2015年8月10日月曜日

別々の道

思えば私は彼と大分長い間サッカーをして来た。
小学4年の時、彼が私の学校に転入して来た時からほぼ毎日学校でみんなとサッカーをしていた。
高校で再会するとまた部活で一緒になった。地元も同じだし、よく一緒に帰ることもあった。

彼と私との間にはサッカーに対する捉え方に大きな違いがあった。
私はサッカーが大好きで生活の中心にはいつもサッカーがあったが、中学生になる時、行きたかったクラブチームのセレクションに落ちて、将来の夢をサッカー選手と言えなくなり始めてから、だんだんサッカーは自分の中で趣味の一つでしか無くなってしまった。

でも、多分彼は違った。
もちろん彼もサッカーだけのために生きてきた訳ではない。勉強したり、普通に遊んだりもしていた
それでも彼は、常に高い意識を持ってサッカーに臨んでいた。井の中の蛙になることを嫌っていた。常に、自分が上手くなることを考えていた。
大学に入って、私自身もう一度サッカーを始めるという決断に至って、
正直、自分の体格と身体能力と技術では、この先数年頑張った所で、公式戦に出られる可能性は限りなく低いということは分かっていた。それでも、サッカーをもう一度本気でやりたいと思ったのは、彼の存在が大きかった。1年同じ予備校で浪人して、大学でもう一度本気でサッカーをやるということをずっと考えていた彼の姿を見て、高校で自分の限界を感じていた自分がとてもちっぽけに見えた。
まだまだやれることはある。
自分は、高校の途中から公式戦に出れない日々が続いて、正直サッカーがつまらなくなってしまう時期があった。だからこそ、大学では公式戦に出たい、という気持ちがとても強く、それだけを考えていた。

しかし最近はその中で、自分がどこまで上手くなれるかを徹底的に追求するということを見失っていたのかもしれない。
彼は
自分が良いプレーをし続ければば試合には出られる
と言っていた。
彼は相対評価にさらされがちなサッカーというスポーツの世界の中で、自分がどれだけ上手くなれるか、という絶対評価を自分の中に持っていたんだと思う。そして、どんな環境にいようとも、とことん自分のやりたいサッカー哲学を追求し続けていたんだと思う。

なんかただの日記になってしまって非常に恐縮であるが、
とにかく彼が部を去るのは私にとっては非常にショックな出来事だが、
彼からその旨を伝えられた時、不思議と彼らしいなと思ってしまったのも事実だ。
私は彼に置いてかれたのではなくて、私と彼は別々の道に進んだのだと考えることにした。
彼には後悔して欲しくは無いが、彼が去ったことを後悔したくなるようなチームに貢献出来るようなプレーヤーに僕自身なれるよう、
日々後が無い気持ちでボールを蹴りたい。


遅刻,欠席もう二度としません
1年 肱岡

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