2015年9月15日火曜日

football(下)~実現不可能な完璧~

 

(上巻のあらすじ)
僕は20年近く片想いをしている幼馴染のA子との関係性の中で成長してきた。一方で別のB子という魅力的な子から言い寄られている。僕は時間にどちらを愛するのかを迫られ、A子に告白することを決意した。


〜実現不可能な完璧〜
「告白ってそんな簡単にできるもんじゃない。」
これが全てを終えた時の僕の中で1番最初に心に浮かんだ言葉だ。

僕がA子を愛していても、A子が僕を愛していなければ告白しても失敗に終わる。そんな簡単な真実が僕にはとてつもなく困難に思えていた。なぜなら当初僕は「愛される」ことの大変さが容易に想像できたからだ。しかし本当の問題は「愛する」ことの方であった…

世の中不思議なもので僕のように2人の子のどちらと付き合うかで迷う人は少ないようだ。
僕より魅力的でA子を愛している人も多く、しかも僕にとってのB子のような存在、つまり保険が彼らにはないのである。それ故に僕とは覚悟が違っていた。それに外見はB子の方が良かったからよく彼らに
「お前が羨ましいわ。絶対A子よりB子の方がいいじゃん。」
言われた。しかしその言葉には
「えっ!お前、A子を愛するの?ムリムリ!だって俺らの方が魅力あるし、より強く愛してるもん。」
という響きが入っていた。僕はただ愛想笑いを浮かべるしかなかった。魅力のない自分、そしてそのことを受け入れてしまっている自分。とことん負け犬だ。でも選択肢があることは何かを捨てる勇気とそれに伴う強い決意を与えてくれる。B子の存在があるからこそより真剣になぜA子に愛されたいのか、愛されるにはどうすればいいのかを僕は誰よりも自問し続けてこれた。そうすることで僕も少しは愛されるに値する人間になれたと思う。

しかし「愛される」ことを深く考えることを通じて、本当にA子を僕は「愛している」のかという疑問にぶつかった。A子を愛している人はそのこと自体にプライドがあり、自らの愛が確かなものだと盲信している。だが僕は「なぜA子のことが好きなんだ?」と考えてしまう。「好きや愛に理由なんてない」というのはよく言われていることだが、僕は重度の理屈屋だから常に自分を納得させたい。自分が大事にしていることについて相手にはもちろん、自分自身にも誠実でありたい。僕はそういう人間で我ながら面倒な性格だと思う。そんなことをいちいち考えていてA子を愛し続けられるのだろうか

この話はストーリーの方向性が決まっている漫画やドラマではない。現実の出来事は見方によって多様で無秩序な方向性が生じ、「自信・傲慢と謙虚・卑屈」だけを頼りにその中から僕自信が判断を下して道を進んでいくのだ。そして僕は「愛されるための努力への自負」と「愛することの得体の知れない不安」の間でもがき続けた…

もう僕は自分の頭だけでは分からなくなっていた。告白するしかなかった。
「ニイタカヤマノボレ1208」

雨の降る中僕は久しぶりにA子と正対した。恥ずかしいなんて言ってられない。僕はありのままを全力でさらけ出した。人生最後の踊りを舞うダンサーのように。
「僕は君と付き合ってもいいのかな」
長い沈黙。
「…あなたと付き合ってもいいわよ。ただ今のあなたにとって私は親友以上恋人未満だと思うの。私はあなたを愛し続けられると思うけど、あなたは違うんじゃない?」
ここで彼女は少し視線をそらして一息ついた。僕は次に続く言葉を待った。
「間違っていたらごめんね。私から見るとあなたは『私自身』より『私を愛そうとすることで広がる自分の可能性』が1番好きなんだと思う。もちろんストーカーみたいな自分勝手な愛を押し付けようとしていないのは今までのあなたを見ればわかるし、だから私はあなたと付き合ってもいいと思ってるの。でもさっき言ったとおりだから付き合うのはお互いにとってベストではないと思うの。」
「…そうか。僕にはもう自分では分からなくて君に答えを求めるつもりで告白したんだ。君がそう思うのならそれが僕にとっても真実なんだ。…ありがとう。」
僕は心で流れる涙が眼であふれる前に消え去ろうと踵を返して帰ろうとした。その背中にA子はこう言った。
「…でもうれしかった。こう言うべきではないかもしれないけど、おつかれさま。」
尊い過去からの解放と無力感。悲しみと充実感。情けなさと新たな決意。…どうやってもあの時の僕を表現しきることはできない。ただ僕はA子を通じて「愛」を学ばさせてもらった。A子は最後まで僕に僕自身の可能性を示し続けてくれた。
「告白ってそんな簡単にできるもんじゃない。」



今、僕はB子と付き合っている。B子は本当にいい子だ。こんな未熟な僕と四苦八苦しながら「愛」を育もうと努力している。それでも僕はA子のことを考えないなんて言えない。「前しか向かねえ」なんていうのは簡単だがそれだけでは脆い。後ろを向いて悔いることも今の道で次の一歩を踏み出す大きな力になるんだ。捨てた選択肢の分も選んだ道で全力で突き進むしかないんだから。
「悟りとは生涯つかみ得ぬもの」
完璧なんて実現不可能かもしれない。しかしそのために自分の未熟さを知り、完璧を目指して努力をするしかないんだと僕は思っている。

〜完〜

あとがき
サッカーをする理由なんて人それぞれでいい。ただサッカーが自分の中で大事な地位を占めているのなら、サッカーと自分自身に対して「真摯」でなければならないと思う。それは本当に辛いことだと思うけど、自分の醜い・弱いところを見るからこそ自分の美しい・強いところも見える。その分決断することが困難になり、でもその分選んだ道を充実させることができるんだと思う。

ナンノタメニサッカーヲスルノダロウカ

誠実・博愛・低姿勢がモットー
四年 近松 岳洋
 

0 件のコメント:

コメントを投稿