2014年9月29日月曜日

目に見えないもの

東京大学ア式蹴球部。
溢れる知性。日本一機会損失の大きい集団。

わたし。
他大生。勉強スポーツ、これといって取り柄なし。THE平凡。

こんな私が、何故ア式に属しているのか?
皆のように頭がきれるわけでもない。喋るのも苦手だ。正直入部してからずっと劣等感の塊。

でも、唯一胸を張って言える。

ア式が大好きだ。
他大学だけど、でも東大の皆に負けないぐらいこのチームが好きだ。

新人戦。皆のキラキラした目が忘れられない。
サッカーって本当に楽しいものなのだと感じた。それと同時に、突き詰めて本気になればなるほど難しく、苦しいものであることも。

自分に、相手に、本気で挑み続ける人々の姿に幾度となく心を揺さぶられた。頑張ってきた結果が出ますように……ほんとに心から願う。



結果が求められるスポーツと違って、私たちスタッフの仕事には目に見える成果はない。

ミスなくこなせて当たり前。
何でもない普段の1日を、滞りなく進められて当たり前。

頭がきれるわけでも喋りが得意なわけでもない自分に出来ること…
選手の、何でもない普段の1日を守ることだ。

大きなことではない。成果もない。
それでも勝つためには確実に必要なことだと信じている。

皆の後ろではなく、同じラインに立つ。
自分も精一杯やりきったと胸を張って、ア式の勝利に飛び上がって喜びたい!!


残り4試合。
絶対諦めない。
まだまだ出来ることがある。
泥臭くても、何が何でも、全員で絶対勝ちましょう!!!

3年スタッフ 奥田紗季

勝利の意味

先日スコットランドの独立の是非を問う住民投票が行われていましたが、いつもプレミアリーグを見ている自分としては、"イギリス"というよりむしろイングランド、スコットランドっていうほうが自然な感じだなというような気もしたりします。(まあ独立しなくてよかったかなとは思っているのですが)

ところでこの話が盛んに報じられているとき、よく似たような例としてスペインのカタルーニャの話が出ていましたね。カタルーニャ自治州がマドリーの中央政府に対して独立を求めているという話ですね。
そんなことしたらサッカーの代表チームはどうなるんだろうかなんてのも言われてます。

ただ、スペインにはほかにも独立を求めている自治州がありまして、それがビルバオを州都とするバスク自治州です。(スペイン語では Pais Vasco=バスク国といわれるほど)少し前まではテロ活動をすることもあったほどその運動は盛んです。
このバスク州にあるサッカーチームがアスレティック・ビルバオです。
このグローバルな時代において、バスク人の選手のみしか在籍させないという掟を固く守り続けながらトップリーグに在籍し続け、今年はチャンピオンズリーグにも出ています。(生中継をしないスカパーには物申したい)

僕は自由に選手を集められないという点でビルバオとア式には通じるところがあるように思います。ビルバオの強さの理由にはア式にとっても何かヒントになることがあるかもしれません。

個人的には自分たちの勝利がもたらす意味を深く理解し、かつそれに誇りを持って戦っている点が重要ではないかと思います。
バスク人だけで構成されているチーム、いわばバスク代表であることへの誇り、その思いがただのクラブチーム以上の存在へと昇華させ強い力を発揮させているのではないでしょうか。自分たちの勝利が自分たちの為だけではなくて他の何かのため、この場合はバスク民族という迫害を受けてきた歴史を持つ民族の存在価値を高めるという意味を持っている、こうした意識が、ほかのチームにはない特別なものとなり、逆境を跳ね返す原動力になっていると思うのです。


では僕たちア式の勝利の意味とはなんでしょうか。

僕はそれはサッカーの価値を高め、サッカーに貢献できることだと思っています。

そんな大それたこと、と思う方もいるかもしれません。
しかし、僕たちの勝利は世の中のサッカーに対する見方を変えられると本気で思っています。

たとえば、あなたが親になったとして、練習ばかりしかやらなければ結果が出ず、将来のことを考えられない競技と勉強との両立の中でしっかり結果を残している者がいて、競技人生後にも高いレベルで社会に貢献できる人を輩出している競技とでは、どちらをやらせたいと思うかは明白ではないでしょうか。僕たちはその判断の物差しになりうるのです。
サッカーをやらせたい、やりたいと思わせることができればそれはサッカーの価値の向上につながります。
こうしてサッカーの社会的価値や競技人口にさえも僕たちはコミットできる立場にいるとそう思っています。

文武両道は素晴らしいという人は多いですが、心の中では、必ずどこかにぶち当たるのが当たり前だと思っている人はたくさんいます。(最近の東大野球部に関しての報道にはそんな意識が感じられます)
そうした気持ちを裏切って希望を見せてくれる競技のほうが世間は魅力をより感じてくれると思います。

そして勝利にそれほどの意味を見出すことのできるチーム東大以外にありません。
僕たちがどう思っていようとも世間は日本の最高学府のチームとしてみてきます。

これをどう考えるかは個人の自由ですが、僕はこの勝利の意味への意識、それに対する誇りはほかのチームにはない唯一無二のア式だけの強みだと思っています。


僕の将来の目標は自分を育ててくれたサッカーに恩返しすること。
まずはア式の勝利に貢献するところからがスタートです。

とりあえず骨折治します。


骨は折れても心は折れない
2年 GK 石川悠吾



2014年9月27日土曜日

GOOD to GREAT

良好は偉大の敵である。良好であれば、それで満足してしまい、偉大になろうとは考えなくなる。偉大になるにはエネルギーやリスクが必要だし、良好の方が気楽である。ただ、偉大になった方が気持ちいい。

東大ア式は今、東京都一部リーグに所属する。良好である。東京都一部に満足している人がいるとは思わないが、関東昇格を掲げて戦うより、残留を目指して戦った方が気楽である。ただ、関東に行った方が気持ちいい。ブルーアイズホワイトドラゴンより、ブルーアイズアルティメットドラゴンの方が良いのと全く同じ原理である。

