2014年11月25日火曜日

二方向からfeelings


Side A

グラウンドで仕事をしていると、時折、武道の部活の掛け声や気合入れの声が聞こえてくる。その度に思ってしまう、「もし、私が大学でも空手を続けていたら…」と。新歓期に一度も空手部を見に行かなかったことを全く後悔していないと言ってしまえば嘘になる。それは、一度うわさで聞いた「上段蹴りが相手の頭上を越えるような長身で、イケメンで、上手い男の先輩」を一目でも見られなかったからではない。せっかく高校時代やったことを大学でも続けなかったことへの後ろめたさがあるからだ。でも、私はどこかで分かっていた。たとえ続けたとしても、高校の空手部は決して強くなかったし、私に空手の才能があるわけではないから、そこまで極められないだろう、これ以上の上達はのぞめないだろう、と。だから、複数の上クラの先輩から「空手部の友達が、空手経験者がいると聞きつけてその子の連絡先を教えるように言ってきたんだけど」と言われた時も、「教えないでください!」とすかさず言ってしまった。こんな中途半端な気持ちなのに、熱心に勧誘されたら、押されたら入ってしまいそうだったから…

でも、これははっきり言って「逃げ」である。ずっと続けてきたことをやめるのは、ある意味その道をあきらめるということ。振り返れば私は中学校の頃あんなに打ち込んでいたことも高校入学時にぷつりとやめてしまった。ただの大学附属中学校なのになぜか音楽にやけに熱心、合唱コンクールも盛んな中学校に行っていたため中学時はコーラス部に入り、クラスでも2年連続で指揮者をやった。人の声の美しい調和、響きをこわいほどに追求しこだわりぬいて、指揮の勉強にも没頭した。中3になっても高校受験の勉強よりむしろ音楽の勉強をやっていた。クラスメートも私にしっかりついてきてくれて、最高の合唱が出来上がった、、はずなのに合唱コンクールでは優勝できなかった。あそこまで最高の準備をしたのになぜ、という思いが湧いてきた。3年生全員で合唱する曲「流浪の民」のソロパートを歌う一人にせっかく選んでもらったのに、そちらの方も、自分の独唱部分で最初に若干声がひっくり返ってしまい、理想通りに歌えなかった。私は、怖くなった。全力の準備をしても、本番うまくいかないことがある。成功しないことがある。あんなに好きだった音楽のことを、初めて怖いと思った。それでも、その恐怖を乗り越えて、自分の未熟さを認めた上で成功を求めてもう一度高校でも真剣に音楽と向き合うべきだった、、のかもしれない。しかし私は弱かった。180度切り替えて全く新しいスポーツそれも武道を始めた。

 こうして振り返ってみると、私は人生、逃げてばかりだともいえる。どこかで限界を作ってしまって挑戦することをやめてしまう。だからこそ、このア式蹴球部に心ひかれたのかもしれない。サッカーは、小学校とかそれよりももっと前とかたいていの人が小さい頃に始める。そして年齢を重ねる中で、「自分にはこっちの方が合っている」と他のスポーツに転向したり、「もう十分やりつくした」と言って全く新しいことを始めたりと、一人、また一人とサッカーをやめていく。そんな中、ア式の選手は少なくとも約12年以上サッカーをやってきたということ。そのことがまずすごい、、と感心しながら新歓期、入部当初、選手さんたちを眺めていた。しかし、それだけではないと今は知っている。ただ続けているのではなく、さらなる高みを目指して日々挑戦している。限界など定めていない。尊敬するしかない。サッカーをプレーしてきたこの10数年、越えられる気がしない壁にぶち当たって、やめたくなったこと、嫌になったことは絶対あったはず、と思う。それでも私みたいにどこかで挑戦することをやめて他の道に転向することはしなかったんだな、と思うとまた感心してしまう。もちろん、色んなスポーツ、色んな事をやってみるのは素敵なことだしそれはそれで魅力的。でも一つのことに集中してそれを極めることは、私にとってもっと魅力的に見える。自分がカテゴリーを落としてしまったり、部がリーグ戦を戦う場のレベルを落としてしまったりと、大学に入ってもやっぱりサッカーは辛いな難しいな、、という弱音/本音も心のどこかに抱いているのだろう、彼らは。しかも毎日それらと向き合わなければならない。もしかしたら、高校まではそれなりに上手くいっていてあまり苦労もしてこなかったが、大学でア式に入って初めて大きな壁にぶち当たっている選手もいるかもしれない。しかも初めての壁は実際より大きく固く見えてしまう。

