2015年3月30日月曜日

あれから1年

高校生のころは、色んなことに一生懸命になれた
習い事に、部活に、体育祭に、そして勉強に
毎日毎日、よく継続していたなと思う
特に、勉強

大学生になって、気付いたのは
高校生のころは、
環境に甘えていたということ
みんな頑張るという雰囲気があったから、何事にも一生懸命になっていたのかもしれない
もしかしたら、私はその程度の人間だったのかもしれない
その証拠に、大学生になって、自分で自分の生活を管理するようになって
とにかくいろいろなことがめんどくさくなった
今思うと、めんどくさいというのは単に私が逃げていただけで、
高校生のころは一応、優等生で通っていたけれど
ここは、やっぱり東大で
俗に言う天才とか、血継限界とかたくさん見て
本気を出すのが怖くて、
本気を出して、自分がその程度だったって分かるのが怖くて、

やっぱり今も、少し斜に構えてるところはあると思う
だけど、大学生なりたてのころよりは
高校生だったころの自分を前にしてもら
恥ずかしくないくらいには
本気になれるものを見つけられたと思う

先輩にならって、私もチャクラで考えてみる
まず、チャクラには身体エネルギーと
修行により蓄積される精神エネルギーがあり
その2つを調合比率を考えて練りあわせ
術者の意思である印を結んで、はじめて術が発動する
私にとっては、精神エネルギーとは本や先輩から得た知識のことで
身体エネルギーとは自分自身がもともと持っている知識
調合比率を考えて練りあわせるから
本や先輩に頼りきるのでもないし、自分の知識だけで突っ走るのでもない
そして、
意思である印、つまり、私自身の強い意志と覚悟を常に持って
はじめて、トレーナーの仕事が務まるのだと思う

私の先輩は、外的要因である自然エネルギー、つまり
選手からのら信頼を得て、常に仙人モードになっている

いつか、私も、仙術を使えるように、
信頼を得られるように、
精進していきたいです。よろしくお願いします。

新2年 伊東奈央

2015年3月29日日曜日

考えること


プレー中に何を考えているのか。
考えて闘うことがア式の哲学であるが実際に試合中にいつ何を考えているのだろうか。掘り下げていけばどこまでもややこしくなる気もする...ので、まあなんとなくプレー中の考えることから判断ミスについての雑感。

まず何を考えてプレーしているのかということ。もちろんプレー中に夕飯のことだとか実験のレポートのことだとか気になるあの子のことだとか超弦理論のことだとか...を考えているわけではない。(実際にはたまにそういうことを考えているときもある。が、そういう時はたいていその'冷静さ'や'余裕'でうまくプレーできている。) そうではなくて、プレー中に考えていることは、どこでボールを受けるかいつ動きだすかどんなパスやシュートをするかといったこと。もう少しマクロな視点では、チームとしてボールをどう動かしてゴールに迫るか、試合の流れを読んでどう試合を運んでいくかということなどかな。

ワンプレーに関してもう少し列挙すると
味方、スペースを考慮したポジショニング
動きだすタイミング
受けてからパスまでのボールタッチ
相手の逆を取るためのフェイント
次にパスを出す相手
パスの質
...

いつも全てを考えているわけではないしこれだけでもないと思うけどだいたいこんな感じか。もしかしたらとワンプレーに関しては考えているというより感覚的にプレーするのに近いかもしれない。オフ・ザ・ボールの時に次のプレーの構想をすることはできてもオン・ザ・ボールの時にはあれこれ考えている時間はあまりないことが多いと思う。そういう意味でワンプレーに関してベターなプレーを選択できなかった時は感覚的にうまくないなと思ってしまう。

オン・ザ・ボールの短時間のなかでより良いプレーをするためには頭でプレーするよりは反射的に体を動かさなければいけない。誰もが外から見てればミスだと思う判断ミスもいざピッチでプレーしている人からすればそのミスを上手く避けられなかったりする。その要因の一つがその感覚的な下手さかなと思う。レベルの高い人がするセオリーのようなプレーができないことに起因するとでも言えるかな...  他のミスの要因には、周りが見えていないこと、さらに一つ先のプレーを予測できていないことなどがあると思う。後者についてもよく思うことだけど、自分のプレーがあたかも'成功'しているように見えても、次のプレーヤーが困るようなパスであったり、ベターなプレーを逃してあんぱいなプレーをしていることが多い気がする。これについては判断ミスなのにミスだと認識できないことが多いからタチが悪い。少しマクロな視点も必要だけれど、そこに出したら詰まる、という認識が少し弱いのかなと思う...


何を書きたかったというと本当はプレー中における「考える」ことについてもっと考察したかった、けど上手くまとめられなかったのでみなさん考察して言語化してみてください。あとは「考える」ということをテーマに掲げている以上は判断によるミスをもっと減らさないと技術ミスをカバーできないよということですかね。


もうそろそろピッチに戻ります
新3年 酒井加里武






























I thought ...

僕の仕事は練習中にバランスボールにすわって休憩することではありません。

はい、たまには真面目なことを伝えたいとおもって遅ればせながらこのfeelingsを書いています。

これから書くことは新4年の一員としてでも、学生スタッフの一員としてでもなく、一部員としての思いであることを断っておきます。

まずAチーム。
あっというまにリーグ戦が開幕すると思います。
何が何でも結果を出そう。
今シーズンがこれからの東大ア式の躍進の第一歩だったといえるように。
常に勝たなければならないといういままで味わったことのないプレッシャーを乗り越えれば部として一つ壁を越えられるんじゃないかと勝手に思ってます。

サッカーに関してはみんなに偉そうなことはいえないけど、チームの一員として、また少し離れたところからみんなをみている一人として、客観的に見て少しずつみんながチームとしてよくなっていると感じているということだけ伝えておきます。

開幕までコンディションに気を遣いながら、良いトレーニングを積んでいきましょう。
いまできるのはしっかりとした準備。
練習はもちろんアップ、ダウン、off the pitch、細部までこだわっていこう。

さてそれ以外の選手たち。

みんなは現在のところサッカーではチームに貢献できていないということでチームに対してどうやって貢献するかを考えさせられた、または考えさせられているでしょう。

まあこの難しい問いについて悩むのはみんなより先輩だと思うので考えるヒントにでもしてもらえればいいかなと思います。完全に個人的な考えなので批判は甘んじて受け入れます。

選手として限界を感じ始めたころに考えたことがある。
このまま選手としてやっていて、引退してからとか大学生活を振り返ったときに自分の4年間が誇れるものになるか?ということ。
せっかく貴重な4年間を捧げるんだからやっぱり自分は○○という形でチームに貢献できた、影響を与えた、といえるようにしたいなとおもったわけです。

もうひとつ考えたのが、自分がどうやって成長していくかということ。
これはサッカーとか関係なく一人の人間としてって部分の話。
選手だったときは試合に出たい、そのために部の仕事は邪魔になるからやりたくないって思ってた。自分がうまくなることで精一杯。チームの勝ち負けとか練習の雰囲気とかどうでも良い。自分さえうまくなれば。これってすごく視野が狭い。実際精一杯とかただの言い訳。正直今の時点でAにいられないような実力のやつがその後試合にでて活躍したいと思うならせめて今いるチームに良い影響を与えられるぐらいにはならないと。
どうせうまくなるならまわりにも良い影響を与えてみんなもうまくならせる。そしてAチームにプレッシャーを与える。そんないい雰囲気のチームのなかで試合に出てやる。
それぐらいの余裕をもって成長していってほしい。
例えば幹部になるようなやつらは自分のことだけじゃなくてチーム全体のことを考えたり、チームを作っていくというなかで変わっていくし、学連、総務に行ったり、文京区の人とのつながりとかボランティアなど様々な場面で部員は成長する機会がある。

ただサッカーをそれなりに頑張っているだけだと気づいたら取り残されているかもしれない。

こんなことを言ってはみるものの、ここまでBにいたような選手は確実にチャンスを掴み得る実力は持っていると思っている。これからのア式を強くしてくれると期待もしている。でも、だからこそもっと頑張れるだろってもどかしい。


難しい状況だとはおもうけど、すごく良い機会だと思うしこれからの自分の大学生活とか東大ア式に対してのスタンスを改めてしっかり考えてほしい。
みんながこれを乗り越えてチームを押し上げていい流れができればいいなって思ってます。


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4年 学生トレーナー 鎌田玄徳



















2015年3月27日金曜日

執念

僕の最近のフェイスブックのタイムラインはもっぱら大学の卒業式の写真で埋まっている。現役合格の友達は来月から社会人だ。今まで全く意識していなかったが、改めて自分が一年遅れていることを実感した。これから大学院もいくとなると自分が社会に出る頃には奴らは社会人3年目を終えていることになる。ゾッとする。


 窮地に立たされ苦しんでいるBチームとは対照的に最近調子のいいLBセカンド。
彼らの快進撃を見ているとモヤモヤしたものが心の中に渦巻く。
チーム全体から声が出ていて勢い試合を自分たちのペースに持っていってしまう。
筑波医学部との練習試合の時もそうだった。うまくいかなかったBチームをよそにLBセカンドは得点を重ねていった。
彼らの活気あふれる試合、その勢い、そしてその試合を見て盛り上がる周囲の観客を、僕らはにがすっぱい顔で見ているしかなかった

 サッカーは勢いが全てではない。
ただがむしゃらにやればいいというものではない。
どんなに猛然とプレスをかけようと、タイミングを間違えば簡単にかわされ逆にピンチを招くかもしれない。
頭に血がのぼって周りが見えなくなれば、自分たちを見失いゲームをコントロールできなくなる。
冷静に、落ち着いて、視野を広く。慌ててしまってはより良いプレーが選択できない。

 いや、でもやはり、必死さ、がむしゃらさはサッカーの大前提として必要であるはずだ。
プレッシング、ルーズボール、競り合いなどの場面において、なんとしても自分らのボールにするという気迫、執念。
それが大前提としてあった上で、頭は冷静に、視野を広く、ゲーム全体を見るべきなのだ。