良好から偉大になるには、針鼠の概念が重要である。と、本で読んだ。

針鼠の概念とは、自分が情熱を持って取り組める分野、一番になれるという自信の持てる分野、それによって利益がもたらされる分野、の重なる部分である。

ア式でいうと、サッカーに情熱が注げて、一番になれる自信があって、それによって何かしらの利益が得られれば良い。

遊戯王でいうと、デュエルに情熱が注げて、デュエルマスターになる自信があって、闇のデュエルによって相手の切り札を奪えれば良い。

1年の岡崎でいうと、戦闘に情熱が注げて、猿の惑星をつくる自信があって、ケンカで敵を倒す際に快感が得られれば良い。

次に、この3つの分野について見てみよう。
情熱、これは持てるだろう。情熱の持てない分野で偉大になろうとは思わない。
利益、これも大丈夫だろう。偉大になれば、何かしらの利益がついてくる。例えば名誉とか、お金とか。
自信、これが問題である。自信を持ち続けることは難しい。
かの山口日向も、一目惚れした女にフられて、自信を失っている。
屈強なメンタルを持つことで有名な武田康平でさえ、デュエルで負けて立ち直れないこともある。
服部直弘は、自分はつまんない奴だと、自信を失っているに違いない。

でも、自信を持つための方法がある。

努力をし続ければいい。

一目惚れした女にフられたなら、ニヤニヤするのをやめて、モテる努力をしたらいい。
デュエルに負けたなら、最高のタイミングで狙いのカードを引けるように、モンスターと対話する努力をしたらいい。
自分がつまんない奴だと思うんなら、常にギャグを考える努力をしろ。

自分を信じれるまで努力してみよう。

永遠の10代   武田 康平

2014年9月26日金曜日

Time flies.

早いもので、入学してから6ヶ月が経った。この半年間を振り返ってみると、夏休みの前半くらいまでは大学生活に慣れることに精一杯で、あまり充実していなかった。

しかし、最近では、京大戦や立正戦の機会に、長い間会っていなかった小学校の時のサッカーチームの友達と会って遊んだり、鹿島アントラーズの試合を観に行ったり、時間をうまく使えるようになってきた。また、新しく2つのことを始め、更に充実感が増している。

1つ目は、教習所に行き始めたことだ。教習所に行くのは非常に楽しい。中高6年間はサッカー(と勉強)に明け暮れていた。そのため、長い間忘れていた、新しく何かを始めるということの新鮮味を日々実感している。

2つ目は、御殿下サッカースクールに参加したことだ。自由奔放な小学生をまとめるのは大変だし、どうすれば小学生が楽しめるのかを考えさせられた。また、自分たちの心を掴んでいた小学生の時のサッカーチームのコーチのすごさを痛感した。これからも機会があれば、是非参加したいと思う。

これらの体験を通じて感じるのは、大学生の間に、自分が今まで知らなかったことを可能な限り多く経験したいということだ。大学に入って自由に使える時間が増えたので、その時間を有効に使って、多くのことを経験し、プレイヤーとしても人間としても幅を広げていきたい。

小学生に「アホっぽい」って言われた
1年  竹澤隆太

SAX BLUE SPRING

サッカーが好きです。

サッカーはじめて17年くらいだけど、今が一番サッカーが好きです。

試合に勝てないと悔しいし、ほんとに落ち込む。なかなか簡単には勝たせてもらえない。苦しい時期が今年は長い。

でもなんでかよくわからないけど、今が一番サッカーが好きだ。

試合までにちょっとでも上手くなろうと思う。普通のシュート練習も100本やったら入る可能性が1%上がるかもしれない。ボールを触る時間をちょっとでも増やせばパスやトラップの精度が上がるかもしれない。

家でぐだぐだしているなら、グラウンドでストレッチしようと思う。ボールを蹴ろうと思う。

ちょっとでも成長してるんじゃないかって。ちょっとでも勝利に近づいてるんじゃないかって。無意識のうちに考えてるんだろうな。だからサッカーが楽しいと思うわけだ。サッカーが好きなわけだ。

5月の自分のfeelingsに書いてあった。「自信がないなら練習しろ」

サッカーに関する自信はともかく、これだけは言える。あれから誰よりも練習した自信がある。

「サッカーはめちゃくちゃめちゃくちゃ練習して、やっとちょっとだけ上手くなる。そんなもんだ。」って誰かが言ってた。あれからめちゃくちゃめちゃくちゃ練習した。いっぱいボールに触った。ちょっとは上手くなってるだろう。

あとはそれをピッチで出すだけ。ゴールを奪うだけ。勝利を掴み取るだけ。

そしてたぶんめちゃくちゃ練習した自信があるのは俺だけじゃない。他にもたくさんいるはずだ。
ア式の為にいろいろ仕事やサポートをしてる自信がある人もいっぱいいるだろう。いつもありがとう。

俺はそういうチームでサッカーすることができてる。ありがたい。そして、誇らしい。

勝ってみんなで喜ぼう。みんなで笑顔になろう。ピッチの上の人も。そうじゃないひとも。選手も。スタッフも。応援しに来てくれてる人たちも。もちろん先に引退なんぞしやがったおめーらも。全員で。みんなオンザピッチだもんな。

叶えたいことがある
やりたいことがある
手に入れたいものがある
成功したい理由がある

やるしかねぇだろ。

あと5試合。いまだ降格圏。

前とおんなじ。やるしかねぇ。

この大好きなア式が2部に落ちることなんかありえない。



やるしかねぇ。



自分を信じろ。仲間を信じろ。



まだまだここから。




絶対やれるって。





だから

やるぞ、必ず。



4年 FW 松田裕生 



2014年9月23日火曜日

上手くなりたい

テレビでなでしこの試合を見たり、慶應の試合の応援に行ったりすると、プレーがきれいで感動する。結構近くに敵がいるのに、敵と敵の間を通って、”スッスッ”ってパスがつながる。一人が走ると、その動きに合わせてチーム全体が動いていく。美しくて、見てるとすごく気持ちいい。


