悪らしあ
岡部惇貴(4年/MF/武蔵高校) 日本橋から約 470 キロ。歩いて向かった伊勢神宮は、それはそれは荘厳なもので、記憶に強く根差した経験となりました。 私の行動指針には「走馬灯を延ばす」という文言が存在します。走馬灯とは中国から伝来した、影絵の細工が施された、筒状の紙灯籠のことです。そして現代では、人が死ぬ間際や大きく感情が揺さぶられた際に、これまでの人生の記憶がよみがえることを言い表した、比喩表現に使われる言葉となっています。だからこそ、実際には「走馬灯を延ばす」といった表現は間違っていると言えるでしょう。まあそんなことはどうでもいい。とにかく記憶に強く残る思い出を多く作りたいのです。雨の箱根越え、さわやかハンバーグ 2 個食い、圧倒的な顔面力。たったの 15 日で数多くの思い出が爆誕しました。 一方、 16 年間続けたサッカーはどうだったのでしょうか?何時間、何日、何年時間を費やしたか分からないサッカーが走馬灯漏れしていいはずはありません。 サッカーと共に歩んだ 16 年は走馬灯に食い込めるのか?やれんのか?サッカー人生を振り返り、判断してみたいと思います。 サッカーと関わってきた 16 年。その長い年月は私にとってあまりに巨大な塊のままで、どこから手をつければいいのか分からなかった。振り返ろうとするたび、記憶は形を変えた。言葉にしようとするほど、どこか自分を偽っているような気がして筆が止まってしまう。 これまでのサッカー人生、私は何度自分を納得させてきたのだろう。ある時は自分に暗示をかけ、ある時は純粋な熱狂に身を任せ、そして最後の一年はこんな自分には重すぎる肩書きを背負って、ただ逃げないためだけに走り続けた。 そんな一貫性のない日々の「答え」を、引退して半年、ようやく見つけつつある。 それが、たまたま今の自分に重なっただけの一時的な答えだとしても構わない。普段人には述べないことも、この feelings が公開されることは良い機会だと思って、今の私が感じている自分の姿をいつか振り返った時に、楽しめるように書き記しておきたい。 最初は、空っぽな自分に「形」を与えるための長い作業だった。 小学 1 年生。スタートは三菱養和のスク...