 最近は、頭を使う、常に考えてポジションをとって、距離感を意識して、あらかじめパスコースを探して、常に次の準備して……考えることに意識が集中していた。
 でも、思えばそうなのだ。
球際の激しさ、気迫、ボールに対する執着心。
そういった大前提がおろそかになっては、そういった場面で一人一人が闘えなければどんな試合も勝てなくなってしまう。
最近の自分、そしてBチームにはまずそこが足りなかったのではないか。


 ここ最近になって、ひとりひとりの意識も変わってきてやっといい方向に向かい始めている。
今日勝てなければ、Bチームとしても、Aを目指す自分自身としても大きく後退することになる。


 意地でも勝つ。


茨城出身の新入生がほしい
新4年 CB 佐藤

2015年3月26日木曜日

同期について

最近暖かくなってきたと思いきや、いきなり冷え込んだりと気候が安定せず困っています。
どーも新2年の尾上です。
昨日は母校の後輩含め、5人もの新入生が練習体験に来てくれて、ついに僕らも先輩になるのかと身が引き締まる思いです。特に同期に言いたいのは、〜などとまじめなことを書こうとも思ったのですが、以前2回分の自分の投稿で自身の文章力の欠如に気づいたためやめときます。
そこで新入生たちに僕らの代の人間をなるべく早く覚えてもらいたく、同期の簡単な紹介をしようと思います。

名前(あだ名)
紹介
 
大谷 尚徹(おおたに、なお)
足が速い、日比谷の元主将。常にいじるキャラでいようとするが、気づいたらいつもいじられている。伊藤奈央の加入により最近あだながゆらいでいる。好物は唐揚げ。

岡崎 恭直(ザキ、ゴリ、イカ東、実際、ジェネシス、まみこ)
大概身体のどこかにけがを抱えていて、コンディションが万全なことがない。ザキbotというものが高校時代から存在するほど、迷言が多い。初対面の会話で違和感を覚えたあなた、正解です。

柿澤 朋宏(かきざわ、かき)
入部当初はまじめでアツいやつだと思われていたが、合宿最終日以降、相当ふざけたやつではないかという噂が広まった。入部した目的が伊藤奈央を追いかけたためという噂が一時期流れたが、どうやら嘘だったらしい。

河野 勇介(yuusuke)
関西弁の外人。非常にフレンドリーだが、大半テキトーである。様は外人。大学生の遊びについて彼に聞けば、不足はないでしょう。現在休部中。

北西 純也(じゅんや、じょん、すたみな太郎、きんにく)
新2年要注意人物の一人。でしゃばりで、思った事をすべて口に出す。イベント事には自慢の嗅覚で嗅ぎ付け、出没する。また、大の女好き。天敵はgenki。

工藤 航(わたる、るんるん)
湘南からやってきた両利きのボランチ。一見まじめで大人しくみえるが、全然そんなことない。相当ふざけたおしている。動画制作に長けていて、ザキのビデオは新入生必見。

沢登 孝介(のぼり、のぼお)
彼ほど、自分の評価を自ら下げることのできる人間はいないだろう。持ち前のルックスをよそに、大のAKB好きで未だに秋葉原に通っている。山健を奴隷のように扱い、直原をよく殴っている。

直原 奨(じき)
新2年ヒエラルキーの最下層。顔が老けていて、床屋ではサラリーマンとよく間違えられるそうだ。いわゆる雑魚。

清水 泰之(やす、やすもん、みなえちゃん)
何を考えているかわかりづらく、大半ムスッとしているため後輩からしてみれば最も絡みづらい先輩になるかもしれない。でも実はいいやつで、ブラックジョークが好きで、ラーメンが好物である。

鈴木 拓実(たくみ)
性格は温厚で大人しいが、たまに上裸にベストを着ていきなり踊りだすことがあるため注意。部活後あまりみんなと飯を食わずに直帰するのは、寮の仲間とモンハンをするためであるらしい。

武田 康平(こーへい)
自称武田信玄の子孫。自称新2年で一番おもしろい。ロリ好き。龍弥さんと子弟関係。

田中 絃貴(げんき、G)
ア式一要注意人物。

田中 豪(たける)
本人いわく、今まで一度も挫折を味わった事がないらしい。新2年で最も先輩をなめている。先輩にすらあの態度であるため、後輩で彼に目をつけられたら、いったいどんな仕打ちが待っているのだろうか。。。。

寺内 大貴(てらうち、だいき)
新2年でもっともスケベな男。冬オフでN.Y.から帰る機内で食事の際、egg or chicken?とC.A.に聞かれたとこと、英語を聞き取れず、えっ?と聞き返したところ、eggがでてきた。

服部 直弘(チョリ)
くそまじめで、ストイックな男。授業にちゃんと出席し、ノートも完璧にとる。そのくせ、引き笑いが目立つ。DLの主。

俣野 泰佑(また)
奈良のチンピラ。いわゆるオラオラ系で、イケてる風を装っている。危機管理能力に欠如しており、いつも何とかなるやろと言っている。全く心配である。でも、じつは仲間思いのいいやつ。

宮嵜 涼志(みや)
誰からもいいやつと言われる愛されキャラ。小学校以来の鉄板ネタであるあんもないとネタは非常につまらない。大の川好きで、家を選ぶ際の条件は川が近くにあるかどうからしい。

箭川 展(やがわ)
新2年要注意人物の一人。とにかくでかい。よく他人に悩みを話したと思いきや、速攻で自己解決する。また、他人を容赦なくいじるくせに自分がいじられると機嫌が悪くなる。とんでもなくたちが悪い。だが、機嫌がいいとびっくりするくらいいいやつになる。この投稿をみられたらまた部室でとんでもなく罵倒されるのであろう。。。

矢崎 諒(ヤザ、あほ)
彼はとんでもなく頭が悪い。これは彼と話せばすぐに分かる。ボキャ貧で、大抵すげー、ふざけんな、たしかにくらいしか発さない。つい先日まで羽生結弦のことをはぶと呼んでいた。

柳澤 アーサー(アーサー、あさみ)
ニュージーランドからやってきた。いつもニヤニヤしている。相当楽しい事が続いているのであろう。最近少々グレてきているため、心配である。

山岐 豪憲 (山岐、キング)
サッカー中、彼は手のサインによってのみ会話する。得意技はグーサイン。会話での返しもかなりテキトーで、その場にすぐ流される。巣鴨という地に縁が深い。

山口 智弘(ぐっち)
LINEではGUCCIと呼ばれている。直原と寺内の先輩である。彼はぐっさんと呼ばれると死ぬ程怒るらしいため、同期で彼のことをぐっさんと呼ぶ人は未だかつていない。いったい過去になにがあったのだろうか。

山口 日向(ひゅうが、サーピンロー)
すべてを捨てたクズである。ナンパすることをビジネスと呼び、暇さえあれば夜の街へと消えていく。彼と仲を深める事はおすすめしない。

山本 健(やまけん、まつけん)
直原とともに新2年ヒエラルキー最下層。何をやってもうまくいかないため、感情を失っている。日向と高校の同期であるが、すべてが対照的である。新入生のみんな、山健をいじめないように。

吉田 瞬祐(しゅん、よしだ)
神奈川の不良。彼はいつも強気だが、いざ合コンに行くとミュートになる。本人いわく、自分と釣り合う女がいないらしい。非常に痛い。

 
ざっとこんな感じです。ほとんどが悪口っぽくなってしまいましたが、僕は自分の同期が大好きです。新入生のみんな、どんどん絡んでいきましょう。

仲間想いで、みんなに愛されるイベント長
新2年 尾上 尚太郎

がむしゃら

最近、日中は暖かくなって春らしくなってきましたね。春というと、きれいな青空の下に桜が咲いていて、すてきな人と新しい出会いが…なんてことを期待しちゃいますが、残念ながら僕にとって現実の春は花粉症によって鼻が詰まり肌が荒れる季節にすぎません。
さらにこの間、コンタクトレンズをつけていたら花粉が原因で目が痛くなって、一時的に前が見えなくなりました。コンタクトをつけていて特にドライアイの人は試合中に前が見えなくなったりしたら大変なので目薬をさすとかして、気を付けてください。これも一つのコンディショニングだと思います。
それでも、天気がいい中で街中を走ったりすると気持ちは晴れ晴れするので、春はやっぱりいい季節ですね。


サッカーについて最近感じていることを書くと、なんか充実してるなと感じることが増えました。
「練習する時間が減ったのに何で充実してるんだ?」と思う人もいるかもしれません。たしかに、全体練習をする時間は減りましたが、逆に言えばその分の時間を自分の好きなように使えます。フィジカル班として、もし毎日練習があったらできないであろう実験的なことができるし、本屋に行っていろんなスピードトレーニングの本を何時間も読むこともできます。
おそらく、自分のこれまでの2年近くのア式での暮らしぶりを考えると、もし練習量が変わっていなかったらフィジカル班としての仕事をする余裕は生まれなかったのではないかと思います。そういう意味では、ア式を強くするために行った体制変更は、今のところ間違ってなかったのではないかと僕は思います(本当に間違っていなかったかどうかはスポーツのチームである以上1年後の結果でしか測れませんが)。
 


次に、LBセカンドの活動の中で感じたことを書くと、今はそれなりにうまくいっていて、うれしく思っています。うまくいっている要因はいろいろあると思いますが、その中の一つで実は大切なんじゃないかと思うことが「がむしゃらさ」です。がむしゃらというとあまりいい印象を持っている人は少なくて、「ただボールに突っ込んで行ってるだけじゃ試合に勝てない」と思っている人は多いはずです。たしかに技術面で上の相手と戦うと突っ込んで行ってもかわされることが多いかもしれません。ただ、実はがむしゃらさもサッカーでは技術ほどではないにしろ大事な要素なのではないかと僕は思います。


例えば、チャンピオンズリーグに出ているような選手たちは、技術が高いうえにがむしゃらさを当たり前のように併せ持っています。メッシのようなスーパースターは別としても、基本的にどんなうまい選手もがむしゃらにボールを追いかけ、五分五分のボールには相手よりも早くさわろうとして体を投げ出しています。


