から熱意を形に出していって欲しい。

現状に不満を持って、上を目指して欲しい。

最高の形で、全員でシーズンを終えて欲しい。



個人としては、残りの3ヶ月余り、チームの勝利だけを考えて行動する。

チームのために走る。要求する。盛り上げる。

そして何より、点を取る。

自分が東大ア式を勝たせる。最初のひと転がりを起こす。

引退した4年がチームの為にやってきたことは間違いでは無かったと証明する。




先輩方が築いてきた事の上で自分も苦心し、チームを成長させてきたという事を最近ようやく理解してきた。
組織は同じ所を廻っているように見えて、螺旋階段を登るように少しづつ成長していると思う。



長くてすいません。
4年 一般人 添田隆司