 さて、そんな選手のために私に何ができるか?「よいしょらせ」と壁をどかすことが私にできる訳はない。できるのは、壁を実際より小さく見せたり、少しでも早く、確実に壁を乗り越えられるよう助けることくらいだろうか。そんな抽象的な話をしていても全く practicalではないので、まずは目の前のやるべき仕事をミスなく当たり前に完璧にこなすことを肝に銘ずることだろう。当たり前にこなさなければならぬことだが完璧にしようとするととても難しい。「ああまた今日も私があそこでああしたせいで練習時間のロスだった」とか練習後いつも思っている気がする。「今日は完璧だった」と思える日は残念ながら無い。本郷からの帰り道は、「自分嫌い」モードな懺悔の時間。(メンヘラとか精神不安定ではなくて…)でも次の自分の仕事をより確実にするために欠かせない大切な時間。ここで、「まあ、私ってボーっとしてて忘れっぽい性質だから仕方ない」とか「おっちょこちょいだから多少のミスはやむを得ない。」「あのくらい誰も気付いてないっしょー」と思ってしまったら、自分の限界を定めてしまうということ。自分の限界を定めちゃったら今までの私の二の舞。自分の性分のせいで自分に迷惑がかかるのは許せるにしても、部全体に迷惑がかかるのはもはや絞首刑。その時点でもはや試合終了だから逃げるな私―!!ストイックにならなんとよ!と奮い立たせるのである。

2部に降格しても、ひたむきにボールを追い続けるその真摯な姿勢を変えることなく、いや時には前にも情熱を増してサッカーに取り組み続ける、サッカー10何年目の人々を見つめながら、「挑戦し続ける人に憧れるばかりでなく自分もそうなろう」と決意した今日この頃です。

 

Side B

とはいってもストイックになりすぎると、考えすぎると、自分を責めすぎると、がんじがらめになって結局何も進まないこともある。そもそも、リーグ戦でア式がなかなか勝てなかったのは、選手にストイックさが足りなかったからだとは私は全く思えないので、今度は全く視点を変えてみる。

孔子曰く、「これを知る者はこれを好む者に如かず、これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」

この言葉を、ある物事を「知っている」段階からさらに努力を重ねれば、「好き」という段階にステップアップできて、さらに鍛錬を重ねて最終的には楽しめるようになる、そこまでいけば怖いものはない、という意味のみで私は最初とらえていた。

しかし、トリノ五輪スピードスケート男子500mで日本人最高4位になった及川選手は、父親が書いたこの書置きをトリノまで持って行ったそうだ。オリンピックという大舞台へと息子を送り出すときにこの言葉が使われたということは、「もはや楽しめたら一番強いんだ、リラックスして楽しんで」という解釈も可能ということである。

そう、楽しむ人が最も強い。努力と試行錯誤を重ねて、その過程さえも楽しみに変えられれば、何者にだって勝てるはずなのだ。だから細かいことを小難しく考え抜いたり、自分をひたすら責めるばかりでなくいっそのこと楽しんでしまえばもうこっちのもの!とも言える。

空手は、試合では寸止めルールが適用されているとはいえ、中途半端に強い相手と組手するときは攻撃されると痛い。それなのに相手に自分から向かっていけ、とか監督は言うけど怖い。でも、自分が練習してきた守りを精一杯発揮して少しでも効果が見られたとき、快感を得て楽しめばいいのだ。形は4方から審判に見つめられるし緊張するけど、もはや自分の架空の相手と戦うその冒険を楽しめたら一番綺麗な形の演技ができる。

中学生の私があそこまで指揮に、合唱指導に、自らの歌う声の改善・研究にのめり込めたのは楽しかったら。指揮する自分の指先の動きひとつで皆の声色が変わるのは快感だし、「こういうイメージで歌ってほしいんだよね~」と言ったことが伝われば本当に嬉しい、楽しい。ここのフレーズ、上手く声が出ないな、と思ったところをああでもないこうでもないと試行錯誤した末、理想通り自分の声が出た時「歌って楽しいーーー!」と思ったものだ。