話はさかのぼりますが、去年の暮れのスターカップで印象に残っているシーンがあります。一つのチームが前半が終わって0対4くらいで負けていて、後半から添田さんを交代で入れました。外から見ていて添田さんは一人だけ目の色が違っていて、相手がボールを持つと、鬼の形相で全速力じゃないかと思うようなスピードで相手に寄せていって、相手にもろに突っ込んでいきました。結局ファールになりましたが、なぜかそのシーンがすごく印象に残りました。



試合の結果は結局負けてましたが、もし0対4になる前に試合に出ている選手一人一人が「なんとか逆転したい」と思って相手にファールになっても突っ込むぐらいの気持ちでプレーしていたら、また違う結果になっていたのかもなと思います。


当たり前だと思うかもしれませんが、同じくらいのレベルの相手と戦うときは、最終的には気持ちの勝負になると思います。相手に負けたくないという強い気持ちがあれば疲れていても体は自然と動くはずだし、意外と何とかなるのかなと思います。


ちょっと話がそれちゃいましたが、言いたいことは泥臭さ、がむしゃらさも時には必要なんじゃないかということです。(まとめ)
 


練習後のダウンとストレッチはしっかりやりましょう

新3年 DF 富山潤一



2015年3月25日水曜日

どうもこんにちは

どうもこんにちは。

この時期新入生が割とこれ見るらしいですね。なので、新入生向きにいくつか言っておくと、まず、受験お疲れさまでした。また、合格おめでとうございます。多分、これからサッカーをまたやろうかと思っている人が大半だと思います。体力など落ちてるかもしれませんが、そういう事は気にせず、まずはサッカーの楽しみ方から思い出してってください。その上で、入部したい人は共に頑張っていきましょう。


次に普通のフィーリングス。

多分グダグダなフィーリングスになるんだろうけど、そこは先に開き直って書いていこうと思います。

最近は、チームの運営に関わる事ばかりで、特にサッカーをしていません。やりたいんだけど、脳震盪のせいです。結構長い事症状がとれず、苦しんでます。ガチで気をつけた方がいいという事を、渡辺さんによる講義だけでなく、身を以て体験してます。本当に、残念。。。

それはおいておいて、運営の方はというと、最初はどうなるか全く掴めなかった、LBセカンドも謎の快進撃を続けています。感嘆。本当に大事な物は何だろうと、考えさせられます。週3になることで、解放されて、上手くなっているのかもしれません。でも、実際、ボール回し等を見ても、他のカテゴリと比べると、こっちの方が上手いなとは決して思えません。でも、何か、勝とうという意思だったり、言葉では説明出来ないような、ものを全員で組み合わして頑張っているというそんな気がします。

本当にサッカーをやっていく中で、練習していく中で、大事な事は何かを考えさせられます。別に、自分なりの答えをここで書くつもりはありません。が、今のこの状況を率直に自分がどう思っているかをかくと、「すごく楽しい」という事です。色々な発見や、可能性を感じるからです。



大半の人はこのチームが、環境やら、用具やらを自分たちで、獲得していかなければならないといった状況にあるように見えると思います。
でも、僕にはそういう風には見えません。

なんだかんだ、全部、与えられているんだと思います。というか、思えます。

なんだかんだ、3日とはいえ、練習する時間は確保されているし、決められた時間以外にだって、自主練し放題です。割り当てられたビブスだって無かったとしても、貸してくださいと言えば、貸してくれます。

一見自分で得た、と思える事が、実は大体与えられています。
その上で大事なことは、自分でその与えられた物を上手く活用する事だと思います。

僕自身この役職になったことも、もちろん、昨シーズンにCチームを取りまとめたことや、自分自身がちゃんとチームの事を考えるようになった事も要員にあるかもしれませんが、もっと、高次なところでの動きがあったことは確かです。別に、僕が頑張ろうが、このチームが発足しなければ、僕がこの役職に就く事はありません。そういう意味で、この役職もやはり与えられたんだなあ、と思っています。

そして、その与えられた物を選択した今、自分が何をすべきかと言うと、与えられた物を忠実に行うことだと、思っています。

なので、最近思う事は、キーパーとの一対一というシチュエーションがあったとして、シュートを打つ権利を与えられた人には、例え4−0で勝っている場合でも、0−1の後半ロスタイムの場合にそのシチュエーションが起きた時と同じくらい、真剣にシュートを打って欲しいという事です。

目の前にある事には、常に忠実に。嬉しい事、悔しい事、辛い事、楽しい事、全てに対して忠実に。上手くいっている時も、また、ものすごく上手くいかない時も、そのシチュエーションに忠実に。なぜなら、それは与えられたものだから。


まあ、あとは、この先全然長いので、今僕が感じる可能性を形にして、このLBセカンドが部のために出来る事をもっと増やしていきたいと思っています。多分、何か新しいことをするための、土台や、人材は既に与えられているのだと思います。あとは、実際に運用、効果を発揮する所まで、研磨して必要があるのだと思います。なので、また、キツく当たったり、理不尽なことも要求するかもしれませんが、LBセカンドの人はそこんとこよろしく。


以上。


書きながら、タラントの例えを思い出した
新4年 LBセカンド責任者 張 亨碩 ポジションは FW




















2015年3月24日火曜日

Foot ball is ...

  先日新歓用の写真を撮っていたとき、「Foot ball is ○○ for me.」と書いたホワイトボードを持って撮影しよう!ということになった。私はその時見栄えを考えて○○の部分に「宝物」と書いたが、きれいごと過ぎて全くしっくりきていなかった。するとある先輩が、

「まあ正直に書くとすれば、“サッカーは麻薬”かな。」

と言った。この言葉が、びっくりするするくらい心にすとんと落ちた。
あぁ、そうか、三日坊主で、日記もダイエットも継続できたことはなく、連ドラは一話だけ見てやめてしまうような私が13年間もサッカーを続けているのは、“サッカー中毒”だからか、と。

 13年間のサッカー人生、思い返せば、いくらでもやめるタイミングはあった。

 小1で、男子チームでサッカーを始めたばかりのころ。ボールは自分の思い通りに動かないし、ゲームをやっても全然ボールに触れないし、ペアを組んでやる練習ではいつも余ってコーチにやってもらっていたし、話し相手もいなかった。私が女子で、その上、下手くそだったから。挙句の果てに父には
「うまくなる気がないなら、今すぐ監督に電話してやめるっていいんさい。」
と携帯電話を渡された。

 小4から、女子のトレセンに参加し始めて、やっとサッカーが楽しいと思えるようになった。小5・小6の時には、全国大会メンバーに選ばれて、大舞台を経験することもできた。でも、やっぱり私は下手くそで、メンバーの中では最底辺で、全国大会でもずっとベンチに座っていた。遠くの会場までわざわざ見に来てくれた父に、ひたすら申し訳なかった。それまでは「将来の夢はなでしこジャパン」と言っていたが、それが恥ずかしくて言えなくなった。自分より上手な人はいくらでもいるんだと気づかされたから。

 小6の時、男子チームを止めて女子のクラブチームに入った。中学生になると、小学生の時に一緒に全国を戦った仲間のほとんどが同じチームに入ってきた。
「このチームでは私の方が経験長いから、私がひっぱらないと。」
そう思ったが、無駄だった。だって私はみんなよりサッカーが下手くそだったから。同期はみんな本当に上手で、今ではなでしこリーグのチームに所属する人もいる。サッカーが上手い方が監督や先輩からかわいがられ、後輩から慕われ、チームでの発言権が増し、主導権を握っていく。サッカーは実力社会だと身に染みて感じた。私は練習でも試合でも蚊帳の外だった。特に、同期の中で私だけ試合に出られなかった時、後輩が入ってきてどんどん追い越されていく時が辛かった。毎日のように送り迎えをしてくれた父。帰りの車の中はいつも空気が重かった。私が下手くそで、試合に出られないから。
 差を埋めようと努力はした。人より2倍練習しないと追いつけないと思ったから、中学校でもサッカー部に入って、男子と一緒にプレーした。実際、練習時間はチームメイトの2倍に近かった。それでも、私は補欠だった。
 中3の時に再び全国大会に出場し、準優勝を果たした。それまでの努力が実り、決勝戦ではフル出場することができた。でも広島に帰る途中で行われた練習試合で、私は監督に会場の外に追い出されるほどひどいプレーをしてしまった。その時監督に言われた。
「お前のその銀メダルは、お前の力で取ったんじゃない。上手な同級生や後輩達に“取らせてもらった”メダルだ。」
さらに後日、後輩がこう言っているのを聞いた。
「全国の決勝の前、監督が“最後の試合は3年生主体でいく”って言っとったよ。」
努力の結果だと思っていた決勝戦フル出場さえ、監督の温情だったと知った。

 高校生になり、同級生たちが様々な進路を選ぶ中、私はそのチームに残った。チームは中学生主体で、高校生は私を入れて2人しかいなかったが、このままで終わりたくないし、監督に認められたいと思っていた。
 でも高校生になっても監督に怒られてばかりで、中学の時と相も変わらず後輩たちの前で泣かされていた。試合ではスタメンに入れるようになったけど、いつも途中交代させられていた。周りの中学生たちは年代別代表やナショナルトレセンに選ばれるようなスーパー中学生ばかりで、私の代わりはいくらでもいた。父は私の活躍を期待して、毎回試合を見に来て、ゴール裏で写真を撮ってくれていた。交代して、その父の後ろを通ってベンチに戻るときは、いつも申し訳なくて泣きそうだった。
 ある時プレーがあまりにひどくて父に言われた。
「お前がおっても、中学生たちの足を引っ張っとるだけじゃないんか。お前がおらん方がきっと中学生たちもやりやすいよ。このままじゃおる意味ないし、そろそろ引き際なんじゃない?」
 それでも高3の7月までそのチームでサッカーを続けた。結局、中高時代のほとんどの時間をサッカーに捧げていた。引退後、受験勉強をしながら、「もう辛い練習にいかなくてもいいんだ、監督に怒られることもないんだ。」と解放された気分だった。

