2015年12月7日月曜日

新人戦を終えて





1対6。いや、差はそれ以上にあった。相手は途中から遊んでたし、大人と子供が試合しているかのようだった。悔しい。情けない。


新人戦の初戦、東京大学は立正大学に1-6で大敗した。
オフが明けてからの2週間、大きく成長しなければ未来がない僕たちは、必死で練習した。はずだった。奇跡の一部昇格が決まり、立正大学は来季リーグ戦でも試合をする相手となった。負けていられない。そう思って試合に入ったものの、結果は大敗。これが現実だ。

沢登の負傷で実質的に新人戦で主将を担うことになった僕は、誰よりもその悔しさを感じていた。自分はキャプテンとして何もできなかった。

次の週から、これまでにないくらい自分にも他人にも厳しく練習した。
チーム全体としても、そのような雰囲気があった。
第2戦、日大生資戦。2-1勝利。
第3戦、東農戦。2-1勝利。

時間を経るにつれ、確かにチームは成長していったと思う。ただ、最後の2試合に関しても、僕はキャプテンとして何かができたわけではない。僕自身、チームを引っ張る存在としてもっと成長していく必要があると感じた。しかし、ここで一番言いたいのはそういうことではなく、何が結果を変えたのか、ということだ。


立正戦、必死でもがいてもイマイチ味方が同じ気持ちでいてくれてる自信がなかった。添田さんや花嶋さん、淳さんが抱えてきた苦労がほんの少しでもわかった気がした。そして、自分が紛れもなくその「気持ちが出てない味方」の一員であったことに深く反省した。
一方、日生戦と東農戦はみんなの気持ちが一つになっている感覚があった。びびってるやつなんて1人もいなかったし、誰もが勝利を一心に目指している感覚があった。常に勝利のために走り、考えていた。

何が一番違ったか。
それは、
「選手個々人が勝利のために今何をすべきかを考えて体現していた」
というところだと思う。
サッカーにおける気持ちの現れ方は、こういうものなのだろう。上に書いた通り、僕はキャプテンとして何かができたわけではない。時には他のメンバーに引っ張ってもらった。それでも勝つことができた。
選手個々人が自分のすべきことを常に考えて行動すれば、キャプテンの仕事はこうも少ない。逆に、自分で考えず人に言われたことをやるだけの人間が多いほど、キャプテンの仕事は多くなる。当たり前のことだとは思うが、それぞれが考えて行動することの重要性を改めて実感した。
本当に強い集団になるためには、試合中に限らず私生活から、この当たり前のことを徹底していかなければならないと思った。

最後に、立正大を1-0で下した東農大に勝利することができたものの、まだ何も成し遂げていないということを再確認しておきたい。東農大はかなりメンバーを変えていた。さらに、東大はグループリーグを突破することもできなかった。僕たちが成長してる間に、立正やその他の一部のチームも成長している。得たものは確かにあるが、成し遂げたことは0だ。戦いはこれから。



長文を読んでくださった方、ありがとうございました。
2年 工藤

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