高校の時、おそらく最も苦労した英語ディベート大会を乗り越えられたのも、一日中、仲間と一緒に調査・議論を重ねるのが楽しくて、試合に勝てたらもっと楽しかったから。最初、英語の先生にやらされているといった「義務感」で頑張っているときより、楽しい楽しいと思っているときの方が断然流暢に英語が出てきた。頭もフル回転した。

 

楽しい!!というシンプルな気持ちは確かに、最大のエネルギー源である。sideAのテーマであるストイックさ、そしてsideBのテーマ、「楽しさというエネルギー源」、柔軟にこの両方をしっかり胸に抱いて一人ひとりが毎日を生きていくことでもっともっとア式は素敵な集団になれると思う。勝利だって自ずとついてくると思う。私たちは「東大」ア式蹴球部。そのくらい頭を柔らかくすることはできると私は信じております。

 

(情弱脱却のために) Twitter始めました。もう何でも情報入ってきます
1年 スタッフ 情報強者 松本彩伽

世界進出?!

 最近、世の中ではグローバル化が叫ばれている。色々な文化が日本に流入し、世界をより身近に感じることが出来るようになっている。そんな中、その波はとうとうア式にも押し寄せてきている。留学生やPEAK生が相次いでア式に入部してくれたのだ。ニュージーランドから来たかと思えば、スイスからも来て、もう時差ボケで眠くなりそうだ。
 このグローバル化の流れを僕は不安と期待の中で受けとめている。今の1年は何故か普通の学部生なのに、英語がペラペラの奴が多くて、いつしかア式の公用語が英語になるんじゃないか?という不安がある一方で、彼らと積極的にコミュニケーションをとって行けば、ESSに入らずとも、英語の勉強が出来、外国の文化を身近に感じられるのでは?という期待感もある。また、彼らは拙い日本語であっても、積極的にコミュニケーションを取ってくるし、日本のサッカーに適応してくるし、本当にタフで見習うべきところが多くて、長らく日本人で構成されてきたア式に新たな刺激を与え、新たな視点をもたらしてくれるという期待感もある。
 また、さらにリクルーティングの面で言うと、これを機に海外に対しても、ア式をプロモーションしていけば、のちのち、バルセロナのカンテラ出身の留学生など、とんでもないクラブ出身の部員が入ってくるかもしれない。そんな、未来を想像するだけでドキドキしてきてしまう。いずれにせよ、ア式のグローバル化はア式を一つ上のステージに進ませてくれる可能性を秘めているように思える。

1年 山岐豪憲

2014年11月23日日曜日

むーーりーー

 「七転び八起き」ということわざがある。まあよく聞くが、何度失敗してもそれに屈せず奮い立つ姿をいったものである。これはうまくいかなくて悲観的になっているときに読むと元気が出ることわざだ。何度でも立ち上がってやろう!という気持ちになる。
 しかし一度転んで立ち上がってもその原因がわからなかったりきづかないままではまた同じ転び方をしてしまう可能性は十分にある。しっかりと基盤を作って立ち上がれるか、よろよろでなんとか立ち直すか、ころんだままか、それともさらにばたりと倒れてしまうかがこの一年で決まる。練習、試合中でも誰かに指示されなければ動かないという受け身の硬直した状態では大きく成長することはムーリーなのだ。指示されるがままに動くのではなく一人一人が考えて工夫する。昨日と同じことを今日も繰り返さない。同じ転び方をおなじように繰り返しても何の進歩もない。自分にはムーリーと思って消極的にならずどんなに小さいことでもどんなにわずかなことでも部員一人一人が工夫して発言、発信することを積み重ねれば強いチームになると思う。 
 再来年一部の舞台でパワーアップしたア式を披露するためにまずは目の前の新人戦、そして来年二部でひとつひとつしっかり闘っていこうW(`0`)W

  てか思ったけど七回転んで八回起きるなんてむーーりーー 
  1年 矢崎 諒

2014年11月18日火曜日

あかるくたのしいfeelings


9試合の公式戦を経て、私のPCの中にはたくさんの写真が保存された。
練習を始めたころは躍動感あるプレー中の写真なんて撮れなかったし、10人以上で映ってる写真なんてそうそうなかったので嬉しい限りである。
 
ア式でスタッフをやっていたころから、一眼レフで撮った写真が好きだった。
自分が撮った写真を使ってくれる人がいるのも嬉しいし、素敵な写真を加工するのも楽しい。写真がたくさんあると、広報も楽しいし、新歓の頒布物も作りがいがある。
今までになかったカッコいい写真、楽しそうな写真を抱えて、わくわくしている。