 そして、大学に入学して私はまた、サッカーを選んだ。
 楽しい思い出より辛い思い出が多いのに、休日に遊びに行く約束をしている友人たちを、うらやましいと何度も思ったのに、13年間もやり続けるなんてきっと他人から見たらばからしい。
 それでもまた、この道を選んだのは、

スタメンで名前が呼ばれた時の
パスがきれいに通った時の
相手を置き去りにした時の
試合に勝った時の
そして何より、ゴールを決めた時の

あの“快楽”を味わいたいからだと思う。

 正直、入部前には予想もしていなかった仕事を任されても、サッカーをするため、試合に出るためだと思えばがんばれる。
 
 大学に入ってまだサッカーをすると言った私に、母は正直あきれていたようだが、
私がサッカーという“麻薬”を捨てられる日は、まだまだ遠そうだ。



三日坊主は相変わらず。最近またダイエットに挫折しました。
女子部 新2年 大坪佳夏子
(女子部は以後、毎月第4月曜日に投稿させていただきます。
今回は投稿が遅れてしまいました、申し訳ありません。)
 
 
 

ア式と総務と私と

ア式と総務を掛け持ちする意義は何か、最近よく考えます。
もちろんア式が運動会として活動し、二面の人工芝グラウンドを利用できるといった恩恵を受けるためには運動会への貢献は必要なのだけれど、私が総務で頑張ったところでア式のサッカー力向上に直接つながるわけではない、と考えるとちょっと悲しい。これから総務において重要な仕事を任せてもらえる一方で、ア式にかけられる時間は少し減ってしまうだろう。そうした状況下で、私にできること、私だからできることって何だろう。
そう考える中で気付いたのは、ア式にはア式の優れている点があるし、総務には総務の優れている点があるということ。総務に入っていたから気づけたこともたくさんあります。私がア式にいる間に、総務で得たことを少しでも伝えられたらいいな、と思っています。

先日、七大戦の会議で名古屋大学へ行ってきました。新4年生が本会議の準備をする間、下級生は「準幹部会議」を行い、来年度七大戦に向けての話し合いをします。(なんと2016年度七大戦は東大で開催します!サッカーは七大戦参加してないけど、応援してね。)
例年準幹部会議では運動部に所属していない一般学生にも盛り上がってほしい、そのために広報頑張ろう、という流れになることが多いのですが、今年はそれに向けて、まず「七大戦のウリは何か」について考えることとなりました。
旧帝国大学が集うから学力トップクラスの戦いである、日本各地域から大学が参戦する全国規模の戦いである…。七大戦の凄い点をみんなで挙げあう中で一番私の心に残ったのは、名大の子の、「学生にとって最も身近な戦いであること」がウリではないか、という意見でした。同じ大学で、いつも一緒に授業を受けている友達が、アスリートとして頑張っている。選手たちの、日常生活とは違う一生懸命で熱い姿は、きっと魅力的に映るはず。それを打ち出すことができたなら、自ずと大学全体で盛り上がることができるのではないか…。
これはア式でもそうで、私は今までア式の何がアピールポイントかといえば「東大という最高学府のサッカー部であること」「実はレベルの高い大学サッカー界を舞台に闘っていること」など、すごい点ばかりを考えていました。もちろんこれらは正しいけれど、決してこれだけが唯一解じゃない。少し視点を変えるだけで、ガラッと違う広報の仕方が見えてくる。きっと広報以外でも、視点を変えることで見えることは多々あるはず…。
とりあえず寺内くん、「今週の一枚」これからもよろしくお願いします。(新入生の皆さん、ア式ファンの皆さん、ア式ではFacebookで毎週月曜日に選手紹介を行っています。選手たちの知られざる一面を見られるので、ぜひチェックしてみてください!!)

総務に入って東大や学外の色々な部活の人と関わって思うのは、たくさんの人との関係の中で、自分だけではなし得なかった気付きが生まれ、成長することができるということ。七大学の会議でもハッとさせられたし、本日の六大学会議(慶應・東大・法政・明治・立教・早稲田)では各校の体育会本部の在り方を伺うことができ、今後の総務部の活動についておおいに参考となる話が聞けました。
そんな堅苦しいこと抜きにしても、自分と似た境遇の中で頑張っている仲間を見ると、私もまた頑張らなきゃ!って励まされるような気がします。あと、一緒にいて楽しいと思えるお友達が色々な場所にできるのはそれだけで嬉しいです。
ア式部員も日々の練習で忙しいことと思いますが、いつか予定が合えばぜひ運動会忘年会などのイベントにも足を運んでみてほしいです。また、フラオリとか、駒場運動会とかで、スタッフ派遣をお願いすることも多々ありますが、仕事しに行くだけじゃなくて、他の部活の人と知り合う機会としても有効活用してくれたら嬉しいなって思います。ア式に新しい風を取り入れるためにも、皆さんの大学生活を彩るためにも。

と、ここまで総務での活動に絡めて長々と続けてきたので、唐突ですが総務繋がりでかなこさん珠玉の名言集をお届けします。(引用元:2012.10.1Feelings『たとえ8:30に起きたとしても、坂を上れば1限に出られる。』http://ashiki-feelings.blogspot.jp/2012/10/8301.html

たしか入部当初に読んだ記事なのですが、最近ア式や総務で大きな仕事を任せてもらえるようになり、今までにまして一語一語が心に染み入るような思いで読み返しています。かなこさんの教えがこのまま忘れ去られるのは勿体ない!!!!! と思ったので、再掲載することにしました。(かなこさん、勝手に引用しちゃってすみません。笑)

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・幹部代に対して批判的な視点を持ちましょう。問題意識を忘れない。
・「このやり方はどうなの」と思ったら、とにかくメモして、形に残しましょう。
・何かを思いついたら、これもメモしましょう。幹部に意見して、却下されても、それらのメモは自分が幹部代になった時に役立ちます。なんでメモを残せと言うのかというと、その時いろいろ思うことがあっても、絶対忘れるから。
・実務経験は今のうちに積みなさい。既に経験を積んだ人はそろそろ「考えて」「人を使う」側へ。
・仕事を振られたら、その日のうちに取りかかる癖をつけましょう。
・仕事が完成したら、先輩にごちそうになりなさい。
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他にも、ア式に現役としていた時期はかぶっていないのですが、まいさんの最後のfeelingsも熱くて何度も読み返しています。お時間のある人はぜひ一度読んでみてください。

最後に、仕事繋がりで昨日の卒部式について。150人近くもの方が参加する部の公式行事を任されたのは初めてで、当日式が終わるまで緊張しっぱなしでした。無茶ぶりにこたえて惜しみない協力をしてくれたスタッフ陣、ハイライト係、高野くん、俣野くん、的確なアドバイスを下さった辻さん、藤岡さん、そしてお忙しい中お越しくださった卒部生と保護者の皆様にこの場を借りてお礼申し上げたいです。ありがとうございました。

今年の目標は一生懸命を楽しむこと!!私なりの仕方で、ア式の勝利に貢献したい。
これからもよろしくお願いいたします。
3年スタッフ 渥美 真生

2015年3月20日金曜日

保身

  大学の春休みは長い。正直、こんなに長い休みをみんなどう上手く使っているのか教えて欲しい。特にサッカー以外やることを持たない僕は暇過ぎてぼーと何かを考えることが多かったが、その中で最近よく思うことがある。それは「保身に走り過ぎている」んじゃないかということ。
  サッカーにおいての保身。それは、自分の失敗を怖れてプレーが消極的になること。そもそもの技術がないことは自覚しているが、それ以上にミスを怖れてタッチが固くなったり、ちょっとフェイクを入れてかわせばいいところで体が固まっているがためにそれが出来なかったり、さらには自分の周りのことだけに気をとられて、ゲーム全体を見ることが出来なかったり。全く良いことなんて何も無い、むしろ悪い結果を生んでいるのに保身に走ってしまっている自分がいた。
  恋愛においての保身。それはフられるのが怖くてそれ以上先に進めないこと。普通に女子と喋ってる分には特に問題はないけど、ちょっと踏み込んだ関係になろうとすると勇気が出ない。ただのヘボい奴。別に彼女が欲しくないわけじゃないけど自分に自信がないとか言ってた。でもホントはフられるのが怖いだけだった自分がいた。
  結局、保身に走って何も出来ていなかった。臆病だった。そんなに自分が可愛いのか。挑戦して上手くいかなくて傷ついて、でもまた頑張っていく、そうしていかない限り自分に成長はないんじゃないのか。そんな当たり前のことにやっと気付いた。やっぱりこの春休みは有意義だったのかもしれない。

イヤーブックに勝手に記載されていたのによると今年の目標は"彼女をつくる"らしい
新2年 岡崎

今週は卒部式

 去年も卒部式の週に、僕はfeelingsを投稿したのを覚えている。去年初めて出た卒部式では、憧れの眼差しでいつも見ていた、リーグ戦で活躍した四年生から、あまりピッチで関わりはなかったけどサッカーに全力だったBチームの四年生、僕と同じCチームで、チームを引っ張りプレーや背中で最高学年たる姿勢や熱さを教えてくれた四年生が、四年間ア式でサッカーしたことを振り返って、様々な想いを語ってくれた。一番多く語られたのは、やはり四年間ただただ追い続けた関東昇格を果たせなかったことへの無念だ。どれだけ頑張っても叶えられない夢は現実的にあるのかもしれない。そして、最も強く感じたもう一つの無念は、リーグ戦に出ていた主力選手以外の四年生の無念だ。小さい頃からサッカーを続けてきて、大学で本気でやるサッカーは最後になるというのに、その最後がピッチの外なのだ。その無念は想像を絶するだろう。将来社会人になっても苦々しく心に残るだろうし、墓場まで後を引くかもしれない。でも、ほとんどのアスリートも同じく無念を抱いて現役引退する。夢を抱いてアスリートの道に入り、その夢のために努力を惜しまず続け、結果華々しく活躍する人もいれば、思った結果も出ずに辛酸をなめ続ける人もいて、でもみんな最後は、もう少し上で長く続けたかったとか、一度でも栄光を手にしたかったとか、大小別れるが無念を抱いて引退するのだ。ア式で、チームの目標を達成出来ずに無念を抱くAチームの人も、最後にピッチの外で応援で終わる人もみんな同じだ。みんなそれぞれの険しい夢を抱いて進み出すが、将来それが失敗に終わり、夢のために努力した時間を他に自分に見合ったものに費やした方がよかった、馬鹿な選択をした、と他人から卑下され愚弄されるかもしれない。自分自身も、一か八かの夢を追いかけてただ失敗しただけだったと嘆き後悔するかもしれない。しかしその可能性があることを認めた上でなお理屈以上の抑えがたい欲求を持って、夢を叶えようとしている。(もちろん自分は必ず夢を叶えられる、絶対結果を残せるという何の疑いもしない強い自信を持っている人もいるだろうが。)
 

