2015年12月30日水曜日

オフサイドはなぜ反則か

オフサイドはなぜ反則か。
考えたことはあるでしょうか?
「ゴール前に待ち伏せされたらゲームが冗長になるから」
まぁ、それはそうでしょう。でもなんかこれでは反則だから反則、といったようなトートロジーに陥ってる気がしてなりません。
そんな疑問に大まじめに答えてくれる本に出会ったので、それについて書きたいと思います。
その名もまさに『オフサイドはなぜ反則か』(中村敏雄著)

フットボールにおいて何より重要なのはゴールまでボールを運ぶこと、その上でオフサイドというルールは極めて不合理なものに思われる、なぜそのような規則が生まれたのか、と著者は疑問を呈し、中世のイングランドまで歴史を遡り、それを紐解いていきます。

もともと中世に行われていたフットボールは一種のお祭りのようなものでそれほど頻繁に行われるものではなく、しかも街全体をフィールドとして、これといったルールもなく、住民が皆参加して一日中行われていたものでした。
しかし度重なる国王の禁止令によって徐々に街全体から広い空き地へとそのフィールドを移し、少しずつフットボールはその形を変えていきます。
決定的となったのは、パブリックスクールの登場によって、若者たちがそれまで空き地で行っていたフットボールを、より限られたスペースの校庭で行うようになったことでした。
特につねにフィールド全体を見渡すことができるという点が、大きく変わりました。それまでは街全体ではもちろん空き地でのフットボールでも、一度に全体を見渡すのは難しいのが普通でした。
そして、それまでのフットボールではなかなか点は決まらず、一点先取のゲームで、勝敗というよりはむしろ祭りとしてのゲームを長時間享受ことが重要でした。しかし校庭のフットボールでは、ゴールが近づいたために得点が決まりやすくなり、せっかくの楽しみがすぐに終わってしまうという問題が発生します。
さらに当時のフットボールグランドは明確なライン引きがなく、境界が曖昧だったため、周りの観衆に紛れて試合の密集を離れ、ボールを受けてゴールへ向かうといった勝利主義的な行動が出るようになりました。そこでオフサイドというルールを設定しそうした行動を防ぎ、ゲームを長時間享受することを保証しようとしたのです。

つまり当初のオフサイドとは当時のフットボールの特徴であったスクラムを抜け出して、そこから離れてボールを受けて得点を挙げ、ゲームを早々に終わらせてしまうことを防ぐ目的があったのです。そこには中世の民衆の祭りとして行われていたフットボールの性格が色濃く反映されていたと言えるのです。

そしてその後さまざまな方向に発展していったフットボールとともにオフサイドルールも変化していき、現在のサッカーのオフサイドへと繋がっているのです。

いかがでしょうか。一つのルールを取っただけで、民衆文化の歴史や、国としての発展の歴史が垣間見えるというところに、スポーツが単なる娯楽に過ぎないという示唆があると思います。こうした奥深さこそがスポーツの魅力を作り出していると僕は感じています。

本ではもっといろんな視点から多くの資料に言及して語っているので是非読んでみてください。駒場図書館にありますよ!

ビルバオより愛をこめて
3年 GK 石川悠吾

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