文武両道を目指す君へ

「二次予選まで勝ち進んだら残る?」
高3の7月中旬、神奈川県の選手権一次予選が始まる時期に同期と交わした会話だ。
僕が通った浅野高校は県の二次予選(ベスト64)に行けるか行けないかの瀬戸際にいる高校で、二次予選に進出することを目指してサッカーをしていた。同時に神奈川御三家の(ギリギリ)一角を成している進学校でもあるので、受験に対する熱量もそれはそれは相当なものだった。二次予選に進出すると引退が9月以降になってしまうため、二次予選進出を目指しているにもかかわらず、二次予選に進出する場合は部活を続けるかどうか悩む状況にあった。
この記事を読んでくれている高校生の中で、このような環境に置かれている高校生の割合は結構高いと思う。いつが引退時期かはそれぞれだが、高校側か、あるいは自分たちの伝統として引退時期が決まっている。それを目指してサッカーをする。けれどもそれ以降も続けるかどうかは悩みの種。
僕は二次予選に進出するどころか、情けなくも一次予選の一回戦で格下にPK戦にもつれ込んで負けてしまったので、この心配は杞憂に終わった。
でも、今まさにこの問題で悩んでいる人、この先悩むことになる人、あるいはもう決断をして後悔をしている人がたくさんいるはず。この大きな問題に立ち向かう君に、エール代わりにこの文章を送ります。
「文武両道を極めたア式部員のみなさんに質問をできる機会があるなんてなかなかないぞ」
高校生向けのア式説明会で、顧問の先生が高校生に向かっておっしゃった。高校生のリクルーティングに携わってよく聞く形容詞「文武両道」。
ア式部員は高校生、あるいは先生から見たら文武両道を極めた存在かもしれない。確かに、東大に入学し、数多ある選択肢から部活に励んでいる部員たちは高校生にとって憧れの対象になるのは納得できる。しかし、いつも引っかかる。
俺たちは文武両道になろうとして東大に入ってア式でサッカーをしているわけじゃない。
ただ、大学で何でもできる可能性を捨てるくらいにはサッカーが大好きで、高校で厳しい受験競争に耐え抜くくらいには勉強が好き(得意)なだけだ。
僕は昔から体を動かすのがすごく好きで、父の影響もあって4歳くらいからボールを蹴っていた。小学2年生の時に近所のサッカークラブに入って、気がつけばボールを追うことに夢中になっていた。学校から帰るとボールを持って近所の公園に行って、日が暮れるまでずっとボールを蹴っていた。しかし、無邪気にボールを追うことは許されなかった。中学受験という関門が待っていたからだ。
当時の僕は机に30分も向き合えない猿みたいな少年で、勉強が非常に苦痛だった。どんな人でも入れるような塾の入塾テストで最低クラスから入塾したくらい勉強が嫌いだった。学校から帰るとボールを持ってまた学校に行ってサッカーをし、制限時間の5時ギリギリに家に帰って勉強をさせられる。当時の僕にはありえないほど苦痛の日々だった。(今ではその選択をした親に非常に感謝しています)
大好きなサッカーを制限されつつも親の根気もあり、奇跡的に繰り上げ合格でなんとか浅野中学に合格することができた。浅野高校は中高一貫校で高校受験がないこともあり、中学の間は本当にサッカーしかしていなかった。水曜日のみオフという環境で、水曜日に外部のキーパースクールにいって練習をする。休日は最後まで残ってシュートを受けるのは当たり前。本当に幸せだった。
しかしその幸せも高校1年生になると不安に変わる。周りの生徒たちは塾に行きだし、僕がボールを蹴っている時間にメキメキと力をつけている。高校2年の9月の文化祭が終わると受験モード一色になる高校で、文化部の連中は早くも受験モード。全然できないと思っていたやつが模試でメキメキと頭角を現し、模試の成績も低下していった。このまま部活をしていていいのか、俺。
高三になり、周りは休み時間も参考書を開いている。放課後は塾に行って閉まるまで勉強している。一緒に馬鹿話ばっかりしていた友達が世界史について語っている。そんな中、僕は日が暮れるまでサッカーをし、その後には治療院へ。差は付けられる一方。焦るばかり。勉強だって楽しくなってきたし、もっと時間をかけてやりたい。でも時間がない。
いつの間にか大好きなサッカーを心から楽しめなくなっていた。もちろん、サッカー中は勉強のことは忘れて打ち込める。でも、サッカーに対する姿勢は日に日に真摯なものではなくなった。明日は練習だけだしあんまり寝なくても大丈夫だ。朝早く起きて世界史の勉強をしていこう。終わったら確率の勉強をしよう。左足の練習をしたいけど、勉強時間が惜しいからまた今度にしよう。