 僕は、先月LB2チームになり、実質戦力外通告され、ア式にいることの意味を考えた。Bチームに入れず辞めていった人や、選手としてではなくスタッフとしてチームに貢献すると決断した人もいる。しかし、僕は一週間のオフでどう考えても、どうしてもサッカーしていたいし、試合に出て活躍したいという気持ちは変わらなかった。変わったことといえば、これまではただただ上手くなって試合に出ようと思って努力していただけだったのが、上で述べたように、失敗に終わり、なんの意味もない四年間だったなと他人に評価される可能性があること、それを知りそれでもなお俺はサッカーを続けたいと思っていることを知れたことだ。たった四年間しかないかけがえのない大学生活を部活に費やすことは、取り返しのつかない一か八かの賭けだったことに最近ようやく気づけた馬鹿な自分だが、そんな馬鹿だからそれでもア式でサッカーをやろうとまだ思うのだろう。でもアスリートは、僕のようなたかだか大学四年間どころではなく、人生80年を賭けた大勝負に打って出ていると思うと、頭が上がらない。何かを犠牲にしなければ何も手に入らないのだから、プロのアスリートから見ればほんのわずかな四年間を賭けて、プロのアスリートから見ればほんの些細な、リーグ戦に出て活躍し、チームの関東昇格に貢献するという夢を叶えよう。ほとんどの人が最後に抱く無念を自分だけは絶対に抱かないで終わってやるっと思える馬鹿な自分に感謝して。


 あと一つ最近気づけたのは、サッカーと日々の生活は繋がっているということだ。これは最近時々練習に参加している某サークルで学べたことだ。これまでの自分は、一日不毛に過ごしてしてしまっても部活で昨日よりも良いプレーを出来ればそれでいいと思っていた。でも、どんなスポーツでも同じことが言えるが、サッカーにはゴールや勝利という目的があり、ボールを持てば、誰にどんなパスを出すか、ドリブルして相手を抜くか、シュートを放つかなどの選択に迫られ、ボールを持っていなくとも、ボールホルダーのパスをもらいに行くか、裏を狙うか、ボールを失った後すぐ危ないところを守れるよう準備しておくかなどの選択に迫られる。つまり、大きな目的のために、より良い選択を常に判断して目的に近づいて行く。これは日々の生活や人生と同じだ。将来の夢を叶えるために、日々何をいつどのように努力していくか人は考えて行動していく。その判断が正しければ夢は叶えられるだろうし、判断が正しくなかったり、行動出来なかったりすると夢は叶えられないだろう。こう考えると、正しい選択の判断の仕方は、サッカーを通して、日々の生活や人生で活かせるし、日々の生活を通してサッカーに活かせるはずだ。前者は、これまで僕は全然考えたことがなかったが、僕たちのやっているサッカーは、お金を貰ってやってるわけでもないし、生活がかかっているわけでもないのだから、所詮は趣味の範囲を出ない。そんな趣味を趣味で終わらせてしまうのは、子供の頃だけでいいのではないか。大学まで来て趣味をやらせて貰ってるのだから、趣味を趣味として完結させてしまうのではなく、趣味から学べることはとことん学ばねばならないと思う。後者は、日々の生活でより夢のために、様々なことに神経を使って、より正しくより充実させている人は、サッカーでも常人が考えもつかない最良の手を選択できるだろうし、パスやドリブルなど一つ一つが丁寧で雑にこなすということは絶対しないだろう。だから、毎日雑で何も考えずに過ごしていてはダメだし、サッカーやってるときにただガムシャラにやっていてもダメなんだと肝に命じて、サッカーも日々の生活もやっていこう。そして、サッカーにゴールや勝利という目的があるのだから、人生においても、まだまだはっきりとしない夢をしっかり定めたい。目的や目標から逆算して今の行動を選択するべきだから。サッカーにおいても生活や人生においても。最近はそう思っている。みんなわかっていることかもしれないが、最近ようやく気づけたのだから、まるで世紀の大発明かのような熱を持って書いちゃいました。


新幹線開通万歳!

新3年DF・出戸秀典

2015年3月17日火曜日

football(上) ~未熟者~

 
まえがき
 なぜか僕のfeelingsの順番は毎年この時期にやってくる、、、というのは置いといて、東大に合格した新入生のみなさんおめでとうございます!その中でもこのfeelingsを読んでいる人はア式に入部されることを検討しているかもしれません。ア式では3月中から新歓活動を行っていますので、ぜひぜひ参加してください!僕らもみなさんに会えることを楽しみにしています!ここから急に感じ変わりますが気になさらずに笑


~未熟者~
 「お前、誰かを好きになったことないんでしょ」
 生まれてこのかた彼女ができたことのない僕のことをみんなこう言ってからかう。
 「そんなことねぇーよ!それに彼女だってつくろうと思えばつくれるわ!」
 僕はムキになって言い返す。まぁ言ってしまえば持ちネタである。
ただ正確に言うと、この僕の答えは半分だけ正しい。僕には20年近く片想いをしている幼馴染がいる。A子とでも呼ぼう。(今の世の中、SNSの発達により名前だけでいろんな情報がわかるので名前は伏せておく)A子のことは好きだが、彼女にしようと思えばできるなんていう関係性ではない。
 
 とある友人の紹介(「紹介」と言っても当時、幼稚園児だったのでそんなかしこまったものではなかった)で、僕はA子と出会った。特別美しいわけではなかったが、人を惹き込む何かがその子にはあった。何より、一緒にいて楽しかった。僕がカッコよく振舞って「どうだ!」と言わんばかりの表情を浮かべれば、「かっこいい!」とA子は言ってくれた。A子は僕のみをそして僕のことを世界で一番「愛している」(表現が大げさというなら「気にしている」で構わない)と思っていた。
 こんな魅力的な子はそういない。もちろん他の男もみんな僕と同様に、A子と仲良くしていた。ただあくまでこの当時、僕は「他者の他者であることに盲目な自己中心的世界」と「共有不可能なことによる自己体験の絶対的優位化」に生きていたが故に、A子が他の男を僕以上に「愛している」かもなんていうことは考え付くこともできなかった。
 
 思春期になると、自我が芽生える。そしてそのことが他者の存在を顕在化させる。この中で僕には初めて嫉妬という感情が生まれる。
 「なんでA子のやつ、俺じゃなくて(強調)あいつとあんな楽しそうにしてんだよ!」
 僕は極度な事なかれ主義者かつクールでありたいと願う人間だ。喧嘩なんて数えるほどしかしていないし、そもそも喧嘩するほど事物に執着する自分が醜いと思ってしまうタチだ。ただ、そんな僕でもA子のことに関しては自我を前面に押し出すことをためらわなかった。
 「A子はお前のことなんてなんとも思ってないよ」
 この言われ方ほど僕を苛立たせるものはない。そして、こういうことを言う奴に限ってA子に愛されようと努力をしていない。
 「お前みたいな愛されようともしてない奴が何を偉そうに喋ってんだ。黙っとけ。」
 つい攻撃的になってしまう。僕の悪い癖。
 僕は「他者を思いやれない自己中心的な世界で生きる主人公」であり、「自己の他者に対する優位性の確証」を求めていた。愛されるに値する人間だという傲慢な盲信と愛されていない可能性への恐怖が同居していた。思春期なんてそういう不安定なものだ。
 
 
 
 もちろん、思春期にはA子と以外での様々な経験もする。そして僕は少しだけ大人になった。A子には無関心だが他の子が好きな人、A子が好きだけどそれ以上それ以下でもない人、、、世の中にはたくさんの人がいる。確かに僕の人生は僕に特有のものだが、それは他者にとっても同じことが言える。そこに優位性など存在しえない。
 「自己中心的な世界の主人公であると同時に脇役でもあることを知ること」これが大人の条件ではないかな。多様性の受容と尊重は自己の相対化と視野の拡張をもたらす。
 
 このようにして僕は多様性に溢れる現実を見れるようになった。僕がA子のことを愛していたように、A子も僕よりもっと魅力的な奴のことを愛していることがわかった。その楽しそうな姿を見て、嫉妬する自分も楽しくなる自分も受け入れられた。一方でA子以上に僕のことを愛してくれる子も現れた。なかなかに魅力的な子である。B子と呼ぼう。
 僕はとても満足していた。1番好きな子が楽しそうにしているのを見つつ(大人になれば苦しさより嬉しさが大きくなるものだ)、それなりに魅力的な子が自分に言い寄ってきている現状に。
 ただ物事にはすべからく終わりがある。こんな曖昧な僕にケジメをつけろといってくるやつがいた。
 「お前も気づいているだろ。この状態が本当の意味で誰も幸せにしないことを。お前はA子とB子のどっちを愛するつもりなんだ?」
 奴の名は「時間」という。ホント口うるさいやつだ。日毎に存在感を増してきやがる。ただ彼の言うことは的確だ、なんせ常に僕のそばにいたのだから。
 
 大いに悩み、僕は身勝手な結論に達した。
 「A子に告白しよう。ただ俺だって格好をつけたい。なんでもいいから付き合うなんて恥ずかしい。A子からの愛をそれなりに感じられないのなら、その時はB子に告白しよう。」
 これを最後のガキのワガママにするつもりだ。僕の苦楽に満ちた悪戦苦闘の日々がはじまったのだ。(下巻に続く)


『football(下) 〜実現不可能な完璧〜』8月出版予定!(仮)

誠実・博愛・低姿勢がモットー
副将  新四年 近松 岳洋
 
 

ア式は○○な○○


ア式を一言で説明しろと言われた時、タイトルの○○には何が入るだろうか?