昨日、自分たちの試合の映像を見たんだけど、チームメイトが上手くてびっくりした。味方同士できれいにパスが通るし、みんなの動きが連動している。見る目のない私にとっては、みんなのプレーは、なでしこや慶應と同じくらいキレイだった。


でも、私の動きは全然きれいじゃない。


なんか無駄に敵に衝突してるし、よく分からないとこ走ってるし…
”FWの動き、ちょっと分かってきたかも”なんて思ってた自分が恥ずかしい。




みんながすごく上手くて、まだまだとても遠い。


小学校や中学校からサッカーしてきた人達に、まだ半年しかやってない私は、遠くて当たり前で、届かなくて当たり前だ。


そんなこと分かってるけど、届きたくて、なんかもやもやする。


無理だけど、無理なんだけど、でも、みんなに追いつきたい。








3日前、女子部、公式戦初勝利でした\(^O^)/
1年  田中周



2014年9月22日月曜日

ア式に恋して。

部員がサッカーに打ち込む姿に入れこんで、3年半。みんなのサッカー歴と比べたらまだまだだけど、私のア式生活もようやく最後を迎えようとしている。
まだリーグ戦の途中だし、達成感もなにもないけど一応最後のフィーリングスなので最後っぽくまとめます。笑

もともと私にはスタッフの同期が他に4人いた。1人減り2人減り、この間一足先にもう1人が引退してついに2人になってしまった。
最後まで残ったえりには色々助けてもらっていた。入部当初は私がトレーナーで彼女がマネージャー、仕事がかぶることがなく衝突せずにそれぞれの分野でお互いを補い合ってこれた。(京大戦で引退してしまったけど、同じトレーナーだった愛とは割とよくけんかした、実は入部して直後もけんかした笑)
全く違うタイプだからこそここまで平和にやってこれたのかもしれない。自分が気付けなかったところはフォローしてくれたし、自分しかできないと思ったら迷わず行動した。まさに補い合っていたという言葉がピッタリくる関係だと思う。

ア式の中にいると、この人には絶対適わないな、と感じることが多くあった。この人相手に私なんかにできることはあるんだろうか、、と。例えば前主将の添田君。有名進学校出身、名門チーム所属、東大現役合格、1年の時からAチーム、経済学部進学、、、経歴だけみても超一流企業が欲しがる人材に違いない。絶対勝てない。(しかも大学在学中はサッカーに集中するためストイックにも彼女を作らない。)
そんな人を前にすると私は萎縮してしまった。私なんかがサポートしなくても、1人でなんでも出来ちゃうし、むしろ足を引っ張ってしまうのでは、、他大学のスタッフがいることで、対戦相手から「インカレサークルなの?」と言われて悔しい思いをしたこともあった。下級生の時はできることが少なかったから特に悩んだ。

そんな私に転機が訪れたのは、3年の時から最上級生として頑張ってくれていたトレーナーの先輩が引退してからだった。体制変更でそれまでもATという役職がなくなり、いままでできなかったマネージャー業をするようになった。同時に、学生トレーナーとしてテーピングやリハビリで頼られる場面も増えた。先輩がそれまで培ってきた信頼のお下がりだったけど、チャンスにはなった。先輩が引退してやっと、自分がいままでやらなければいけなかったことに気付き、出来ていなかったことに気がついた。そして自分が萎縮してしまっていた理由がわかった。ア式には自分に自信のない、自信をつけるための努力をすることから逃げてしまうスタッフなんて必要なかったのだ。
スタッフだって一緒に戦ったっていいじゃないか。内側から盛り上げてみよう。そう意識することにした。

前振りが長くなってしまったけど、私はみんなにできないことをやっている。オフザピッチでの選手の負担を補うことができる。その代わり私は頑張るモチベーションを選手からもらっている。最高にドキドキするのは公式戦だけど、その試合に出るために毎日自主練を頑張る人、ケガを治すためにリハビリを頑張る人や、チームを盛り上げようと声を出す人。
それぞれ役割はちがうけど、自分にしかできないことをちゃんとやっているはずだ。

残り1ヶ月、絶対に残留できるように頑張りましょう。


4年 スタッフ 石井 瑞妃

2014年9月21日日曜日

俺は無敵だ。


世の中の人間が持つ自信には二通りしかない。根拠のある自信と、根拠のない自信だ。自信というのはサッカーに限らずどんなスポーツにも重要な要素だと思う。メンタルと言い換えることもできるかもしれない。例えば自分のトラップの技術に自信があるとトラップをするときにボールを見る時間が一瞬ですみ、顔を上げて周りをみる時間が増える。そうすると相手も迂闊にプレッシャーをかけてこれないし、いい場所にトラップできるようになる。一方で自信がないとトラップをするときにずっとボールを見てなきゃならず、顔を上げて周りをみる時間がなく、相手のプレッシャーに対応できず、いい場所にもトラップができないことになる。ところで自分はア式に入部してから根拠のある自信はがりを身につけようとしていた。練習でいいプレーができた、たくさん自主練習した、などこうしたものの積み重ねで自信を得ようとしていた。しかし、実はこれはすごく難しいことでもある。例えば練習試合でいいプレーができなかったりすることが続くと、自主練習が足りなかった、自分は下手くそだ、とすぐに思うようになりそれまで積み重ねてきた自信は案外簡単に崩れ去ってしまう。そうなったらまた一からのやり直しとなる。なら根拠のない自信はどうなのか?何の根拠もないのだから崩れ去りようがない。なら何の根拠もなく、自分は上手いと思える奴は最強じゃないか。どんなにミスをしても、消極的にならずに常に自信を持ってプレーできる。自分の能力の最大値を上げる努力も必要だが持っている能力の全てを常に出し切る努力の方が大事なときもある。どうにかなる、そんなの楽勝、俺ならやれる。根拠なんてなくたっていい、清々しいほど恐いもの知らずの自分を演じてみることから始めたっていい。俺は無敵だ。