ある日、校長がサッカー部員を集めて話をした。選手権予選出場は学校としてはあまり好ましいものではないし、辞めるという選択肢もある。もし同期の部員や、顧問に遠慮しているならそれは違う。という旨だった。今思えば校長の話は当たり前のことを言っているだけなのだが、当時の僕にはものすごく考えさせられる話だった。
そして話は冒頭に戻る。
「二次予選まで勝ち進んだら残る?」
ここまで読んだみなさんにはもうお分かりかと思う。僕は文武両道を体現などしていない。僕は文武両道を体現したいわけでもないし、それをモチベーションに勉強とサッカーをやってきたことは一度もない。受験へのプレッシャーの中、サッカーを続けるかどうかの葛藤を抱きながらも、睡眠時間を削り、遊ぶ時間もなくし、ひたすらに勉強、サッカーに注力してきただけだ。
そもそも文武両道は目的にはなりえない。外に見える結果として付いてくるだけだ。東大に入った。運動会の部活を続けている。その事実に付加価値を与えるだけの美辞麗句に過ぎない。高校では勉強と部活を高い水準でやっていた自負はあるが、もし東大に落ちていたら文武両道と言われることはなかっただろう。
では、なぜいばらの「文武両道」を選ぶのか。誰に頼まれたわけでもない、その過程では誰に褒められるでもない道を選ぶのは、自身の内に秘めた高いモチベーションの他にありえない。もし今、文武両道と言われるような道を歩んでいる、もしくは歩もうとしている人にこそ考えてもらいたい。
勉強を頑張って受験で名門大学に入り、将来やりたいことへ近く。
プロになるつもりがなくても大好きなサッカーを頑張る。
自分にとっては地政学を勉強したいという目標と、チームメイトと本気でやるサッカーを楽しみたいという思いからいばらの道を選んだ。
君はどうか?
東大を目指す理由ならたくさんあるだろう。ハイレベルな勉強をしたい。優秀な人たちの中に飛び込みたい。日本最難関の大学にチャレンジしたい。先生、学校に半ば強制的に受けさせられるetc.
しかし、プロになることを端から考えていないなら、サッカーを続ける理由なんて一つしかないじゃないか。楽しいから、好きだから。
もし部活を続けることに迷っているなら、これだけは考えて欲しい。
その選択は自分の意志か?
友達からやめてほしくないと頼まれたから残る。
先生たちが早く辞めろというから辞める。
親の応援を無下にしたくないから続ける。
こんなのは自分の意志じゃない。君たちはもう高校生だ。一人で食っていける大人ではないけど、一人で何も決められないような子供でもない。
勉強と部活のどちらが大事かは人によるだろう。だから100人いれば100通りの決断があっていい。自分のためになる決断をできるのは自分しかいないのだから。
文武両道なんて目指しちゃいけない。そんな理由では絶対にモチベーションは続かないし、うまくいく可能性も低いだろう。だから本当に自分のやりたいことを選択して欲しい。
受験勉強を頑張りたいから早めに引退する。
サッカーを続けたいから受験勉強は引退後に頑張る。
サッカーを続けながら、しっかり勉強もする。
浪人をしてでもいいからサッカーに集中する。
どんなに悩んでもいいから、どんな答えになってもいいから、それが自分の決断だと納得できる結論を出して欲しいと心から思います。決断を出した後は、それを実現するために日々努力するだけです。悩みながら何かをするよりも、目標を設定して努力する方が遥かに効果的。是非一度、自分が本当にやりたいことが何か見極めるために自分と向き合ってほしいと思います。
そして、もしこの文章を読んでくださっている保護者、先生方、学校関係者がいらっしゃるのなら、一つだけお願いしたいことがあります。高校生たちの意思・決断を尊重してあげてください。最近、進学校の中で部活に対する締め付けが厳しくなってきたということを耳に挟みました。高校生たちが納得のいく決断をするために一番大事なのは、多様な決断を認める環境だと思います。皆さん方が本当に生徒のことを思って助言をしているのは重々承知の上でのお願いです。ご家族の理解、学校の理解、先生たちの理解があってこそ、生徒たちは安心して自分が本当にやりたいことを選択し、目指すことができます。
高校生たちが自分で納得のいく結論を出し、それを大人が全力で応援・サポートする。
そんな環境が実現することを心から願っています。
ア式に入るために東大を受験する高校生を増やしたい
4年 リクルート長 満永達彦

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