真摯な若人、貪欲な集団、不器用な戦士、異風な東大生

自分なりに色々と考えてみても、答えは一つに定まらない。そもそもア式の全てを一言に集約するのは無理。だから答えを一つに決めるのも無理。答えを一つに定めることよりも、何か確固たる答えを持つこと自体に意味があると思い直した。特にこれから新歓期が始まる今は…

 一年前、私は新入生だったが、テント列やサークルオリ、その他新歓行事で、サークルにせよ部活にせよ自分の団体について端的に明快に説明してくれるところには魅力を感じたのを覚えている。逆に、質問しても曖昧な答えしか返ってこなかったり、長々ととりとめもなく、暑苦しく語られた時には、ちょっとうんざりしたものだ。「自分が所属してる団体のことなのに何でこんな説明が下手なんだ…」

でも、今となってはそんな人たちの気持ちもわかる気がする。自分が所属する団体のことを知れば知るほど、外部及び他者に対してあれも伝えたい、これも伝えたい、という気持ちになりついつい欲張ってしまったり、言いたいことが多すぎて要点が不明になり曖昧な答えしか言えなくなったりするのだろう。私も振り返ればこの一年色んなことがあり、様々な仕事を経験させて頂き、ア式の魅力も沢山発見した。そんな思いをすべて、しかもテント列などほんの数分しか一人の新入生と話せない場面で出し尽くすのは無理だし、たとえ出来たとしても多分ひかれるだけ。どうしたらア式のことを正しく理解してもらえるのか。ああ、難しい…。

最近、「相手に分かるよう端的に、何かの魅力/要点を伝える」ということの大切さ及び難しさを感じた経験をいくつかした。その経験は、イヤーブック、家庭教師、E=mc2という3つのキーワードに集約される3種の異なる経験である。まずはイヤーブックのことから。

私のイヤーブックの仕事の大部分は記事製作で、とりわけ「運営のページ」「新入生ページ」を担当した。最初、私は、「運営のページ」の製作にあたり、スタッフの仕事について、他のスタッフにインタビューして得られた答え、それぞれの思いなどを精一杯伝えようとし、記事としてとても長い文章を書いた。それを受けて業者が作った最初の原稿は、文字でびっしり、読む気も失せるくらいだった。今年のイヤーブック長でもあるHayato GYOTEN さんからも、「こんなんじゃ新入生は読んでくれへんで」と一蹴された。以来、私の課題は「文章を削ること」だった。いかにして短い言葉で的確にスタッフの仕事のポイント・魅力を伝えられるか、そもそも読む気になってもらうために写真の大きさや構成・レイアウトをいかに工夫するか。それを考えることはもちろんア式の魅力を伝えることの難しさ、そもそも魅力とは?を改めて自問する機会となったが、イヤーブック製作が与えてくれたこうした機会は、記事製作の際にとどまらなかった。その機会は広告協賛にまつわるお仕事でも与えられた。
さらに多くの企業にア式を応援して頂き、将来的には協賛して頂けるよう、前年のイヤーブック片手に地域の薬局を訪ねて回るようH.Gさんからお達しがあった。まずはア式のことを知って頂く、イヤーブックを待合室に置かせて頂くことを目指し、スーツ着用で、地図とにらめっこしながら一人で白山付近を歩き回った。私は重度の方向音痴だし、正直、それだけでも心が折れそうなのに()、普通の薬局に入っていって、ア式のことなど全く知らない人相手に突然「こんにちは~我々はこういう者でして…」と切り出し、何とかこちらの話を聞いてもらう、ア式への理解を得るというのは本当に勇気がいることであった。4店の薬局を回ったが、それぞれの店に入る前には、呼吸を整えるべく深呼吸していた()ア式に対する溢れんばかりの愛を表現して伝えろーーというH.Gさんの言葉を受け、自分なりに何と言えばよいか考えたつもりでも、いざ、やっとのことで薬局に入って語ろうとすると、緊張するし上手く言えない。それでも、「若い女子が寒い雨の日に一人でこんなことをやって…」と同情してくださったのか()薬局の方々は優しく話を聞いてくださったのがせめてもの救いだったが…

もちろん、協賛の話に持ち込むことはどの薬局でも出来なかったが、「ア式」という集団の存在が地域の薬局、あわよくばその薬局に置かれたイヤーブックを通し、地域の方々の間に浸透したかな…?何より、私自身、ア式とは無縁の人にア式の魅力を伝えるという貴重な貴重な体験を積むことができた。そして、いくら予め言葉を準備しても、緊張や何かの反動でそれらは飛んで行ってしまうし、むしろ、自分の口から素直に出てくる飾らない言葉こそ本物で、聞いてもらえるものなのだと実感した。

(それにしてもこの日は学期末試験も近く、本当に寒く、色んな意味で辛かったが笑、疲れ果てた私の心は、ある先輩の「あんまり一人で抱え込みすぎないように、いつでも手助けするから」というメッセージで救われた。改めてこの場を借りて心からお礼申し上げたい。あの日の私の救世主でした本当に…!)

 次に、家庭教師について。最近、家庭教師を始めた。教えるという事は面白いが同時に難しくもある。特に数学。教える相手が中学生でも、本当に分かってもらおうとするとこちらも頭を使う。当然のことではあるが一つはっきりしたことがあって、それは「教える自分の理解が十分であれば相手もすぐ分かってくれる。」ということだ。逆に自分の理解があいまいだと相手だってなかなか分かってくれない。何かの要点・魅力を相手に伝えるためには自分がそれについて熟慮すること、理解していることが不可欠だとここでも再確認した。

最後に、E=mc2について。この式を打ち立てたのはアインシュタインであること、とにかく「とんでもない」式であること、森羅万象の意味を内包することは皆さんご存知かと思う。しかし、それが何故こんなに有名なのか、どういう風に「とんでもない」「凄い」のかは意外と知られてないかと思う。現在愛読中のデイヴィッド・ボダニス著『E=mc2世界一有名な方程式の「伝記」』は、それを鮮やかに説明してくれた。理系科目が苦手で理系分野に畏れさえ抱く私でも、「ははぁぁあ、やっぱりこの式はヤバい」と感動した。どんなに、「これはすごいんですよ」と100回言われても本当に凄い、とは思えないものだが、その原理を端的に説明されれば一度で、凄い、と思える。中身のない100度の賛辞よりも当然、真実を端的に現した説明の方が勝る。このことを肝に銘じ、ア式をほめちぎるのではなく、ア式とは?魅力は何?その問いへの答えの核心をついた言葉を探し続け、その一言で素敵な新入生の心を惹きつけたい。

 言葉(、、)でア式の魅力を伝える話をしてきたが、言葉以外のツールでア式の魅力を伝えなければならないこともある。試合告知画像作りでは、文字、写真の使い方、デザインを総動員して一目で見る人にア式の魅力が伝わる様にしなければならない。一眼を持ったときは、神経を研ぎ澄ませて、選手の最も美しい一瞬を写真におさめなければならない。これらの場合は、言葉でア式について語るとか端的に表す云々の問題ではなく、肝心なのは心の持ちよう。

ただ、シンプルに「ア式が好き!」というあふれ出る愛も大切にしたい。部員一人ひとりへの思いも大切にしたい。(そしていつか私もこれから入って来てくれる新入生、つまり私の後輩(!)にとって、その子の疲れた心を癒す救世主になれたらそんな嬉しいことは無い。)

 

※イヤーブックをお読みください(諸手続きの日のテント列などで配布していきます)

現役部員も是非読んでもっとア式を知ってください。今以上に愛してください。

 

新二年 学生スタッフ 松本彩伽

2015年3月16日月曜日

DIY

先日、某塾の合格祝賀会で春から東大生になる人たちをお祝いしてきた。
人生の中でも数少ない絶頂期の最中にいるであろう彼らの眼はキラキラに輝いていた。


新入生に、クラスの人に、家族や先輩や後輩に、地域の方に、OBの方に、小中高生に、どこかの会社の面接官に…。
たとえ新歓でなくとも、誰かにア式の魅力を伝えなければならない機会は必ず訪れるだろう。


今年のイヤーブック長でもあるHayato GYOTENは僕らに言った。

「ア式に対する溢れんばかりの愛を表現して伝えろーー」


クラブへの情熱をしっかりと伝えることで初めて彼らの心を響かせるためのステージに立てる。当然といえば当然なのだろう。

もちろん、ア式に入っていてア式を嫌いな人はあまりいないだろう。away荷物やだ、とか検見川遠いわ、とかは分からなくもないけれど。

でも、
「こんなに俺はア式が大好きなんです!夢中になってしまう、引き寄せられてしまう何かがあるんです!」

僕らは全員が自信を持ってこう言える集団になれているのだろうか。


なんでもそうだ。やってるうちは本当の価値に気付けないことが多い。僕ももちろんその値打ちにまだまだ気付けていないのだろう。なんなら卒部した後で気付くのかもしれない。

でも、その価値を作るのは僕たち自身だ。僕たちはア式そのものだ。自分達ですら愛せないクラブを人が愛してくれようか。学生主体とはそういうことでもあるだろう。自分たち自らで作り、先輩方が築き上げてきたものの上に少しずつ少しずつ重ねていく。たとえ後退しても、また進めばいい。