 
 
試合を振り返るときには、ビデオを見て反省するのが効果的だが、試合中の写真を時系列の通りに見ていくのも意外な発見がある。
仕事柄、試合中の写真にはすべて目を通したのだが、
「キックフォームが良くないな」
1枚目の写真でいいところにボールを置けていなかったから、3枚目の写真ではボールを奪われてしまったのだ」
「長いボールを蹴るのが上手な人は、軸足をすごく抜いている」
「彼女はボールを持っているときの姿勢がすごくいい」
などの発見があり、フィードバックすることでプレーの改善にもつなげられた。
もちろんビデオと比べれば、俯瞰的で試合全体を通したマクロな視点での反省にはつながらないが、まだまだ未熟な部分が多いからこそ、個人的で一瞬のミクロな部分での反省から得るもののも大きいと思う。
 
 
さて、プレー以外にも、写真を見ていて気付いたことがある。
“試合中の写真に、笑顔の写真が意外な程多い”ということである。
私は(自他ともに認める、女子部いち殺伐とした人間なので、)プレー中の写真で笑顔の写真は1枚もなかった。
が、チームメートの写真には、笑顔でプレーする写真が散見された。
ボールを追っかけているのに笑顔の写真、笑いながらボールをキープしている写真…
そういえば試合中にコミュニケーションを取ろうと名前を呼んだとき、彼女たちは笑顔で振り返っていた。

私にとっては不思議だった。
サッカーは楽しいかもしれないけど、試合は必ずしも楽しくない。
試合に勝ったら楽しいかもしれないけど、勝ってる試合は必ずしも楽しくない。
余裕を持って勝てた試合は1試合もなかったし、過密日程の中90分の試合をこなすのはみんなにとって大変なことだったはずだ。
数的不利の相手にリードされる試合、リードしながらも後半猛攻に遭う試合もあった。

それなのに、笑っていた。

きっと、大変な時や真剣な時=笑顔がないという私の頭の中の固定観念が誤ったものなのだし、というか今やそれを忘れてしまっているのだ。
笑顔でプレーできているというのはリラックスしている証拠、なのだろう。
どちらが正解でどちらが間違っている、ということはないだろうが、笑顔でいいプレーができたら一番いいなあと思う。
 
プレー写真は一瞬を切り取るからこそ、楽しさ、喜び、不安、焦りが強く表れるときがある。
余裕が一枚に表れていれば、きっとリラックスして試合に臨めている。
 
 
 
そして、
いかなるカテゴリー・レベルの人も、
各々が納得いく形でサッカーを楽しんでいますように
 
 
 
本当は温厚な人間です
女子部2年 大多和 愛
 
 
 

 

2014年11月17日月曜日

正直な気持ち


よく選手は
ア式にいることを『機会損失』って言う。

これは私個人の考えだけど
スタッフだってただなんとなくここにいたら『機会損失』だと思う。

選手からしたらスタッフは週3きてれば許されるし、あとの週4何してても良いんでしょ!って思うだろうな。

でも、
スタッフ全員が思い思いに週3のみでシフト提出したら…どこか必ず穴が空く。
いつもいつも週3でシフト提出していたら、趣味?サークル?感覚でここにきてるのかなぁ、なんて思ってしまう。

私は、現実的に他大学の子もいて特に女子大は出席も厳しいから週3マストの決まりはベストだと思っている。

でも、ここからは本当に個人の考えだけど…

週3でも、せっかくア式にいるなら、サークルじゃなくて体育会系のサッカー部、『東大ア式蹴球部』に所属することを決めたのなら、プレイヤーじゃなくても部員の一員であることに変わりはない。だから!!目標を持って取り組んでほしい。
スタッフだってなんとなくいたら、たんたんと仕事をこなしていたら機会損失だと思う。

もし土日部活なかったら旅行行けるし、留学だってできるし、一人暮らしの子は好きな時に帰省だってできる。お金欲しいと思えばいくらだってバイトできる。長期のインターンもいける。

あ、でもここで勘違いして欲しくないのは、今いるスタッフはただ単にここにいるとは全然思ってないよ。

うまく言えないけど
目標がないと人って頑張れないし
成長できない
スタッフって部で東京都一部復帰とか目標にかかげても
ちょっとピンとこない部分があると思うの、プレイヤーじゃないから、直接勝利に貢献できないから。
だからこそ、もっと具体的に自分で目標を持って全ての仕事に、取り組んで欲しくて。