今年のJリーグはレッズの優勝で決まり
一年 直原奨

2014年9月19日金曜日

映像で見る

テレビでサッカーの試合を見ていると、例えプロの試合を見ていても、駄目出ししたくなる事がある。自分より遥かに上手い選手達が、本気で戦っているのにも関わらずだ。例えば、先日行われた日本代表のウルグアイとの試合。坂井選手がボールを失ってゴールを決められた場面などでは、ハイライトを見ると、キーパーや逆サイドやボランチの三人くらいへパスを出すコースは有るように見えるし、簡単にロングボールをけってしまってもいいのではとも思う。ボールが足下にくる瞬間に映像を止めて、見て、考えれば、そういう風な事を思う。でも実際プレーしている選手の立場から考えれば、そんなことを瞬時に判断するのは、難しいし、ベストでは無く、ベターなプレーすら見つけられないことも多々ある。僕も大学に入ってから初めて、自分のプレーを映像で振り返るようになって、自分が想像以上に出来ていないことを思い知る。ポジション取りの悪さや、出足の遅さなどが目に付く。そんなに相手が近くにいる訳でもないのにテンパってしまっているときもあるし、いいシュート打ったと思ったけどそうでもなかったりもする。切り替えが遅すぎて、一生懸命プレーしていたつもりのときでも、一生懸命プレーしているように見えない時もある。映像で見ると、すべきことが全然出来ていないことがわかる。せっかくマネージャーさんが高い所まで登って、ビデオを撮って下さっているので、自分のプレーをたくさん見て、ピッチでのプレーに生かしていきたい。

一年 鈴木拓実


2014年9月18日木曜日

笑え

なんでサッカーをやってるのか。すごく疲れるし、ミスしたら怒られるし、大学サッカーともなると周りはみんな上手いし。それなのになんでやってるのか。

目標があるから。どうしても成し遂げたい目標がある。そして、どこかに楽しさを見いだしてるから。いいプレーしたら楽しいし、点決めたら楽しい。強い相手に勝つと楽しい。色々あると思う。

今は自分らはどのカテゴリも結果が思うように出てない。嫌なところばっかりに目がいくと思う。そりゃあ、トップは特に結果が求められるし、そうなるのもしょうがないのかもしれない。それが原因なのかは分からないけど、今はみんな、サッカーやってるっていうか、やらされてる感じがする。つらそうな気がする。

もっと、楽しいところに目を向けていいんじゃないかなって思う。いいパスを通したとか、点決めたとか、相手の裏をかいてやったとか、しっかり意図してボール奪ってやったとか、小さいことでいいから、楽しいところにもっと目を向けてやればいい。怒られたらしょうがない、次なんとかするように努めればいい。そうやってやってけばもっと能動的ににサッカーできるんじゃないかって思う。

やらされるサッカーよりやるサッカーの方がいいに決まってる、楽しい。誰かがミスってダッシュすることが増えても、足が軽い気がする。そういう風にプレーできるチームは強い。プロでも、選手権でみるような高校生も、というか甲子園でみる高校球児たちでも、なんでも。みんなが楽しんでる、笑ってる、元気。実力の150パーセントくらいのパフォーマンスを普通にしてるような気がする。

俺らは他のチームより技術はない、だから直向きさを求めてきたと思う。それに加えて、もっとそういう楽しさを求めてもいいんじゃないかなって思う、勝つために。

だから、全員が実力以上のパフォーマンスを日々だせるように、声を出す。いいプレーはほめる。悪いプレーは、次はしないようにさせる。一体感を出す。チームとしてできるのはこれくらいかもしれない。あとは、個人がどう思えるか、次第。すごく、難しいことだとは思う。でもとにかく、全員でやっていこう。


こうやって文にすると自分の国語力のなさに失望する。


優先席は空いてても座らない派
2年 吉岡龍弥

2014年9月16日火曜日

こんなんじゃだめだ

定める

求める結果を
目指すべき場所や姿を

リスクを負う

想像を現実に変えるために
ローリスクハイリターンなんて甘い話、現実には存在しない

結果が出る

自分がやった分しか結果はついてこない
それ以上が出るなんてことはまずない




振り返る

なんて言い訳に満ちた3年半だったんだろう
部活に関しても勉強に関しても



後悔

先に立たず




4年 平野周


2014年9月15日月曜日

コツはまごころを込めること


私事になりますが、本日は家庭の用事で家族が母の実家を訪れているため、たった一人の食卓には私の手料理が並んでいました。ここ最近は自炊に対する苦手意識も薄れ、人並み程度には調理できるようになってきました。それはきっと、「まごころ」という最高の調味料の存在に気づいたから……ではなく、きちんと材料を分量通りに入れ、焼け具合や混ざり具合を適宜確認し、レシピを隅々まで読んで指示されたとおりに料理するという当たり前のことができるようになったためでしょう。
 
そもそも、料理をおいしくするように必要なまごころとは、ただ「美味しいものを作りたい」という気持についてのみ言及しているのではなく、同時にその気持ちの表れとしての「細かなことにまで気を配って料理する」という行動も意味していたのかもしれません。そんなことに気づくのに19年もかかってしまいました。

 

さて、スタッフの仕事も料理と同じで、「まごころ」と「行動」の両方が必要不可欠であると思います。

いつも私たちがやっている水汲みだって、「頑張る選手に力になりたい」という想いからの行動であるはずです。真夏の日差しの中で走り続ける選手の気持ちを考えれば、それがそのまま私たちの走る原動力になる。

他にも張り番の裏には、おそらく番号を決めた際にはAチームにはいなかったであろう選手が諦めずに練習を続け、そしてついにリーグ戦に出る機会を自らの手でつかみ取った…なんてストーリーがあるはずで、私たちは「頑張ってほしい、リーグ戦でも活躍してア式を勝利に導いて欲しい!」って気持ちを忘れずに一目一目縫うべきように思います。