それはピッチ内でも、ピッチ外でも変わらない、はず。
全員にできることがある、はず。
そうする義務がある、はず。


ア式に対する情熱を語る僕らの眼は、新入生のそれよりももっともっと輝かせることができる、はず。




もう"やさぐれ"ないし、"サボり"ませんし、"遅れ"ません。多分。
新3年 高野

2015年3月13日金曜日

Ten Thousand Tissues

  今日、新歓用のア式ポケットティッシュが10000個、御殿下にある運動会窓口に届いた。本当は練習後に1年の皆に伝えて取りに行く予定だった。しかし、あの忌まわしきフィットのせいで精神的にも肉体的にも撃沈。完全にその用事を忘れ、部室でゆっくりシャワーを浴びていると、ティッシュを取りに行ってないことが発覚。ほとんどの人が帰りかけの様子だったので、とりあえず自転車で1人で取りに行くことにした。
 ポケットティッシュ10000個というと、どのくらいの量だろうか。ポケットティッシュなんて小さなものであり、段ボールでも2,3箱ぐらいだと予想していた。
 運動会窓口に入り、衝撃的な光景を目の当たりにした。目の前にそびえ立つ段ボールの山々。大きめの段ボールが10箱もあったのだ。しかも2箱が紐で結ばれており、1つの塊は自転車のカゴには入れられないほどの大きさと重さであった。

ここから、10000個のティッシュとの長き闘いが始まる。

あの忌まわしきフィットのせいで精神的にも肉体的にも疲れていた私は、1つを20mぐらい歩いて運んで戻ってまた1つ運んで戻って、、、これを繰り返して地道に進んでいくことにした。とりあえず1年メンズLINEに助けを要請したが、時間的に本郷にいる人も少なく、反応は無かった。無理にでも誰かしら呼ぶことも考えたが、自分の連絡ミスも原因であったので諦めることにした。とてつもない時間をかけ200mぐらい進んで、この先に最大の関門が待ち構えていることに気付く。そう、階段だ。平地でも少し持ち上げているのがやっとの重さなのに、ましてや階段においておや、である。どうすればいいのか、ひたすら自問した。そして思い付いたのが、紐を切って10箱バラバラにすることだ。運ぶ回数は増えるが、重さは半分になる。
 この適格な判断により、無事階段を乗り越えて10箱を弥生キャンパスまで運搬できた。ここから部室までは平地である。1箱ずつ部室に運んでいくが、あの忌まわしきフィットは私のふくらはぎを確実に蝕んでいた。3箱目あたりから足の動きがふらつきまともに歩けない。このまま10箱運び切るのは不可能かもしれないと悟りかけたその時、脳内に閃光が走った。自転車だ。御殿下に放置していた自転車だ。1箱ずつなら多少無理すれば運べそうだ。喜びとともに御殿下に自転車を取りに行き。自転車で運搬を再開した。驚くほど楽だ。意気揚々と部室・階段間を往復していたが、再びあることに気付く。

最初から紐を切って1箱ずつ自転車で運んでいれば、はるかに楽だったのではないか。

実際、18:30頃から運び始めて終わったのは22:00頃、およそ3時間半もの時間がかかった。しかし上の案でいけば1時間ちょっとで終わりそうだ。完全に気付くのが遅かった。もっと早くにこの判断ができていれば、あんな悲惨なことにはならなかった。

何故こんなことをfeelingsに書いたのか。このことはサッカーにも通じるからだ。より早く、より良い判断力が自分には足りない。特にオフザボールの時の準備が遅い。もっと早く適格に判断しろ。そのことを再認識させてくたのが、10000個のポケットティッシュだったのだ。


とりあえず新歓頑張りましょう
新2年・大谷尚徹

2015年3月10日火曜日

選手に伝えたいこと

私はマネージャー。とりあえず最低週3グランドへ行き、その他、抱えている仕事をきちんとこなせば許される立場。ただいま就活中。夏休みみたいに週5、6で行くこともできない。

そんな私がおこがましいけどAチーム以外の選手に伝えたいこと。

こんなことを書いたら
ただの自慢?
いや、俺ら競技人口多いサッカーやってるから
そんなの四年も前の出来事じゃん!
とか思う人もいるかもしれない。

どう思われてもいい。自分の言葉が拙くて思っていることが、伝えたい事がこんな文面で伝わるかどうかわかんないけど。長くても少々我慢していただきたいです。

一つ上の先輩、同期、一つ下の後輩たちは知っている人が多いと思う。
私が高校生の時、箏曲部にいてお箏をひいていたことを。そして全国大会に毎年出場していたことを。

年間に休みは10日間くらい。平日は19:00まで。土日は7:30に集合し15:00もしくは17:00まで練習に明け暮れる日々。その間、ずっと正座。
痺れなんて通りこした。関節が痛かった。膝が割れるんじゃないか、そんなことさえ思っていた。
硬い絃をおさえる左手はよく血豆ができていた。右手は腱鞘炎になるくらい弾きこんだ。よく湿布も貼っていた。
弾き方がおかしいと手が痛くなったり見た目が美しくない。サッカーも筋肉のつき方のバランスの悪さとか走り方の癖で怪我につながる選手もいるだろう。
ステージにいる時はそんな事を感じさせないように振る舞う。
それは私にとって簡単だった。きっと皆も。
本当にお箏が好きで弾いている時は麻酔がかかっているかのように何も感じなかったから。サッカーでいえばなんだろう…試合中、不思議とどこからか力が湧いてきて痛い足のこと忘れたりするのかな…??
とにかく、選手が辛くてもサッカーが好きなように私もお箏が大好きだった。
感じるのは部員同士の熱い気持ち。35人くらいで一つの曲を演奏する。四つのパートにわけ、あたかも四人で弾いているかのように聴かせる。パートごとに呼吸、指のタッチ、音程を合わせる。その上で四つのパートが掛け合うように絃をはじき奏でる。指揮者なんていない。どうやって合わせる?呼吸、目線、空気感…そしてなにより築き上げてきた信頼関係だ。
ア式の選手だとしたら試合中に、あいつならここにパスだしてくれるとか、こう動くと思ったから俺はこうした!みたいな感じかな?うまくパスがつながってゴールまでいけた時は最高に気分が良いだろう!
お箏もそんな感じで演奏が自然にスムーズにいくとメロディが心地よくて気分が高まった。

全国大会出場最多
全国優勝最多
こんな場所に中学生まで平凡に過ごしていた私が飛び込んだ。

中学校は校則がなく自由な校風だった。校則がないのは生徒が自分たちでしっかり考えて行動してほしいかららしい。そんな環境でのびのび育った私が進んだのは、女学校時代からある伝統校。何もかもが真逆だった。
筝曲部に入部したくてその高校を受験したが、普通に頑張っただけでは越えられない壁を初めて経験した。
私は部員の中で一、二番を争うほどお箏が下手だった。
雑用はほぼ全部1年生で行う。ア式の1年生も部室にはやくきて準備したり大きいaway荷物持っていくよね。
仕事は教えてもらったことがほとんどない。見て覚えろ。自分で行動しろ。そういうスタンスだった。わかんなくて突っ立っていても誰も気にかけない。怒られる覚悟で自分から聞かないと何も始まらない。聞いたところで見て覚えろなんだけどね笑
部活後よく暗い道で立たされて怒られた。怖かった。一回も教えてもらってないよー理不尽だよーとか思ったこともたくさんあった。
私はとろい。物覚えも悪い。人見知りもする。もちろん仕事もできなかった。

仕事もできない、お箏も下手くそ。はっきり言ってあしでまとい。

サッカーみたいにカテゴリーがなく全員で演奏するからなおさら個人のレベルアップが大切だった。いや、サッカーも個々のレベルアップはチームが強くなるために必要か…

ア式も今、メンバーで活躍できない人はピッチ外の仕事を通してア式に貢献するか…やめて違う道を進むか…選択が常につきまとっている。

私はとりあえず、ひたすら練習した。でもまわりも練習している。なかなか差を埋めることはできなかった日々が続いた。
何度やめようと思ったことか…

すぐには上手くならない。頑張りすぎると怪我をする。選手もそうだよね。
でも地道に努力をするしかない。


私の高校は県立の女子高。よく珍しいって言われる。皆受験して入ってくるから高校からお箏を始める人ばかり。でも私たちが戦う場は全国。全国出場してくる強豪校は私立の中高一貫校の高校だらけ。皆中学生の頃からお箏を弾き続けている。
その差をどうやってうめるのか…。
ア式でいえば、東大生は高校2年で引退してたり、勉強にさく時間が多くて他大のスポーツ推薦できた人とどう戦うかが問題じゃないかな?

ライバルとの差をうめるためにコーチのもとでレッスンを部活とは別で習う子もいた。家が遠かったこととお金がかかることから私はレッスンを受けれなかった。同期との差はさらにひらいた。
まるで星さん、トレーナーさんに見てもらえない、グランドもない今のLB2ndみたい。

全国で演奏できるメンバーは25人。もちろんレッスン生はメンバー候補。
でも私はどうしてもメンバーに入りたかった。

どうしたらいいかバカなりにない頭でひねり出して考えた。誰にも相談できなかった。
できる人と自分の手を比較した。かなり観察した。自分はどこがダメか探した。鏡を置いて自分の手を見ながら練習した。手の癖なんて意識しないと簡単に直らなかった。常に常に意識して心がけて習慣づけるようにした。
走るのが速い、裏に抜けるのがうまい、縦パス出すのがうまい、トラップがうまい、いろんな選手がいると思う。
お箏にもいろんな技法がある。技法別にうまい人の手を観察することと、自分に手が似ている人を探して上手いところを盗むこともした。
自分の強みも探した。トレモロという技法が自分で言うのもなんだが群を抜いて上手かった。ちょっと情けないけどア式の現役選手の個人のプレー面での強みが把握でいてないのとサッカーの知識がないから上手い例が見つからないが…周さんのスローインとか?まつけんが足速いとか?矢野さんがヘディング上手いとか?かな…
その強みをもっと伸ばすこともやってみた。
まぁそんな強みも一瞬にしてかき消されるくらい、すくい爪という技法ができなくてどうしようもなく途方に暮れた。

先輩からあきれられてあとはどうにかがんばってって言われたこともあった。同期からバカにされたこともあった。

それでも諦めなかった。先輩と一緒にあの舞台で弾きたい。悔しい。レッスン受けてなくても出れた人がいるって言われたい。
誰に何を言われようが思われていようが、自分で自分を信じるしかなかった。

帰宅して自分の弾いたものを携帯で録音して何回も聞いてメモしてそこを意識してなおして…そんなことをずっとしていたら自分のやりがちなミス、癖、パターンがよめてきた。
選手もよく練習試合のビデオ見直しているよね。

練習中、抜き打ちテストみたいな感じで弾くことや、できるまで皆の前でずっと弾くなんてこともあってその時間が苦痛でしかなかったけど、自分のいいところと悪いところを客観的に先輩が指摘してくれる場でもあるから前向きに捉えていた。
指摘してくれるってことは自分のことを見てくれている証拠。のびしろがあると思ってくれていると勝手だけどそう捉えていた。
ア式で言うならばOBコーチが言ってくれた言葉って大事だと思う!!