例えば…
私が今まで見てきたスタッフの先輩たちはこう言っていた。
『選手が関東昇格を目指すなら、私は東京都一部で1番のスタッフになる。』
『選手は週6で部活。サッカー歴も10年以上。マネ歴四年…週3来てればとりあえず許される…彼らの頑張りに追いつくために週6行く。』


私の目標はスタッフの質を上げること。スタッフの質とかいうと具体的じゃないけど。

2年の時に関東一部の人が来るトレーナー講習会に一人で飛び込んで参加したことがきっかけ。
関東一部のスタッフと東京都一部、二部のスタッフって違うなって肌で感じた。うまく言えないし、否定的な感じに聞こえてしまうけど…。それまではア式のスタッフの先輩凄いなーって思ってたけど、上には上がいた。もちろん、今でも私の中ではア式の先輩方は素晴らしくて、追いつけてないと思う。自分はまだまだ未熟。

選手だけじゃなくて
スタッフも東京都一部復帰、関東昇格に見合うレベルまで上り詰めないといけないと思う。






ア式は降格した。
メンバーだけの責任ではない。選手だけの責任でもない。スタッフもだ。部、全員に等しく言えるはず。

きっとその人、その部に見合ったフィールドでサッカーすることになるんだって、思った。
今のア式は東京都二部のフィールドでプレーするのが見合うことになる。
と、同時にスタッフも東京都一部ではなく二部レベルなんだ。認めたくないけど。言い過ぎなのかもしれないけど。今までスタッフは頑張ってきてないなんて、言わないけど。私とさきについてきてくれて、ありがとうってむしろ思う。

私は絶対、1年で東京都一部に戻りたい。
降格が決まってしまった日、マネ部屋でみずきさんに『ごめん、来年頑張って』って言われた瞬間、堪えてた涙が溢れた。

割り切って
残りの一試合、選手に頑張ってもらうために、再スタートのために、目の前の一勝のために、さきとモチベーションビデオを製作した。
正直、あんな中で作る意味も感じたけど…それでも作ってって言ってくれた選手がいたから、見てもらえるように、少しでもモチベ上がるように試行錯誤した。

最終節は自分が1年だったときの先輩たちも応援に来てくれていた
気が張っていたせいか先輩の顔を見たらまた泣けてきた。
明日香たちは関東行くんだよー!って二年前先輩に言われた言葉を思い出した。でも現実はそう簡単じゃなくて…。申し訳ない気持ちと悔しい気持ちで、どこかぽっかり穴が空いた。
そんな私の周りには、後輩と、たった一人の大切な同期がずっと側にいてくれて
その様子をみた先輩は
『明日香が泣いてどーすんの!!こんなに後輩周りついてきてんじゃん、大丈夫。しっかりしろ!』
って言われてハッとした。

そうだなって。可愛い可愛いこの子達となら頑張れるなって。
たまに怒ったりキツイことも言っちゃうと思うけど。奥田ともたまに喧嘩するけど笑


自分もまだまだだけど
スタッフ全員で同じ方向向いて走っていきたい。
四年生だから、とか、三年生だから、とかじゃなくて切磋琢磨していきたい。スタッフの皆と学年関係なく高め合える関係でいたい。




そうは言っても、やっぱりスタッフってあくまで頑張っている選手のサポートをしに来ているから
選手が頑張っていないとモチベーションも上がらない。

頑張っていない人のために頑張る人がどこにいるだろーか。絶対いない。

新人戦が来月からはじまる。
今、ア式は新人戦チームとそれ以外のメンバーがグランドで練習している。同期の3年はオフでグランドにはいない。たまに自主練してる人もいるし、ミーティングで部室いるの見かけるけど。

新人戦チームにはスタッフも1、2年をシフトに入れている。全て1、2年で考えて頑張って欲しいから3年スタッフは関与しない方針でいる。

新人戦チーム外の1、2年選手の練習にオフ明けからついているが…
準備ができていなかったり、人任せだったり…しまりのない雰囲気にやる気が失せた事がある。
サッカー以前の問題なんじゃないかとさえ思った。
もちろん、頑張っている人もいることはわかってる。

