受験肯定論
弱冠20歳を迎えたばかり、人生まだ1/4も終わっていなさそうではあるが、“受験勉強”はおそらく僕の人生の中で一つの大きなターニングポイントになるのだろう。
海外の大学進学制度と比較されるなどして、また受験勉強は“役に立たない”などと言われて、何かと批判されてしまいがちな大学受験であるが、僕にとっては自身を変えるきっかけになった非常に重要でかつ充実した時間だった。
故に、今回このような”受験生向けfeelings”なる企画の記事の執筆を頼まれた時、読者として想定されている受験生(そうでない方もいらっしゃるだろうが)に向けて、受験の魅力と言っては何だが、受験が皆さんにどのような好影響を与えうるかを伝えたいと真っ先に考えた(ここでいう受験生は、無論東大受験生以外をも含む)。
僕の体験談という形にはなるが、これを読むことで皆さんの受験へのモチベーションが少しでも向上すれば、もしくは受験もそんなに悪くないものだと思っていただければ、目標は達成されたことになる。
少し長くなるかもしれないが、時間がある方は最後までお付き合いいただきたい。
さて、本題に入るが、受験を通してのもっとも大きな変化の一つは、単純に”勉学”に対する向き合い方、換言すれば“学び”と僕の関係である。
とはいえ、別に中学、高校と、不真面目に勉強に取り組んでいたわけではない。
ご縁があって柏レイソルU-15に入団し、週6でサッカーに打ち込んでいた中学時代は、普段から着実に勉強をすることは体力的にも精神的にも困難だったが、テスト前には必要な量の時間を確保して勉強し、学年一桁に入るぐらいの点は取っていた。
高校進学の際も、ユースの活動を続けつつも勉強は疎かにしたくないという思いと、学校行事にもしっかり取り組みたいという思いから、行事の盛んな地域では(一応)トップクラスと言って良い高校を選んだ。
入学当初は、高校の偏差値の高さにビビって、また果たしてちゃんと授業についていけるのかと思って、必死に勉強したこともあり、それなりの点は取り続けていた。
ただ、ここで何か目標があって勉強していたわけではなく、なんとなくサッカーだけになって勉強の方が疎かになるのが嫌だ、という思いのみから勉強をしていたと思う。 勉強が楽しくなかったわけではないのは事実であるが、本当に自分の興味で勉強をしていたわけではなかったし、まして東大のような難関と言われる大学に進学したり、その後アカデミアの世界で行きていくのだ、などとは考えもせず、サッカーで生活ができれば良いと考えていた気がする。
そうは言っても受験に向けていよいよ本格的に動かなければならなくなった高2の冬、そのような取り組み方、考え方を変えてくれたある一人の同級生との出会いがあった。
彼は、当時の僕からはおそらく遠い存在に見えていた”東大志望”であった。
彼がどのような経緯でいつから東大を目指していたのかは、知らない(もしくは覚えていない)のだが、早くから受験勉強を始めていて、僕なんかよりうんと勉強が進んでいた。
僕もまだ志望校は未定だったが、一般入試で大学に行きたいと思い、受験勉強を始めていた中、どういう風の吹きまわしか、そんな彼と一緒に勉強し、話をするようになった。
彼やその周りで勉強を頑張っている友達と共に過ごす時間は、今までにない時間でとても楽しかった。年代別で考えれば、サッカー界において日本のトップレベルと言っても良いところにいて、世界も見てきたが、大袈裟な表現だが、結局は局所的な世界しか見えていなかったのだとその時感じた。
特に彼は、当時の僕にとっては驚きの頭脳の持ち主で、勉強に対する取り組みや考え方、また振る舞いや話し方に到るまで僕には新鮮で、いつしか僕もああなりたいと思える存在になっていた。また、そのような人々に囲まれて、将来生きていきたいと思った。
それからはもう夢中になって、今から見れば超人的な量の勉強していた訳だが、その時間は今見返してみても、非常に貴重な時間であったし、やっていた当時も非常に楽しかった。
そうしていつしか、勉強に対する心の持ちようが変わり、学ぶことを自信を持って好きだと言えるようになっていた気がする。
大学の学部や修士・博士課程における学問から見れば、もちろん、たかが受験勉強の内容なのであるが、今までろくに本も読んで来ず、テスト前に詰め込み勉強をしていた僕にとっては“受験勉強”は本当に多くのことを学ぶ機会であったし、その過程で前よりはまともに(論理的に)思考できるようにもなった気がする。こんなこと言えた立場ではないのは重々承知しているのだが、今から本格的に受験勉強へと向かう皆さんに、たった数年上の先輩としてここで一つお伝えしたいことがあるとすれば、それはもし今まで特段集中的な勉強をしてこなかったのであれば、ぜひこの機会を大いに活用して思う存分に学んで欲しいということである。実際、大学受験で培った素養は大学でも十分に役立つので、“受験否定論”に踊らされることなく、また“ガリ勉”と揶揄されることを恐れることなく、勉強にどっぷりと浸かってみてはいかがだろうか。
