序章
このfeelingsを書くために、iPhoneのメモアプリに書き溜めてきた日記を読み返している。
日記とは言うものの、気が向いたら書くという緩いルールでやっている(僕は毎日コツコツと何かを継続できるマメなタイプではない)ので、2,3週間空いているような箇所もあるのだが、それでもそれなりの量が溜まっている。
体裁は気にせずありのままを記しているので、とても人に見せられるようなものではない。
________
書き始めたのは1年の冬、Aチームから育成に落とされた日である。
新人戦期間のカテゴリー移動の波に乗ることができ、11月頭からトップの練習に加わったが、全く思い通りのプレーができなかった。
体感したことのないプレースピードに圧倒され、萎縮し、ミスをしてはいけないという思考になる。
その消極的な思考が視野を狭くし、判断を遅らせ、ミスを誘発する。
こんなはずではない。
そう思いながら必死に改善しようとするものの空回りし、僅か2週間後に再び落とされてしまった。
決して珍しいことでない。弱いエピソードだ。
このような経験は大なり小なり、多かれ少なかれ殆どのプレイヤーがぶつかる壁である。
誰しも選手としてこう在りたいという理想像を持っている。
それは憧れの選手を投影したものかもしれないし、現在の自分から引っ張った延長線上にあるものかもしれない。
ただ、サッカーをする以上、評価を受けなければならない。結果を受け止めなければならない。
それらは往々にして自分が描く理想像から離れている。周りが望むようなプレーができないこともあるし、自分が思うようなプレーができないこともある。
現実と理想との乖離に悩み、苦しむ。そして逃げたくなる。
ただ、その乖離を埋めるべく、理想を手に入れるべく、そのような負の感情と戦いながら一生懸命考え、トレーニングする。再び現実を突きつけられたとしても、それを繰り返す。
何故なのか。
それは、サッカーが好きだからだ。いや、この表現は不十分かもしれない。
「サッカーをする自分」が好きだからだ。
勝利したとき、ゴールを決めたときは元より、スルーパスを通したとき、軌道の美しいロングボールを蹴ったとき、将又綺麗なトラップを決めたとき、アドレナリンがドバドバの状態で感じることのできる喜び、高揚感がたまらなく好きであり、それを味わうことができている自分がまた、たまらなく好きだからだ。
そのような自分を体現するためには、思考し、努力しなければならない。
生半可であってはならない。才能がなければ尚更である。
そして継続しなければならないのだ。
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僕は2年の夏から約8ヶ月間休部した。
自分なりによく考えて出した結論であるが、それは、結果が得られるかどうかが不確かな中でも、「今」に目を向け、がむしゃらに、愚直にやり続けることができなかった自分の弱さ故得られた帰結でもある。
この選択自体に全く後悔はない。
ただ、もし迷うことなくサッカーを続けていたとして、それよりも良い選択だったのかどうかと問われると、それは分からない。むしろかなり自信がない。
自分がその時々で下した決断が正しかったのかどうかなど、結局のところ目に見えて分かりやすい結果からでしか判断することができないからだ。
そうでなければ、正しかったのだと思い込むことしかできない。
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自粛期間が明け、Aチームに加わった。本当にラストチャンスだった。
今振り返ると、4年間の中で一番サッカーを楽しむことができていたと思う。
帰りの京王線の中でその日の反省点を書き出し、あるいはプロの試合を観てやりたいプレーを見つけ出し、頭の中でイメージしながらグラウンドに向かうというプロセス自体を楽しむことができていた。
それでもプレーの判断が劇的に良くなることはなかったし、ボールロストも多かった。フィジカルも足りていなかった。
遼さんの評価を得ることはできなかったから、周りに対して十分にアウトプットすることはできていなかったわけだ。
一方で、思い通りのプレーができた瞬間は本当に楽しかったし、自分のキックに自信を持つことができた。
最後の追い出し試合でFKをあれだけ盛大に外した今でもだ。
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今シーズンラスト、亜細亜戦。
1年の時から活躍しているあいつが、かつては一緒にボランチを組んでいたあいつが、最後の最後まで苦労してようやくチャンスを掴んだあいつが、ピッチ上で奮闘している。
結果は0-2。一部昇格。
涙を浮かべている奴も、安堵の表情を浮かべている奴もいる。
自分がこのピッチに立つということはあったのだろうか。
ずっとサッカーを続けていたら、もっと練習していたら、もっとサッカーを好きでいたら、もっとチームメイトとコミュニケーションを取っていたら、あり得たのだろうか。
このピッチでしか味わえない感情を味わうことが、できていたのだろうか。
たらればを考えても無駄である。僕のア式での選手生活はともかくも終わったのだ。
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相変わらずデコボコな砂のグラウンドで、母校の後輩たちがボールを蹴っている。
トレシューを履いた両足が凍るように冷たく、冬のグラウンドは体を動かさないとこうも寒いのかと気付かされる。
自分が彼らと同じ高校生だった頃は、今が人生のピークだと思っていた。これ以上楽しくて濃密な時間を過ごすことはないのだろうと思っていた。
比べること自体が野暮なんだよと過去の自分を窘めつつ、それでもア式で過ごした4年間は負けないくらい、いやそれを遥かに超えるくらいの、本当に充実した時間だったと感じる。
多くの仲間に出会い、多くの人に支えられた4年間だった。
多少なりとも選手として、人として、成長することができた。
迷いながらなんとか進んできたが、今なら確信をもって言うことができる。
ア式に入って、本当に良かった。
あとは残りの人生を、今まで以上にスーパーなものにするだけ。
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自分の将来への決意と、関わってくださった全ての人々への感謝をこめて
4年 門前
