2015年10月19日月曜日

10/25


10月25日リーグ第17節武蔵戦1-1引き分け

同日行われた一橋vs帝京の一戦で帝京が勝ったため勝ち点が並ぶこととなり、得失点差で勝る帝京が再び2位に浮上した。
最終節の相手は、東大は首位東経なのに対して、帝京は創価大。帝京はほぼほぼ勝つだろう。しかも複数得点差で。東大が得失点で上回るためには東経に対して大量得点差で勝たなくてはならないという厳しい状況に立たされた。

もし、あなたが一週間前の自分に何か伝えられるとしたら何と言うだろうか。



こんなfeelingsが次週投稿される。
どれくらいの確率で起こる出来事だろうか?


残る相手は、前期圧倒的な上手さを見せつけられた武蔵と、現在ぶっちぎり1位の東経。
ここの2勝がどれだけ難しいことか。冷静に考えて、状況は最悪なままではないか。

選手は繰り返し自分に言い聞かせていることだろう。緩めてはいけない。油断してはいけない。

だが、その自己暗示は、成功させるのが本当に難しい。
この世の数多のストーリーの中で、「ここで油断したらダメなんだ」、という自己暗示の結末は、決まって、「わかっていたはずだった。でも心のどこかで…」だ。
久しぶりに勝ったチームあるあるだ。苦しんで勝ち取った勝利のその後あるあるだ。
そしてその定番の流れは、分かっていてもなかなか止められない。去年の大東戦、前半早々に相手が退場するとともにPKで先制したが、10人の相手に逆転負け。応援してる人の中にも油断したら危ないと思っていたやつもいるだろう。だがそれを防ぐことはできなかった。

その自己暗示は、仲間の油断に著しく弱い。

「この勢いで行けば次も勝てるっしょ。」
「ワンチャン一橋が勝つんじゃね?」
「勝ち点差2だから、引き分けでもまだ大丈夫。」
「東経が昇格決まれば、最終節はメンバー落としてくるかもな。」

そんなシャワー中の何気ない声は、選手の耳に届いた瞬間に、必死に保ってきた緊張の糸を掻っ切る。仲間の油断に乗っていつの間にかやってきたその死神は知らぬ間に心に住み着き、その存在に気がつく時には試合終了の笛は鳴ってしまっているのだ。


スキを見せてはいけないのは誰だ。
選手だけじゃない。むしろメンバー外こそ油断してはいけない。俺たちの油断は、思ってる以上に影響力がある。

この一週間こそが、先週にも増して、正念場かもしれない。



試合後喜びすぎ?
確かにそうだったかもしれない。
喜びすぎがまずいことなんてあるか?
俺らは勝ったんだ。苦しんで。喜びを爆発させて当然だろう?
しかも試合直後だ。あそこで喜びを抑える必要があるか?

いや、確かにそうだ。俺らは関東昇格を目指すチームで、東京都二部リーグに落ちてもぶっちぎりの一位で一部リーグに復帰していなければならなかったはずだ。その理想と比べてみれば玉川には勝って当然、もはや一部リーグに復帰したとしても当然のこととして振る舞べきだろう。その自覚がないことの表れだ。反省に値する。

だが、その高い理想とは別に、現状のチームは勝利から遠ざかっていて苦しい時を過ごしていた。そして勝った。そんな時は選手をねぎらっていいじゃないか。あんなに走りまわった選手は讃えてやっていいじゃないか。


確かにあれは失敗だった。だがこの失敗はむしろプラスに働くと思う。
あの時みんなが平静を装って、「次、次、切り替えてけ!」なんて口々に言っていたら、発散されることのなくなった喜びはぐずぐずと今もなお心の中に居残っていたかもしれない。それこそ最も自己暗示が意味をなさない心理状況ではないか。


喜びは発散された。その上でたくさんの戒めの言葉をいただいている。チーム内にも反省する声が多い。

この一週間こそが正念場だ。難しい状況の中どれだけ雰囲気を保てるか、メンバー外も試されている。


10/25はどんな日になるだろうか。


4年 MF/CB 瑞基


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