消えたモチベ


先日幼馴染と久々に会って話をする機会があった。その幼馴染は、勉強面で幼稚園からの良きライバルって感じで、高校に上がってからも色々将来について話し合ってた、そんな仲。

「今の大学で学んでることは本当に自分が学びたいことじゃない。だから大学を辞めて海外の大学に入学することにした。」

彼のこの言葉を聞いた時、凄く嬉しかった。高校時代までは割と周りに流されやすい感じがあったから、普通の人ならチキってしまうような大胆な決断を下した姿をみて、逞しくなったなーって本当に嬉しかったし、自分の思ってることを話す様子もめっちゃかっこよかった。

そういえば、私も昨年の新歓では、運動会の先輩方に「部活に入って留学とかって行けますかね?」と片っ端から聞いていた。両親が大学入ったら留学した方がいい、っていう"行けいけ押せ押せ"感があったし、刺激を受けるいい経験になるのかなーって、2、3年のうちに留学することを漠然と思い描いていた。


今は?


正直全然モチベない。

ってことを、その幼馴染と話してる時に気づいた。あ、私留学に意味を見いだしてないなって。留学に行かないって言える明確な理由ができてた。

語学学習はもともと留学の理由に入ってないし、大学に入って留学するなら何か向こうで学びたいことがあるから行くもんだろうって入学して何ヶ月かたった頃に思ったのは覚えてる。そこから、なーんか学びたいこと見つかるかなぁーってテンションで大学生活送ってた。東大のいい所はほんとに、1年の間は色んな授業受けれることだと、幼馴染の話を聞いて実感した。普通は教臨心と経済とか両立しないんだって。みんな割とこの授業が楽しい!この方面に進みたい!ってのを持ってたりするけど、いろんな授業受けて私が気づいたのは、自分はそこまで「学問を学ぶ」ってことに興味が湧かないってこと。ほんとに楽しそうに学問を学ぶ人のパッションを間近に見てると、自分はここまで没頭は出来ないかなぁって思った。

大学はやりたいことを見つける場所!ってよく言われる。半分正解で半分間違ってると思う。もし私がこのア式蹴球部に入ってなかったら、私にとって、この命題は偽だったかもしれない。ア式に入って、色んな仕事に関わらせて貰えたから、うん、そうだよねって同意できる。

結論を先に言うと、私は「運営」と「広報」が好きだ。一重にこれは学連の影響。両方とも、確かに学ぶことも多いけど、学問云々ではなくて断然実践型。能率・効率、企画力、遂行力、想像力とかを発揮する方。何かをしたら、やったことが目に見える形で現れるし、運営側の存在は無くてはなにも始まらないからやりがいも感じる。学生だけでそれぞれ役割分担して、大学も学年も違うけど皆で協力して0から1にする感じがなんか好きだなぁって思う。その中で、偶然ア式で広報に関わってたからってことで学連でも広報に配属されて、すごいかっこいい画像を作れる先輩に出会えて、見様見真似や本買ったりとかで自分のスキルアップが出来て、新歓パンフも任せてもらえて。正直大変だったけど、キャパってても楽しいって思える広報の仕事で良かったなって思う。

彩さんが引退される前の面談で、「広報」について聞かれた時、自分は上手く答えられなかった。


誰のための広報なのか?
広報の目的は何なのか?
どういう広報にしたいのか?


春歌のfeelingsで気付かされたけど、目の前に目に見えるタスクが積まれていると、それをこなすことを目的と履き違えて自己満しがちだし、目に見えないその先の目的とか意義とか考えることを疎かにしてしまう。正直広報って、無くても部活や学連は機能はするし、割と自由度の高い部署であるぶん、手の入れようも抜き用も構成員次第的なところもあって、そこらへんのビジョンを明確にしてないと直ぐに迷子になってしまう気がする。

学連ではTwitterのフォロワー数5000突破っていう明確な目標があって、ア式では今でこそブランディングっていう大きな目標が掲げられているけど、当時入りたての私にはそういう具体的なビジョンが見えてなかった。そういうビジョンを見出す必要性もあまり理解出来てなかった。最近は、遼さんのブランディングに対する意識とか、広報でのミーティング、プロのサッカーチームのインスタとかHPを見漁ったこともあって、広報が、それこそチームのイメージを自在に操れるってことを身をもって知った。組織外の人がその組織を知る唯一と言っていい程の手段というか、例えて言うと、窓が1つしかない家を覗いて見えるその部屋の様子なんだって。確かに無くても組織は機能はするけど、やると決めた以上はかなりの責任が伴うものなんだなと。それに気付くのに入部からこんなにも時間がかかってしまった訳だけど、やっとこさ気付くことが出来ても常に意識することはやっぱり難しい。2月半ばくらいの、タスクに追われてた自分に聞きたい。


画像を作ることを目的と履き違えてなかった?
出来た画像をかっこいいって言ってもらえる自己満に浸ってなかった?
他の部署との連携は上手くいってた?
ちゃんと広報以外のことも考えられてた?


ぶっちゃけ反省。タスクが一段落した今、春歌のfeelingsを読めてほんとに良かった。


加えて、自分は広報の構成員である以前にア式のマネージャーであり、学連の構成員だ。


マネージャーとしてプレーヤーや部内のこと考えられてた?
副幹事長って立場から、ちゃんと全体を見渡せてた?
組織内環境に気を遣えてた?


これまた反省。成果が確実に現れる自分と比べたら、それさえも保証されないプレーヤーの肉体的・精神的疲労の方が遥かに大きいはずなのに。運営だって、運営をしているという自己満に留まらずに、ちゃんと組織のこうあるべき姿を思い描いて動かないといけないはずなのに。

最近、人間の自己承認欲求の強さをひしひしと感じる。褒めて伸ばす小学校卒業しちゃったら、中学くらいから出来て当たり前みたいになって褒められることもどんどん少なくなっていくものだからしょうがないけど。だからこそ自己満に走るのかもしれない。努力してる自分に酔いしれるな、って言葉を聞く度に、割と他人事のように思っていたけど案外当てはまってしまうものなんだなぁって。自分も小さい頃から、自分が満足いく水準にいないと許せないっていうか、優越感感じてないと勉強とかモチベ上がらないタチだったし。東大入ってからは流石に優越感も感じずにでも勉強しないといけない環境だけど(だから勉強モチベ無いのか?笑)、だからこそ自分に出来ることあったら調子乗っちゃってんだろうな、とも思う。まぁ止められないんですけどね。

話が逸れたけど言いたいのは、自分のやりたいと思えること、自分が好きなことは今ここにあって、それでもまだまだ未熟で、学ぶべきことや成長すべきところが沢山あるっていうこと。そして、この学ぶべきことや成長すべきところっていうのは、実在する組織ありき、自分の責任感ありきの上でのみ成立するのであって、留学して英語で学問的講義を受けたり、架空の設定のもとでディスカッションをしたりしてもいまいち現実味に欠けるというか。

自分のやりたいことができる環境に幸運にも私は居ることができてるから。責任もって良くしていきたいって思えるア式があるから。

だから私は留学にモチベがない。





って親に言いたい。

そうこうしているうちに2女だよほんとに
新2年 マネージャー 平岡弥久

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