2015年10月12日月曜日

選手とサポーター

 
 この前の土曜日の話です。J1で年間成績17位のモンテディオ山形が、19試合ぶりに勝ちました。
 
 前半は相手に終始ボールを支配される苦しい展開。しかし何とかスコアレスで折り返すと、71分にコーナーキックからFWディエゴがこぼれ球を強引に頭で押し込んで先制。残り時間を死に物狂いで守り切るという、典型的な下位チームの勝ち方だったように思います。 
 
 アウェイにもかかわらず湘南まで足を運んだ両親も大歓喜で、ぼくも内心かなりほっとしました。でも一番ほっとしたのはやはりピッチで戦った選手たちでしょう。
 何か月もずっと勝てなくて、それでも当たり前のように全力で応援してくれるサポーターや、チームを支えるすべての人々に、ようやっと一つの喜びを与えてやれたからです。

 
 チーム全体の戦力では正直、J1のチームに敵わない。どこと当たっても大抵は相手にボールを支配され、我慢の展開が長く続く。逆にこちらのチャンスは90分を通して数えるほどしかなく、複数得点なんてほとんどない。そんな彼らは、何よりもまず守備に全力を注ぐこと・粘り強くゴールを死守することが勝利への最も確実な選択肢だということを知っている。
 彼らにとって、「一点」は重い。先制されれば勝利からはぐっとかけ離れるし、逆に先制すればあとは守り切れるかどうかの戦いになる。
 そしてそんな彼らにとっては、観客を魅了するような試合内容ではなく「勝利」という結果だけが、文字通りすべてなのかもしれない。
 それでも、そんな「一点をめぐる攻防」がまた面白いのだから、結局サポーターはスタジアムに足を運ぶのだろう。




と、特に意味のない前置きはこれくらいにして、


来る日も来る日も勝てない日々が続いて、彼らはいったい何を思っていたろう?

 時々、モンテディオ山形の選手たちの置かれた立場に同情することがあります。同情するのは、「自分がもし彼らの立場だったら、さぞ悩み苦しむだろう」などと想像するからでしょう。

 彼らには、支えてくれるスタッフや応援してくれるサポーターに勝利を届ける義務があります。しかし、何試合も思うように勝てない日々が続くわけです。そんな彼らの境遇に比べれば、ただ応援しているだけの自分は気楽なものです。負ければ確かに悔しいけど、モンテの敗北という結果に対して自分には何の責任もありません。


 総じて勝負の世界は残酷なもので、「どうして自分たちは勝てないのだろう?」などとどのチームも思い悩み、試行錯誤し、互いに「勝ち」を奪い合っています。
 うまくいくチームもあれば、うまくいかないチームもある。そしてうまくいかないときは当然苦しい。いっそのこと逃げ出したくなる。
 特に勝ち負けの直接の原因は選手たちですから、「勝てなかったこと」に対してピッチ外の誰よりも彼らに責任は重くのしかかります。
 

 
 

 しかし、たとえどんなに勝ちから遠ざかっていたとしても、サポーターが応援を止めることはありません。少なくともモンテディオ山形の場合はそうでした。
 

いったいなぜなのでしょう?


____「応援自体が楽しいからいい」「いつか勝つと信じていられるからそれでいい」などと理由は考えられますが、根本的な答えとして、
 
 「負けてもなお戦い続ける選手らの確固たる覚悟を、我々は知っているからではないだろうか?」と僕は思います。
 
 それはすなわち「プレッシャーと向き合う」覚悟、そして、「死に物狂いで戦う」覚悟です。
 
 
 思えば、メッシだってCロナウドだって、華やかなプレーの裏にどれほどの重圧を抱えていることでしょう。負けることが許されない世界において、彼らは持続的に実力を発揮していますが、それは決して当たり前のことではないはずです。陰では絶え間ない努力と、時に精神的限界まで心の葛藤を繰り広げているに違いありません。
 
 そしてこれは上記の二人に限らず、すべてのスポーツ選手に言えることではないでしょうか?

 「勝負の責任」その一点において、ピッチ内の選手は孤独です。その意味で、ピッチの内外に必然的に溝は生じます。外からどんなに応援されても、思うようにできないことだってあります。自分のプレーをどうこうできるのは、結局は自分だけです。
 
 でもだからこそ、孤独な戦いに全力で身を投じる彼らは敬意に値するのだと思います。


だから、選手たちには、期待を背負ってピッチに立つ限りは、己の内なる覚悟の偉大さに自信を持って、勝負を全力で楽しんでほしいと思うのです。


 「支えてくれる人たちに感謝の気持ちを忘れないように」とよく言われますが、選手がスタッフやサポーターに感謝するだけではありません。サポーターやスタッフも、選手に感謝しています。
 というのも、繰り返しになりますが、選手らは責任の重圧を感じながら、身体的にも精神的にも疲弊しながら、それでも最後まで走り続けます。本番だけではなく普段の練習から、地道に努力を積み重ねることで自分を高めています。それは当たり前のことではなく、すごいことだからです。
 
 
 だからこそ、全力で応援されるんだと思います。いいプレーをしてほしいから応援するというよりは、それ以前に、感謝しているから、努力していることを知っているから、その気持ちを応援にするんだと思います。



うまく言えないのですが、気休めに過ぎないかもしれませんが、要するにぼくはピッチで戦うア式の選手たちを尊敬しています。
だから、彼らの勝利のために自分にできることをしたいと思えるようになるんだと思います。



 今日の試合、勝ちはしませんでしたが、気迫のこもったプレーが前後半を通して見られました。それは純粋に称賛に値することです。
 だから、選手たちには自信を持ってほしいです。ピッチ外の誰よりも、ピッチ内の選手らが一番頑張っています。辛いかもしれませんが、今まで同様がんばることをやめないでください。

 

一人一人ができることをやっていきましょう。



3年 加藤裕樹

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