例を挙げていくときりがないですね。

まごころだけあっても行動に移さなければ意味がありません。また、行動していてもまごころが欠けていれば、長期的な目線で見ると自分のため、部のためにならないのではないかと思います。「選手の皆に頑張ってほしい、全員で勝ちたい!!」という思いこそがスタッフの原点であり、この気持ちがあるからこそ部活にやりがいを感じ、責任感を持って仕事に取り組めるのではないでしょうか。自分がア式にいる理由、そしてそれをしっかり行動に移すこと、この二つを忘れずにいたいものです。

 

以上のことは目の前のタスクに追われて気持ちの面が疎かになってしまった時期の反省も込めて書いたのですが、最近では一年生への引継ぎも進み、自分が今後どのようにしてア式に貢献していけるか考えるだけの余裕も出てきました。(試合告知画像作ってくれるあやかちゃん、マッチデー作ってくれるさやちゃん、公式戦当日にFacebookTwitter更新してくれるみなえちゃん、私とは仕事かぶらなかったけどサタデーとか引き受けてくれたさあやちゃん、皆ありがとう!)

こうした引継ぎは私に限らず、準備係をはじめ色々なところで進んでいることでしょうが、下級生に任せてハイ終わり、ではいけないと思います。毎年一年生がやっている仕事だから今年も一年生に任せているのではなく、部活に入ったばかりで組織の全体図がなかなか見えにくい一年生に彼らなりの方法で部に貢献してもらっている、と考えるべきではないでしょうか。それならば細々とした仕事から解放され、今までの経験を使って考えることのできる私たち二年生には、もっと他に貢献の仕方があるはず。例えば、部活全体を考えて下級生に指示を出すだとか、チーム全体を引っ張っていくのにどうすればいいか考えるとか、部活に全力で取り組んで下級生、ひいてはチーム全体を鼓舞し模範的存在となるとか…。

気が早いですが、後期リーグが終われば新人戦で、私たちの代が中心となってチームを引っ張っていくことになります。チーム作りや戦術などについては実際にプレーする選手が徐々に決めていくべきことだと考えていますが、選手スタッフ関わらず今のうちから先輩としての自覚ある行動を心がけることは新人戦にとって不可欠な要素であるはず。そしてそれは後期リーグを闘い抜く力にもなると信じています。

 

まずは来週の山学戦、絶対勝ちましょう!!!!!

 

しばらくFeelings回ってこない気がしたからたくさん書いちゃった。
二年スタッフ 渥美真生

2014年9月13日土曜日

スモール10

筋トレには、様々なメニューがあります。その中で、最も重要とされる3種目、ベンチプレス、スクワット、デッドリフトを「ビッグ3」といい、全身の筋肉を効率よく鍛えることができます。ア式部員はこれにハイプーリーを加えた4種目を筋トレマストメニューとして週最低一回取り組みます。
(この4種目はかなり有名なので、知っている人も多いと思いますが、知らない人もネットで調べればすぐ情報が手に入れられるので、ぜひ。)

しかし、この「ビッグ3」の他に、「スモール10」と呼ばれる(実は12種目ある)メニューも存在します。
これに関しては、ビッグ3ほどの多くの筋肉を一度に鍛えることはできませんが、局所的な筋肉を鍛えることで、さらに質の高いフィジカルを持つ体を得ることができます。

僕の場合ですが、下半身は、練習で負荷をかけている為、ビッグ3のスクワット、ベンチプレスをやっただけで相当負荷が高いです。
ですので、スモール10の上半身の6種目のみを行っています。

ア式部員の皆さんも知っていて損はないと思うので、今回はこの6種目のうち、3種目を紹介したいと思います。(ア式の人や、筋トレをやっている人向けの記事になることをお許し下さい。)

・トライセプスエクステンション(主に上腕三頭筋)
まず、長椅子にベンチプレスをやるときのように仰向けで寝ます。バーベルを肩幅より少し狭めにもち、ベンチプレスと同じように肘を伸ばし持ち上げます。そこから、二の腕をまっすぐにしたまま、肘を曲げてバーベルを後頭部付近まで下ろします。そこから再び最初の位置までバーベルを持ち上げます。この時、肘の位置を動かさないようにすることが大切です。イメージとしては、肘を支点にして、一の腕で半円を描くイメージです。

・ベントオーバーロウ(主に広背筋、上腕二頭筋)
デッドリフトと同じ体勢でバーベルを持ちます。そこから、背筋を伸ばしたまま、腕だけでバーベルを持ち上げます。その際、肩甲骨を絞るようにし、背筋は常にまっすぐに保ってください。この上げ下げを繰り返します。

・バーベルカール(上腕二頭筋)
直立し、胸を張った状態でバーベルを持ちます。二の腕から肘を体につけ、腕を下ろした状態から、肘を動かさないようにゆっくりバーベルを上げて行きます。この上げ下げを繰り返します。

以上がスモール10の内の3種目です。
ビッグ3を優先させるのは当然ですが、時間や体力に余裕があるのであれば、これらの種目に取り組んでみてもいいかもしれません。

以上でわからないことがあれば僕に聞いて下さい(僕よりもジムのトレーナーさんなどに聞いた方がはるかに正確ですが)。

無理のない範囲で、自分にあった筋トレを数多くこなし、自分の競技に生かして行きましょう。


ア式蹴球部1年  清水泰之

2014年9月11日木曜日

ふぃーりんぐす ケータイのメモに残された手がかり(落書き)


以下 文章にすることを放棄した者のつぶやき

議題 生きるために食べるのか食べるために生きるのか

好ましい

人と話すという行為

ひとりで思索にふける朝、昼、夜

冷房の効いた部屋で深夜までテレビを見る

角を曲がると

目の前で泣いている少女

どうやって笑わせる

目の前に立ちはだかるディフェンス

どうやってゴールを決める

思ってたより未熟な20歳

閉鎖的なコミュニティ

溜め込むストレス

投げ続ける49歳

球界のレジェンド

回る続けるコマ(映画インセプションより)

