2015年3月17日火曜日

football(上) ~未熟者~

 
まえがき
 なぜか僕のfeelingsの順番は毎年この時期にやってくる、、、というのは置いといて、東大に合格した新入生のみなさんおめでとうございます!その中でもこのfeelingsを読んでいる人はア式に入部されることを検討しているかもしれません。ア式では3月中から新歓活動を行っていますので、ぜひぜひ参加してください!僕らもみなさんに会えることを楽しみにしています!ここから急に感じ変わりますが気になさらずに笑


~未熟者~
 「お前、誰かを好きになったことないんでしょ」
 生まれてこのかた彼女ができたことのない僕のことをみんなこう言ってからかう。
 「そんなことねぇーよ!それに彼女だってつくろうと思えばつくれるわ!」
 僕はムキになって言い返す。まぁ言ってしまえば持ちネタである。
ただ正確に言うと、この僕の答えは半分だけ正しい。僕には20年近く片想いをしている幼馴染がいる。A子とでも呼ぼう。(今の世の中、SNSの発達により名前だけでいろんな情報がわかるので名前は伏せておく)A子のことは好きだが、彼女にしようと思えばできるなんていう関係性ではない。
 
 とある友人の紹介(「紹介」と言っても当時、幼稚園児だったのでそんなかしこまったものではなかった)で、僕はA子と出会った。特別美しいわけではなかったが、人を惹き込む何かがその子にはあった。何より、一緒にいて楽しかった。僕がカッコよく振舞って「どうだ!」と言わんばかりの表情を浮かべれば、「かっこいい!」とA子は言ってくれた。A子は僕のみをそして僕のことを世界で一番「愛している」(表現が大げさというなら「気にしている」で構わない)と思っていた。
 こんな魅力的な子はそういない。もちろん他の男もみんな僕と同様に、A子と仲良くしていた。ただあくまでこの当時、僕は「他者の他者であることに盲目な自己中心的世界」と「共有不可能なことによる自己体験の絶対的優位化」に生きていたが故に、A子が他の男を僕以上に「愛している」かもなんていうことは考え付くこともできなかった。
 
 思春期になると、自我が芽生える。そしてそのことが他者の存在を顕在化させる。この中で僕には初めて嫉妬という感情が生まれる。
 「なんでA子のやつ、俺じゃなくて(強調)あいつとあんな楽しそうにしてんだよ!」
 僕は極度な事なかれ主義者かつクールでありたいと願う人間だ。喧嘩なんて数えるほどしかしていないし、そもそも喧嘩するほど事物に執着する自分が醜いと思ってしまうタチだ。ただ、そんな僕でもA子のことに関しては自我を前面に押し出すことをためらわなかった。
 「A子はお前のことなんてなんとも思ってないよ」
 この言われ方ほど僕を苛立たせるものはない。そして、こういうことを言う奴に限ってA子に愛されようと努力をしていない。
 「お前みたいな愛されようともしてない奴が何を偉そうに喋ってんだ。黙っとけ。」
 つい攻撃的になってしまう。僕の悪い癖。
 僕は「他者を思いやれない自己中心的な世界で生きる主人公」であり、「自己の他者に対する優位性の確証」を求めていた。愛されるに値する人間だという傲慢な盲信と愛されていない可能性への恐怖が同居していた。思春期なんてそういう不安定なものだ。
 
 
 
 もちろん、思春期にはA子と以外での様々な経験もする。そして僕は少しだけ大人になった。A子には無関心だが他の子が好きな人、A子が好きだけどそれ以上それ以下でもない人、、、世の中にはたくさんの人がいる。確かに僕の人生は僕に特有のものだが、それは他者にとっても同じことが言える。そこに優位性など存在しえない。
 「自己中心的な世界の主人公であると同時に脇役でもあることを知ること」これが大人の条件ではないかな。多様性の受容と尊重は自己の相対化と視野の拡張をもたらす。
 
 このようにして僕は多様性に溢れる現実を見れるようになった。僕がA子のことを愛していたように、A子も僕よりもっと魅力的な奴のことを愛していることがわかった。その楽しそうな姿を見て、嫉妬する自分も楽しくなる自分も受け入れられた。一方でA子以上に僕のことを愛してくれる子も現れた。なかなかに魅力的な子である。B子と呼ぼう。
 僕はとても満足していた。1番好きな子が楽しそうにしているのを見つつ(大人になれば苦しさより嬉しさが大きくなるものだ)、それなりに魅力的な子が自分に言い寄ってきている現状に。
 ただ物事にはすべからく終わりがある。こんな曖昧な僕にケジメをつけろといってくるやつがいた。
 「お前も気づいているだろ。この状態が本当の意味で誰も幸せにしないことを。お前はA子とB子のどっちを愛するつもりなんだ?」
 奴の名は「時間」という。ホント口うるさいやつだ。日毎に存在感を増してきやがる。ただ彼の言うことは的確だ、なんせ常に僕のそばにいたのだから。
 
 大いに悩み、僕は身勝手な結論に達した。
 「A子に告白しよう。ただ俺だって格好をつけたい。なんでもいいから付き合うなんて恥ずかしい。A子からの愛をそれなりに感じられないのなら、その時はB子に告白しよう。」
 これを最後のガキのワガママにするつもりだ。僕の苦楽に満ちた悪戦苦闘の日々がはじまったのだ。(下巻に続く)


『football(下) 〜実現不可能な完璧〜』8月出版予定!(仮)

誠実・博愛・低姿勢がモットー
副将  新四年 近松 岳洋
 
 

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