ここまで偉そうに言ってきた僕だが、結局一年目は約3点差で合格が叶わず、一年間の浪人生活を経て東大への入学を果たした身である。よってここで、一年での合格が叶わずもう一度東大を目指す諸君に向けても一言述べさせていただきたい。
簡潔にいうと、僕は浪人したことについては全く後悔がなく、むしろ人生に(特に学業の面において)プラスであったと考えている。
ここで、“浪人した方が人に深みが出る”などという、使い古されたかつ言い訳じみた理由を述べるつもりはない。確かに、もう一年間余分に勉強に打ち込むという点で忍耐力は幾分鍛えられたのかもしれないが、そんなのは本質的でないし、そもそもそのようなものは中高のサッカー生活で身についていた。
浪人が良かったと思える理由は、約一年間の勉強漬けの生活で開きかけていた新たな世界への扉を、浪人生活はさらに大きく開けてくれたからである。
顕著な具体例としては、浪人生活の間に英語が一定のbreakthroughを迎えたことにより、大学に入ってから大学のプログラムで仏語を集中的に学ぶことができる機会を得て、そのプログラムを通じて多くの人と出会うこともできたし、語学スキルの向上を果たすことができたことがある。
僕の場合は、語学(言語)を通して新たな世界が広がったわけだが、その広がり方の種類は枚挙に遑がないだろう。ゆえに、浪人生の皆さんも案ずることはない、きっと浪人生活を過ごすことで違う世界が広がってくることと思います。ぜひ勉強を心ゆくまで楽しんで欲しい。
さて、次に受験勉強と学業以外の部活動などの諸活動(僕の場合はサッカー)の兼ね合いについても話してみたい。
まず大前提として、なにも世間にいう“文武両道”に踊らされて、双方をやる必要はないことを認識する必要がある。
前述したように、僕がサッカーを続けながらも勉強をある程度の強度で続けていたのは、僕がそれを望んだからであって、もしこれを読んでいる貴方が、サッカーを極めたい、勉強を極めたい、はたまた他のスポーツを極めたいと思うのであれば、それだけに専念すれば良い。中途半端な“両道”を目指して、どちらも“道”とならないのであれば意味がない。
ただ、たった数個上の先輩として一つだけ重要な助言をするとすれば、どのような“道”を選んだとしても妥協を許してはいけないということである。
何を当たり前のことを、と思うかもしれないが、(これまた僕が言えた立場ではないのかもしれないが)僕がサッカーでプロを目指す集団にいた時だって、みんながみんなこれに当てはまらなかったことを考えれば、これが案外難しいことだとわかる。
しかし、マルコム・グラットウェル氏が提唱した、有名な“10000時間の法則”からも伺えるように、一定の成果を生み出すためには、相当量の時間的資本を費やした上に、適切なPDCAサイクルを続けなければならない。
もちろんやることはなんだっていい、しかし絶対に妥協を許してはいけない。やりたいことを決めたのであれば、立ち止まっている暇などない。日々思考し、試行する二重のシコウを続けなければならない。十分な思考の上に、ある”道”を進むと決めたのであれば、あとはそれを突き進むしかない。サッカーをすると決めたのであれば、勉強をすると決めたのであれば、それをとことん追求することにやはり価値があるし、はたまた遊びたいのであればとことん遊んだら良いのではないか。中途半端が一番価値がない。
それでも一度しかない高校生活の中で、もし課外活動と勉強、例えば“サッカーと勉強どちらも譲れない”と決めたであれば、どうぞそこは大いに欲張って、いわゆる“文武両道”を目指して欲しい。
また、仮に“文武両道”を目指すのであれば、必ずどちらも妥協せず高いレベルを目指して、満足するまで粘りつよく続けて欲しい。それから必ず多くの貴重な経験を得られるであろう。またそれが、高校3年になる年、受験があるからとサッカーを離れてしまったことに、まだ未練が残っている僕からの最大の助言でもある。是非これだけは実行に移して欲しい。
部活動を最後まで続けようと思うと、周りが勉一斉に強に向かう中、部活を続けている自分に焦りも生じるだろう。
でもそんなのを気にする必要はない。どちらもやる決断をしたのであれば、引退まで走り抜いて欲しい。勉強はその後だってできるし、部活動をやりながらだって時間はある。
大変なことも多かれと思いますが、どうか受験生時代を大いに楽しみつつ“学び”の楽しさを発見し、自分の決めた“道”を走破する高校生活を送って欲しいと願っている。
”Time flies”は真である。立ち止まっていては時間が過ぎるばかりだ。
ぜひ頑張ってください。
最後に、このブログを読んでくれている人の中には、実際サッカーをしていて、東大を目指す人も多かれと思う。ならば勉強に疲れた時には、是非御殿下に足を運んでみて欲しい。そこでは、毎週のように我々が真剣勝負を繰り広げている。少なからず皆に、机にまた向かえる元気を与えられるような試合を繰り広げるべく、我々も日々“妥協”せず小さな努力を重ねていく。
Many a little makes a mickle.
2年 染谷大河
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