努力の結果、欠点が人並にまでなった。

でも同期のライバルと同じレベルにまで技術をもってきても私は負けると思った。レッスンを受けていないから。
そこで次に技術以外で自分に付加価値を付けようと決めた。
どこで差別化をはかろうか…仕事しかなかった。
でもねーもう高校2年だよ、あらかた人格は形成されていて、とろい、要領悪いこの性格は直んないんだよ笑
でも、それでもやるって決めたから。最初は仕事できる人の金魚のふんみたいにくっついてマネして仕事していた。自分で考えて見つけることが最初からは難しかったからスタートはそこからだった。それからは、一歩先を読むことを試みた。常にアンテナをはっている感じ。疲れるけど笑

まぁそんなこんなで、大会前日まで誰が出れるかわからなかったけどなんとかオーディションに勝ち抜いてメンバー入りができた。もちろんメンバー入りできたからよかったじゃなくて、出れないたくさんの人の気持ちを背負って臨んだ。言葉では簡単に言えないくらい、その責任は大きかった。
メンバーに選ばれたら選ばれたでまた違った苦難がある。きっとAチームの選手はそれをリアルに感じてあの御殿下でサッカーしているんだろう。ちょっと他人事みたいな言い方になってしまうのが自分でも嫌なんだけど良い言葉が見つからない。


なんでこんなこと書いたかっていうと
この前のB対LB2ndの紅白戦の結果…
で、いろいろ皆考えことがあったはず。

諦めるんじゃなくてバネにしてほしくて
下のカテゴリーの人が上に上がれば上の人は焦る。相乗効果。
下のカテゴリーの人が上に上がれば、メンバーに選ばれれば、下のカテゴリーの人に良い影響を与えられるし、希望になれる。


言われなくたってわかっているだろう
いや、だからそれが難しいんだって!!って言われればそれはそれまでだし
俺らは高校の三年間じゃなくて10年以上サッカーやってきてるから同じような感じで、あたかもわかっていますみたいな口で語るな!って選手に言われるだろうし…
今マネージャーだからそんなふうに簡単に言えるんだよ!って思われるかもしれない
反感?かいそうだなーなんて思って投稿をためらっていました…。投稿が遅くなりすみません。

なんかのきっかけになてくれたら、いいな…なんて
おこがましいですね。ごめんなさい。


自分はメンバーに選ばれたなんて書いてるけど3年の時の全国大会は入賞もできない結果に終わりました。その時のDVD、あえて買いました。買ったけど見れたのは大学1年の夏、実家のPCで。それまで触れることすらできなかった。
そんな悔しい思いを封印して東京に来ました。
でも、ア式の選手に御殿下で出会って封印していた気持ちがひらかれたんです。
もう一度、勝つために。マネージャーっていう立場から。
マネージャーを選んだ理由にもう1つ。高校の時に多くの人の支えと声援があってやってこれて、感謝の気持ちでいっぱいだった。今度は自分が誰かを支えたいと思ったから。
結局、支えたいとか言いつつ支えられている部分も大きいんですけどね…。笑



人としてマネージャーとして、自分はまだまだ未熟。
やらなきゃならないこと(就活)あるけど、ア式も大切にしたい。でも本当なかなか行けない週とか申し訳ない…。
選手と共に成長したい。共にっていうよりか、選手を追いかけているきがする…。敵わないところが多くて…。いや、でも微力ながらバカなりに考えて行動するぞ。


話は変わって…
最近ア式に足りないものとして『栄養』が真っ先に思いついたので、フィジコ松木さんと相談しながら改善するにはどうしたらいいか後輩スタッフとも考えつつ動いていきたいと考えている最中です。フィジカルを強化するには『食』って切っても切り離せないはず!
まずは現状把握から。アンケートあとでとる予定なのでみなさんよろしくお願いいたします。
いろいろ失敗するかもだけど、失敗を恐れずに挑んでいこうと思います。動かないと何も始まらない!!!


長々書いてすみません。読んでくださった方ありがとうございます。

新4年 スタッフ
布施明日香
最近立て続けに同期の部員がア式を去った。モチベーションの低下や体制変更で考えることがあったのだろう。同じように残っている部員も、常に自分がア式にいる意味を考えている。
特に新二年は悩むことも多いだろう。意気揚々と選手として活躍することを夢見て入部して一年、Aチームにいるのはたったの5人しかいない。選手としての活躍を目指して頑張るか、データなどで裏から勝利に貢献するか、はたまた新しい世界に飛び込むか。判断が迫られる機会が増えてきた。

もうすぐ新一年が入ってくる。これでやっと準備係から解放される。芝だらけの部室を掃除したり、ぬれながら風呂の掃除をしなくていい。遠征の荷物も軽くなるだろう。新歓係には頑張ってもらいたいような、頑張ってもらいたくないような。

新2年   吉田 瞬祐

2015年3月4日水曜日

強いチーム

俺はとてもアマチュアな人間である。
目標から逆算して毎日を律することは苦手だし、
辛いことがあるとすぐに力を抜いてしまう。
チームメイトの多くを自分より上手いなあと思っているし、
あーすごいメンタリティだなと思っている。

そもそもあんまり勝負事が好きではない。
新宿よりも高円寺が好きだし、
パンクよりもクラシック音楽が好きだ。
辛いマラソンよりも日向ぼっこをしながら本を読んだほうが良いに決まってる。

勝ち負けや強弱が決まるものよりも、
多様な価値観や美しさを大切にしたい。


でもサッカーをやっている。
上手い・下手。強い・弱い。
そこには解釈の違いなんて存在しない。
じゃあなんでサッカーをやってるかなんて考えたことないし
別に答えを出す必要もないからね。 

自分にはとても不満がある。
もっと背が大きかったら、もっと足が速かったら、良かったなと思う。
まあそんなこと言ってもしょうがないんですけどね。

本当に徒然なるままに書いているので、まとまりがない。
わかりにくくて申し訳ない。
感情なんてものは整理した時点で感情ではないので。


初めに言った通り俺は考え方がアマチュアである。
主将や副将、フロントの言う理念や考え方が全く納得できないこともとても多い。

ミスしても良くね?とか、本当に普通に思っている。

だから息苦しい。
プロフェッショナルであろうとする人の基準、
プロフェッショナルなチームにしようとしている人の基準、
そういうのが息苦しい。
だってプロじゃねえし、俺。


ただチームとしてもっと強くありたい。今日のチームが昨日のチームより少しでも「強くて」、「良い」チームであるようにしたい。

やらなければいけないことはたくさんある。
相手の分析、運営、他にも色々。
でもまずは自分たちのチームをソリッドなものにすることだ。
他のチームと比較するとか、去年はこうだったとか、東大は毎年こうだからとか、本当にいい選手はこれもしてあれもしてとか。
飛びつきやすいけどナンセンスだ。
普段口から出まかせばかり言いすぎてあまり信じてもらえないかもしれないけど、
少なくとも「今の」俺は、チームメイトと信頼し合いながら戦うことが一番大事だと思っている。

実力がないやつは信頼できない、って思ったそこの君。
君はプロの世界でやれるメンタリティの持ち主。おめでとう。
昨日のミスが今日一個でも減ってると思ったら評価してやればいいじゃないか。
ロナウドはベイルが嫌いと聞くけれど、
そんなの絶対に嫌だね。

たとえミスが許せなくても、
一個下の階段に降りて対処できるか、
たとえ信頼できなくても、
相手に信頼してもらえる態度をとれるか、
たとえ自分の基準が高くても、
チームメイトの基準に考えを及ばせているか、

その上で、共に助け合いながら高みを目指せるか(最重要)






最近とても信頼しているC君が読んでいた本を俺も読んだ。
「強い」ってのは、「速い」とも「力がある」とも違う、と書いてあった。

今の俺たちにとって、強いってのはどういうことだろうか。
東大の攻撃ってぶあち~よな、
東大の守備ってかて~よな、
あいつのドリブルがとまんね~んだよな、
お~あいつ光るセンスがあるね、

違うでしょうよ、そらぁ。
東大、なんか、めっちゃ、、、、、、「つえぇ」
こういう感じだろ。アトレティコ・マドリーみたいな感じ。
 

俺たちはみんなファミリー。チームメイトは兄弟。
そんなチームと戦いたくなくね?
そんなチームで戦いたくね?

きつい時に、チームメイトのために走りたいと思えるチームでリーグ戦いたくね?
自分の得点が、11人いや90人のものだと思えたらよくね?
新4年生は特に最後のシーズン、このチームの一員だったことを誇れるような集団をつくりたくね?


もう一度考える必要がある。
良いチーム、強いチームとは。
リーグ戦で勝てるかどうか、ではなく、勝つに本当に値するか。



とても恥ずかしいが、俺はこのチームが好きだし、チームメイトを信頼している。
どんな状況でも、裏切らないし、常に味方に立つ。
家族と同じ。






そんなチームを作りたい。
  


新4年   坂本晋悟