走り続けるプレイヤー

食べ続ける兄

親の偉大さ

自信は失わずに、だけど

謙虚に、謙虚に、謙虚に

ときには大胆に









今日は夜風が気持ちいい  もう少し走ろう

昔通っていた小学校

家に帰ったらすぐにボールを持って校庭へ

ひとりでひたすら左足の練習をした日
金属の味がする水道
サッカーと出会った場所

あの頃のような純粋な気持ちでボールを蹴りたい(なんてことは言わない)

思ってもない


帰りの電車
疲れて座った僕の前に立つ一組の男女

女 「男さん、筋肉すごいですね」
男 「まあ毎日腹筋300回やってるからね」
女 「え!300回も!すごー 僕 「DLじゃないか」
男女 「……え?」
 
僕 「それじゃまるでDLじゃないか」

Bチームの役割
Aチームで闘えないと判断された者
Cチームでは敵なしの者

みんなそれぞれに背景を持つ

なぜア式にいるか

なぜ生きているか

風がまだ(僕の中で)吹いているから

生きねばならぬ 蹴らねばならぬ

病床六尺を寝床六尺で読む

冒頭 
病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺が余には広すぎるのである。

我世界のピッチも余には広すぎる

自己満足のふぃーりんぐす

自己満足のプレー

方法論

ある歌の歌詞

「ドデカイ 嘘をつきとおすならそれは本当になる」

関東昇格?一部残留?レギュラー?日本代表?Jリーガー?

どんな嘘をつきとおそうか

どんな嘘をつきとおすかも決まっていない

以上

質問、意見、感想等あれば 二年 山田郁也 まで

2014年9月9日火曜日

Le vent se léve

先日の立正戦
序盤に2点をリードし流れに乗った
前半から激しい前線プレスと強い球際の寄せを繰り返せていた
応援しながらもこんなに飛ばして大丈夫かとやや不安になるほどに、だ

勝ちを強く意識できていたことが支えとなったのだと思う
そのことがプレーの思いきりの良さや力の入り方に好影響を及ぼした
「勝利は最高の特効薬」とは海外チームの監督の決まり文句だがここまで即効性があるものとは



前節の勝利が「特効薬」だとすればここからの勝利は「栄養剤」だろうか
筋トレにプロテインが必要とされるように、さらなる強化にはまだまだ勝利が必要だ

ピッチに立つ11人+αは勝利に直接アプローチすることが可能だ
しかし、そこに入れなかった者にもできることはある

自らの一挙手一投足がチームに影響を与えると考えること
各カテゴリの試合の結果も公式戦における応援もすべて影響すると思って戦うこと

もちろん土曜日の試合に公式戦の勝利ほどの劇的な効用はないかもしれない
勝点3100とすると10か、5か、あるいはそれ以下のプラス分かもしれないが信じる価値はある
もちろん大きな声を出せばボーナス点が発生するわけではない
一方で体調にも試合状況にも左右されず常にプラスの力を出し続けられる(可能性がある)のはピッチサイドの人間だけとも言える



錦織選手は準々決勝を前に「もう勝てない相手もいない」と言った
日々の練習の積み重ねだけではなく、今季幾度となくトッププレイヤー相手に互角に渡り合えた経験がその言葉を引き出したのだと思う

今季ここまでのベストゲームだった前期最終節では現在1位の山梨学院に勝つことができた
4位の立正大学にもそれと同等の試合をして勝利を手にした

朝鮮大学戦を前に
ア式のサッカーを出し続けられれば「勝てない相手もいないと思うので。」

 

 

重要な1歩目を踏み出すことには成功した,ここからだ
4年 濱田

2014年9月8日月曜日

はじまった!

なるほど、公式戦ってこういうことか。


緊張する。
普段なら3分あれば寝られる私が、寝られない。
みんなからの頑張れメッセージ。
嬉しい、でもつらい、プレッシャー、でも嬉しい。
食事や睡眠にめっちゃ気を遣う。(普段から同じくらい意識すべきだけれど)
ノートに試合中気を付けることを書き出す。
何回も反復する。
イメージトレーニング。ちょっといい気分になる。
忘れ物と電車の時刻をこれでもかってくらい確認する。
あー、緊張する。
でもなんだか楽しみな気もする。


昨日、関東大学女子サッカーリーグの初戦を迎えた。
1-2で負けてしまった。

正直、今までに最高の準備ができたかと言われると自信は全くないし
なんでわざわざこんな大変な思いをして暑い中走ってるんだろうとか
なんで大学生活最後の1年間、サッカーすることを選んだんろうとか
未だにそんなことを考えたりもする。

でも、だからこそ、負けたら意味がないんだと思う。
監督にも言われたけれど、プロセスが肯定されるためには結果が必要。

よく分からないまま、ただ漠然と楽しかったなー苦しかったなーで終わらないために。
私はこの1年間しかいられない。だからこそ、ただの思い出にしちゃいけない。

そんなことを強く感じた。


それから私たちは正規の部員以外に、慶應から、ホッケー部から、サッカー経験のある東大生からもメンバーを募って試合に出ている。
リーグ戦開始までに結局部員を集めることはできなかった。

もちろん人が足りないのはいいことではないし、レギュラー争いもあった方がいいに決まってる。
でもしかし、そのおかげで下手くそな私もピッチに立てている。
全員が、ピッチに立てている。