今日の帰りの電車で
ヤマケンがマツケンに怒られてた。ヤマケンはおにぎりを片手にしょぼしょぼしながら、はい。はい。って話を聞いていた。ヤマケンが悪いわけじゃないんだけど。
マツケンはヤマケンに期待しているんだろーなーって思った。
言って響かない奴には言わないだろうし。

それにしてもおにぎりを片手に持ってしょぼしょぼしていたヤマケンの姿が忘れられない………。笑






はやく三年生がグランド戻ってきてほしいよ。同期のいないグランドなんてやだよ。主将、花嶋くんのいないグランドはしまりがないよ。

やっぱりトップチームのあの雰囲気で部活したいよ。
それでもまだまだ足りないんだろうけど。






テーピングする時はみずきさんから譲り受けたハサミで切ります
三年 布施明日香

2014年11月10日月曜日

タラントン

福音の中に「タラントンのたとえ」というものがある。「タラントンのたとえ」では、主人がしもべ3人にそれぞれの能力に応じ5,2,1タラントンのお金を渡し、主人の留守中にそれがどのように使われたかという内容で、始めの2人しもべは、商売をして増やすことができ、帰ってきた主人にほめられるが、1タラントンしか渡されなかった3人目のしもべは、主人の性質をひどい方だと自分の思い込みで決めつけ、そのお金を地面に隠しておいたため、増えずに、主人の怒りを買ってしまった、ということが語られている。タラントンとはこのお金の単位のことで、与えられた能力や性質をどのように生かすかが、人間に求められているということを説いている。神からいただいた人生を有意義に生かす者が祝福を受けることができ、神から預かったタラントんをうまく用いれる人と用いれない人の差は、神に対する愛であると言うことだ。
このタラントンをア式における自分の能力として考えてみる。自分はア式蹴球部に所属し、はじめは先輩方の指示に従いスタッフとしての仕事を教えてもらってきた。そして入部して半年たった今、4年生の先輩は引退してしまい任される仕事も増え、自分で判断して行動しなければならないという機会が増えてきた。入部当初の自分にはタラントンはわずかしか与えられていなかっただろう。しかしア式が強くなるよう、選手が滞りなく練習できるために何ができるか、ということを考え行動してきて、きっとタラントンを増やせたのではないかと思う。でもまだ半年、スタッフとしてはまだまだ未熟者、そしてまだまだア式のスタッフとしていられる。その期間ア式の1部昇格、関東昇格を信じて、与えられたタラントンを活かしつつ、増やしていけるように成長していきたい。

1年スタッフ 長畑沙椰

2014年11月5日水曜日

最近の心境

リーグ戦9試合が終わった。

開幕したときは最終節が遥か遠い未来に感じられ、気力体力ともに乗りきれるか心配だった2か月間も、終わってみるとあっという間だった。その間、色々と思うところはあったのだけれど、最後に一番強く感じたのは、私はこのチームが好きだ、ということだ。

9試合中6試合、私のポジションはゴールキーパーだった。今までキーパーなんてやったことはなかったし、正直不安ばかりだったけど、やることに決めた。チームが勝つことを考えたとき、サッカーの下手な私が一番貢献できる形なのかもしれないと思っていたからだ。

しかし、もちろん試合でいい仕事ができるわけはなく、いつだって頼りなかった。得点した後、ハイタッチに走りに行けない私に手を振り、「ともこー!!やったよー!!」とわざわざ大声で叫んでくれるすばらしい主将成瀬をはじめ、みんなの力強いプレーに、そしてミスだらけの試合の後でも必ずねぎらってくれる優しさに支えられ、なんとか90分間立っていた。そんなみんなを頼もしく思う一方で、というか頼もしく思うだけに、優しい言葉をかけられると、ピッチ全体を見渡せる位置にいるくせに何もできない自分が情けなく、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。ただ勝ちを目指す中、その情けないという気持ちだけで終えてはいけないので、どうにかこうにか走ってきた、という2か月だった気がする。

そうやって1試合が終わっていくごとに、先週よりも今週のほうが「いいチームだな」「好きなチームだな」と感じていることに気付いた。

(最後に照れ隠しの意味も含めて)私はおそらく、普段どちらかというと冷めていて、こんな感じで自分の内面を語るようなタイプではないのだが、そして周囲の人からもそう認識されていると思うのだが、何を書くべきか迷ってこんな感じの文章を書いてしまった。。。


本当は緊張してるのに、プレー中の写真が真顔だと指摘される
女子部 4年 藤井朋子