日記とは言うものの、気が向いたら書くという緩いルールでやっている(僕は毎日コツコツと何かを継続できるマメなタイプではない)ので、2,3週間空いているような箇所もあるのだが、それでもそれなりの量が溜まっている。
体裁は気にせずありのままを記しているので、とても人に見せられるようなものではない。
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書き始めたのは1年の冬、Aチームから育成に落とされた日である。
新人戦期間のカテゴリー移動の波に乗ることができ、11月頭からトップの練習に加わったが、全く思い通りのプレーができなかった。
体感したことのないプレースピードに圧倒され、萎縮し、ミスをしてはいけないという思考になる。
その消極的な思考が視野を狭くし、判断を遅らせ、ミスを誘発する。
こんなはずではない。
そう思いながら必死に改善しようとするものの空回りし、僅か2週間後に再び落とされてしまった。
決して珍しいことでない。弱いエピソードだ。
このような経験は大なり小なり、多かれ少なかれ殆どのプレイヤーがぶつかる壁である。
誰しも選手としてこう在りたいという理想像を持っている。
それは憧れの選手を投影したものかもしれないし、現在の自分から引っ張った延長線上にあるものかもしれない。
ただ、サッカーをする以上、評価を受けなければならない。結果を受け止めなければならない。
それらは往々にして自分が描く理想像から離れている。周りが望むようなプレーができないこともあるし、自分が思うようなプレーができないこともある。
現実と理想との乖離に悩み、苦しむ。そして逃げたくなる。
ただ、その乖離を埋めるべく、理想を手に入れるべく、そのような負の感情と戦いながら一生懸命考え、トレーニングする。再び現実を突きつけられたとしても、それを繰り返す。
何故なのか。
それは、サッカーが好きだからだ。いや、この表現は不十分かもしれない。
「サッカーをする自分」が好きだからだ。
勝利したとき、ゴールを決めたときは元より、スルーパスを通したとき、軌道の美しいロングボールを蹴ったとき、将又綺麗なトラップを決めたとき、アドレナリンがドバドバの状態で感じることのできる喜び、高揚感がたまらなく好きであり、それを味わうことができている自分がまた、たまらなく好きだからだ。
そのような自分を体現するためには、思考し、努力しなければならない。
生半可であってはならない。才能がなければ尚更である。
そして継続しなければならないのだ。
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僕は2年の夏から約8ヶ月間休部した。
自分なりによく考えて出した結論であるが、それは、結果が得られるかどうかが不確かな中でも、「今」に目を向け、がむしゃらに、愚直にやり続けることができなかった自分の弱さ故得られた帰結でもある。
この選択自体に全く後悔はない。
ただ、もし迷うことなくサッカーを続けていたとして、それよりも良い選択だったのかどうかと問われると、それは分からない。むしろかなり自信がない。
自分がその時々で下した決断が正しかったのかどうかなど、結局のところ目に見えて分かりやすい結果からでしか判断することができないからだ。
そうでなければ、正しかったのだと思い込むことしかできない。
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自粛期間が明け、Aチームに加わった。本当にラストチャンスだった。
今振り返ると、4年間の中で一番サッカーを楽しむことができていたと思う。
帰りの京王線の中でその日の反省点を書き出し、あるいはプロの試合を観てやりたいプレーを見つけ出し、頭の中でイメージしながらグラウンドに向かうというプロセス自体を楽しむことができていた。
それでもプレーの判断が劇的に良くなることはなかったし、ボールロストも多かった。フィジカルも足りていなかった。
遼さんの評価を得ることはできなかったから、周りに対して十分にアウトプットすることはできていなかったわけだ。
一方で、思い通りのプレーができた瞬間は本当に楽しかったし、自分のキックに自信を持つことができた。
最後の追い出し試合でFKをあれだけ盛大に外した今でもだ。
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今シーズンラスト、亜細亜戦。
1年の時から活躍しているあいつが、かつては一緒にボランチを組んでいたあいつが、最後の最後まで苦労してようやくチャンスを掴んだあいつが、ピッチ上で奮闘している。
結果は0-2。一部昇格。
涙を浮かべている奴も、安堵の表情を浮かべている奴もいる。
自分がこのピッチに立つということはあったのだろうか。
ずっとサッカーを続けていたら、もっと練習していたら、もっとサッカーを好きでいたら、もっとチームメイトとコミュニケーションを取っていたら、あり得たのだろうか。
このピッチでしか味わえない感情を味わうことが、できていたのだろうか。
たらればを考えても無駄である。僕のア式での選手生活はともかくも終わったのだ。
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相変わらずデコボコな砂のグラウンドで、母校の後輩たちがボールを蹴っている。
トレシューを履いた両足が凍るように冷たく、冬のグラウンドは体を動かさないとこうも寒いのかと気付かされる。
自分が彼らと同じ高校生だった頃は、今が人生のピークだと思っていた。これ以上楽しくて濃密な時間を過ごすことはないのだろうと思っていた。
比べること自体が野暮なんだよと過去の自分を窘めつつ、それでもア式で過ごした4年間は負けないくらい、いやそれを遥かに超えるくらいの、本当に充実した時間だったと感じる。
多くの仲間に出会い、多くの人に支えられた4年間だった。
多少なりとも選手として、人として、成長することができた。
迷いながらなんとか進んできたが、今なら確信をもって言うことができる。
ア式に入って、本当に良かった。
あとは残りの人生を、今まで以上にスーパーなものにするだけ。
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自分の将来への決意と、関わってくださった全ての人々への感謝をこめて
4年 門前
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