高校時代、最後の総体は控えだった。
もちろん全員が同じものを目指すけれど、ベンチ外のメンバーとレギュラー組の気持ちの差はどうしたって生まれてしまうと私は思う。

でも今は、全員が代えのきかないメンバーとして一緒に戦える。
部員か、助っ人かどうかなんて関係なく一丸になって戦える。
そんないい環境なんじゃないかなと思う。

全員がとってぃさんレベルのプレーができなくてもいいんだ。
11人でカバーし合って、自分ができることを必死でやる。

試合をすると、修正すべき点、練習すべき点が本当によく分かる。
目標が明確に、遠くに思い描くものじゃなくて身近になる。
練習する意味が改めてよく分かる。

なるほど、これが公式戦か。
次の試合はもう明後日。楽しみに思う。



昨日ぶつけて少し腫れてる耳がエルフみたいになりそうでワクワクしている
女子部 4年 岡本真実

願晴る。

「願晴る」私が大学受験する際に、この言葉を常に胸に刻んで、勉強していた事を覚えています。(この言葉は母校の先輩が当て字で作りました。)
私はこの言葉もア式に当てはまると思います。それは、ア式の試合結果が晴れるように部員が一丸となって常に願っているからです。

しかしその結果が晴れる為には、多大な『努力』を要します。
その努力が、どれだけ辛くて、苦しくて、果てし無く長くて、必ずしも思い通りに行くものではないと誰もが分かっていることだと思います。
私自身、今までその努力を面倒くさいと思っていた人でした。
個人的な話にはなってしまいますが、私は小学校からずっとバレーボールをやっていました。突如、私が中学三年生の頃、努力をすることが急に馬鹿馬鹿しくなりました。別に声を出さなくていいや、球拾いしなくていいや、ストレッチちゃんとやらなくていいや、筋トレさぼっちゃえ‥‥等

しかし、それでは監督には叱られるどころか、同期からの信用も無くし、それはそれは辛いという言葉で表せるものじゃなかったです。
大切な同期からの信用を失ってから、それから口もなかなか聞いては貰えませんでした。絶望の淵に立たされ、私はそれから、必死で声を出し、周りに信用してもらえるように自分をチームにアピールする努力を重ねていきました。
非常に時間はかかりましたが、最終的に私の努力はきちんと同期に伝えることが出来ました。
私はこの経験で、チームプレーで当たり前の声出し、筋トレ、ストレッチ、ボール拾い、これらのような地道で面倒くさいことを怠れば、絶対的に周りからの信用をなくしたり、プレーヤーとして必要とされないということを学びました。
地道な努力をしなければ、最終的に良い結果も生まれないのです。
私はこの学びを忘れずにコツコツ努力をし続ける努力をしたいと思います。


本当はなかなか難しいけれど‥
スタッフ二年 秋枝 万里依

2014年9月7日日曜日

Don't think! Feel!

 右か?それともフェイント?
  (ちがうだろ)
 ダイレクト?いや、引きつけて左?
  (そうじゃねえだろ)

 必死で走った運動会のリレー
 負けて悔し泣きしたドッジボール大会
 くだらない遊びに夢中になっていた子どものころ

 「遊んでるとあっとゆうまに時間が過ぎるんだ」
 「相手が強いほど高く飛べるんだ」
 真剣に遊んでいた、遊びだからこそ真剣だった

 上手くいかなくて考えるようになった
 経験を積んだ気になって相手をよむようになった
  (ちがうだろ)

 サッカーを始めたころ、ボールがくる予感、ボールの芯をとらえる感覚
 何も考えず、ただ体が、細胞が、ボールに反応し、意識を置き去りにした
 とても気分がいい

 いつから手を抜くようになった?
 それは負けを認めたくない自尊心ではなかったか
 いつからよむようになった?
 それは動きをニブラセル

 楽しめ、遊べ、反応、反射、音速、光速
 もっともっと、速く速く

 考えるな、感じろ...


 ...ふぅ、うしっ、130万!


 試験前からツムツムをはじめた  1年 小松尭弘

2014年9月6日土曜日

ピープル


ビデオで僕のプレーの修正点を解説してくれるしんごさん

CKの柱の位置を細かく指導してくれる近松さん

ボールの受け方について指示してくれるマツケンさん

練習後にクロス練に誘ってくれる添田さん

いつも守備のときのポジショニングを教えてくれるさかきさん

ときどき小さな声でアドバイスをくれるカリブさん

ミーティングで「のぼりのクロス」という時間をもうけてくれる花嶋さん

女の子と付き合えるよう頑張れと言ってくれる中西さん

日サロに誘ってくれたゆうはさん

あついなか「さわのぼりーうーべいべー」と応援してくれる先輩方や同輩たち

0-1で負けてる後半から起用してくれた星さん

練習後の集合で毎回チームを鼓舞してくれる利重さん

変なテンションでチームを盛り上げてくれる野口さん

怪我したときにお世話になったトレーナーの方々

いつもグラウンドをかけまわって冷たい水を用意してくれるスタッフさんたち

今でもア式の活動を気にかけてくれているア式OBの方々

今日の帰り道に明日の試合頑張ってねと目で語りかけてきてくれた見知らぬかわいい女子高生

毎日鼻がもげるほど臭い練習着を洗ってくれる母親

自分が出るかどうかすらわからない試合を見に来てくれる父親

昨日の帰り道に明後日の試合頑張りなさいよと目で語りかけてきてくれた見知らぬ美人なお姉さん

ア式での活動をTwitterやFacebookで見て、のぼり頑張ってるねと言ってくれるクラスの友達

今でもFacebookで「孝介は試合出れてるのか」とコメントをくれる小学校の頃のチームの監督

そしてなにより中3のときに握手会で、僕の手をギュッと握りながら澄んだ瞳で僕を見つめクッソかわいい関西弁で「サッカー頑張ってな」と言ってくれた横山由依ちゃん。





この人たちの期待に応えられなきゃ男じゃない。
この人たちに恩返しできなきゃ男じゃない。


前期の立正戦の日の夜、サッカーノートに乱雑な字で書いた「悔しい負け方。後期で戦うときは自分が試合に出て絶対倒す。」という言葉。

やっとその時がきた。

明日は勝つ。






まあそのサッカーノートは5日間でめんどくさくなってやめたのですが。

1年 沢登 孝介










2014年9月4日木曜日

Dチーム通信

Dチーム通信

大したことではありませんが、先日「意識の高さ」について考える機会がありましたので、少し書きたいと思います。
最初に断っておきます。お前ごときが何を言っているんだ、という批判はあるでしょう。お許しください。

