2015年4月6日月曜日

素朴な疑問

1月、Cチーム消滅。

2月、LBセカンド創設。

3月、Bチーム解体。

4月、Bチーム再編(予定)。


ものの数か月の間にあらゆる制度的な改革が行われた。
BCチームに関わる多くの部員が自分がチームに対してどう振る舞うべきか考えただろう。
ただそんな中で素朴に疑問に思っていることが多々ある。



【論題➀】本当に「LBセカンド」制度は上手くいっているのか?


LBセカンドは上手くいっているからBもそれを見習え。
そういう意図でBチームも解体されたようだが、僕自身はそうは思わない。


確かにBと互角に戦うし、いざ練習試合の場を与えられればBを上回る活気でプレーする。

本来戦力外であるはずの人間で構成されたチームが、サッカー面でチーム全体を下から上へ突き上げている。旧制度下でCチームが果たすべきだった役割そのものを見事に体現している。そういう意味で上手くいっているように見える。見かけ上は。


でも、LBセカンドが創設された原点に立ち返ってみてほしい。

…と思ってLBセカンドの定義を書こうと思ったが思い出せない。ただ確か、チームに対してピッチ外での貢献しつつ、Bを目指す人は目指してもいいし、その中間で悩んでもいいみたいな曖昧な感じだった。そんな気がする。

その曖昧さが、LBセカンドの現状にぬるさを生んでるのではないか?
結局、練習の頻度を落としてサッカーやってるだけで、本当にチームに貢献したいと思っている人間がどれほどいるのかよくわからない。まだ週6でストイックにサッカーに向き合っていたCチームの方が気持ちの面でチームに対する思いは強かったのではとも感じる。

俺自身は、星コーチの言葉の引用ではあるが、「自分はこれ以上サッカーのプレーでチーム(の公式戦での勝利)に貢献できないけれども、それでもサッカーを続けながらピッチ外でチームに貢献したい人達がサッカーを楽しむ場」を作ることは素晴らしいことだし、それがLBセカンドの理想像だと個人的に思っていたけれど、今のLBセカンドが将来的にその姿になることは現時点であまり想像がつかない。LBセカンドの中でも何かしらの仕事をしている人はもちろんいるだろうけれど、昨年味わった降格の悔しさを忘れず、チームの現状に常に問題意識をもって行動している人間はどれだけいるのだろうか?

もちろんLBセカンドの中にも自分が戦力外であるという評価を覆したいと思ってサッカーしている人はいる。ここであえて名前を挙げはしないが、下手くそだけどチームを鼓舞する声、強いメンタリティ、存在感、あるいは真摯でひた向きな姿勢を持った人間もいるし、そういう人間はア式に必要だと思うから彼らを切り捨てるべきではない。(個人的には彼らのためにもう一度Cチームを再編してもよいのではと思ったり思わなかったりする。)

問題は中途半端な立ち位置にいる人たちだ。
曖昧さが許容されているがゆえに本気でサッカーしたい(=公式戦に出たい)のか、ピッチ外で貢献したいのか、はたまたどちらでもないのかよくわからない。


俺は最近LBセカンドの練習にも出れてないし、決して偉そうなことを言える立場にはないけれど、何のためにア式にいるのか、特にLBセカンドにいる二年にはよくそれを考えて行動してほしいと思う。本気でサッカーしたいならそうすればいいし、ピッチ外からチームの勝利に貢献したいならそうすればいい。別に二者択一というわけではないから、どっちをメインで考えていたとしてもチームが公式戦で勝つために何をすべきかを常に意識してほしいし、それを意識することに興味のない人間はア式には必要ない。どんな方向からのアプローチであろうとチームの勝利に対する思いが共有されないと新入生にもLBセカンドというチームの存在意義も正しく伝わらないし、また近いうちにLBセカンドを消滅させることにもなりかねない。



【論題➁】「ピッチ外の仕事=チームへの貢献」ではない


ピッチ外の仕事が全てチームへの貢献になるわけではないが、
ピッチ内でひとたび活躍すればそれはすぐさまチームへの貢献とみなされる。

ピッチ外の仕事のミスが直接的にチームの勝敗に影響を及ぼすことは少ないが、
ピッチ内での一つのミスがチームの勝敗に致命的な影響を及ぼす。


これは現実的に仕方のないことではある。
ただ、立場やそれに伴って感じる重圧の違いはあれど、ア式随一のビッグフェイスで有名なHayato GYOTENも述べているように「チームは一つの有機体」である。部員一人一人の一挙手一投足が
勝敗に繋がる。ピッチ外で仕事をすることも選手としてピッチに立つことも負う責任の大きさに差はないはずだ。


それらに関連して、最近ピッチ外の仕事の範囲が拡張・充実し、それがあたかも部の魅力のようになっているけれど、本当にそうなのか?

選手がやりがいを感じるのが試合に勝った時と引退するときであるのと同様に、
ピッチ外の仕事のやりがいを感じるのも試合に勝った時と引退するときだけだ。


自分はピッチの外でこれこれこういう事を成し遂げました云々は就活では便利なフレーズだろうからそれはその時になったら存分に使えばいい。問題は、ピッチ外の仕事を広げたり、新しいことを始めたりする上で、それが果たして直接的ないし間接的にチームの勝利・強化につながるかを常に考えられているのかどうかということである。ピッチ外の仕事はそれ自体が魅力なのではなく、勝利のための手段の一つとしてピッチ外の仕事があり、その価値は一つの有機体であるチームが勝利することで証明される(と信じて行動すべきだ)。

もちろん、現実として、ピッチ外の仕事の評価は試合の結果以外の部分で受けることが殆どであるし、試合の結果だけでは仕事そのものの適切な評価は下せない。けれども、チームの勝利・強化につながるかどうかを置き去りにしてピッチ外の仕事に携わるのはナンセンスである。ピッチ外の仕事に携わることで自分自身が輝く(=役割を見つけてそこで活躍する)ことは素晴らしいが、それ自体が目的ではなく、それをチームの勝利につなげていく意識がないと向かうべき方向性を見失ってしまうだろう。



【論題➂】「制度」にとらわれるあまり忘れかけていること


LBセカンドが上手くいっている風に見える一方で、Bが上手くいかない結果、
現実となってしまったが、これをBが情けなかったで済ませてはいけない。

そもそもBの解体自体、誰の責任で進んだのかよくわからないまま行われたし、
B解体が合理的かどうかの議論がちゃんとなされたのかも怪しい。


とはいえ試合に勝つため、よりよいチームを作るための制度変更。
その制度変更がチームに変な軋轢を生んでしまってはいけない。

制度に振り回されて、大切なことを忘れていないだろうか?

イギリスの経済学者アルフレッド・マーシャルはこう述べた。

Cool head, hot heart.

冷静な頭脳と温かい心。


自主性が重んじられる以上、個人主義に陥りやすいけれど、
だれかのため、チームのため、そういう気持ちを大切にしたい。



新3年 テクニカルスタッフ
中間 雅之



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