私のFacebook上にはこんな投稿が頻繁に現れます。
「○月□日
今日はゼミのOBで30歳にして社長の~さんの講演を聞いてきた!!やっぱ社長すげーわ笑 この社長はやっぱ人間としての一本の筋みたいなのがしっかりしてて、色々考えさせられた!!さらに講演に来てるやつも東大とか慶應のやつとかいていい仲間に出会えて最高や!!こいつらと講演後飯行ったけど、めっちゃ楽しかった!人間の根本の部分についても語り合ったで!!○○運転ありがとうな!!」

実際に私のタイムラインにはこういった「意識の高い」投稿が散在します。ちょっと関西弁が混じっていたり、軽々しく人間の根本とか言ってるたりするのはおいといて、あなたはこういった投稿にどういった印象を受けるでしょうか。うまく言葉では言い表せないにしても何かしらの違和感を感じるかもしれません。この種の「意識の高さ」は不安定で中毒性があります。自分の「意識の高さ」を他人に見せつけないことには不安が募るばかりで、一時の不安を投稿や語り合いによって解消しても、その不安という魔物はまた現れます。まるで闇の中の鳥かごに閉じ込められた小鳥のようです。方向性を見失い、もがき続け、翼はどんどんすり減ります。でもある時気付きます、周りが闇なのではなく、自分が 目を閉じていただけなのだと。世界は眩しいほど明るく、意味のあるものなのだと。

サッカーをしててもそのようなことは起こります。自分はそうでなくありたいと思いますが、私にも当てはまることかもしれません。自分のミスパスを受け手の動きのせいにして怒鳴りつければ、ミスを相手のせいにできるだけでなく、よく声を出す「意識の高い」選手にもなれます。話し合いで自分勝手な理論を振り撒けば、それもまたチームのことよく考える「意識が高い」選手とみられます。しかしそれにはどこかFacebookの彼らと同じ匂いがしてなりません。真に意識の高い選手は味方を罵倒する前にミスを取り返そうと切り替えますし、話し合いの場で自分勝手な持論を述べないでしょう。
もちろん、自分のやるべきことを考え自分のためにも仲間のためにも懸命に行動してるすごい人たちが周りには他にもたくさんいて彼らには尊敬する限りですが、似非意識高い選手が自らの「意識の高さ」を保つために周りに危害までを加えるのは、チームとして勝つという点に限定するならば良くないことだと思われます。

何よりも試合に勝つことが第一義か、はここでは置いておいて、試合に勝つためにはなるべく多くの選手が似非意識高いではなく真に意識が高い必要があると私は思います。技術で劣っている分、チームで勝つという戦い方の根本的な精神はそこにあると思うのです。仮に今チームが絶対に負けられない状況にあるとしても、自分のこと、チームのことを前向きに考え行動すれば必ず勝てるはず!!(私が言うのもどうもおかしいと思うかも知れませんが)

自分のことを少し述べると、私は真の意識の高さという点では全く良くなく、この1年間自分のためにもチームのためにも何かができたわけではありません。幸い、ゆっくりと自分を鍛えるための時間ができたのでまずはこの貧弱な身体をそして脆弱な心を鍛えていけたらと思います。

言葉の量と言葉の価値は反比例だと信じるがゆえに、フィーリングスなど2行で終わらせたかった。


 二年 経済学部進学予定  藤木友

For This Moment

試合の前日はいつも眠れない。

俺が蹴った玉がゴールに突き刺さり、その瞬間時が止まる。一瞬の静寂の後破裂したように歓声が響き、俺は我を忘れて皆のところに飛び込む。ピッチのメンパーも走り寄ってきて、次々に抱きつく。皆興奮している、だってそりゃあ、後半ロスタイムの決勝点だもの。まもなく試合終了の笛が鳴り、皆飛び跳ねる。勝利。俺たちはこの瞬間のために走り、この瞬間のために考え、この瞬間のために全てを捧げてきた。最高だ。


試合前日深夜零時。ベッドの上で一人にやける。心臓が高鳴り、からだをばたばたさせ、ガッツポーズする。はたから見たら気持ち悪いかもしれないが、これが試合前日恒例のイメージトレーニングだ。当然眠れなくなってしまう。試合前の過ごし方としていいのか悪いのか分からないが、俺はイメージングがとても大切だと思う。イメージ出来ないことは、きっと実現出来ない。明確にイメージできるものはきっと何だって実現出来る。

ーーーー

10試合終わって勝ち点7。

自信を失ってもおかしくない。客観的に見て、東京都1部きっての弱小チーム。 それが何? 俺は自信がある。開幕前から一切変わらない、むしろより自信がある。いまのチーム(4年・3年・2年・それから1年)、メンバー、星さん・コーチ・監督陣、その情熱と努力と試行錯誤を目の当たりにして言える、このチームは勝つに値する。

なぜ勝てないのか。なにが足りないのか。もっともっと自分を信じること、チームを信じること。
近松のFeelingsに完全同意で、勘違い野郎が一番強い。どうやって勘違いするか? 自分がピッチで輝く姿を強くイメージする。相手を圧倒する姿を。
だから俺はイメージする。こんなに頼もしい味方がいる。練習もした。ミーティングだって死ぬほどやった。おまけに俺は天才だし、ラッキーボーイときてる。出来る。出来ないはずがない。

負けんなよ。気持ちで。
そりゃあ相手の方がサッカーは上手いかもしれない。でも、サッカー上手い方が勝つんなら、試合なんてやる意味ないでしょ。
どんなに試合展開が悪くても、どんなにうまくいかなくても、信じろよ。仲間と、自分を。メンバーだけじゃない。そこにいる全員が。


勝とうじゃない、勝つんだ。


ー俺たちはこの瞬間のために走り、この瞬間のために考え、この瞬間のために全てを捧げてきた。最高だ。
4年 羽場優紀